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コメディ以外でポイントが取れない作者の、別ジャンルの珠玉の爆死作品集

鬼は外にいる

作者: 伊藤 拓



――トントントントントン……



 包丁がまな板を叩く、慌ただしい冬の朝。


 母親が弁当を用意する傍ら、鬼族の青鬼つよしは、朝食をモグモグと食べながら、テレビを見ていた。


「剛。お弁当、ここに置いていくから」


「ああ、わかった」


 テレビを見ながら、ご飯を頬張り、剛は空返事する。


「あら、もうこんな時間!? パートに遅れちゃう!」


 離婚して母子家庭であった青鬼家は、キッチンと繋がったリビングに寝室だけの、所謂、1DKの狭くて古い公営団地に、二人だけで住んでいた。

 スーパーで働く母の収入だけでは心もとなく、青鬼剛は中学卒業後、定時制高校に通いながら、建築現場で働いていた。




「……次のニュースです。今年の節分ですが、文科省は、鬼族への配慮から、幼稚園や学校を含む公的機関の節分の豆まきイベントを中止するよう通達を出しました。毎年、2月3日は、豆まきをするのが恒例でしたが、鬼差別を助長すると鬼権団体からの抗議もあり、今年は取りやめとなります。一部、民間団体も付随するとの形で、各機関では豆まきイベントを中止し、恵方巻イベントに代替するとの発表がなされています」




「マジかっ! 母ちゃん! 節分の豆まきイベントが中止だって!」


「えぇっ!?」


 化粧中の母がテレビを覗き込む。


「剛、どうすんの? 今週末の鬼のバイト」


「……どうなるんだろう」




「この決定は、さまざまなところに波紋を広げています。こちら、毎年、節分で、鬼役を多く派遣していた『黒鬼スタッフ』の社長黒鬼さん」


 中年の白髪交じりの黒鬼がインタビューに答える。


「困りましたねぇ。昨今、コンプライアンス意識が高まっていますし、時代の流れなんですかねぇ。我々、鬼にとっては、節分は稼ぎ時だったのですが……ひとまず、スタッフには事情を伝えて、今年は仕事が少ないことを了承してもらうしかないですかねぇ……」




「せっかくの稼ぎ時なのに、余計なことしやがって……」


 臨時収入を当てにしていた剛は、口に入れていた箸を噛み締める。




 映像が、アナウンサーやコメンテーターなどの人間達が並ぶ画面に切り替わる。


「政府のこの決定は、本当に鬼族のことを考えているのでしょうか? 残念ですねぇ」


 人権派弁護士コメンテーターが続けて話す。


「ご存知の通り、鬼族は、人間たちの戦争と迫害の歴史の末、今では、日本の全人口の1%弱です。そして、鬼族は、昔から就職などで差別を受けており、その子供達も十分な教育を受けられず、低収入になりがちです」


 コメンテーターはグラフが描かれたパネルを見せた。


「このように、世帯収入や所有資産も低く、貧困率、そして、生活保護率も高いです。鬼達の生活は、かつがつです。鬼族を守るためと政府は述べておりますが、彼らの貴重な収入源を奪うことは鬼族のためになるのでしょうか? 本末転倒ではないのでしょうか?」


 コメンテーターは、パネルを置き、カメラ目線で訴える。


「私のところには、低収入かつ劣悪な環境で働く鬼達の相談が数多く来ます。その中で、節分の仕事は、安全で高収入だと鬼達に好評です。この政府の決定は、現場の意見を無視し、鬼達を救済するという本質的な目的から外れ、やっている感を出すために行われる『ザ・お役所仕事』の典型ですね。政府は、自分達の体裁のために鬼達を利用し、そして、追い込む。まさに、鬼畜の所業です」


 急にカメラがアナウンサーを映し出す。


「あっ、あの、議論の途中ですが、一旦、CM入ります」




「この人の言う通りだよ。余計なことして、仕事奪うなってんだよ」


「残念だねぇ。でも、剛も、そのうちわかるよ。体裁だけ整える。そんなことばっかりだから、世の中は」


「納得いかねぇ……」


 剛は、箸を何度か噛む。




 CMが明けると、さっきのコメンテーターはいなかった。


「先ほど、不適切な表現がございました。大変失礼いたしました。決して、コメンテーター本人は鬼族をおとしめる意図はなく、一つの表現として使ってしまったとのことです。本人の希望もあり、今日は退席させていただいております」


