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# 19 勝者と…その余波 その夜

その2の直接的な続きの話です<(_ _)>



「「いらっしゃいませ」」

「きゃー!嬉しいっ! 今夜も来てくれたの? ギーラさん?」

「やあ来たよ!今夜も楽しい一時を共に過ごそうじゃないか…リモちゃん」

「…………」



 城下の眠らない一画――色街で最も幅をきかせる高級娼館“アムリタの蜜”にとある二人組のエルフの来客があった。



 言わずもがな、その客の内の一方は常に指名する御手付き(・・・・)のイヌミミの半獣人嬢に出迎えられデレデレ顔になった男…エルフ大使館の職員であり、その代表の地位に就くギーラ・カヴァ・ノイドルノ。


 そして、そのもう片方が生まれて初めて娼館の戸を潜ったA級冒険者…サーバイン・ヒイラである。


 生まれて百五十年ほどであるが、彼は未だ童貞であった為、既にこの場の雰囲気に呑まれ――まるで魔物の群れに突如取り囲まれてしまった時と同じかそれ以上に狼狽えていた。



「ギーラさん? じゃあ早速お部屋に行く? フフッ…」

「ああ、勿論だ――と言いたいところだが今日は連れ(・・)も居るんでね。それにちょっと飲み直したい気分なんだ。テーブルまで連れて行ってくれるかな?」

「あら残念。…へえ、初めて見る顔の人ねえ。じゃ、行きましょ。――あ。レムリー!御新規さんの案内をお願いね~?」

「は~い!」

「え? い、いや…俺は…!」



 若い扇情的な恰好の女達に囲まれアタフタしていたサーバインは判り易く取り乱していた。



「失礼しま――あっ」



 パタパタとややあざとく走り寄って来たのはまだ娼婦見習いの少女だった。だが、サーバインの姿を見て固まってしまう、彼女はハーフエルフだった。しかも治療を受けてなお衣服の裾からは薄っすらと傷が覗いていた。


 サーバインもそれを見てハッっとして思わず焦って口を開く。この反応は十中八九、虐待を受けたであろう者特有のものであることは、西大陸での生活が長い彼は嫌というほど知っていた。



「ま、待ってくれ! 俺は東大陸の森生まれだが…育ちは西大陸(コッチ)の南方付近の村なんだ! それに、俺を実質育ててくれた義父と義母はハーフエルフで…その……っ」

「「…………」」



 だが、サーバインが我に返った時は店内の者達が目を丸くしていてコチラを見やっている光景だった。



「…クスクス」

「ちょいと笑ったら失礼でしょ~?」

「だって…あんまりにも小さい子供みたいで可愛くってさ?」



 笑いを零す女達を見てサーバインが見る見るうちに茹で蛸のようになっていく。



「アハハ! お客さん大丈夫ですよー? このお店にそういう悪い人(・・・)は入ってこれないことになってるんです。外でそういう悪意とかに敏感なペコさんとペッツさんが常に見張ってくれてるんで…クスッ」

「ペコ…? ああ、あの外に居たフェアリーのことか?」



 確かに、あのフェアリー達は見た目にそぐわぬ程に実力がありそうだな…とサーバインは一巡する。まあ、そんな考えが頭によぎったのは瞬きする間ほどで――実際は、ギーラに色街など無縁だった自分が無理矢理連れてこられたことで全く心の余裕が無かったのだが…。



「ああというか、私が驚いたのは多分…お客さんのことを聞いていたからですよ? さあ、先ずは御席にどうぞ!」

「俺のことを…? こんな一介の冒険者なぞが入れそうにもない場所に来れそうな知り合いに心当たりなんてないんだがな」

「フフフ…冒険者さんじゃないですよー?」



 首を傾げるサーバインだったが、恐らく自身の1割程度の年月しか生きていないようなハーフエルフの娘に腕を引かれて奥へと引き摺られて行く。


 そして、既に薄暗いラウンジらしき場に腰を落ち着けてイチャイチャしていたギーラとリモ嬢の前の席に案内されると「今、御飲み物を持ってきますねー」と言って足早にレムリーはサーバインを残して去って行ってしまった。



