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第18話 依頼を受けた一瞬の隙に、エレンが……



 となると、まず建築手伝いは除外だ。

 ノコギリなんかの刃物類が近くに置いてあってもおかしくないし、俺のすぐ近くで見学するような話には絶対にならない。

 最悪、上から物が落ちてくる事だってあり得る現場だ。

 先方も、子どもが一緒にいるなんて、注意を割く箇所が増えて負担になるだけだろう。


 安全面で言うと、森から木材を取ってくる仕事もあまりよろしくないか。

 切った木が倒れてくる時に巻き込まれる可能性もゼロではないし、あまり見通しがよくない森で気が付いたら迷子になってしまうかもしれない。


 牧場は中々よさそうだが、メェ君も連れていくから牧場にいる動物たちとの相性が気になる。

 見ている限り、メェ君はある程度相手とうまくやろうとするだろうと思うが、相手がどう思うかは分からない。

 こちらから仕事に出向いておいて、依頼主の迷惑になる状況は避けたい。


 と、なると。


「仕事内容は、『肥料撒き』と『収穫が終わった野菜の株の撤去』と『苗植え』の三種類になるけど」


 残りの三枚を吟味する。



 どれもそれほど危険な仕事ではないから、農業の手伝いのこの依頼の中で、なるべく一番エレンたちが見ていて飽きないようなものを選びたい。


 『株の撤去』は、枯れかけた株を地面から引っこ抜いて回る作業だ。

 『肥料撒き』は……依頼主が『農耕』のスキル持ちだから、スキルで畝を立てる前に肥料をまいて回るのが仕事か。

 スキルで畝がモコモコモコッとできるのは、見ていて面白い光景ではあるけど。

 

 ……あぁでも動物は、人間よりも嗅覚がいい。

 俺でさえ臭うと感じる肥料だ。

 メェ君にはちょっと苦痛かもしれない。


「じゃあ、これで」


 結局俺が選んだのは『苗植え』の仕事だった。


 既に立っている畝に、等間隔で苗を植える作業。

 見ていて楽しいかは人によるが、株がなくなっていく寂しい景色よりは、青々とした苗の面積が増えていく景色の方が、まだ見ていて楽しいだろう。


「それではここに、スレイさんのサインを」


 聞き手からエレンの手を放し、代わりに羽ペンを握った。


 サラサラと「スレイ」とサインを書く。

 彼女はその場でその依頼書に、ポンと受注の印を押した。

 そしてその紙を渡してくれる。


「受注完了です。今日も頑張ってください」

「ありがとう」


 笑顔で答えて受注書を受け取り、俺は足元に視線を向けた。


「よし、じゃあエレ――エレン?」


 あれ?

 いる筈のエレンの姿がない。


 ついさっきまで手を繋いでいたのに、一体どこに……。


「エレンはエレンっていうの! メェ君はメェ君! スレイのところに住んでるの!」

「めっ!」

「今日は朝ごはんがおいしくて――」

「エレン!」



 いつの間にか、少し離れたところで見知らぬ冒険者に話しかけている。

 そんなエレンに慌てて駆け寄ると、振り向いた彼女は「あ、スレイー!」と暢気で嬉しそうに笑った。


 よく見れば、話し相手は、先程俺を「誘拐者か」と疑っていた奴らだ。

 俺にいい感情を抱いていないような相手に、わざわさ「俺の知り合いだ」と言うなんて。


 そうでなくてもエレンもメェ君も、ちょっと変わった特技、もとい片方は『特性』なんていう名前の未知の何かを持っているのに。

 ……っていうか、自分の無邪気な笑顔が少しは大人から見て可愛らしく見える自覚をしてほしい。

 連れ去られでもしたら、どうするんだ!


「知らない人に、勝手に話しかけに行っちゃあいけません!」

「えー?!」


 危険行動をどうにか抑えようと、言うべき言葉を探した結果、幼少期に自分が言われた言葉をそっくりそのまま使っていた。


 どうやらエレンは不満そうだ。

 口とツンと尖らせてくる。


「エレン、友だち『いっせんまんにん』作りたいのに」

「友達を作るにも、えーっと……そうだ! 色々と手順があってだな!」

「てじゅんって?」

「いや、だからそれは」


 つい勢いでついてしまった嘘を、エレンは純粋に受け止め返してくる。


 一応何かいい言葉はないかと探してみたが、そもそも俺は友達の多い方ではない。

 それで不便を感じた事もなかったせいで、咄嗟に思いつけるようなものもない。


 ギュッと手に力を込める。

 と、手の中でカサリと紙の感触がした。


「そ、そうだ! 受注できたからそろそろ行くぞ!」

「おしごと!」


 俺の必殺話逸らしに、エレンはまんまと目を輝かせる。

 メェ君も「めぇ!」と喜んで、二人して「たのしみー」「めぇめ!」なんて言いあい始めた。


 チョロ……げぶん。

 素直で助かった。


 受注書を腰につけているバッグに入れて、手を差し出すとエレンがギュッと握ってくる。

 こうして俺たち二人と一匹は、ギルドを後にした。


 流石にエレンの方から話しかけに行っておいて、何の挨拶もなしで立ち去るのは失礼か。

 そう思い、最後に軽く会釈だけ、してから。




 だから俺はその後の事は知らない。


 俺たちの後ろ姿をどこか驚いたような、呆然としたような顔で見ている人たちが。


「……なんか、別に誘拐っていう感じじゃなかったぞ」

「普通に仲良しに見えましたね」

「あの人の方も、別に子どもの世話を持て余しているっていう感じじゃなかったし」

「ちょっと心配だったから、必要なら助けてあげようかなって思ってたけど、要らない世話だったかな」


 実は誘拐疑惑を持ち出す傍ら、「俺が一夜の間違いで作ってしまった子どもを母親から押し付けられて、困っている可能性もあるのではないか」と心配されていたけど、今まで接点も特にないし助けにくいなぁーとも思いながら見ていた事なんて。

 そして、たまたま自分たちを心配の目で見ている大人がいる事に気が付いたエレンが、「おはなしあいてに、なってくれそう!」と勘違いして喜び、話しかけに来た事なんて。

 俺は、もちろん知る由もなかったのだった。




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