 アナウンサーが頭を下げる。




「あの人、俺達の味方していたじゃん」


「変なところで鬼差別が是正されてるわねえ」


「でも、節分の後の豆料理どうすんの」


 鬼達は、人間達に負けない気概から、節分で使われた豆料理を節分のあとで食べ尽くすのが慣習であった。


「豆がないと難しいわね。じゃあ、パート行ってくるから、剛、戸締りお願いね」


「ああ、わかった。まあ、嫌いな豆料理が少なくなるだけマシかぁ……」



 剛は、食べ終わると、鏡の前で、金色の短髪をワックスでツンツンヘアーに整える。

 そして、作業着に着替え、原付バイクのハーフヘルメットを取り、職場に出かけた。

 角が収納できる鬼用ヘルメットはあるが、二つ角の青鬼剛は、ツンツンヘアーを維持するため、人間用のヘルメットを使用していた。



**



 青鬼剛の職場は、原付で15分の距離にある建築現場だ。

 剛は鬼族の中では小柄だが、それでも180cmあり、原付バイクは小さく見えた。



「あぶねぇ!」



 交差点の前で、白のセダンが剛に幅寄せする。

 原付は、車道で最も立場が弱い。


 剛がセダンの運転席を見る。

 そこには、初老の男が剛を見てニヤついていた。

 剛が睨みつけると、運転手の初老の男が目をそらす。


 仕事前に余計なことを考えたくなかった剛は、信号が青に変わった後、スピードを上げ、並んでいた車達の脇をすり抜けた。


 午前8時始業前に着き、朝礼後、戸建ての建築現場の仕事に入る。

 現在は基礎工事の段階で、今日はコンクリの流し込み。

 この仕事を始めて、1年弱。

 剛はまだ未成年なので、やれることは限られているが、厳しい指導にも耐え、力仕事が得意だったため、重宝されていた。


 お昼は母が作ってくれた弁当を食べる。


 そして、午後3時の休憩。

 一緒に働く鬼友の赤鬼武志たけしと近くのコンビニに行く。


「武志、節分中止のニュースを見たか?」


「ああ、やめてくれよな。俺、あの収入でベース買う予定だったのによぉ~」


「何が、鬼族のためだよ。ふざけてるよな、マジで」


 武志は190cmあり、コンビニでは、彼ら二人は目立つ存在だった。


「剛、これ見ろよ」


 そこには、『鬼面付きの豆は販売を見送らせています』とあり、節分コーナーでは、お多福のお面と豆だけが寂しく売られていた。


「ハハハ、ここまでやんのか。早っ」


 その笑い声に、近くにいた老女が眉をひそめ、剛達から離れる。


 剛は、その行動を気にしていないそぶりをし、飲み物とお菓子を買い、コンビニを出た。


 そして、武志を外で待つ。


 しばらくすると、飲み物を飲みながら、武志がコンビニから出てきた。


「剛、お前、節分の収入で何買うつもりだったんだ?」


「給料は母親に渡しているからな。高校の授業料にでもなるんじゃねぇ」


「剛よぉ、もっと遊べよぉ。定時制高校なんて行かずによぉ」


「学校は母親が望んでるからな。俺は必要ねぇと思ってるけど……」


「しかし、あの臨時収入なくなるのはいろいろキツイな」


「ああ……」



 その時、剛の首に何か小さいものが当たった。


 後ろを振り向くと、


「オニは~そと~」


 小学校低学年の男子数人が、お多福のお面を被り、彼らに豆を投げていた。


「おい、てめぇ、このクソわっぱ

「なにやってんだ、てめぇら」


 剛と武志は、怒鳴り返し、追う仕草を見せるも、少し逃げた男子達は止めなかった。


「クソォ、あのわっぱども、俺らが仕事中だと知ってて、おちょくってきやがる」


 仕方なく、剛と武志は駆け足で現場に戻った。



 そして、午後五時。


「親方、すみません、五時なんで帰らせてもらいます」


「ああ、学校か。じゃあな」


 そう、親方から許可を貰うと、用意していた私服に着替えて、原付で学校に向かった。



**



 定時制高校は、進学校の夜間部として授業が行われる。


 午後5時半から開始。


 その前に、教室がギリギリまで使われていると、外で待たないといけない。


 今日も残念ながら、教室が使用されている。


 剛は、1階の教室の前の廊下の窓の下で、身体を丸めてヤンキー座りして、教室が空くのを待っていた。


(早く、教室空かねぇかなぁ)


 剛は、特につるむこともなかった進学校に進んだ中学の同級生にあまり会いたくなかった。


 そして、視線を感じる。


 剛がその視線のもとを見ると、


(なんだ、御多福か)


 そこには、小中学生時代の同級生、おかめ顔で、いつも笑顔の『御多福うずめ』がいた。『お多福神社』の神主の娘で、成績もそこそこ良かった。


 御多福は軽く会釈する。


 会釈をされたので、剛も、ヤンキー座りしたまま、上目遣いで、簡単に頭を下げた。


 剛は、人畜無害な御多福の笑顔を見て安心した瞬間、



「おい、ここではピアスは禁止だ!」



 誰かが怒鳴る。

 剛は、この声に聞き覚えがあった。

 中学生の同級生『桃尾太郎』だ。

 エリート警察官の息子であり、無駄に正義感が強い。


「耳のピアスは、鬼の伝統衣装なんだけど」


 剛は上目遣いで抗議する。


「金髪も校則違反だろうが!」

「俺は、お前と違って昼は働いてるし、どうしようが俺の勝手だろ」

「その座り方も学生としては不適切だ」

「なんで、鬼の俺ばかり注意すんだよ。周りにも注意しろよ」


 剛と同じ授業を受ける生徒は、剛と同様、自由な服装や格好をしていた。


「俺の父は、『鬼の犯罪率が高いのは、基本的なルールを守らず、社会から孤立するからだ』と言っている。俺は中学生の同級生であるお前のためを思って言っている」


(余計なお世話なんだよ)


 剛は、桃尾を見ず、教室の扉に視線を向けていた。


「聞いてるか? ピアスは伝統衣装でも、金髪は明確に校則違反だ」


(うるせぇなぁ、金髪だと角が目立たないんだよ)


