# 22 捜索隊 その2
別に俺がバテイラ達を探しに行くことに問題は無いが、ベルガモンタの言った言葉がちょいと耳に引っ掛かった。
「……達、ね? 俺以外にも誘ったのかよ。誰だ?」
「あ~…うん。というかね…僕のところにバテイラ君達の話を持ってきたのは――スキャンプ君なんだ」
「スキャンプ…? ナベニアから戻ってきてやがったのか」
「ほんの数日前らしいよ、彼が戻ってきたのは。それで一番にバテイラ君に顔を見せに来たら――ということらしいね」
「なるほどぉ…」
俺は足を崩してテーブルに肘を突いた。
ああ、スキャンプって奴は――…まあ、アイツの事は今はいいや。俺のとこに先にベルガモンタを寄越してきたってこたぁ~その内、酒場に顔を出す気だろうしな?
ナベニアってのはこのマロニー西大陸の南方…ティゲ・ナベニア・ティゲーニア王国のことだな。このシオから国境まで馬車で二ヶ月近く掛かる。
別名、“ティゲ南方評議国”。一応、古の時代に中央を制覇したチャント・ナベルカの祖王…ナベルカの王弟であるナベニアが建国したとされる歴史ある国だ。評議国って名の由来はこのバリバリの封建制の世界じゃあかなり先進的な王権制度でなく各代表達の評議会で国が運営されているってこったな。そんで唯一のこの西大陸と東大陸と陸繋ぎ(あくまでも、只人勢力ともエルフとも異なる中立の第三勢力の国を介してだが…)ってこともあって貿易でかなり栄えてるらしい。それに西じゃ随一の魔術大国で、件の評議会も最高峰の魔術師達――賢者らによって仕切られてるとかって聞いた気がする。つまり、中央と違ってナベニア王族は単なるお飾りってことかもな。
…おっと。だが、こりゃ迂闊な考えでな?
噂じゃ、南方でナベニア王族を愚弄する輩は次の朝には人知れず姿を消すなんて話が鉄板だ。なので、ナベニアの…特にうちんとこのメンツユみてえに南方の代表的な褐色肌を持つティゲの民は相当に王族を敬い奉っているらしいな。まあ、俺は別段南方になんざ行く予定もないんだがな…。
話が逸れたが、そのスキャンプってのは――バテイラの弟分、いやもしかすっと息子みたいに当人は思ってたかもしれん。それに、アイツは相当の変わり者だからなあ~。ぶっちゃけ、声を掛けられんのは俺と目の前のベルガモンタだけだったって話かもしんねえなあ…。
だとしたら、未だにソロでやってんのかアイツ…? まあ、無理もねえか。
――アレ…じゃなあ…。
「…先生」
「ん?」
「その、スキャンプという方は…? 聞かない名ですが。冒険者ですか?」
「ああ。そうか…タイミング的にはお前も知らんわけか」
そういや、一番俺と長くいるはずのトリダンゴの奴もスキャンプの顔を知らんのだった。
「そう。冒険者だ。歳はお前と同じ頃の剣士だ――ちょっと変わってるがな」
「…変わった?」
「その内、ここに顔を見せにくるさ。…だろ?」
「うん。多分くると思う。今は…多分、バテイラ君の家じゃないかな?」
「そうか…アイツはバテイラの野郎とは家族ぐるみの付き合いだったろーしな。おっと、スマン。話を半端に切ってたな。スキャンプと最初に会ったのは7年前だ。俺もベルガモもな。丁度そん時はお前に魔術を本格的に習得させる為に魔術師ギルドに預けてたし…メンツユもポンズもまだ幼過ぎて東風寺院に預けてたからな……そんな時だ。バテイラの奴がスキャンプを拾ってきやがったのはな…。バテイラの奴は戦闘以外は色々と不器用だったろ? だが、別に冷たい奴じゃなかった。特にガキ相手には。それは…お前も知ってるだろ?」
「……はい」
俺は十年前でのバテイラに放り投げられた時のトリダンゴの姿を思い出して思い出し笑いしちまったよ。
俺の顔に何か気付いたのか機嫌を悪くしたのかそれとも恥ずかしがったのがトリダンゴが誤魔化すようにエールのジョッキで顔を隠してやがった。
「さて…なら、より詳しくはスキャンプの野郎が既に調べてるはずだな。俺はさして準備は必要ない。備品や食糧も転移先のニルダでも買えるだろうしな…お前さんは?」
「…僕かい?」
「…ああ、すまん。余計な心配だったな。逆だった…お前さんは、要塞には“自分には必要ないもの”を置きに来てるんだった」
