表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/24

# 7 ドブ、風呂に行く



「…さて、腹もくちくなったことだし。俺は――風呂にでも行ってくるよ」



 俺は男三人だけとなった冒険者ギルドの酒場のカウンター席からおもむろに立ち上がると、代金を払うべく自身の懐をまさぐる。



「……はあ。好きだねえ~? お前もよぅ」



 うるせーよ。


 まあ、隣のハゲた大男の態度は別に妥当とも言えるか。



 俺が言う“風呂”ってのはぶっちゃけ――この異世界情緒ある隠語で、娼館を指す言葉だ。


 この世界じゃ、家庭用の風呂って概念は無いらしい。南方じゃ公衆浴場が結構普及してるらしいが…このチャント・ナベルカの城塞都市においては、風呂なんて贅沢品は御貴族様の屋敷か――もはやお察しかもしれんが…色々(・・)と汚れを洗い流す意味でそういう手合い(闇じゃないギルド公認のな?)の店にしか置かれていないんだな。コレが。



「……単に汗を流したいだけなんだがな」

「そうかよ。風呂、ねぇ~…てかよぉ? 風呂ならお前が()の街に買った屋敷にだってあるじゃあねえか」



 うっ。目敏いことを言いやがる。……さては、娼館なんぞに行ける独り身の俺が羨ましいんだな?


 確かに、俺が五年前に買った家に風呂があるさ。……アイツらに強請れて工事したからな。屋敷を買った額の半分近い出費だったぜ。



「…いま、俺がアイツらの居る家に帰れると?」

「ああ、俺が悪かったよ。お前も苦労してんなあ~? 自分の家にもおちおち帰れんとはよぉ。まあ、幾らあの暴走勇者を説得できんからつっても…<強制転移>で飛ばすこたぁねえだろうに。相当荒れてんぞぉ~? 勇者と蛮姫の奴ぁ…」

「仕方ないだろう。あのまま放って置いたらガチの殴り合いになってたしな…いつまで経っても、あの二人は沸点が低いからなあ~」



 今夜やたらと疲れてる理由…それは2時間ほど前までの騒動せいだ。


 言わずもがな、今回も俺が所属する、いや、立ち上げた冒険者パーティ“金獅子”からの離脱に失敗したからだ。そこに今やS級でいずれ超級に達するのでは持て囃されてもともと高かった鼻っ柱がより高くなっている男装の魔法剣士が人目も憚らず、暴走を起こす。もはやコレは定番となりつつある。


 3時間ほど酒場の利用者には大変迷惑を掛けちまったが…俺は説得を試みた。一応、ガンとして俺がパーティから抜けるのを反対してるのはアイツだけだからなあ。


 ま、無理だったわけだ。


 そしたら流石にもう一人の血の気の多いのがキレてしまったんでな。関係無い奴に怪我なんてさせたら洒落になれないから俺の魔術で四人とも強制帰宅させたわけだ。


 それとギルマスは俺がアイツらに<強制転移>の魔術を使ったと思ってるようだが、それは違う。


 無属性の俺は…いや基本、只人は高度な技術を修めた魔術師でもない限り触媒を使わないと魔術を使えない。


 そこで俺は普段から指に幾つか嵌めている指輪のひとつを使った。また、余計に話が拗れるんだが…厳密にはこの指輪は触媒じゃなくて、マジックアイテム…平たく言えば魔法の指輪だ。触媒と違うのは、魔術を魔力を消費せずに使用できる便利な点だな。ただ、使用制限回数があったり使い切りのどちらかの場合が多い。


 で、その魔法の指輪の効果は1日に3回まで使える<ワープ>の魔術だ。簡単に言うと瞬間移動の魔術。超便利。というか、移動系の魔術はどれも有用だな。


 <ワープ>はその驚異の効果に比例せず低燃費の魔術なんだが、その使用者がどこでも好きな場所に跳べるわけじゃない。事前に転移先に選んだ場所――この指輪だと、この城塞都市シオの俺達の家の玄関に設定してあるわけだな。因みに、ギルマスの言った<強制転移>は文字通り、術者以外の対物を瞬時に移動させることができる魔術で<ワープ>よりも高度な魔術な上に燃費も糞悪ぃ…。オマケに相手によっては魔力抵抗されて効かないことが多々ある。


 序に言うと、この磨かれた魔石を口に咥えている獅子の意匠の指輪は…金獅子のパーティメンバーである証でもある。まあ、俺のはちょっと仕様が違ってな? 強制的に近距離にいる奴にその指輪を使用させることができるというギミックが追加で仕込まれている。…そうでなきゃ、出先で起こる悲劇が両手両足の指じゃ足らなくなるな。特に…問題となるのは言うまでもなく、あの二人だ。



「おっと…マスター。一昨日に頼んでたもんはあるかい?」

「ええ。もちろん。お帰りになる前にお出ししようかと思ってましたよ」



 ゲイルがニコリと俺に笑い返し、カウンターの後ろからゴソリと大きな袋を取り出してカウンターの上に置く。


 袋の中身はゲイルが作ってくれた粉菓子だ。この異世界はスパイス関連は意外と安価に手に入るが、この菓子に使ってある砂糖は東大陸が主な生産国な関係上、かなり高価な品だ。この袋だけで下手すれば一週間分の飲み代くらい掛かるだろうな。



