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第25話 エレンの料理お手伝い



 あった。

 思い出したのだ。

 今日レタスを渡された時に聞いた、ジェームスさんの言葉を。


「レタスは包丁で切るより、手で千切ったほうが食感などがよくなるよ」


 それならエレンにも。


「じゃあエレン、このレタスを手で千切ってくれるか?」

「わかった!」


 エレンがピッと手を上げる。

 やる気満々だ。


「じゃあお願いな。……っと、メェ君は?」


 エレンが何かをする時は、メェ君も同じ事をしたがる傾向がある。

 しかしこればかりは、メェ君に手伝ってもらえない。

 どうするか……と思ったら、メェ君が近くにいなかった。


 俺としては都合がいいが、珍しい。

 そう思ってエレンに尋ねれば、エレンは「あっちでわんさんとウォフさんと一緒にいいるよ」と言った。


 今日の出迎えの様子を見て、密かに「どうやらエレンが気に入ったらしい犬たちに、メェ君が嫉妬するかもしれないな」と心配していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。


 仲良くなったのならよかった。

 ……いや、もしかしたらメェ君のあの魅惑のモフモフに、犬たちが陥落したのかもしれないな。

 それ程の魅力がある、あのモフモフには。



 エレンの足元に台を用意して、テーブルの上の作業に不自由がないようにした。


 トマトを切る俺の隣で、エレンがレタスを千切ってはボールに入れ、千切ってはボールに入れをしていく。


「エレン、おやさい、あんまりだったの。でもきのうのトマトおいしかったから、きょうもおいしいかなっておもう!」

「そうだったのか。全然気づかなかった」


 エレンを養育していたらしい『おばあちゃん』は、もしかして料理が下手だったのか?

 一瞬そう思ったが、そういえば昨日エレンは帰り道に、俺がやったトマトを丸かじりしていた。

 あれが大丈夫だったのなら、多分トマトそのものがエレンのお眼鏡に叶ったか、貰った野菜を美味しいと思ったかのどちらかだろう。


 が、どちらにしても、俺はこれからその素材に、少し手を加えるわけだ。


「ちょっと責任重大か?」

「おいしいの、つくってね」

「ガンバリマス」


 まさかのプレッシャーを貰った。




 切ったトマトも千切ったレタスも、半分ずつに分けた。

 片方は水を張った鍋に入れて、火にかけ、干し肉を投入する。

 もう半分は、さっきからずっと隣でワクワクしているエレンに頼もうか。


「エレンさん、これを美味しそうに盛り付けてくれませんか?」

「いいよ!」


 汁ものを入れる器より少し浅めの木の皿を出すと、エレンは張り切ってその皿にレタスとトマトを盛り付け始めた。

 

 そっちはそのまま、この前商会から買ってきていたゴマダレを掛ければ完成である。

 俺の方は、煮詰めた野菜に、いつものように塩を一振りでおしまいだ。



 我ながら、あまりにも簡単すぎる男飯。

 こんなものを子どもに出していいのか、本当は若干悩みはする。


 が、エレンは昨日、まったく文句を言わなかった。

 むしろ美味しそうに食べてくれた。

 だから「まぁじゃあ、いいのか……?」と、なし崩し的に思っている。


「スレイ、エレンできた!」


 彼女の言葉に皿を見ると、彼女の言う通り二枚の皿にはちゃんと食材が等分されて入っていた。

 敷かれたレタスの上に、まぶすように置かれたトマト。


 一見するとザックリとレタスを入れ、その上から適当にトマトをまぶした……ように見えなくもないが、俺は先程エレンがちゃんと、トマトを一つ一つ、首をひねりながら置く位置を考え、微調整していたところまで知っている。

 彼女こだわりの配置だ。

 緑と赤のコントラストが賑々しいから、食卓の色どりとしては十分役に立つだろう。


「よくできました」


 過程の頑張りへの賛辞も込めて、エレンの頭をポンポンと撫でる。


 エレンは「えへへ」と嬉しそうに、俺を見上げて少し照れたようにはにかんだ。

 可愛い生き物だ。




 サラダはエレンに持って行ってもらい、俺は十分に煮詰めた汁を深皿によそって持っていく。

 本当はこれもエレンが持ちがたがったが、溢して火傷をしてはいけない。

 代わりにエレンにはパンとスプーンとフォークを持って行ってもらい、俺は最後にメェ君の分の汁物とパンとドレッシングが入った瓶を手に、リビングへと足を向けた。



 リビングでは、メェ君の両側で腹を丸出しにして寝ころんでいる犬が二匹いる。


 見るからメェ君のモフモフにご満悦だが、それにしたって懐き過ぎじゃないか。

 元々は街で商店から売り物の肉や野菜を盗って逃げる、ちょっと迷惑な野犬姉妹だったのに、もうその頃の見る影……は元々最近既になかったが、こうなれば最早欠片もない。



 俺たちがやって来たのを見て、メェ君が起き上がりこっちにやって来る。

 続いて犬たちが少し残念そうに体を起こした頃には既に、彼はエレンが座った椅子の隣、床に行儀よく座った。


 彼の前に、彼のための皿を置く。

 メェ君のために、味付け前に取り分けた汁物が入った浅めの皿だ。

 そこにパンを小さく千切って入れれば、完成。

 これで問題なく、主人と同じものが食べられるだろう。


 彼が「めぇ」とお礼じみた鳴き声をくれた。

 どういたしまして。


「じゃあ食べようか」


 そう言うと、昨日は早々に手を合わせて「いただきます!」と言っていたエレンがコテンと小首を傾げてこちらを見た。


「エレンが入れたこのお野菜は、このまま食べるの……?」

「え、そうだな。ドレッシングをかけてからだけど」


 俺の答えに、エレンは少し怯えの表情を覗かせた。


 何故そんな反応になるのだろう。

 いまいち理由がよく分からない。




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