第29話 お手伝い許可
街の郊外は、主に平野だ。
田畑と草原。
基本的にはそれらで構成されていて、たまに小屋や家などの建物がぽつぽつとある。
だから、エレンと共に通う道としては「いつもと違う」と表現すべき道ではあるものの、景色自体はそう変わらない。
のどかな田舎。
それ以外に表現しようのない景色だからか、エレンも特にソワソワと辺りを見回すような事はない。
その代わり。
「どうぶつさんたち、いっぱいだって! やったね、メェ君!」
「めぇ!!」
エレンの小さな足取りは、るんたったと元気に弾んでいる。
メェ君もそんな主人に倣い、器用にスキップ調の歩みだ。
「エレンもメェ君も、他の動物たちと喧嘩するなよ?」
今回は、依頼主だけではない。
動物たちとも仲良くしてほしい。
いや、仲良くまではしないとしても、喧嘩はしないでもらいたい。
でなけりゃあ仕事の邪魔になる。
動物と会話ができるというエレンの特異さは、動物たちと仲良くなれる可能性も生むが、同時に俺たち以上に関係性がこじれる可能性も生む。
会話が――意思疎通ができるという事は、一見すると万能そうに見えるが、実はそれほど万能ではない。
エレンの場合は相手は人間ではないが、人間関係が難しいのと同じ理由だ。
意思疎通ができればこそ、性格の相違が浮き彫りになる事もある。
私的な時間なら未だしも、仕事中にそういったものに振り回されるのは悪手だ。
仕事をしに行って邪魔していては、相手からすればいい迷惑だ。
仕事を貰っている立場からすれば、当然の懸念である。
「分かった!」
「めぇっ!」
「動物たちの家にお邪魔する形になる訳だから、ちゃんとやり方を守って、不用意に動物に駆け寄らない事」
「はーい!」
「めーぇ!」
「よし」
聞き分けのいい一人と一匹に満足し、エレンの頭を麦わら帽子の上からポンポンと撫でてやる。
エレンはくすぐったそうに笑った。
メェ君が「僕も!」と言わんばかりに「めぇめぇ」と鳴いた。
しかし次の瞬間。
「あ、うまさん!」
「こらこら、どこに行く」
ちょうど目的地に着いたところで、入り口に出ていた馬を見つけて、エレンがタッと駆け出した。
不用意に動物に駆け寄るなと言ったのに、もう忘れたか。
馬のところにたどり着く前に、呆れながらその首根っこをクンと掴んで持ち上げた。
両足をぷらーんとさせたエレンが、キョトンとした顔になっていた。
今日の依頼は牧場からだが、俺たちが目指すのは厳密に言うと、牧場の中の畜舎である。
「リステンさーん」
「あらスレイちゃん」
畜舎の中を覗きながら依頼者の名前を呼ぶと、見知った女性が牛の体の横からひょっこりと顔を出してきた。
「久しぶりだね。もしかして今日、うちの手伝い?」
「はい。いいですか?」
「もちろん。万年人手が足りない上に、助っ人がスレイちゃんだって言うんだから大歓迎よ」
これまで何度も、同じ名目の仕事を受けてきた。
言わば経験者の俺の手助けは、助かるという意味なのだろう。
「じゃあ今日もいつものでよろしく――と、もしかしてその子が噂のおチビちゃん?」
「噂の?」
ちょうどエレンの見学許可を願い出ようとしたところで、一足早く彼女がエレンに気が付いた。
しかし噂のとは何の事だろう。
首を傾げると、彼女が笑う。
「この前ジェームスさんが言ってたのよ。可愛いお手伝いさんが増えたって」
「あぁ、それで」
この辺で農家や牧場をやっている人たちには、彼女たちの人脈が存在する。
お互いに作った物を物々交換したり、やってくる野生の動物の情報を共有したりするらしい。
時には日々の愚痴や苦楽について話し込み、気付けば一時間経っていたなんていう話も聞く。
そのくらいには仲良くしている訳だから、最近手伝いをしに来るようになった子ども――エレンの事が噂になっていても、それ程不思議ではない。
「ジェームスさんのところでは、一緒に仕事してるんだろ? 『一生懸命仕事してくれるから助かってる』って聞いてるよ。どうだい? おチビさん、うちでも手伝ってみるかい?」
もちろん、本人にやる気があるならだけど。
そう言って、彼女は俺の隣のエレンを見た。
俺の後について畜舎の中に入ってきたエレンは、畜舎内の様子に今ちょうど目を輝かせていたところだった。
どうやらもうすべての動物たちと友達になる気満々らしく、「お友だち、たくさん……!」と呟いていたところだ。
そんな彼女のやる気は? と問われれば。
「エレン、やる!」
「めめめっ!」
「リステンさん、メェ君もやるっていってます!」
シュバッと手を上げ主張したエレンに、リステンさんは「そうかい、そっちの羊さんまで」と鷹揚に笑う。
「いいよ、じゃあやってみな!」
「がんばる!!」
という訳で、エレンはここでも早速事前見学なしの、初めての牧場仕事に挑む事になった。
今日の仕事は、主に動物たちへのエサやりと、畜舎の掃除の二つだ。
ここでは山羊と牛と馬と羊、四種類の動物を飼育している。
まずはその子たちへのエサやりからだ。
「本当は、こうして三又フォークで藁を運んで入れるんだが、エレンにはちょっと危なそうだから、両手でこう、いっぱい持ってください!」
「はーい!」
エサも、やるべきものが数種類ある。
既にリステンさんがやり始めているので、俺たちはそれと被らないように自発的に役割分担をした結果、藁をやる係を買って出る事にした。
三又フォークは先が尖っているし、大人が使う用の長いやつなのでエレンには使わせられない。
ならばと、俺が両手で抱えて運ぶ実践をしてみせると、元気な返事を返したエレンが俺の真似をして藁を手一杯によいしょと抱え上げた。
俺が歩けば、トコトコと後ろをついてくる。
ちょっと迷った結果、口にありったけの藁を咥えたメェ君も、エレンの後ろについてくる。




