# 2 三十路男は、異世界に転生する
「おお~…っ!! マジで異世界だな…」
目覚めると、どうやら俺は一本の木にもたれ掛かるようにして寝ていたらしい。
驚いてすかさず飛び起きる。うん、見た事のない世界が360度広がっていた。
ま、まあ。日本から出た事ない俺にとっては外国ってだけで十分にファンタジーみたいなもんだが。
遠くに沢山の人が出入りしている大きな壁…? いや、城壁ってヤツか。まあ、あくまでもゲームとか映画の見識からくるもんだが。
人が出入りしてるってことはその大きな門と繋がる道が続いているわけで。それが俺から二百メートルほど離れた場所にある。無論、その道には今なお見慣れない恰好した人々が行き来している。
俺は居ても立っても居られない。
思わず駆け足でその街道まで出ていた。
「おわあ~…マジでファンタジーの世界じゃあねえかっ!?」
街道の真ん中まで踊り出た俺は行き交う人々をマジマジと観察する。
その服装は一様に良き時代のゲームのモブそのものだ。ポリエステル素材の服を着てる奴なんざいやしない。伺えば、金属製の鎧兜を纏っていたり、背中にマジモンの弓を担いでいたり、腰に剣を装備してる奴までいるじゃないか。うははっ!
夢中になって犬のようにグルグルしていた俺はすれ違った母子にクスクスと笑われたことで、やっと我に戻った。どうやら、余程興奮してしまったらしい。
まあ、そりゃあいい歳した男が急に道中ではしゃぎ回ってりゃなあ…。
ふと周囲を伺えば俺は行き交う人々からジロジロと見られていた。中には足を止めてまで俺を興味深そうに見てる者まで居た。
……お恥ずかしい。
俺は「んん゛ッ」とわざとらしく咳払いした後に意味も無く一度ペコリとその場で頭を下げてから街道を移動し始めた。
俺が平静を装って歩き出したとて、奇異の視線が完全に消えたわけではないようだ。
もしかして、俺の見た目に問題があるのだろうか? それとも単に珍しいのか?
そりゃあ、ここは噂に聞く外国人よりも日本人が多いと言われているワイハーじゃないんだ。周囲に俺と同じ日本人観光客の姿は無い。
周りの人間の容姿は結構バラツキがあるが、だいだいがいわゆるブルネット…他には焦げ茶やオレンジ。意外と黒髪もチラホラいるようだ。流石に肌の色や顔のパーツは日本人のソレとは程遠い。
俺は自分の身体を見やる。どうやらシャツとズボン(…下着は穿いてるか微妙なとこだな)とくたびれたぺらっぺらの革鎧を身に着けているようだ。腰にはなんと見た目そのままのダガーが一本ベルトに挿してあった! 銃刀法違反かと一瞬焦ったが…そうだ、異世界だったとセルフ現実逃避をした。
それと同時にガッカリもした。
まあ、そうだよなあ…。異世界に転生した俺だが。
新たに女神によって創り出された肉体は生前とほぼ一緒だったのだ。その姿がこれまたタイミングよく足元にあった水溜まりに映し出される。
…………。
何ともまあ、悲しいほど冴えない三十路男の姿が映っている。丸顔に黒髪短髪に同じく横にも前にも幅が広い丸い身体だ。正直…まあ、ガックリきた。特に膝に。
まあ、これも承知の上でのことだ。
俺は溜め息を吐きながら水溜まりをパシャリと踏みつけて先に進む。
暫く歩くと遂に城壁に開いた大門へと近づく。それと同時に壁の中からの賑やかな人々の声も大きくなり、俄かな新天地への期待から口の端が持ち上がる。
良く見れば奥にはかなりデカくて目立つ建造物があるようだ。……もしかして、城か?
あ。…これまたお決まりなんだが。入る時に何か金とか取られるのか? と焦った。
だが、遠目で様子を伺えば基本は門番達がフンフンと通る人達を目視してそのまま素通りしている。何やら大きな荷を持った商人やら荷馬車なんかは簡単な検めを受けているようだが、特に何かを支払っているようには見えない。
ほっ。これなら大丈夫そうだな?