――ガラガラガラ……


 ようやく教室の扉が開く。


「ひとまず、生徒会役員として、担当教員に報告しておく」


「へいへい」


 そう空返事して、剛は教室に入っていた。



 そして、午後9時。

 4時限の授業が終わると、剛は帰路についた。



**



―――2月3日土曜日午後―――



「ハァー、一件かぁ」



 中止が相次ぎ、派遣元の社長がお情けで入れてもらった仕事。


 拘束時間が長いわりに、5千円と安い。


「まあ、近いだけマシか」



 髪を寝かせ、角が目立つようにした剛は、衣装に着替える。

 衣装は、ラフな柄物羽織に、丈が短い袴、そして、下駄だ。

 ただ、寒いので、上にジャンパーを着る。

 修学旅行のお土産としても人気の金棒は、本物を持っていくと職質されるので、金棒に見える傘を持っていく。

 準備ができた剛は、歩いて仕事場に向かった。


 婦人会のイベント。


 鬼達の演劇が開催されるが、明らかにねじ込んだと見られるモブ役が剛の役割だった。


 ほぼ突っ立っているだけのイベントが終わり、午後7時半、剛は帰路に就いた。


 月明かりが照らす2月の寒い夜。


 ぼーっと夜空を眺め、剛が家に向かっていると、





「やめて下さい!」





 聞き覚えのある若い女の声がした。


 声の方向を見ると、酔っ払ったサラリーマン風の男たち3人、巫女服を着た『御多福うずめ』を飲み屋に引き込もうとしていた。


「ちょっとぐらい、いいだろぉ。こっちに入ってよぉ」


「次の予約があるんです」


「それよりも高い金払うからさぁ~、こっちで少し『お多福祈願』やってくれよぉ~」


「お金の問題ではありません」


「そんなこと言わずに。若い女がいいんだよぉ。さっきからずっと笑顔だから、本心は嫌がってないんだろぉ」

「福は内、福は内」


 一人がそう言って、無理やり、御多福を連れ込もうとしたとき、



「おい、やめろ」



 剛が、その男の肩を掴む。


「なんだぁ~てめぇ。鬼か?」

「おめぇ~、鬼のくせによぉ、人間様に立てつこうとすんのか?」


 一人が、呂律がうまく回らないながらも、剛にガンを飛ばしながら続けて言う。


「お前ら鬼達はなぁ~、社会のお荷物なんだよぉ。俺達が収めた税金を、生活保護で受けて、生きてんだろぉ~。偉そうにするなよぉ。むしろ、俺達に感謝しろやぁ」


「俺は生活保護を受けていないし、働いて税金を納めている」


「どうせ低収入だろ? 累進課税制度は理解できましゅかぁ?」


「低収入だが、俺は嫌がる女を連れ込むようなことはしていない」


「こいつ、鬼のくせに俺達に意見しやがる。自分の立場を理解してねぇな」

「鬼を甘やかすとろくなことにはならねぇ。一発、かましたれぇ」


 すると、酔っぱらいの一人が、殴るをした瞬間、



――ドンッ



 剛は片手で彼を突き飛ばした。


 そして、倒された男が身体を起こそうとしたとき、




「お前、なにをしているんだ!!!」




 後ろから怒声が飛ぶ。


 剛が振り返ると、塾帰りとみられる自転車に乗った桃尾太郎がそこにいた。


「とうとう、お前、やらかしたのか」


 桃尾は、自転車を降り、突き飛ばされた男に近寄る。


「大丈夫ですか? 怪我はないですか?」


「あっ、はい。こ、この鬼がいきなり突き飛ばしてきて」


「私の父は警察官です。すぐに連絡します」


「待って。桃尾くん、話を聞いて。青鬼君は……」


「御多福さん。わかってる。コイツが何かしでかしたんだろ」


 その言葉に、剛は、冷たい目で桃尾と突き飛ばされた男を見た後、家への歩みを進めた。


「青鬼、待て! 逃げるな!」


 桃尾が追いかけようとすると、



 御多福が立ちはだかる。



 そして、月明かりに照らされた、その能面のような笑顔は、ゆっくりと下を向き、



 上目遣いで、だんだんと、徐々に、般若顔に変わっていった。



 その恐ろしい表情に、桃尾達は恐怖を覚え、身体が硬直する。



 しばらくして、御多福が口を開く。


「………いい大人なんですから」


 酔っぱらい3人を睨み、


「どちらが悪かったのか、貴方達が一番わかっているはずです」


 そして、桃尾を睨みつけ、



「桃尾君、青鬼君はあの人たちから私を守ってくれました。もし青鬼君を犯罪者にするようなことがあれば、私は貴方を一生許しません!」



「「「「………………」」」」



 誰も言い返せないまま、御多福は青鬼の後を追った。



**



「青鬼君、待って!」


 御多福うずめが走って、剛に追いつく。

 彼女は息を少し切らしていた。


「ああ、御多福。もう、警察が来るからいいだろ」


「違う。青鬼君には、仕事を手伝ってほしいの。急遽、鬼役が来れなくなって」


 剛が、うずめの提案を測りかねて、首を傾けると、


「3万円」


 剛が眉を上げる。


「大事なお客さんだから、お金も高いの」


 剛は少し考えてから、


「………ああ、わかった」


 うずめの口角がいつも以上にあがる。


「じゃあ、行こう。こっちだから」


 そう言って、うずめは剛を、進んでいた逆の方向に促した。


「で、お客ってどこなんだ?」


「児童福祉施設と老人ホームが一緒にあるところ」


わっぱと年寄りか……」


 剛の歩みが遅くなる。


「嫌なの?」


 うずめは、背の高い剛を覗き込む。


わっぱと年寄りは苦手だ。あと、酔っ払いも。わっぱは、単純だから、俺達鬼を攻撃してもいい悪の存在だと思ってる。年寄りは、昔の粗暴な鬼の偏見を引きずっているのか、静かな嫌がらせをしてくる。酔っぱらいは、気が大きくなって、身体の大きな俺達にも構わず絡んでくる」