「はははっ。相変わらず君はユーモアがある。…が、そう違わないかもね」
そうだった。俺に目の前に居る男は殆ど文明を必要としない猛者の中の猛者だったな…。
「先生っ! 僕もついて行きますよ!」
「…う~ん。僕は彼女が来てくれれば心強いなあ。けど…」
「…………」
けど…。その先は解ってるんだよなあ。
言い出しっぺのはずのベルガモンタが浮かない顔をしてる理由――それは、今回は無償での行動だからだ。
親しい仲の奴のことでそんな事言う? と思ってくれるな、頼むから。俺だって別に金なんざ要らん。
だが、こと冒険者という看板を背負ってるとそうもいかねえんだわ。
“冒険者に善意は有るが、無償の働き無し”。ギルドの格言だ。
つまり、勝手にタダ働きしないでね。ってことだぞ。が、当然のことだ。冒険者は基本…大小あれど命懸けの商売だ。それで依頼を熟して金を貰う。ギルドもそれで成り立っている。
それは有能…つまり、名が売れている冒険者ほど注視される。別にギルドが銭ゲバで人助けをするなと冒険者に強制してるわけじゃない。ただ、人間という生き物…いや、この場合は社会ってヤツかね。
極端に言えば助ける側と助けて貰う側がいる。その間には第三者から見ても公正な報酬のやり取りによって成る。が、その報酬を受けずに一方的に助けた場合…どうなる? そりゃあ助けられた側は感謝するだろうさ。俺だってそうなるだろう。だが、世の中綺麗ごとじゃあまかり通らないこと多々あるだろう。
いや、俺も含めて人間ってのは本来卑しい生き物だ。欲も深いし、嫉みもする。
とある強者に縋る弱者が言う。“何故、お前は弱き者から奪うのか?”と。弱者という立場に甘んじる者が慈悲を楯に強請りを掛ける乞食と化す。タダで助けてくれた正義ある者がいるのに…報酬を要求することを恥じないのか、と。
まあ、キレるわな? そんな事言われたら普通は。そんで、こんな事は意外とよく起こるんだコレが…。
特に現地解決型の依頼だと村の財布役がコレでもかと依頼を終えた冒険者をこきおろして依頼料を下げるか踏み倒そうとする。が、そこで一度でも許すと噂が伝播していき、終いにはギルドや冒険者に対してタダ働きを強いることを何も疑問に持たない者達が出る。生前の世界を知る俺には未だに信じられないがな…。
…俺はそういう時どうするかって?
あーと…それは後に回してだな。そうだ、ハボックの奴の話を先にしようか。
あの脳筋でも一応は聖騎士だからな…だから、それを楯にして困っている者を助けるのは当然だと支払いを拒否されたことがあった。だが、そこは小さいが結構裕福な村だったらしい。
そんな事を言われてしまっては流石にあの馬鹿も黙っちまった…が。ハボックは普段神に祈りを捧げぬ愚かな依頼主をぶっ飛ばし、女子供以外の村人全員を並ばせて一発ずつ殴った後、数時間説教した上でキチンと依頼料を受け取ってギルドへと無事に帰還している。
たまに勘違いされるが…俺達冒険者は英雄じゃあないんだよな。ただの仕事だ…ぶっちゃけ単なる荒事も平気な便利屋だ。依頼の内容によっては負債を回収したり夜逃げした奴を捕まえるとか…完全にチンピラみたいなものだってある。ちうか、魔物と戦うよりもずっとそーいう依頼の方が体力的にキツイけどな…。
因みに、こういう場合。ギルドからの正当な依頼料を支払わなかった者に対する恫喝…もしくは攻撃に至ってもその冒険者が罰されることは少ない。何故なら、そんな真似をした時点でギルド――ひいては国法に反した犯罪者だからな。この世界じゃあ裁判なんてお偉い身分の御方々の為にあるようなもんだ。故に問題解決方法は非常にシンプル。ほぼ暴力で解決だ。
教会の教義でも“弱きを助け、強きを挫く。哀れな者には愛を、卑しき者には拳を”とある。意外とこの異世界の宗教観は体育会系な節がある。まあ、俺は割と好きだけどね。
ん~…アレは2年くらい前か。トリダンゴが晴れてS級になって、メンツユとポンズが揃ってA級…シラタキはまだ未成年だってんでC級だったが、実力はもう準A級以上だった頃だな。
どこぞの傭兵団からの依頼で山賊退治した時だったかな?
