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# 6 塩のスープ



「何を失敗されたって言うんです? ――“先見”の名を持つ貴方が?」



 酒場のマスターであるハーフエルフのゲイルが俺の前にコトリとツマミの入った皿を置く。



「それこそ、俺は失敗ばかりさ。……今日も、見てただろ」

「…ええ。一部始終。いつもの事とはいえ、御苦労様ですね」

「すまんな、マスター。いつも迷惑掛けちまって」

「いえいえ。貴方の気遣い(・・・)ですっかりとうちの給仕女(ウエイトレス)達は帰りも鼻歌混じりでしたよ」



 ゲイルはヤレヤレと手を上げておどける。まあ、そりゃそうか。アイツ等にしたら良いボーナスだったな。



「ああ~! 終わった、終わったっとぉ~」



 そこにわざとらしい大声を上げながら二階から降りて来る大きな人影があった。



「おうっ!ドブ。居たのかよ」

「ギルマスもお疲れさんだな? なに、喉が渇いてたもんでな。我が儘言ってマスターに残って貰ってたんだよ」



 冒険者である俺が単にギルマスと呼称する人物はひとりだ。城塞都市シオの冒険者ギルドのギルドマスターんにして、同じく城塞都市シオの各ギルドのギルドマスター代表でもある。そして、元S級冒険者だった男――ディッグマックスだ。



 俺が出会った当時と変わらない(流石に顔の皺は増えたな…)ヘアスタイルの大男がのしのしとコッチへと歩いて俺の隣の席にドカリと腰を落とした。



「そらあ仕方ないだろうな。…あの騒ぎ(・・・・)じゃあ。おう!ゲイル。俺にも一杯注いでくれよ」

「いいんですか? ギルマス。家で奥様がお待ちなんじゃ?」

「ははっ! 若い新婚夫婦でもあるめぇしよお。もう夜更けだ。今頃ベッドの上でイビキかいてやがるぜ」



 ゲイルは苦笑いを浮かべながら拭き出したグラスに澄んだ色のブラウンエールを注いで出した。


 それをすかさずギルマスが手に取り喉に流し込むと、嬉しそうな悲鳴を上げる。


 ギルドの中は既に静まり返って、灯りも消されている。こんな深夜帯まで此処に残って居るのは俺達くらいだろう。まあ、殆ど俺のせいだが。



「…ただまあ、ドブよ。今回は失敗だったなあ」

「まあな。想定通り、成功する確率(・・)はかなり低かった。いや、上手くいく可能性はほぼ無かったよ」

「はあ? おいおい。じゃあなんであんなもんを用意させやがった。結構苦労したんだぜ、アレ…」



 悪いな。ギルマス。


 ギルマスが言うアレとは、俺をパーティからクビにするように命じたギルドの勅令書だ。


 俺がアイツらの目を掻い潜って、ギルマス達と相談して用意して貰ったものだ。流石に公衆の面前で破り捨てた上に燃やすとは俺も思わなかったがな。…ただ、まあ。



 *パーティから無事追放される:2%*



 ――だったからなあ。目論見通りにゃあ、無理だろうな。



 俺は女神がこの異世界に用意してくれた人生…イケメンで、裕福で、三人の嫁さんが居て、何の障害も無い幸せな人生を蹴ってまで欲したもの。


 …それは、ラノベ界隈では必須のチートスキルだった。


 なんせ異世界ですよ? そりゃあ、ちょっとは…ね?



 まあ、俺は三つもチートスキルをお願いしたんですけどね(ドヤ顔)


 

 その代償として見た目年齢ほぼ同じ状態で転生することになったから、ほぼ異世界転移なわけだな。


 ただし、俺には三つのチートスキル…能力を女神から授かっている。



 ――ひとつ。鑑定能力だ。


 そりゃあ、必須だろう? てか一番役に立つことこの上ないと思って提案した。だが、実際に授かったのは残りの第二・第三の能力の兼ね合いから“確率鑑定”(俺が命名)という変則的な鑑定能力だったわけだが。


 この能力はさっきの様にパーセント表示で俺の視覚上に提示される代物だ。


 例えば、道端に生えている怪しさ満点のキノコを例に挙げよう。


 *食べると腹痛・下痢を起こす:79%*


 こんな感じで有用な可能性のあるものが断片的に表記される。ここで重要なのは完全に100%じゃないってのがミソだな。上記の場合は残り21%の可能性でそうはならないということなんだ。つまり、鑑定結果が外れて全く影響がない可能性もある。