「今から行くところはそんなことはないと思うよ」


「それはどうかな。鬼役の俺に、力いっぱい豆を投げてくるかもな。まあ、金貰えるから我慢できっけど……」


「…………」


「で、あとどれくらいで着くんだ?」


「もうすぐ。ほら、見えてきた。あそこ」


 門構えがある、小さな幼稚園ぐらいの大きさの建物が見えた。


 門の中に入ろうとすると、


「ここで待ってて。祈祷が終わったら呼ぶから」


 そう言って、うずめは一人、玄関に入っていった。



**



(もう、20分ぐらい経つな。祈祷、どれくらい掛かるか聞いときゃ良かった)


 既にジャンパーを脱ぎ待機していた剛は、月明かりが照らす2月の寒い夜に、門の外で、身体を震わせて温めていた。


(うぅ、寒い。クソ、3万のためだ)


 祈祷が行われているためか、剛には不気味な静けさが覆っていた。




 ガラガラガラと庭に接していたベランダの掃き出し窓の開く音がした。


 剛は、門の中をそろーと覗き込む。


 すると、庭を隔てたベランダには、巫女服を着たうずめの他、子供と老人が十数人、豆が入ったますを持って並んでいた。




「福は~~~内」




 透き通ったうずめの声が周囲に響く。




「鬼は~~~外」




 そう言うと、隣にいた少女が、豆を握って、キョロキョロして、うずめに訊く。


「おねえちゃん、鬼はどこにいるの?」





「鬼は外にいるの」





 うずめはしゃがみ、少女と同じ目線になる。



「そして、外で私達を守ってくれるの。お姉ちゃんも守ってもらったの。私が助けを求めているとき、外にいる鬼は私を守ってくれたの」



 少女はそれを聞き、


「じゃあ、豆を投げたらダメなんだね」


 と答える。


 それに、うずめは優しく頷く。



 一方、脅かす準備をしていた剛は、その言葉に、出るタイミングを逸してしまう。


(どうすりゃいいんだよ)




