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# 21 捜索隊 その1



 西マロニー大陸中央を統べるチャント・ナベルカ王国で王都アルジを抑え、最も民が集まっている要塞と言っても過言ではない――城塞都市シオ。



 その冒険者ギルドの酒場では朝方であるのにも関わらずに、結構な客が既に各テーブルに腰を落ち着けていた。


 流石に朝から酒を飲む者は……まあ、少数は存在する。が、基本は今からギルドの依頼を受けて出発を控える者や訓練場へと向かう者。それに加えて早朝から各ギルドの使いっぱしりで走り回されていた者達がやっと一段落付いて軽めの朝食を摂っている者が多数。



 そして、極僅かに…特に今日の予定も決まっておらずに暇を潰す者もいる。



 そんな希少な者達の中に自身らの特等席と化した中央テーブルで馴染みある酒場のマスターのスープを啜りながら焼きたてのパンを齧る二人組が居たのである。

 



「先生。聞いていますか?」



 並んで座る二人組の片方がもう片方に先程から何やら熱心に話し掛けている。


 若干、話し掛けられている方は迷惑そうにしているが、恐らく見間違いだろう。少なくとも、周囲の者達はそう考えていた。



 ――何故ならその人物は、このシオの冒険者ギルドが誇るS級冒険者パーティ“金獅子”のリーダーである魔法剣士にして、その実力を王国から讃えられ“勇者”の称号を与えらているS級冒険者トリダングレオであった為である。


 この時間帯はベテラン勢の冒険者よりも若手冒険者の比率が高い為、その魔法金属(ブルーメタル)の鎧の色に映える美しいプラチナブロンドの短髪とルビーやスピネルを連想させる赤い宝石のような瞳を持つ横顔に思わず見惚れ、浮かされてしまっていた。


 隣の人物とやり取りする最中…ほんの一瞬ではあるが、男装の麗人としての様相が崩れ――寧ろ、実年齢よりも幼く見えてしまう笑みを見た者は思わず膝から崩れ落ちそうになる。が、それらの視線に気付いた勇者がまるで“二人の邪魔をするな”と言わんとする鋭い目でギラリと睨みつければ周囲は慌てて目線を当ても無く彷徨わせていた。



「聞いてる、聞いてる。はぁ~…」



 その誰もが目を奪われる美貌の持ち主から散々構われておきながら、溜め息を漏らす男。…丸顔、刈り上げた黒髪に無精髭。オマケに横にも前にも出ているように見えるずんぐりむっくりとした冴えない中年冒険者が隣で捕まっていた。


 その男の名はドワブ。あくまで胸に下げられた銅の識別証明からB級冒険者の身分でしかない。だが、そう思う者は少ない。居たとして、相当に間が悪いか…それとも短慮な者であろう。



 何せ、彼は数日前。隣の勇者と同じ――いや、冒険者としての年期を加味すればその上をいくS級冒険者“嵐槍”ボアルハボル・ドリューと訓練場に催された…いや、正確には良い見世物にされてしまった試合で勝っている。しかも、ほぼ完全武装している相手に対して彼は平服に木製の槍で勝利して見せたのだ。



 それを知る者達が彼を単なる(・・・)有象無象のB級冒険者として見ること自体が既に無理な話なのである。


 無論、彼自体は目立つ事を嫌う。故に今日も今日とて疲れた顔をしているのだ。



「ですから…今後はまた僕に稽古をつけて頂きたいんです! 僕はもっと魔技の扱いを磨きたいんです!」

「……。あのなあ~? トリダンゴ。お前は俺みたいに小手先だけの技になんぞ頼らなくても良いんだよ? アレも結局は単なる応用の基礎だ…そりゃあ魔法剣士の基本としてな。お前は“勇者”なんだぞ? 既に王国から一角の人物として認められているし、極めるんなら魔技よりも――魔術。…そう、特に“光属性”だ。一応、もう使えるようになってんだろう? だってのに王都の修行を直ぐに放っぽり出しやがってよ~」

「うっ…」

「うっ…じゃねー! 俺がどんだけお前に光属性の魔術の修行を付けて貰えるように方々に頭下げたと思ってやがる? そもそも、所属するギルドだって…王都に移せって何度も言ってるだろう? そりゃ冒険者ギルドと魔術師ギルド以外はピーピー煩ぇだろうが…構うんじゃねえ。――いいか? 俺が心配してんのはな。くたびれた俺と違ってまだ伸びしろがあるお前が、全ての実力を発揮できないまま半端に終わることだ…解るな? その点についてはギルマスだって…領主様だって認めて下さってるんだからよ」

「…………」



 どうやら、美女と野獣――否。師弟の男女が朝っぱらから公衆の場でイチャイチャしていたわけではないようではある…。



「――相変わらず、仲が良いようだが。あんまり彼女を虐めてやらないで欲しいと思ってしまう僕は…所詮、門外漢かな?」

「お? って、お前さんかい。別に虐めてるわけじゃねーよ。…むしろ、その逆だよ」

「逆…?」

「…お久しぶりです。ベルガモンタ師匠(・・)