 似通った確率で複数出る場合もある。例えば未鑑定のダンジョン産ポーション(悪質)の例だ。


 *麻痺状態になる:52%*

 *石化状態になる:47%*


 こんな感じだ。この場合、結果次第によっては大分迷うが…結局はどちらか一方か両方の症状が出てろくな結果にならんということだな。


 ただ、何度か実験はしている。例えば生の食べ物を用いた実験。先ず、最初は新鮮な状態だ。


 *食べると腹痛・下痢を起こす:3%*


 だが、半年放置(常温で)した後だと…。


 *食べると腹痛・下痢を起こす:99%*


 まあ、コレは極端な例だがな。見た目からしてアウトだ。


 これらの結果からして、鑑定というよりは予想や予知に近い能力なのではないかと俺は考えている。基本的には俺の無意識を読みとって半自動的に発動するし、決して対物だけが対象とは限らない。場合によってはなにかしらの俺のアクションに関しても発動するので、戦闘中もこの能力でかなり助かったりしている。


 …先ほどから耳に痛い“先見”なんて肩書きもぶっちゃけこの能力が悪目立ちしてしまった結果だ。



 ――ふたつ。完全耐性。要するに無敵になりたかったんだ。頭の悪い能力だろう? だが、強いはずだ。


 が、実際に授かったは“完全状態異常抵抗”。つまり、状態異常…毒やら麻痺やら呪いやらのバッドステータスに対して俺は抵抗力を持っている。だが残念なことに、上位互換である無効・耐性とは異なり、限りなく平気に近い(・・・・・)というだけで…毒はそれなりに苦しいし、麻痺は身体が痺れる。呪いはまあ、うん…色々だが、即座に身体が順応して身動きが可能ということだ。そう、実は効いていないわけじゃないけど、毒などには強いことに違いはない。だが、その能力が俺を毒への抵抗力があるドワーフとの混血として誤認されてしまった原因となったわけだ。



 ――最後の能力。コレは俺がほぼ望んだ能力が貰うことができた。


 それは“成長促進バフ”だ。この世界にはレベルやらステータスを確認する技術はまだ明確に発見されてないし、そもそも無いのかもしれない。だが、確実に個人個人に揺るぎない能力値や才覚の差を感じる。この能力は単純に俺と近距離で接している味方・中立状態の者の潜在能力を引き出し、能力を底上げするだけではない。成長を促進させることが出来る。簡単に言えば、一を習得する時間で三も五も十以上もその対象によって成し遂げさせることを可能とする驚異の能力だ。


 …俺は。今思えば、本当に下らないと思えてならないんだが。この秘匿された能力を用いて自身の身を置くパーティを身勝手に強化して調子に乗らせ、結果的に足を引っ張ていると見なされた俺がパーティを追放される。そして、実は俺のバフ頼りだったパーティは手酷く失敗し――俺が陰で「ざまあ」とほくそ笑む。本当に…本当に救いようのないくらい下種な考えの机上の空論を思い描いていたわけだ。



 だが。……だが、実際はそんなことになんてならなかった。もっと俺が――。



 後悔先に立たず。…いい言葉だ。俺にとっては何の慰めにもならない言葉だがな。


 まあ、冒険者デビューしてから最初の三年は手広くやったさ。成功もしたし……失敗も、した。


 俺も色々と学んだ。


 でも、償いなのか。それとも単なる酔狂だったのか。俺はアイツらを…育てることになったわけだ。


 まあ、期待以上になっちまって。“勇者”になんてものにまで祭り上げられちまったがな。ははは…。



 俺は過去にやらかした記憶を自嘲しながらツマミに手をやる。炒ったピピリンゲという花の実だ。皮付きのまま炒ってあるから香ばしい。ウズラの卵大もあるピーナッツのような見た目で、芯のホクホクとした食感が気に入っている。味もシンプルに塩だけ。まさに酒飲みのツマミの定番だ。



「む…」



 *激しい苦みとえぐみに襲われる:83%*



 俺はそっと手に取った実を皿の外へと転がした。



「なんだあ? ドブ。要らんのかよ」

「あ」



 だが、隣の目敏い大男がさっとその実を拾って口に入れた後、数舜して目を見開き……嘔吐(えず)く。



「ぶええやあぁ~っ!?」

「あちゃ~。気を付けてたつもりだったんですが、雄花の実が混じっていたようですね? すみません。…それと、相変わらずドブさんは勘が良いですね。フフフッ」



 そう。このピピリンゲ。雄花と雌花どちらも実をつけるのだが、雄花の実はそれは酷い味なのだ。今でも馬鹿な男達が運試しを開催する催しがあるほどだ。


 俺は仕方なく涙目になったギルマスの方を数度叩いてやる。まあ、除けた実を勝手に食ったコイツが悪いんだがな。それと俺は確率80を上回った怪しいものは口にしないと決めているんだ。経験則でな。