「福は~~~内」



 うずめの声が響く。



「鬼は~~~外」



 そして、うずめは豆を握り、



「豆は上へ!」



 そう言って、腕を下からおもいっきり振り上げ、豆を上に撒く。



 パラパラと、白く光る豆が、月と星が輝く夜空に散り広まり、落ちていった。



「福は~~~内、鬼は~~~外、豆は上~~~」



 子供達がそれを真似して、豆を上に撒く。



 うずめは、足袋たびのまま、庭に降りて、剛のもとへ向かった。



 門の外で待っていた剛の前に行くと、うずめは、仕事でゴツゴツになった剛の手を強く握り、皆のもとへ連れて行く。



 うずめと、状況を飲み込めない剛が庭を通る。



「「「福は~~~内、鬼は~~~外、豆は上~~~」」」



 庭では、子供達だけではなく、老人達も、豆を上に撒いていた。



 うずめと、彼女に手を引かれた剛は、豆のシャワーを浴びる。



 パラパラと降る。



 月明かりに照らされた白い豆。



 時々、目をつぶりながら。



 二人の頭に豆がのる。



 そして、うずめと剛は、皆がいるベランダにたどり着いた。



 ベランダに上がるとうずめは、床に置いていた自分の分の豆のますを剛に渡す。



 剛が豆を握って投げるのを躊躇していると、うずめがその手を上から握り、



「福は~~~内、鬼は~~~外、豆は上!」



 と、一緒に豆を上へ撒く。



 初めて投げる節分の豆。



 うずめ達と一緒に投げる豆。



 自分達が撒き、庭に降り散らばる豆を見る剛。



 剛は自分の前にあった何か大きなものが消え去った感覚に襲われていた。



「「「福は~~~内、鬼は~~~外、豆は上!」」」



 こうして、うずめ流豆撒きが続いた。



**



 豆撒きが終わり、ガラガラガラと掃き出し窓が閉められた。


「うずめちゃん、今年の鬼さんは、えらい若いねえ」


 老婆の一人が声を掛ける。


「小中学生の同級生、青鬼君です」


「どうもっす」


「いい男じゃないかい。私がもっと若けりゃ、絶対狙ってるよ」


 そう言って、無遠慮に剛の腕を触る。


「鬼はいいよ。逞しいからねぇ」


「ばあさん、若人を揶揄うのやめな」


 隣の少し若い老翁がたしなめる。


「ごめんなぁ。ばあさんは、鬼と結婚して、先立たれたから、男の鬼が来て嬉しいんだよ」


 うずめと剛は、ほぉーと感心したような表情をする。 


「ぜんざいできましたよ~」


 施設のスタッフがぜんざいを運んできた。


 ぜんざいが渡されると、剛は苦虫を噛み潰したような表情をした。


「ぜんざい嫌いだった?」


 スタッフが訊く。


「いや、節分の後は、豆料理が続くとなると……ちょっと拒否反応が……」


「ハハハハハ、鬼族は節分の豆を食べつくすと聞いてたけど、本当だったんだね」


「それで、本当に豆が嫌いになる鬼も多くて……」


「フフフッ、そうなんだ。それなら、無理しなくていいから」