「はははっ!相変わらず君は女性には奥手だな…」

「……ギーラさん。俺も奢ってやると言われてホイホイついてきましたけど。…まさか、こういう手合いの店とは」

「僕が心情疲れた君を安居酒屋にでも連れていくとでも? おいおい。やっとあのクソジジイ共から解放されたんだぞ? 今夜くらい私だって羽根を伸ばしたいんだよー」

「アラ? ギーラさんは確か一昨日も来てくれたと思ったけど?」

「…………」



 再度イチャつき始めた二人をジト目で見やる童貞エルフのサーバイン。



「…お。来たようだね?」

「――お、お待たせしました。…あ!? あなたは…!」

「…? っ!? き、君はあの時の…! そうか、ここにいたのか。道理でいくら探しても見当たらないわけだ……」



 トレイに酒とグラスを載せて運んで来たクロヒョウ獣人の女が驚きの声を上げ、同じくサーバインも驚愕から腰を浮かせてしまった。



「いや…何。昼間、僕があのジジイ共と君とのやり取りを聞いてさ――ちょっと心当たりがあったからね…」



  ~~~~



 時は今日の昼頃まで遡る。


 東大陸から訪れていた重鎮達の関心を何とか話題の人物であるドワブから逸らせたタイミングだった。その場も流れで解散となるところで、機を見たサーバインが退室を申し出た時である。



「――そう言えば、城下を視察した折に少し小耳に挟んだのが。サーバイン、お前は数日前に城下で何やら揉め事を起こしたそうではないか?」

「揉め事…ですか? ……ああ、そう言えば。何てことはありません。単に要塞外から流れて来た傭兵くずれの連中が無抵抗の女に暴行を働いていたので――片付けただけです。衛兵を差し置いて出過ぎた真似かもしれませんが…仮にも、俺も冒険者の端くれですから…」



 サーバインの答えに尊大なエルフが顎に手をやり「ふうむ」と唸る。



「左様か? 私が聞いた話では――お前は“薄汚い獣人如き”を身を挺して庇ったそうではないか?」

「……――っ」



 頭を下げたままのサーバインの肩がピクリと微かに揺れる。



「……獣人、如き(・・)?」



 サーバインが低い声でそう微かに返す。それには明らかに敵意が滲んでいたので、エルフの側近達は僅かに身を固める。



 サーバインはそもそもこの場に居る――エルフが嫌いだった。否、別にエルフという種族を疎んでいるわけではない。この目の前で踏ん反り返る考えの古い老害達を、だ。


 西大陸と手を取り合い今後も共に発展していくことを願う――親西派と言えば聞こえは良い。だが、実際にそう心から願い行動に出る者など極少数だ。蓋を開ければ、このエルフ共のようにエルフ以外の種族を根本的に見下している。特に過去の歴史から自国のある東で大敗を喫して今度は西に渡ったが、結局は北方で再びエルフに敗れ去った獣人などは恰好の侮蔑対象だった。


 サーバインは西大陸育ちのエルフだ。生まれたのは確かに東のヒイラ氏族の森である。だが、彼が生まれて早々に両親は訳有って追われるようにして森を出て、西大陸を放浪することになった。元は単なる力の無い猟民であった彼の両親は中央と南方の境辺りで行き倒れ、幼いサーバインを残して逝去した。


 そして、その残された彼を拾って育ててくれたのは只人・エルフからの迫害から逃れひっそりと隠れるようにして暮らすハーフエルフの村の者だった。サーバインは数十年に渡って受けたその恩義をこの先、一生忘れることはないだろう。


 そして、親の形見である武器を背に村を旅立ったサーバインはいつしか――他種族どころか自身の血を分けたはずのハーフエルフすら遠ざけようとする者達を嫌悪するようになっていったのだ…。


 良くも悪くもサーバインはエルフらしからぬエルフとして成長していく事となった。


 そんな彼が、腹の底から湧きあがる静かな怒りから握り拳に力が入り始めてしまった時だ――。



「そうですか? 獣人の女性も――慣れれば存外、悪くはないものですが?」



 険悪な空気を打ち砕いたのはギーラからのトンデモ発言だった。


 流石にこれにはエルフの側近達は目を白黒させ、わざとらしく咳き込んでみせる。



「……。森を離れたエルフは好色に染まる――と先人が言っておったが、件のキャロウェルのじゃじゃ馬姫といい…単に森からはぐれ者を出さぬ為の教言かと思っていたが…存外に正しい言葉かもしれぬな」

「いやはや…申し訳ありません」

「…恥ずかしい奴だ。まあコレも…若気の至りというヤツか。…もう良い! 両名とも下がるがいい…後は我らで話す故」



 そうやってギーラ、サーバイン共に部屋から追い払われたのであった。



