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第30話 ゆりかごハプニング



 ちゃんとついて来ているな。

 転んでいないな。


 そんな事を、チラリと後ろを確認しつつ思っていると、リステンさんの楽しげな声が俺たちの方に投げかけられた。


「あんたたち、鶏とヒヨコみたいだね」

「え」


 ここにはいないが、他の牧場では養鶏をしているところもある。

 言われて思い浮かべたのは、そこで見た鶏とヒヨコの図だ。


 生まれたばかりのヒヨコが、一生懸命、一心不乱に、母である鶏の後ろをついて行く。

 そんな微笑ましい一幕。

 それが、俺たちみたいだと……?


 改めて後ろを振り向けば、手一杯に藁を持ったエレンが何も分かっていない顔でこちらを見上げてくる。


「……まぁ、見方によっては」


 そう見えなくもないかもしれない。


 

 自覚すると、何だかちょっと恥ずかしくなってきた。


「仲良しそうで何よりだよ。噂を聞いた時は、『あのスレイちゃんと女の子……?』って、ちょっと想像できなかったけど、なるほどねぇ」


 一体何が「なるほど」なのか。

 言葉の真意は分からないが、彼女の目から生温かなものを感じて若干ソワつく。


「そんなに俺が子どもと一緒にいるのが意外ですかね」


 ドラドからも冒険者たちからも、マリナさんを始めとする冒険者ギルドの人たちからも、そんなふうに言われたり、『多分そう思っているんだろうなぁ』と思うような目を向けられていた。

 

 そういう評価が少し不服だった。

 だから作業をしながら僅かに口を尖らせていると、彼女は「まぁ初めて見る光景ではあるからねぇ」と素直に言葉を返す。


「スレイちゃんは、仕事熱心ではあるけど、独身だし、あまり街で買い物をしているところに出くわしたりもしないだろ?」

「まぁたしかに、そもそも街を歩く事自体が少ないですからね。会わないかも」


 仕事時間以外に出くわさないのは、何もリステンさん相手だけの話ではない。


 そもそも俺は、あまり町を歩かない。

 歩く時は必ず用事がある時で、それが終わったら寄り道はせずにまっすぐ帰る。

 別にそうする事に何か理由がある訳ではないのだが、逆に寄り道をする理由もないのだ。

 

「そうなのかい。っていう事は、仕事以外はずっと家に?」

「そうですね、大体」

「暇じゃないかい? 家にいても」

「別に、それ程は」


 そんなふうに思った事はない。


「一人暮らしだし同居している動物たちは、家を汚しはするが綺麗にはしませんからね。だから家にいる時は、最低限の掃除や洗濯をして、飯を作って。それ以外はほぼ冒険者ギルドの依頼を受けているから……」


 自分の日常を思い返せば、改めて「理由もなく町をうろつくような、ゆっくりと時間を潰す時間は俺にはないな」と思う。

 そんな俺に、彼女は小さな苦笑と共に「そういう仕事人間かつ独身的な生き方と、小さな女の子と一緒にいる事は、うまく結びつかないんだろうよ」と教えてくれた。


 まぁ、そう言われれば納得できなくもないか。



 そう思いながら、一番奥のエサ箱に藁を入れて、俺は後ろを振り返る。


「エレン、メェ君、持ってきた藁は、ここに入れて」

「わかった!」


 元気のいい返事と共に、エレンはよいしょとエサ箱に藁を入れた。

 が、入れ方が悪かった。


 おそらく彼女が思っていたより、エサ箱が深かったのだろうと思う。

 上からパッと手を離せばよかったものを、エレンは底の方にちゃんと置くようなやり方で藁を入れようとしたのだ。

 ――少しばかりやる気がありすぎた結果、割と勢いよく頭を突っ込みながら。


 瞬間、目の前でエレンがエサ箱に向かって、前転でもするかのように頭から突っ込んだ。

 エレンが「わっ?!」と声を上げる。

 足が、振り子のようにグルンと宙に半円を描いた。

 

 幸いだったのは、そのエサ箱が横長だったことだ。


 側面から頭を突っ込んだエレンの小さな体は、どうやらエサ箱にぴったりだったらしい。

 まるでゆりかごの中の赤子のように、一回転したエレンの体は藁の上に仰向けで落ち着く。

 

 そして、そんなエレンの大回転に、どうやらエサ箱の主は気が付かなかったらしかった。

 腹が減った山羊が、いつものようにエサを摘まもうと顔をエサ箱に寄せて――。


「あははははっ! それはエサじゃなくて、エレンのおなかだよ!」

「ベヘヘ……?」

「め、めぇーっ!!」


 くすぐったかったのか、大爆笑のエレン。

 小首をかしげる山羊。

 そして「エレンが食べられる!」と言わんばかりに、大焦りしているメェ君。


 メェ君は、一生懸命エレンの服を引っ張ってエサ箱から救出しようと奮闘しているが、残念ながらメェ君の足の長さでは、深いエサ箱からエレンを引っ張り上げる事ができる程の高度を稼げない。

 精々が、エレンを横に引っ張るのが関の山。

 エサ箱を破壊するか倒すでもしなければ、エサ箱の淵が邪魔をしてエレンの救出は叶わないだろう。


「め、めぇぇ……」


 すぐに無理だと気付いた敏い羊は、俺の方を振り向いた。


 涙目だ。

 今にも泣き出しそうな涙目と情けない鳴き声で、俺に「助けて」と訴えてきている。




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