「大丈夫っす。今年は豆まき中止が多く、少なくなりそうなので食べるっす」


 そう言って、剛は熱々のぜんざいを口に入れる。


(熱ッ、でも、温まる)


 美味しそうに食べる剛に、スタッフも笑顔で見守った。


「うずめちゃん、ぜんざい美味しい?」


「はい!」


「よかった。あと、ちょっと言いづらいんだけど、外の豆、片付けてね」


「はい……」


 ぜんざいを食べた後、うずめと剛、そして、子供達も、庭に散らかった豆を拾う。


 そのあとは、子供達と遊んだり、写真を撮ったりして、時間を過ごした。


 そして、子供達や老人、スタッフ達が玄関で見送る。


「今年もありがとう。来年もよろしくね、うずめちゃん」


「はい、よろしくお願いします」


「あと、うずめちゃんのボディーガードさん、うずめちゃんを送って行ってね」


「あ……、はい」


 うずめは深々と、剛は軽く頭を下げると、玄関から出て行った。



**



 うずめと剛は、『お多福神社』に向かう。


 カラン、カランと二人の下駄が鳴っていた。


「青鬼君……今日も、ありがとう」


「今日も?」


「そう……今日も。小学校の時も守ってくれた」


「俺、そんなことしたっけ?」


「した! 憶えてない?」


「…………わからねぇ」


「一緒のクラスになった時、ひいらぎ君っていたでしょ。彼は私のオカメ顔を真似して虐めてた。その彼から守ってくれた」


「ああ、思い出した! あいつ、俺にも鬼の仕草をして揶揄からかっていたから、ムカついておもいっきりブン殴ったんだよな」


「……そ、そうなの?」


「ああ。そのあと、母親からこっぴどく怒られた。鬼なんだから力の加減をしろと」


「……怒るのそこぉ?」


「ああ。母親からは、鬼を揶揄う人間には絶対やり返せと言われてる」


「…………まあ……でも、それで、柊君は揶揄うことがなくなったから」


 うずめの歩みが遅くなる。


「鳥居の前で大丈夫だろ?」


 剛は、見えてきた『お多福神社』の鳥居を指さす。


「……うん。あっ、そうだ、今からお金を渡すから、うちに来ない?」


「俺、行っていいの? 俺は鬼だぞ」


「大丈夫。鬼役の人は時々来るから」


「ああ、そうだったな」



**



 二人は、境内にある家の玄関に着く。


「ただいまー」


「お帰り、今日は黄鬼さんとじゃなかったの?」


「……うん。代わりに、中学の同級生の青鬼君に鬼役をやってもらった……」


 入るのをためらっていた剛が、玄関に入る。


「こんばんは……」


「あっ、はじめまして〜」


 剛は、うずめの母親の顔を見て驚く。


 なぜなら、うずめと、まったく、そっくりだったからだ。


「こちらが私のお母さん」


「ああ、わかる……」


「だよねー。お母さん、ご飯って用意できる?」


 うずめの母は何かを察したのか、うずめの提案に乗る。


「大丈夫。青鬼君、節分祝いのご飯食べない? 豆じゃないわよ」


 うずめの母はニコッとする。


(家では今日は豆料理だろうな……)


