第21話 苗植えの合間の一休み
そして、俺に向かって小さな手を伸ばし。
「スレイは、じょうずに穴がほれてえらいねぇ」
その小さな手が、俺の頭をポンポンと軽く叩いた。
頭を撫でたつもりだろうか。
今正に土いじりしている手でそんな事をしたら、間違いなく帽子が汚れるんだけど……まぁいいか。
「ありがとう、褒めてくれて」
褒め返しをくれた彼女にそう言うと、また嬉しそうなはにかみが返ってきた。
俺もそれに笑顔を返して、「さてと」と作業に戻る事にする。
エレンも真似して隣に座り直した。
のだが。
「きみ、ほかの子よりちょっとぽっちゃりしててかわいい」
「めっ」
「きみは、色つやがいいんじゃないか? さいきん葉っぱのケアかえた?」
「めっ」
……さっきの話で、植物の成長を願って褒めている事は分かったが、褒め方がおかしいのは何故なのか。
それだけはまだ気になっている。
前住んでいた場所で、誰かがこんな事を言っていたのだろうか。
だとしたら、「子どもの前で、そんなにポンポンと女を口説くなよ」と、どこの誰かもしれないその相手に、ちょっと言ってやりたい。
でなければ、俺の腹筋が意味もなく鍛えられてしまう。
「おーい、一度休憩しようー」
投げかけられた声に振り向けば、少し遠くでジェームスさんが両手で大腕を振っていた。
言われてみれば、作業を始めてからそれなりに時間が経った気がする。
体感ではいつもはもう少し仕事をしてから休憩するのだが、きっとエレンたちに気を使ってくれたのだろう。
「この前収穫したオレンジで作った、果汁100%ジュースが冷えてるぞー」
そう言って近くの水路から瓶を取り上げて掲げてみせる彼に、エレンは目を輝かせて「ジュース!」と声を上げた。
「メェ君、ジュースだって! メェ君ものめそう?」
「めぇっ! めめめ」
「じゃあいっしょに『おいしいね』ができるね!」
「め!」
何を話したのかは分からないが、メェ君はジュースを飲む気らしい。
ジェームスさんが羊を飲む人数に含めているかは分からないが、もしなければ俺のを分けてやるか。
そう思いながら、いつも休憩する木陰の畔へと足を向けた。
ジェームスさんはできた人だ。
俺たちのジュースを木のコップに注いで渡してくれた後、彼は底が浅い皿にジュースを注いでくれた。
「これは君に」
「めぇっ」
ありがとう、の意を伝えたつもりなのか。
彼はジェームスさんの手の甲に、モフモフの頬をスリスリと寄せる。
ジェームスさんは目じりに皺を寄せて嬉しそうに「いやぁ、人懐っこいなぁ」と言いながら、メェ君の頭を軽く撫でた。
「メェ君は、エレンちゃんの羊なのかな?」
「そうだよ! メェ君はエレンのしんゆうで、『しょうかんどうぶつ』なの!」
「ほぅ。君のスキルは『召喚士』なんだね」
それにしても、ここまで仲がいいのはすごいな。
ジェームスさんがそう驚いているのを見て、俺は内心で「そうだろう、そうだろう」と頷いた。
俺が褒められた訳ではないのに、何だかちょっと勝手に嬉しい。
「エレンのスキルはね、友だち『いっせんまんにん』のための、神さまからのおくりものなんだよ!」
「友達一千万人?」
「うん! エレンの目ひょう! そのために『たびびと』だったんだよ!」
「へぇ」
エレンの順応性だと思うべきなのか、それともジェームスさんの柔軟性だと見るべきか。
今日会ったばかりなのに、エレンはジェームスさんともう仲良しだ。
……いや、思えば俺と出会ったのも、まだ昨日の話か。
という事は、エレンの人懐っこい性格が勝因なのは少なくとも間違いない。
いやしかし、ジェームスさんは聞き上手だ。
彼女の人懐っこさに、ジェームスさんの包容力が見事にマッチした結果だとも言えそうだし……。
「ジェームスさんのスキルは何?」
「私のスキルは『水』だよ」
「みず!」
一般的なスキルだが、彼女にとっては『水のスキル持ち』というのは珍しいのだろうか。
考え事をしている間に、二人はスキルについての話を、目を輝かせて聞き始めた。
彼女の目には、期待が乗っている。
どんなにすごいスキルなのかと、思っているかに違いない。
そんな彼女に小さく笑い、ジェームスさんは「攻撃になる程の水量は出ないけどね」と笑った。
それでも「でもこんな使い方はできるよ」と、手を仰向けにして前に出す。
「水よ、集まれ」
呟くようなその言葉に答えたのは、近くの水路に流れる水だった。
彼のスキルは、残念ながらそれほど強くない。
強いスキルなら空気中から水を集める事もできるだろうが、彼にできるのは精々が「近くにある、既に水の形をしているものを引き寄せる」事くらいだ。
しかし彼がさっき言った通り、たったそれだけの力でも、工夫と使い方によってできる事はある。
彼の手の平の上に引き寄せられて丸まった水に、エレンは「わぁ!」と目を丸くし煌めかせた。
「きれーい」
「そうだね。今日は晴れだから」
透明な水に太陽の光が反射して、キラキラと光っているように見えている。
それだけでも十分綺麗だが、俺は彼のスキルがもっと綺麗な景色を作り出す事ができる事を知っている。
「よく見てて」
そう言うと、彼は水の球体を手に持って、大きく振りかぶり――投げた。




