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第16話 日頃の行いが仇になる




 ギルドの扉を押し開くと、外の活気とは別の種類の喧騒が耳になだれ込んできた。



 時刻はもう、午前九時前だ。


 こぞってやってくる最早受注組が一旦捌けて、ちょうど少し人数が落ち着いてきた時間帯である。

 いつもと比べて、冒険者の姿が疎らだ。


 しかし、それでも人がいない訳ではない。

 麦わら帽子を被った俺たち二人と一匹は、冒険者たちの視線を多く集めた。



 まぁ仕方がない部分もある。

 革や鉄の防具を着た人たちの中で、こんな軽装――しかも麦わら帽子付きなのだから、むしろ目立たない方がおかしい。


 その上、俺の場合は別の事情も抱えているのだから、猶更だろう。


「おい、非冒険者がまた来てるぞ」


 囁くようなその声は、俺に向けたたしかな侮蔑を孕んでいる。


「ねぇスレイ。『ひぼうけんしゃ』って何?」


 どうやらエレンにも聞こえたようだ。

 小首を傾げて聞いてくる。


「そうだなぁ。簡単に言うと、『戦う仕事をしない冒険者』の事かな」


 『非冒険者』。

 他の冒険者たちが、冒険者の誇りである荒事――魔物討伐や護衛の仕事を一度も受けず、こんな格好で毎日非戦闘系依頼を受けている俺を揶揄する時の呼び名。


 体を張るという冒険者としての矜持を捨てた、臆病者。

 そんな意味を孕んだ蔑称だ。


 その意味を侮蔑を向けられている本人に聞いてくるのだから、思わず苦笑が漏れた。

 しかしエレンも、もちろん悪気があった訳じゃない。

 それが分かっているから、なるべく分かりやすいように教えてやる。


「ぼうけんしゃは、戦うのがふつうなの?」

「そういう仕事をする人が多いかな。だから俺は他と区別されて、ああいう呼び方をされる事がある」


 もちろん、そんなふうに区別されて呼ばれて、嬉しいと思う訳がない。

 しかし同時に、彼らが荒事系の仕事を引き受けてくれるお陰で、俺たちの日々の平穏な生活が保たれている事も理解している。


 彼らには感謝しているし、同時に尊敬もしている。

 スキルもおおよそ戦闘に向いた強さではなく、性格的にも戦い向きじゃない。

 そんな俺にはできない仕事を、彼らはしてくれているのだから。


 ――それに、冒険者に嫌われたところで、生きてはいけるしな。


 生きていくには金と食料が必要だが、どちらも冒険者に好かれなければもらえないものではない。


 いくら陰口を叩かれたところで、自分が生きたいように生きるための障害にはならない。

 ならばある種の代償として、もう「そういうものだ」と受け入れた方が賢いというもの――。


「すごいね! ひぼうけんしゃ!」

「え」


 まさかの『褒め』が返ってきて、思わず面食らってしまう。

 しかしエレンは、そんな俺の反応なんて、何のその。


「トクベツな呼び方っていう事でしょ? エレンね、そういうのを何て言うか、知ってるよ! 『ふたつな』って言うんでしょ?! すごい人につくやつ!」


 エレンの目はキラキラと、羨望に煌めいている。



 ……二つ名。

 多分絵本やおとぎ話で、英雄に付けられるようなものを連想しているのだろうけど、そんな綺麗なものではない。

 貰わない方がいいような呼び名なんだが。


「すごいねぇ、スレイ」

「めぇっ!」


 嬉しそうに「すごい」「すごい」言っているエレンと、同調するメェ君。

 こうなると、何だか子どもたちの夢を壊すのが、ひどく申し訳なくなってくる。



 否定するべきか、流すべきか。

 戸惑いながらも悩んでいると、今度は周りからはチラホラとこんな声も聞こえ始めた。


「何だ? 子どもと羊も連れているぞ」

「もしかして託児所かなんかと間違えてるんじゃないだろうな」

「あの子たち、どっかから誘拐でもしてきたんじゃあ?」

「たしかに、手、捕まえてるし」


 逃げ出さないようにしてるんじゃね? という声が耳に届き手元を見ると、たしかにエレンと歩いて来た時の名残があった。



 たしかにそういう疑惑を持つ人間から見れば、さぞかしこの手は怪しく見えるだろう。

 しかし、ギルドの中に入ったからと言って、この手を離すのはある意味危険だ。

 こうしてエレンと話していた僅かな間にも、もう何度この腕がピーンとなったか分からない。


 手を離せばその瞬間に、十中八九ギルド内を探検しだす。

 それこそここには、俺をよく思っていない冒険者だって多い。

 何かの間違いや八つ当たりで、万が一にもエレンに被害があっては可哀想だ。


 そう思うから、この手は何と言われようとも離せない。



 だから俺はエレンの手を引いたまま、まっすぐに目的地を目指す。


「あ、おはようございます。スレイさん。……と、その子はもしかしてスレイさんのお子さんか何かで?」


 やって来たのは、受注受付カウンター。

 しかしそこで顔なじみの職員に開口一番、そんな疑問を投げかけられた。


「何で俺に子どもがいるっていう話になるんですか、マリナさん」

「いえ、ですから実は隠し子がいらっしゃったとか」

「そう思うくらい、俺が子どもを連れているのは怪しいですか」


 俺を勘繰る周りと同じく、明らかにエレンを連れている状況を異常だと捉えている物言いだ。

 俺はそんなにも、「そういうやつだ」と勘繰られる程、信用がないのか。

 ちょっとひどい。


「あっ、違いますよ?! 別にスレイさんを疑った訳ではなく、純粋にスレイさんと女の子の組み合わせがそのくらい珍しいっていう話で! 何かこう、スレイさんって自由気ままな単身暮らしをしているイメージが強くって!」

「もし子どもがいるなら、別に隠す必要もないでしょ。……昨日、たまたま会った子で、行く当ても居場所もないようだったので、昨日はうちで泊めたんです」


 ちゃんと説明したのだが、彼女はまだいまいち解せない表情だ。


 まぁ、たしかにたまたま会った子を何の裏もなく泊めるというのは、少し珍しいのかもしれないが。


「おたくのギルド長にも相談済みですよ」

「ギルド長がご存じなら大丈夫そうですね!」


 何でこんなにも信頼度に差があるのか。

 ちょっとショック……。




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