依頼を終わって報酬を受け取りに行ったら、全部寄越せって言われてな。まあ、全部ってのは山賊の首だけじゃなくトリダンゴ達も含めて、だったんでな。
…数で圧せば勝てると思ったんだろうなあ~。放って置いても近くの村や要塞に被害が出そうだから。そいつらも山賊として処理したことがある。
剥ぎ取った装備で…依頼料自体は回収できたし。潔く降参した若い男と女達は奴隷商に引き渡した。意外と良いボーナスになったんで、そこんとこは感謝だな。まあ、そいつらは別に山賊行為をしてたわけじゃないと俺が証言してやったから既に解放奴隷になってっかもだがな。
そんな事が当然のようにまかり通る世界だからな、意外と身勝手に動くってのが難しい。
だから、俺はできるだけ“金獅子”の影に隠れていたかったんだがなあ~。ちょっと最近はハボックの奴との試合とかで目立ち過ぎちまってるからなあ。
少し慎重に行動をしなきゃならんのよな。
だから、ぶっちゃけトリダンゴの奴を連れて行くのはちょっと…ってとこだが。
コイツもコイツで色々と複雑なんだろう。
正直に言うとだな、バテイラ達は既に死んでいるだろうぜ。
慎重さだけならバテイラ達はA級パーティと遜色無い…そんな奴らが二週間も行方をくらましているとなると、期待は望み薄…だ。
可能であれば、遺体か…形見のひとつでも持って帰ってきてやりたいってのが俺の考えだ。
前置きが無駄に長くなっちまったが…俺も目の前の森男も考える事は同じだろう。
だが、ベルガモンタが諦めたように首を縦に小さく降る。
「…わかったよ。今回は特別にお前も同行を許すが…お前は嫌でも目立っちまうから装備は変えて来い。いいな?」
「…はいっ!」
「おっと。そうだそうだ…他の奴らにはお前から話を――」
「ん? 行くけど?」
「「っ!?」」
突然俺の背後から声がしたから心臓が飛び出ちまうかと思ったぜ…。はあ~…ホント、コイツは…。
「…メンツユ。急には止めろって何度も言ってんだろ? 俺をショック死させる気か」
「ん。…蘇生させるから。…平気?」
「平気じゃねえ!?」
“金獅子”のトリダンゴと同じくS級――“残影”の名を持つ斥候…つーかもう完全に忍者なコイツ?
このメンツユは神出鬼没で参るぜ。まあ、その分だけ優秀だけどな。
「…ドワブ様。レオさん。すいません」
「ポアーズまで…聞き耳を立てることまではないだろうに」
「おうオウ。良く言いやガル? 俺様達に黙ってなんか楽しそーなことしに行くつモリ…だっタロ?」
「シュラ…遠足に行くわけじゃあないんだぞ?」
そこへドスドスと巨躯の女戦士…シラタキがニタニタしながらやって来る。いつの間に…?
「…すいません」
「ポンズ。普通に来いよ? 認識阻害の神聖魔術まで使うんじゃねえ…こんな下らないことで使うと罰が当たんぞ?」
「おいオッサン! 俺様も連れテケ!」
「わ、私も微力ながら…」
「……全然、微力じゃあねえからよお~? 悩んでんのによ…」
だが、どうしたもんか。流石に全員は連れて行くのは目立つだろ…。
それにS級パーティが不在になったら流石にギルマスや他のギルドにも話がいくだろうに。う~ん…。
ギィィ…。
俺がシラタキに腕を回され、顰め面になった時だった。酒場の開き戸が開け放たれたのは――。
「――ヒック…。おやぁ? もしかして…丸顔の旦那? それに――ヒック。噂に名高い“金獅子”のベッピン達まで揃って――ヒック。……こりゃあ、アッシもとことん…ツイてるねえ~? ヒック…」
途端に静かになった酒場へとひとりの男がフラリフラリと入って来やがったぜ。
…さて、数年振りに見る顔だが――これで一応は役者が揃ったな。