 席を立ったトリダングレオが何と彼女とドワブのテーブルに近付いてきた人物に対して頭を下げる。その姿に周囲の者はザワザワと色めき立つ。



「ちょ、ちょっと困るなあ~!? そんなことされちゃあ~。僕は単なるB級冒険者なんだから…」

「おいおい? そんな事言うのかよ。俺だって歴としたお前さんの弟子(・・)なんだがなあ~? おっといけねえ! …ささっ!我が師(・・・)よ。どうぞお席にお掛け下さいな」

「こ、困るなあ~…」



 ニヤニヤしながら自身の対面の席の椅子を引いて見せるドワブにその人物は流石に苦笑いをする。だが、先の彼女と違いそれは尊敬の念からではなく悪戯心からくるものだったが。


 だが、その様を見ていた者達から勇者だけでなくあの(・・)ドワブからも師と仰がれるその人物は大いに注目の的になってしまうのであった。



  ~~~~



「はははっ! 悪かったよ、ベルガモさんよっ」

「はあ…“勇者”と“先見”の師匠だなんて噂が流れてしまったら流石の僕もやり辛いよ? 僕は戦闘なんてからっきしなんだから…」

「ですが…私と先生の師である事は間違っていません」

「ま。一応、シラタキもな? ……アイツは喰えるか喰えないか位の興味しか持たずに三日で諦めたが」

「はは…。う~ん…彼女は言わば…ちょっと特殊と言えば、良いのかな?」

「アイツは単なる原始人なだけです」



 俺達に酒場で話し掛けてきた男の名はベルガモンタ。“緑の指”の二つ名を持つB級冒険者だ。


 つってもだな…採取依頼限定(・・・・・・)なら間違いなくS級の男だぜ? 少なくともこのシオでこのベルガモンタの右に出る専門家はいないと俺は確信している。


 典型的な森男であるこの男は滅多に依頼以外で要塞に近付きすらしない。確かに戦闘じゃあC級並かもしれんが…魔物が跋扈する要塞の外の山野で平然と生き延びるこの男を過小評価する者は居ないだろうな。少なくとも、そう思う冒険者は長く生きていけないだろうぜ。


 俺がこの異世界に来てから晴れてC級冒険者になって…最初に受けた依頼がいわゆる薬草採取でな。これぞ初心者依頼と満を持して受けたんだが、まだ幼いロース嬢に『無理ですね』と言い切られたことが今でも軽くトラウマになっちまってるよ…。


 そう、この採取系の依頼は下手な魔物討伐なんぞより難易度が高かったのだ。それに受ける側にもギルドからの信頼…採取への知識や技術が必要とされるものであるし、特に治療薬などの材料として取り急ぎ欲しいものほど…どうでも良い輩に任せるわけにはいかないと聞かされると――当時の俺はぐうの音も出なかったわけである。


 だったわけだが…。



『なら、その依頼は追加で受けよう。君…良かったら僕と一緒に行かないか?』



 そう声を掛けてくれたのがこのベルガモンタという男だった。


 俺は依頼に同行させて貰った。ベルガモンタは無償で俺に様々な知識を教えてくれた。正直、彼が居なければ俺は意外にもアッサリと命を失っていたかもしれん。俺が女神から与えられたチートスキル“確率鑑定”は確かに俺を危険から遠ざけてくれるが――絶対ではない。その時は特にそう思ったなあ…ぶっちゃけ異世界舐めてた。



 俺は懐の深い彼にすっかりと感心し、頭を下げて暫く一緒に採取依頼を受けさせて欲しいと頼んだ。だが、彼はちゃんと俺の分の報酬まで折半してくれた…。他にも在庫に余裕のある薬草や治療薬を無償で寺院などに喜捨したりもしていた。


 もしかして、聖人かな? なんて、割と今でも思うような男なんだ。


 噂じゃ…その余りの聖人振りにポンズが世話になっているルクベルク司祭から言い寄られているなんて聞いたがな。



 それに、俺が常々世話になっている人物の話を説教代わりにしたせいなのか。それとも実際に数ヶ月、俺と共にベルガモンタと野外での採取とサバイバル技術を学ばせたからなのか…トリダンゴの奴が身分の垣根なく俺以外に敬語を使う数少ない人物のひとりでもある。



「で。今日はどうしたんだ? お前さんとは要塞の外でかち合うことの方が多いんだが、採取依頼でか?」

「――いや…実は違うんだ。君に相談…というよりはお願いってことになる、かな?」

「「…………」」



 いつも仏のように微笑んでいるような男が珍しく暗い表情をしてるもんだから、俺はトリダンゴと思わず顔を見合わせちまった。



「どうしたよ」

「ドワブ。…バテイラ君の件を知ってるかい?」

「バテイラ? アイツがどうしたってんだよ? そういや、最近顔を見てねえ気がするが…お前らは?」