 俺は袋を受け取ると、それと引き換えにカウンターの上に財布から取り出した金のナゲットを1個置く。まあ、大体…払いはコレで済む。


 出来た男であるゲイルは黙って頭を下げて受け取る。ここで俺は釣りを寄越せだのは言わない。みみっちいからな。それに……非常に業の深い言葉だが、金に困ってないからな。



 後、このナゲットってのはこの異世界共通(正確には西大陸間で)の通貨だ。不思議な事にこの世界の流通は未だ物々交換が多く、通貨などの鋳造技術が酷く遅れている。まあ、そもそもエルフの本国では通貨の概念すらないからな。


 ナゲットは蚕豆のような形の不揃いの金属片だ。一応、西大陸の主要な国の名が刻まれている。重さだけが均一化されいるだけのようだ。元々は古代じゃ通貨代わりに鉱石を用いていた名残りらしい。


 一番価値の低いものから銅・銀・金・ミスリルのナゲットがある。ただ、ミスリルは希少だから滅多に市井じゃ出回らないが。


 銅のナゲット1個で市場でよく見かける小さな酸っぱい木の実が1個買える……そんなこと言っても伝わらないだろうが、だいたい日本円に換算して10円くらいじゃなかろうか? 酒場の鳥獣肉の串焼き1本が10個で。隣の最早赤ら顔のギルマスが好きなブラウンエールが1杯20個で飲める感じだな。


 銅のナゲット百個で銀のナゲット1個と同じ価値。銀のナゲット百個で金のナゲット1個と同じ価値。金のナゲット百個でミスリルのナゲット1個と同じ価値だ。簡単だろう?


 つまり、俺がカウンターの上に置いた金のナゲットは約10万円ってこったな。


 因みに、今日酒場の雇い人達に握らせたのもコレだ。自分でやっておいてなんだが…完全に悪役か道楽者の振る舞いだなぁ。



「いいなあ~。俺にはないのかぁ?」

「おいおい…」

「ははは。今度、女子寮でロースに渡しておきますから」



 ゲイルは何と冒険者ギルドの酒場の他にギルドが雇っている独り身の給仕女や女性職員達が住む女子寮の管理人も兼ねている。


 何故、若い男然とした彼がそんな年頃の女ばかりを任せられているかと言えばだな…。



「じゃあ、ドブさん。アムリタ達によろしくね」

「…おう」



 俺に向って茶目っ気たっぷりにウインクしてくるゲイル。……彼は何というか、女には興味が無いタイプだ。もう、解るだろう? 俺はかろうじて彼の守備範囲外らしい。ギルマスは…知らん。



「じゃあな」



 俺は袋を手に持つと、二人を残して酒場を去った。



  ~~~~~



 この城塞都市の住居区なり商業区なりは内壁によって、通称“上の街”と“下の街”に隔てられている。



 まあ、解り易い落差社会なんだが。比較的稼ぎの良い市民や立場ある役職持ちが上の街に居を構え、それ以外は下だ。まあ、そもそもこの城塞都市は旧王都だ。過去の大戦後、大陸南方へと新築した王都アルジに王侯貴族の在所が移った後にこの領主に委任されたこの城塞都市に集まる人々の新たな住居区として増築されたのが下の街だ。常時、様々な人種がやって来て滞在したり国外からの難民が住み着くスラム街もあるので治安は上と比べてよろしくはないがな。


 だが、正直言って…上の街なんざよりもずっと俺にとっては居心地が良い。ちょっと上は――綺麗過ぎる(・・・・・)。元が根っからの小市民だからな。それに、直ぐ近くの高台には領主様の城があるから警らの兵士の雰囲気もかなり物々しい。


 というか、この城塞都市をよく知らん者にとってはこの壁と壁の間の城下街こそが城塞都市シオとも言えるのかもな。



 俺はそんなことをボンヤリと考えながら深夜帯の街中をひとり歩く。


 と言っても結構明るいし、騒がしい。



 ――それもそうだな。俺が歩いているのは色街の一画だ。ここじゃ、昼こそが寝静まる時間で…月が空に出てる間に起きる、昼夜が逆転してる夜の仕事を生業とする者が生きている場所だ。



 俺は何度か若い客引き娘達から腕を引かれるが…目的の場所は決まってるからな。悪いが、寄り道はできない。


 まあ、無駄に俺の顔が売れているせいか…そんな女達も解ってやってるんで軽く挨拶と世間話をして通り過ぎる。路の途中、潰れて倒れ込む顔見知りの若い冒険者の頭を叩いて起こしたやったりと、謎のルーティングを済ませながら目的の店を目指す。



 だが、ついぞ目的の店が視線に入った時だった。



「うるっせぇ! …俺達を舐めんじゃね~よ」

「や、やめてくださぁいっ!?」



 ……目的の店の前で何やら騒動が起こっているようだ。



 俺はその場で盛大に溜め息を吐く。


 だが、絡まれてんのは顔見知りだ。放って置くわけにもいかんだろう。



 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