第20話 単純作業で、共同作業
……これまでの人生、子どもと関わる事などほとんどなかった俺だけど、ここ二日で初めて親バカになる世間の親たちの気持ちが、少しだけ分かったような気がする。
まだ土仕事を始める前でよかった。
見上げてくるエレンの頭をナデナデしてから、「じゃあ始めよう」と声を掛ける。
エレンとメェ君から「おー!」「めぇー!」というやる気のある声が返ってきた。
やる気は十分だ。
「まず、君たちにやってもらうのはアレです」
そう言って、俺は少し遠くにいる人影を手で示す。
作業中のジェームスさんだ。
彼は苗植え作業中。
シュバシュバッと手早く苗を植え付けしていく姿は、最早達人の域である。
「農業をやって、三十五年。完成形は間違いなくアレです」
「すごい、はやい!」
「めめぇ!」
「最初からアレは無理だから、ああいう作業を丁寧に、一個ずつ確実にやる。それを目指して頑張ろうな」
「はーい」
「めー」
そう言った一人と一匹に頷き、俺は目の前の畝に改めて向き合った。
「じゃあ手順を説明するぞ? まず、畝の真ん中に、真下に向かって穴を掘る」
そう言って、俺は実際に手で一掻きし、こぶし大の穴を掘る。
「で、この持ってきた苗を入れる」
穴にスポッと入れて。
「周りの土をかぶせて、最後に根元を軽くキュッと押さえる。ちゃんと抑えないと風とかで苗が倒れたり、抜けたりしてちゃんと育たないからな。とっても大事だぞ?」
言いながら、周りに避けていた土を寄せて、苗の根元を抑えてみせた。
チラリと隣に目をやると、俺の手元を熱心に見ているエレンとメェ君がいる。
勤勉な生徒だ。
あとは実際にできるかどうか。
「これでおしまし。できそうか?」
「エレンできる!」
「めっ!」
「じゃあ、お願いします。俺が穴を掘るから、エレンはそこに植える係な」
「わかった!」
苗植えには一定の間隔を空ける必要がある。
目でおおよそを測らないといけないので、最初は意外とこれが一番難しい。
だから、そういうところは俺がやる。
苗植えはエレンたちに任せて、出来栄えは後で確認すればいい。
こうして俺たちの、初めての共同作業が始まった。
役割分担をしての、流れ作業だ。
俺が穴を掘り、一輪車からエレンに苗を一つ渡す。
小さな両手でそれを受け取ったエレンは、ちゃんと俺が教えたとおりにそれを穴にスポッと入れ、土を掛けて苗の根元を押さえる。
やる気満々だったメェ君は何をしているのかと思ったら、エレンが押さえた後の苗の根元を、「めっ」ともう一度押さえてくれていた。
一応確認してみたが、ちょっと甘かったエレンの苗の抑え加減も、メェ君が最後に頑張ってくれている事でいい塩梅になっている。
エレンとメェ君、二人合わせてちょうど一人前といった感じだ。
一つやって、横にずれて、一つやって、横にずれて。
その作業を何度も繰り返す。
俺はこういう単純作業が意外と苦にならないが、エレンたちはどうなのか。
飽きたら邪魔をしないうちに、見学してもらわないとな……と思っていたのだが、それは杞憂だったらしい。
楽しそうに植えるエレン。
仕上げに抑えるメェ君。
そんな二人は、少し経つと。
「きみ、みどりがかわいいよ」
「めっ」
「きみは、はっぱが大きくてすてきだ」
「めっ」
まるで女性への口説き文句みたいな何かを言うエレンと、相槌よろしく鳴くメェ君。
一人と一匹のそのやり取りは、まるでこの前のコメの収穫時期に参加させてもらった、餅つきの声かけのような塩梅で、小気味いい……のだが。
「ふっ……んんっ。エレン、何でそんなふうに苗に話しかけてるんだ?」
エレンの物言いが可笑しくて、無駄に腹筋に力が入る。
ついに耐え切れなくなって尋ねれば、エレンは嬉しそうに胸を張った。
「いっしょに住んでたおばあちゃんが、『話しかけると、しょくぶつは元気にそだってくれる』って言ってたの! だからエレン、ほめてるの!」
素直に助言者の話を聞いて実行に移している辺り、エレンが余程『一緒に住んでいたおばあちゃん』とやらに懐いていたのだろう事は容易に想像できた。
一つだけ言うのなら、いまいち『話しかける』と『褒める』が繋がらないけど。
「どうせ話しかけるなら、うれしい方がいいでしょ? エレンね、スレイにほめてもらってうれしかったから」
「俺に?」
作業の手を止めないままエレンに言われ、俺は「いつそんな事してたっけ?」と小首を傾げる。
しかしエレンは、得意げに言った。
「きょうの朝、顔あらってきてえらいって」
「あぁ」
「昨日もスレイ、たくさんほめてくれたよ! エレン、おばあちゃんにおしえてもらったの! じぶんがしてもらってうれしい事を、みんなにやってあげたらいいよって」
言われてみれば、そんな事もあった。
俺にとってはその程度の事だが、どうやらエレンには大きな意味のある事だったらしい。
「他にはどんな事を教えてもらったんだ? 『おばあちゃん』に」
エレンがしてもらって、嬉しかった事。
それなら覚えておこうと思いつつ、話の種にちょっと気になった『おばあちゃん』について聞いてみる。
エレンは余程、『おばあちゃん』に影響を受けて育ったらしい。
なら彼女の事を知る事は、少なからずエレンを知る事に繋がると思ったのだ。
エレンは少し考えて、「あっ」と思い出したような声を上げた。
「あのね、『もじのよみかき』と『けいさん』、おしえてもらったよ!」
へぇ?
「珍しいな。平民は、あんまり教えてもらう機会もない事だと思うけど」
文字の読み書きや計算ができる平民は、そもそも少ない。
それには例えば、教えてもらう時間がないとか、知っていれば楽だけどそもそも知らなくても生きていけるとか、教える事ができる人が少ないとか、理由は色々とある。
貴族なら教養として覚えさせられるが、それ以外の出自の人間がそういった知識を得る時間を費やす意味と理由があるとなれば、職種がかなり限られる。
「その『おばあちゃん』は、商人だったのか?」
思い浮かんだ職種の中で最も平民の生活に近い仕事が、それだ。
違うのならば、あとは文官関係の仕事が主になるが……と思っていると、エレンは「んー」と少し考えるようなそぶりを見せて、「よくわかんない!」といい笑顔で答える。
「おばあちゃんは、ばしゃでくるおみせの人とちがって、ずっとおうちにいたよ? みんなに会いにいかなくても、みんながおうちにあそびにくるの!」
「人気者だったんだなぁ、エレンのおばあさんは」
俺がそう言うと、彼女はクスクスと笑い始める。
何が可笑しいのかと思ったが、どうやら思い出し笑いだったらしい。
「とくに仲よしのよにんがいてね、よにんそろうと、ほかの日の十五人いる時よりワイワイなんだよ!」
「へぇ」
話の内容よりも、十五人。
一度にそんなに個人の家に人が集まるとか、貴族のお茶会でくらいしか見た事ないんだが……どれだけ人望があったんだ、そのお祖母さん。
「『ミナおばちゃん』は、いっつもだんなさんに文句いっててね。でもおばあちゃんが、『あれは愛のある文句なのよ。素直になれないだけ。あ、でもエレンは真似せずに、いいところはちゃんとほめてね。その方が、きっと生きやすいだろうから』って――ハッ!」
エレンはハッと思い出したようなそぶりを見せたと思ったら、急にその場に立ち上がる。