「あー、母親に聞いてみます」


 剛は玄関を出て、携帯で連絡する。


「母ちゃん? 今日外で食べていい?」


「もう豆料理、たくさん作っちゃったわよ」


「えっ、豆まき中止なんじゃねぇの……」


「スーパーで売れ残り多数。家庭でもやめてるらしいわよ」


「うぅ、そっちでかぁ。でも、今日は外で……」


「女の人の声が聞こえるけど、彼女?」


「ち、ちげーよ」


「まあ、いいわ。明日から食べて貰うからね」


「へーい」


 剛は、電話を切り、玄関の中に入ると、御多福母娘がいつも以上に笑っていた。


(会話聞かれてたな。母ちゃん、声大きいからな)


「それでは、お邪魔します」



**



 リビングに入ると、


「あ、巻き寿司」


「ちょっと待ってね、追加でご飯炊くから」


 青鬼は、急遽、うずめが用意した椅子に座る。


「おお、男の子の声がすると思ったら」


 眼鏡を掛けたサラリーマン風のうずめの父親が部屋に入る。


「お父さん、こちら、今日、鬼役を手伝ってもらった、中学の同級生の青鬼君」


「あ、こんばんは」


「こんばんは。うずめが彼氏連れてきたかと思って、お父さん、ドキドキしちゃったよ。ハハハハハ」


「お父さん!」


「うずめ、お父さんはデリカシーないから気を付けて」


「知ってる」


(お多福神社なのに、俺が鬼であることを気にしないのか?)


 うずめの母が食事を急いで準備する。



「じゃあ、準備できたわね。巻き寿司と手巻き寿司のほか、けんちん汁、こんにゃく料理、鰯の煮つけ、あと、福茶。鰯は大丈夫?」


「あ、はい。魚嫌いな鬼はいますが……俺は特に。なんで、鬼が鰯を嫌うと思われてんだろう……」


「それ、黄鬼さんも言ってたわね。黄鬼さんは、節分の時、私が若い時からよく一緒に回っていた同世代の女性の鬼さんで、今日もうずめと一緒に回る予定もあったと思うけど……あと、少し前、黄鬼さんと電話をしていて、中止になった当日キャンセル料5千円いつでもいいって、うずめに伝えておいてと言われたんだけど……」


「……うん、わかった」


 剛はうずめを見る。


「青鬼君、どうぞ。遠慮しないで」


「えっと、いただきます!」


 剛は、久しぶりの豪華な料理に、食が進む。



「そういえば、節分の豆まきが軒並み中止になって大変ね」


「俺、今年、はいれたのは1件だけっす……」


「うちもかなり減ったわよ。祈祷も豆まきとセットで行われることが多かったから。いつもの節分だったら、神主の私も、終日大忙しなんだけど」


「神主なんっすか?」


「そう。夫は普通のサラリーマン。お多福神社は、女系じょけいだからね。まあ、忙しい時以外は、役所のパート職員やお多福関連の物書きとして働いているけどね。青鬼君の意見としては、節分イベント中止って、どう思う?」


「正直言って、迷惑っすね。臨時収入なくなるし、鬼差別はこんな事ではなくならねえだろうし。あまり効果はねえような……」


「でも、最近、コンプラ、コンプラと、厳しいじゃない」


「あまり、実感ないっすね。テレビだけのような。そういえば、お多福神社は、鬼に抵抗ないんすか? しかも、男の俺が、跡取りと一緒に来るなんて……」


 うずめの母はその言葉にニヤリとして、答える。


「平気、平気。昔はいがみ合っていたかもしれないけれど、今は、ビジネスパートナー。さっき話した黄鬼さんとは親友なのよ。黄鬼さんも残念がっていたわよ。今回の話」


「そうっすよね。誰一人喜んでいる鬼はいないっす」


「でも、決まってしまったらしょうがないわよね。私も役所に勤めているからわかるけど、お上の決定というのはなかなか覆らないわよ。まあ、良くなるかどうかわからないけど、私達も変わっていかないとね」