 まあ、第二の能力のおかげで大した毒でもなけりゃあ、俺が大事になることはないのだが。コレは単純に不味いから。



「……ところで、やっぱりお前を簡単に手放す気は無いらしいなぁ。あのS級の恐ろしい娘共はよぉ」

「…………」



 俺は黙って追加でゲイルが注いでくれたレッドエールを煽る。因みに俺の能力はアルコールに対しても効果を発揮しちまう。酒に逃げることもできないってわけだ。泣けるなぁ。



「俺は早いとこ、お前を俺の後釜に据えたいんだがなあ~」

「…ハア。もう何度も聞かされてるが、本気か? 俺が? ギルマス? 冗談じゃない」

「……俺は大真面目だよぉ。というか、正確には俺()だ。お前の望みで未だB級に無理くり留めてやってんだからな。だが、良い加減これ以上は領主様も気を揉まれている。あ。勘違いすんなよ? 俺以外のギルマスや領主様自体も、“お前がB級に拘る理由”を承知済みでのことだ…」



 俺は飲み干し掛けていたエールのグラスを傾ける手を止めてコンとカウンターに置いて、また黙る。



「そう機嫌を悪くしないで聞いてくれよ? それだけ、お前は皆から評価さてれてるし…頼りにされている。特に、俺に!な? ……だが、二階から例の騒動でお前がパーティを抜けることが実質御破算になった様を見てよ。ほっとした顔で帰ってった連中もいる」

「…? …何故だ」

「そりゃあ、商業ギルドのグレミオとか流通関係の連中さ。今や、お前が育てたS級パーティ“金獅子”はこの城塞都市の金看板…いや、金のなる木みてえなもんだ。アイツらの懸念はお前がパーティを抜けたことで金獅子が瓦解するこった。商売ってのは信用第一だろ?」

「…なるほど」



 確かに金獅子は今やチャント・ナベルカで他のS級パーティを抑えて飛ぶ鳥を落とす勢いで名が売れているからな。その金獅子がホーム(実際に俺が買った家)のあるこの城塞都市のギルドには大陸で最も安全な場所と見込んで、相当なスポンサーが集まってきているらしいからな。



「まあ、昔から勇者の奴…トリダングレオはお前にベッタリだったからなあ。他の三人…いや、北方の遠征でお前が拾って来たあの“蛮姫”以外はしっかりしてて大丈夫そうなんだけどなあ~? 俺としてはお前がギルマスやってよ。俺のロースを貰ってくれたら言うことなしなんだか」

「ぶっ!?」



 俺は思わず飲み干そうとしたエールを噴いちまった。


 ロースってのはこのハゲ…ディッグマックスの実の娘だ。この冒険者ギルドで受付業務をやっている。


 この世界に来た初日にこのギルドのカウンターで顔を合わせて早10年。すっかり美人になっちまったよなあ。



「…おいおい。俺とロース嬢じゃあ親子くれぇ歳が離れてるだろうに」

「はあ? 俺だって嫁さんとはそんくれえ歳が離れてんぞ。いやもっとだな。ロースを生んだのは16の時だったからなぁ」



 …このロリコンめ。



「お前は相手が女なら特に種族とかは気にしない性質だろう? それに、ここだけの話だが。…ロースはお前に気がある。俺には判んだよぅ。あんな器量良しになって男を袖にし続けてるくれえだからなぁ。ドブ。お前には娘を行き遅れにした責任を取って貰わにゃあなんねえからよ」

「な、何を好き勝手に…」

「話が盛り上がってるとこ悪いんですがね、御両人さん? そろそろいい時間なんで、〆を出させて貰いますよ」



 非常に良いタイミングでゲイルからの助けが入った。俺達の前に湯気が立ち上る陶器製のボウルがそっと置かれる。ちゃんと傍らに焼きしめたパンが添えられている。



「塩のスープです」

「いいね。腹に何か温かいものを入れたかったんだ」



 思わず年甲斐もなく自分の顔が綻ぶのが判る。


 この西大陸の料理は焼くに始まり、煮るで終わるという言葉がある。つまり、端的に言えば究極の料理って何だ? と誰かが問えば、それは煮込み料理です。という答えが返ってくるというわけだ。


 で、この塩のスープとやらはことさら中央では定番の料理だ。が、勘違いしないでくれ。単に塩水を煮たスープってわけじゃないが、決め手は無論、塩だ。何せこの中央部では良質な岩塩が採掘される塩湖や鉱床が豊富なのだ。因みに、この世界の海水から精製した塩は食用には適さない。魔力の関係らしいが、少なくとも魔力に対して抵抗力の無い只人や獣人の口に入ることは無いという。


 その良質な塩を最大限に生かす料理のひとつが、この澄んだスープなのだ。シンプルな味付けながらも、細かく刻まれた香味野菜などが溶け込むほどよく煮込まれていてる。一種のコンソメスープに近いのかもしれない。


 特にこの料理を作った彼は煮込み料理のメッカである北方のポトヘ出身だ。その料理の腕は疑いようもない。


 

 俺とディッグマックスは互いに再度顔を合わせるも、軽く笑った後に目の前に置かれたスープへと夢中になって木匙を沈ませることとなった。



 

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