何と俺の所持金はゼロ。せめて、異世界デビューする俺に銅製の剣と百の金子くらい持たして欲しいもんだ。ま、ありゃ王子だからか? 世知辛いもんだ。
「XX、XXXXっ!」
「へ…?」
と思って余裕こいて入城しようと思ったら、門番に思いっ切り手を突き出されて止められた。
しかも…。
「XX…XX、XXX?」
「え。何て?」
上手く言葉が伝わらない。
いや、言葉の意味は解るんだ。
嘘。解らんっ!
いやいやいや、違うんだ。正確には異世界の言葉らしき声と副音声みたいに俺の知る言葉に翻訳された声が同時に…しかもゴチャゴチャに聞こえるんだ。
これは事前に俺をこの異世界に導いた女神から聞かされていたのだが、実際に体験するとそりゃパニくる。
俺はこの異世界には、一応は転生したことになっている。そう、皆大好き異世界転生者だな。
さが、俺は今さっきこの異世界に生まれたばっかりなんだってよ。まあ、既に肉体年齢は三十を超えてしまっているんだが…。
本来なら生前の記憶がリセットされた状態でゼロ歳児からの異世界人生スタートな訳で、そこから異世界の言葉を問題なく習得できる。ただ、俺の場合はちょっと特殊だ。…女神様に頼み込んで色々と都合良くこの異世界で冒険者をやるには役に立つ能力を貰う代償とも言える。
俺だってなあ…新しい人生なら、そりゃ若いイケメンの方が何百倍も良いにきまってらあっ!
その代償が記憶と肉体年齢(※容姿も含む)だったというわけだ。
肉体年齢は…まあこの際置いといてだな…。生前の記憶を持ってるなんて得しかないんじゃね? と思った諸君は俺と握手! が、意外とこの生前の…殊更に別世界の知識を持ってこの異世界に来るのはデメリットしかないという話だ。なんせ、この世界はむせ返るほどファンタジーしているのだ。中世の封建社会よろしく、それ以前の時代と同等かそれ以下の文明レベルだと俺は女神から聞かされている。
そんな世界に腑抜けた現代人が行ってみそ? そりゃ理不尽な世界だろうさ。憧れのモンスターとの心温まる殺し合いもさることながら、法も整備されちゃあいないしな。奴隷制度・盗賊山賊なんでも有りの縛り無しって世界だ。まあ、端的に言えば人権に左右されない自由で無秩序な世界をエンジョイ!ってポジティブにシンキングできるヤツならきっと大丈夫だろう。多分な?
因みに、記憶繋がりで他のラノベ作品のように特許の無い異世界で前世の天才達の威光を借りて知識無双すりゃあいいじゃん! って思うだろう? 俺も正直そう思う。だって一番楽に稼げそうだしな。
だが、無理なんだ。異世界はそこまで甘くない。他世界の発展した知識の粋を再現しようとすると、この異世界では悉く失敗する上にだ。手酷いしっぺ返しまであるそうだ。だから、俺はやらない。多分相当追い込まれない限り、だがな。
で、話を戻すがこの記憶を所持する関係上、脳の仕様変換の弊害で異世界後の自動翻訳のインストールが俺の灰色の脳細胞で現在獅子奮闘中なわけだ。
で、門番の言葉がチグハグに聞こえてしまう結果になっている。だが、言葉を何度か聞き続けている内に次第に理解できる言葉が増えて気がする。まあ、依然として知らないマイナー言語を検索エンジンの自動翻訳に無理くりかけた感じの文面で聞こえてくる。
だが、顰め面で耳を傾けていると…どうやら門番は俺に対して“あなたは人ですか? それとも亜人ですか?”と聞いているようだ。
…………。
流石に異世界に来てまでモンスター扱いされてるわけじゃあね~よな? しまいにゃ泣くぞ? いい歳したオッサンが公然の前で。
ただ、亜人ってのがイマイチ俺にはピンとこなかったが、確かこの異世界には人間以外の種族も多く存在するって話だ。まあ、百歩譲って…俺の容姿と似通った種族が存在していて、その亜人とやらに含まれているのかもしれん。因みに心では納得はしてない。
俺は顔面がヒクヒクと痙攣しそうになるのを必死に堪えながら言葉を発する。
「俺は――人間だが?」
暫く黙って考え込んでいた様子の門衛達だったが、俺の言葉が通じたんだろう…通じたんだよな?
門衛が手に持った槍を下げて俺を招き入れる。
……はあ~。焦ったぜ。
だが、大門を潜った俺は当然のような流れで追加でやってきた兵士らしき人物達に連行されるハメになった。何でだよ。