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第32話 北風と太陽①



 仁義なき戦いが始まるとは言っても、すべての動物が参加する訳ではない。

 まずはすんなり出てくれる動物たちを、うまく誘導して外に出す。

  

 畜舎の外は、大きな柵で囲った草原だ。

 その中では自由に過ごして良い。


 青草をむしゃむしゃと食べる者。

 のんびりと風を感じる者。

 仲間と走り回る者。

 いい昼寝スポットを見つけて眠る者たちなど、様々だ。


 そういうのが好きな子たちは、皆すんなりと出てくれる。


 そもそも毎日同じ時間帯に、同じ行動をさせているのだ。

 習慣になった安全な外出に従う者は多く、少しごねても促せば、出てくれる子も少なくない。



 簡単な促しを経て、頑固な子や、その日気分じゃない子たちが今日も畜舎に残った。

 俺たちが戦わないといけない相手は、そういった何頭かの子たちである。


「じゃあいつも通り、私はすんなり空いた部屋を先に掃除してるから、全部終わるまでスレイに追い出し係をお願いするよ」


 縄をかけて無理やり引っ張る作業なので、俺が来るといつも俺が追い出し役で、リステンさんは先に掃除を始める。


 今日も彼女の分担に「分かりました」と同意すると、エレンも俺の隣でピッと手を上げ「エレンもがんばるー!」と声を上げた。

 そのまた隣で、メェ君も「めぇー!」と鳴いている。



 リステンさんは張り切っているエレンとメェ君にも、笑顔を向けて「じゃあ頼んだよ!」と応じてくれた。

 それらを見届けた俺は、改めて畜舎内に残った動物たちを見回して一言、ポツリと漏らす。


「それにしても、なんか今日は多くないです? 出不精の子たち」


 一週間前、エレンが俺のところに来る前までは、多少気分で頻度が変わる事はあっても、ほぼ畑と同程度の比率でこっちの依頼も受けていた。

 その時は、出不精の子も精々五、六匹くらいだったと思うのだが。


「十一匹か。骨が折れそうだ」

「ほね、おれちゃうの?」

「あ、いや、折れない。『そのくらい大変』っていう、物の例えだよ」


 心配そうな顔でエレンに見上げられ、俺は即座に否定する。

 流石に余程の事がない限り、こんな事で物理的に骨は折れたりしない。


 エレンはホッとした顔になった後で、口を尖らせて「しんぱいさせちゃ、ダメだよスレイ」と注意してきた。

 思わず苦笑していると、どうやら呟きが聞こえていたらしいリステンさんが「そうなんだよねぇ」と頬に手を当て困り顔になる。


「ちょうどスレイちゃんが来なくなってからだから、一週間くらい前からかね。素直に出てくれない子たちが増えて、最近ちょっと困ってるんだけど」


 原因に心当たりはない。

 彼女の表情が、そう物語っている。



 出不精の子が増えてしまうと、前よりも掃除に時間がかかってしまう。

 リステンさんの負担も増える。


 が、原因が分からなければ、改善のしようもない。

 こうして悩んでいても始まらない。


「……とりあえずみんな、外に出すか」


 ため息交じりにそう口にして、俺は追い出し用の太い引っ張り縄を手に取った。



 まずは、いつも出不精な牛。

 牛の顔なんてどれも同じだと思っていたが、この子の顔は覚えている。

 そのくらいには毎回出たがらず、こうして俺と顔を突き合わせて綱引きをする羽目になる相手だ。



 こういうのは、警戒心を抱かれたら終わりだ。

 まずは素知らぬ顔で首に縄をかけ、しっかりと固定して、綱引きの開始だ。


 相手は俺よりでかい牛。

 もちろん体重だって重い。

 それが踏ん張るのだから、基本的に人間の俺に、この綱引きで勝てる見込みはない。


 たまに「何で俺のスキルは『怪力』とかじゃなかったんだ」と思う事があるが、ないものはどうにもならないのだから、仕方がない。


 スキルでどうにかできれば手っ取り早いが、俺のスキルは火だ。

 動物は、本能的に火を怖がる。

 それを使ってうまく追い出せないかと考えた事もないではないが、この畜舎は木造だし、火を見た動物の大半は暴れる。


 畜舎が無事でも暴れた動物が、体をぶつけて怪我をしてしまっては、そもそもの『健康の維持』という仕事に障る。

 何一ついい事なんてないので、その選択肢はすぐに頭から追い出した。



 その結果、普通の人間である俺にできる事はというと。


「外に、出ろ!」


 言いながら、グイッと綱を引く。


 たたらを踏むように一歩前に出た牛が、その位置で足を踏ん張った。

 俺はその間を、元の位置に戻らないように体重をかけて綱をピンと張りながら耐えて、少し経ち気が緩んだ頃に、またグイッと強く綱を引く。


「観念、しろ!」


 今度は二歩、牛が前に踏み出した。


 いいぞ、その調子だ。

 額から汗を拭き出しながら、順調な作業に心の中でガッツポーズをしていると、近くでその様子を見ていたエレンがテテテッと、近寄ってきた。


「あんまり近づくと、危ないぞ」


 外に出るのを嫌がって踏ん張っているとはいえど、いつ気が変わって自分から出る気になるか分からない。

 あまり近くに行き過ぎると、そうなった時にぶつかってしまう。


 俺と牛を比べても、体重差がかなりあるのだ。

 エレンと牛がぶつかれば、どちらが吹き飛ばされるかなんて明白だろう。




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