「……先生。別行動を取ってた僕達も最近は冒険者ギルドや城下でも見ていないかと」



 バテイラは俺と顔馴染みのA級冒険者だ。俺よりも何歳か年下のレンジャーの男だ。“渦”という冒険者パーティのリーダーでもある。まあ、馴染み深いのは俺だけじゃあねえか…? トリダンゴの奴も困惑した表情を浮かべていやがった。



「彼を見掛けないのも無理はないかもしれない。少し前にパーティに新しく若い女性の神聖魔術師の子が入ったそうだよ? それで、ここ数カ月は精力的に依頼で要塞外へと出向いていると言っていたか。嬉しそうにね…最後(・・)に僕がギルドで会った時に、彼からそう聞いたよ。これからが楽しみだって、ね…」

「へえ。あの万年男所帯にねえ。…ん? 最後ってのはどういうこった?」

「……。…行方不明なんだ。彼のパーティ自体がね。もう二週間も前からさ」

「「…………」」



 ベルガモンタが顔を俯かせたまま、詳細をポツリポツリと教えてくれた。


 B級特殊討伐依頼を受けたバテイラ達は総勢五名のパーティで依頼に向う。この要塞から真東に馬車で十日ほどの距離に大陸最大の湖がある。その湖に沿って南にある王都アルジへと更に二日三日ほど下ったマチルダ領の村民からの依頼だったそうだ。因みにマチルダ領に冒険者ギルドは無い。なので、隣領オツベルから最寄りのシオか、王都アルジの冒険者ギルドがその依頼を請け負うことになる。


 そう言った移動距離が長い場合、冒険者の殆どがギルドを通して国の管理下に置いているワープゲートなる転移魔術装置を使って移動する。まあ、有料なんだがな。それでもギルドからの要請と言えば俺の前世の健康保険よりも恩恵を受けた料金までまかるぞ。


 故にバテイラ達も本来そうするはずだが――そうしなかった。恐らくは新しくパーティに入った新人が原因だな。ワープゲートを利用するには一定の記録(ログ)が要る。ゲーム的に言ってしまえば各村町要塞でのブクマだ。一度訪れた国に認可されている移動可能ポイントが俺達が首から下げている識別証明に記録される。それを件のワープゲートがチェックするという仕組みらしいぜ? SFも真っ青な最先端技術だな。あ、いや…ファンタジーって点では合ってんのか?


 少し話がズレたが…その新人は恐らくマチルダ方面へと赴いた事が無かったんだろう。


 バテイラ達は遠征訓練も兼ねて徒歩での移動を敢行したのか…。馬車だってそうだが徒歩の移動は非常に危険だ。魔物やら盗賊山賊やらがいるからな。



「だが、徒歩なら平気で一月近く掛かっちまうんじゃあねえのか」

「いや、バテイラ君達は既に依頼自体は済ませている(・・・・・・)ことがギルドで確認されているんだよ。依頼を出した村からの要望で魔物の素材の一部を買い取って貰ってる。帰りは端からワープゲートを使うつもりだったんじゃないかな。大荷物じゃあワープゲートを潜り抜けられないからね?」

「……じゃあ、それから2週間以上か? 確かに、変だな…」



 バテイラはちょいと偏屈な男だったが、根は優しいタイプっつーか…単に慎重な男なんだと俺は思っている。


 それに他人に厳しい分だけ仲間思いな奴だった…。そんな男が帰りも徒歩でこの要塞まで戻るだろうか? そこそこ大所帯になったんなら、移動で浪費する金銭面もそんなに余裕がねーだろう。それにその新人のことは良く知らねーが、身軽なレンジャーであるバテイラ以外は重戦士と魔術師で足が遅いはずだ…。


 むしろ、馬車を使った方が安上がりな上に安全で早い…てか使えるならワープゲート、1択だろう。



「…なら、その村で何かあった(・・・)、か?」

「うん。僕もそう思う。少なくともその村まで行けばその後の足取りも掴めるはず…僕はその村の場所に行った事はないけど、この中央ならある程度の場所には足を運んでいるからね。…因みにドワブ。君はマチルダの要塞ニルダへ行った事は?」

「あるな。依頼で一度切りだが…」



 ベルガモンタが顔を上げ、何か腹を決めたような真剣な眼差しで俺を見る。



「そうかい。その村までニルダから馬車で一日。歩いて一日の場所にあるとギルドから聞いたんだ。そこでドワブ――君に頼みがあるんだ」



 まあ、その話を聞いて何となくその頼みとやらは察しがついているが…黙って頷いて聞くことにした。

 


「僕()と一緒に…バテイラ君達を探す捜索隊を組んでくれないかな?」



 

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