第14話 留守番させたい俺 VS 行きたいエレン
「げんじろう、はこを洗ってからエサ入れてほしいって」
振り向くと、まだちょっと眠そうな目を擦りながら、エレンがそう言った。
隣には、メェ君がピッタリ寄り添っている。
こちらは寝起きでも平常運転らしい。
しかし、『げんじろう』とは?
そんな俺の疑問の答えたのは、エレンではなかった。
鶏が、今日初めて「コケッ」と鳴いた。
「え、源次郎?」
「……ケッ」
どうやら肯定のようだが、まさか嫌味的な意味はないよな?
流石に鳴き声の最初の一音が聞こえなかっただけだよな……?
そんなふうに思っていたら、源次郎がエサ箱から降りて、足蹴にしてこちらに寄せてきた。
早くやれという事か。
我が儘な奴め、と思ったが、そういえば今週はまだ箱を洗っていない。
気難しいこいつの性格を考えれば、まぁこの抗議もそれらしい気がしてくる。
それでエサをやらせてくれるなら、とっととやった方が早いか。
結局そう結論付けて、ため息交じりにエサ箱を持ち上げる……と、その前に。
「教えてくれて助かったよ」
言いながら、エレンの頭をポンと撫でた。
エレンは、寝起きだからか。
昨日より少しばかりフニャリとした笑顔でこちらを見上げてくる。
ものすごく嬉しそうだ。
「箱を洗ってエサ入れたらすぐに朝ごはん作るから、できるまでには顔洗っておいてくれ。タライには水、溜めておくから」
「はーい」
「めぇ」
エレンとメェ君が返事をし、仲良く庭へと向かう。
ふと「羊の彼も主人と一緒に顔を洗ってくるのだろうか」と思い、想像した。
前足で、器用に顔を洗う羊。
あり得ない光景ではあるが、「エレンにべったりなあの羊が、気が付いたら主人の真似をしてその辺のやり方を身に着けていた」という事なら、何故か段々あり得るような気もしてきた。
……というか、『源次郎』って。
ちょっと厳つすぎやしないか、名前。
お前、メスだっただろ。
朝飯は、さっきサラッと取ってきた源次郎の寝床から取ってきた卵と、買ってきていた干し肉を、焼いたバンに乗せるだけ。
食べる人数が増えたところで、作るのに必要な時間はそれほどかからない。
竈にスキルで火を入れて、フライパンで材料に熱を通す。
味付けは塩を一つまみだけ。
王城時代は、飯は自分で作るにしても材料は用意してもらえていた。
その時には特に気にせずに、そこにあった塩や胡椒やその他諸々を特に量も気にせず使っていたが、調味料や香辛料は、意外と高いとこの地に来て知った。
ちょうど出来上がり、リビングに持っていこうとしたところで、元気な二匹が起きてきたらしい。
「わふっ」
「こら、足元をウロウロするな。お前らのエサは用意してあるだろ」
「僕らにもちょうだーい」と言わんばかりにチョロチョロと側を歩き回る二匹に、そう言いながらリビングに入る。
すぐさま目に入ったのは、二人用の空っぽのエサ箱だ。
「朝ごはん間食してるじゃないか。これは俺たちのだから、ダメ」
「わふっ!」
「わふっ、じゃない! 行儀のいいメェ君をちょっとは見習いなさい!」
既にテーブルに着席しているエレンの隣の床でいい子で待っているメェ君を見て注意したが、何のその。
二匹はまったく答えた様子もなく、足元でじゃれついてくるのをやめない。
そんないつも通りの二匹を躓かないようにうまく避けながら、朝食の乗った皿を運びきり、エレンの前にコトリと置く。
「顔は洗ってきたか?」
「うん!」
「そっか。よくできました」
褒めたらエレンが、頭をこちらに傾けてきた。
素直に撫でると、また嬉しそうに笑う。
頭撫でられるの、好きなのかな。
「よし。じゃあ食べるか」
エレンの向かい側に自分も腰を下ろし、胸の前で両手の指を組む。
「日々の糧に感謝します」
「日々のかてに、かんしゃします!」
食事の挨拶は綺麗に被った。
しかし先に食事にありついたのはエレンだ。
エレンは勢いよく、焼いた干し肉と卵が乗ったパンにパクリと齧りついた。
「っ!! おいしいよ、メェ君!」
「めっ」
昨日と同様にメェ君にも、エレンと同じメニュー――炒り卵と、一口大に千切ったパンと干し肉を混ぜたものをあげている。
塩の味付けはしていないが、メェ君も「美味しい」と思ったのだろうか。
俺には同意の鳴き声に聞こえた。
食べながら、俺は「そうだ」とエレンに話しかける。
「この後俺はギルドに行って、依頼を受けてるんだが」
「ぎるど?」
「昨日の夜に行ったところ」
その説明で、彼女は納得したような顔になる。
「帰るのは夜前くらいになるから、エレンは動物たちと家で留守番を――」
「『いらい』って何?」
「え? あぁ、仕事の事だよ。頑張って誰かの役に立って、美味しい物を買うためのお金をもらう」
彼女の疑問に、なるべく分かりやすいようにと、言葉を選びながら話す。
すると、何となく理解したようだ。
「お金はだいじ! エレン知ってる! おいしいものを食べられるのも、しあわせだもんね!」
「そうだな。だから」
「エレン、スレイとメェ君といっしょに行くの、たのしみぃ!」
「えっ」
エレンも行くの?
留守番していてもらおうかと思ってたんだけど。
「俺はエレンと遊んでやれないぞ? やっぱり留守番」
「エレンいく!」
「留守ば」
「メェ君もいく!」
「留守」
「いく!!」
純粋な瞳で、エレンが期待のまなざしを向けてくる。
しかし、ただの素人というだけなら未だしも、エレンは子どもだ。
体も小さく、力も弱い。
疲れやすくもあるだろう。
仕事をもらっている身で、先方に迷惑はかけられない。
「おしごとでしょ? エレンもがんばる!」
「いや、するのはちょっと……」
でも、そうだな。
こっちでなるべく危険度が低く、先方にも迷惑をかけない仕事を選んだ上で頼むだけなら、とりあえずしてみてもいいかもしれない。
「じゃあもし先方に断られたら、大人しく帰る。それでもいいか?」
「わかった!」
もしかしたら「エレンもやる!」とごねるかもしれないと思ったが、意外にも彼女は聞き分けよく「エレン、いい子にしてる!」と意欲を見せる。
本当は別に見学に意欲も何もないのだが、ここまで約束してくれるなら、俺も連れていかない理由はない。