 そう言って、うずめの母は台所に向かい、何かを持ってきた。


「これ、食べてみて」


 それは、切断面が『お多福顔』の太巻き寿司だった。


「お多福って神様だったような。神様食べていいんすか……」


「気にしないで。福は内ってことで」


 剛は一つパクリと食べる。


「うまい。マヨネーズとソーセージ?」


「そう。ほら、青鬼君には好評じゃない、うずめ」


「男の子が好きそうなものだからね。女子ウケはあまり良くないかも」


「いいじゃない、それで。材料費もそこまでないし、近くのスーパーで売り出そうかな。『お多福恵方巻』として」


「俺の母親がスーパーで勤めてるから、できるか聞いてみるっす!」


「あっ、そうなの? ぜひ、お願い!」


 そんな感じで、お多福家の節分パーティーは進んだ。



**



「ご馳走様っす。美味しかったっす」


「よかった。やっぱり、炊いててよかった。若い鬼の男の子は違うわね」


 剛は帰る準備をし、玄関で下駄を履く。


「では、食事、ありがとうございました」


「よかった。喜んでくれて」


 そう答えるうずめの母の隣で、うずめの父がうんうんと頷く。


「じゃあ、またな、うずめ」


 剛がそう言うと、うずめは、


「ちょっと、待って!」


 と急いで階段を駆け上り、自分の部屋に入り、しばらくして、封筒を持ってきた。


「はい、これ、今日の鬼役の分」


 うずめは、渡そうとするが、


「鬼役の円はいいよ。夕食を食べさせてもらったし、イベントは楽しかったから」


 うずめは、ハッとした表情をし、


「でも……」


「じゃあ、また来年の節分に俺を鬼役にしてくれればいい。そん時は報酬を貰う」


「わかった……いや、待って。来年も豆まきがほとんどないから、鬼役がないかも。ねえ、青鬼君、今度一緒に考えない? 新しい節分のイベントを。今日のは、後片付けが大変で失敗だった……」


「ハハハハハ、そうだな。俺は好きだったけど。お多福も鬼も、お互い、節分に生き残るため考えねえとな」


「じゃあ、連絡先教えて」


「ああ」


 二人は、連絡先を交換する。


 その会話に、うずめ母はニヤニヤする。


「じゃあ、また」


「うん!」


 剛は帰っていった。


「一見怖そうだけど、いい子じゃない?」


「うん!」


「えっ、何、その会話。ちょ、ちょっと待て」


「うずめ、お父さんは鈍いから」


「知ってる」


 両親が部屋に戻る中、うずめは、剛が出て行った玄関の扉を見つめていた。




「『鬼は外』の豆まきがなくなって、よかった……」





**





―――そして、20年後―――


「お兄ちゃん、待って!」


「おずめ、早くしてくれ、遅れるぞ」


 玄関で、鎧兜をした青みがかった肌の若い男が、おかめ顔で巫女服を着た若い女に声を掛ける。


「おずめは、初めての節分イベントだから、頼むぞ」


「ああ、わかった」


「おずめも練習した通りやるのよ」


「わかってる」


 父と母が、彼らにそれぞれ確認する。


「行ってくる」

「行ってきまーす」


 若い男女は玄関を出る。


「お義母さんが以前節分でニヤリとした理由がわかったよ。お多福の女系遺伝子強すぎだろ」


「私も聞いていたけど、ここまでとは……角も肌もほとんど遺伝していないね。お兄ちゃんのほうは、それなりに鬼の特徴がでているのに……」


「まあ、節分が続いて良かったな」

「そうね、鬼とお多福が一緒になれたから」


 子供達が出て行った玄関を見ながら、剛はうずめを抱き寄せた。


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