  ~~~~



「いやあ~あの時は僕も流石に焦ったよ? 君があのクソジジイに殴りかかるんじゃないかってね。あんなんでも、親西派の中心人物ではあるからさ~」



 ギーラがリモから「流石はギーラさん」と胸元にもたれかかられ、上機嫌でグラス片手に話して聞かせる。



「それは…軽率でした。すいません…!」

「いいんだ、いいんだ。僕も仕事とはいえ…正直言って大っ嫌いなんだよね、アイツ。てかイチイチ偉そう振りやがってさあ」



 やや落ち込んだ様子のサーバインの肩にそっと手が乗せられる。ベルベットにも似た美しい毛並みの手であった。



「サーバイン様、申し訳ありません…私を庇ったばかりに…」

「な、何を言うんだ!? 君は悪くなんかないっ! 悪いのは……俺は頭が良くないから上手く言えんが――偉い奴というか…世の中の方が間違っていると思う」

「偉いっ!! 君は偉いぞっ!サーバイン!!」



 急にダンッとテーブルにグラスを叩きつけて叫ぶエルフにビビるサーバインと女獣人。どうやら、だいぶ酒が回っているようである…。



「アラアラ…今日は随分と元気が良いじゃない?」



 その場に気紛れなのかそれとも最早顔馴染みとなったエルフへ挨拶をしに来たのか…“アムリタの蜜”の主である娼婦頭アムリタが姿を現した。


 元々女に余り免疫のないサーバインはその妖艶なオーラに気圧され固まってしまう。



「こんばんは。アムリタ嬢――今日はドワブ殿は?」

「……来てないわ。何か今日は冒険者ギルドで催しがあったんですってね? どうせ浮かれて…男ばっかで飲んでんのよ。何が楽しいんだか…」



 アムリタはドワブの話題を振られた途端、急に機嫌が悪くなった。それを見てリモや他の娼婦達がクスクスと笑い声を上げる。



「ところで――貴方。この子を助けてくれたんですってね? ありがとう…この子ってば寂しがり屋だからさ? 今度からちょくちょく店に来て顔を見せてあげて頂戴ね?」

「あ、アムリタ様…っ!?」



 サーバインに肩にしな垂れ掛かって微笑むアムリタ。サーバインは返事もできぬほどガチガチだった。



「…ところでアムリタ嬢。例の件(・・・)は検討して頂けただろうか?」

「ああ…」



 アムリタはスッと姿勢を直すと手に持っていたパイプを一度くゆらせてから、視線をギーラから隣のリモへと移す。それからニコリと微笑む。当の微笑まれたリモは意味が解らずに首をコテンと可愛げに傾げる。



「…ギーラさん。何のお話ですかね?」

「…リモ。――おめでとう。そこのギーラの旦那からアンタを身請けしたいって話が来てたのさ…。まあ、裏はドワブんとこの斥候娘に調べて貰ってるからね。その結果…私はこの御方なら問題ないと判断したよ。後はアンタの気持ち次第だけど…?」

「…っ!?」

「……。ドワブ殿の? ということは盗賊ギルド肝入りの“残影”が? それは恐ろしい…全然気づ――」



 酔いが一気に醒めてしまったかのよう冷や汗を流すギーラの首に涙を流すリモが飛びつく。



「……うっ…ひっく…私…絶対にギーラさんから離れてあげませんからね…ぐすっ…」

「…僕もだよ。まだ、大使館での仕事が残ってるし、後進のこともあるから…もう少しだけ待たせてしまうけど。…必ず迎えに来るから。そしたら、一緒になろう。誰にも――神にだって文句は言わせない。まあ、僕は元々無信仰だけどね? はははっ! ……この城下でも良いし、どこか遠くの土地でも君が望む場所に行こう。…共に生きよう、リモ?」

「…うっ…うっ…は、はい…」



 何者も冒してはならない世界が目の前に突如として現れ、サーバインはまたもや硬直していたが隣の女獣人に「大丈夫ですか」と声を掛けられ現実に復帰する。



「ギーラさん。本当にいいのか?」

「ん? 良いに決まってるじゃないか! 何の為に僕が嫌な仕事に文句のひとつも言わずに頑張って働いて金を貯めていると思ってるんだ? 無論!愛する者と結ばれる為さっ! それに僕は今の地位になんの興味もない。ノイドルノの家から除籍されることもね! 寧ろ願ったり叶ったりさ! 結局、クソ親父達の考えることなんてあのジジイ共と変わらないし…恐らく、今後も変わらないんじゃないかな」



 ギーラが「さてと」と言って泣きぐずるリモを胸に抱いたまま席を立った。



「あ。ギーラさん…」

「……サーバイン。君も僕と同類なんて言ったら気を悪くされそうだけど…。君は今後、どうありたい? このまま無意味でつまらなく、無駄に何百年と生きてあのクソジジイ共のようになりたいか? ――僕はゴメンだ。愛する者と共に生きたい。それと…知っているかい? 西大陸(コッチ)じゃマナの影響なのかエルフはそれほど(・・・・)不老長寿ってわけじゃあないみたいだよ? せいぜい長生きしても四百年から五百年らしい。なら、僕も後、百年くらいで只人と同じように老いて死ねるかもしれない。…まあ、それでも仮に僕とリモとの間に子供が出来たら…その子供の孫の…孫の代くらいまでその成長を見守ることができるか、とかね? そう考えると…エルフなんてもの(・・・・・)に生まれてきたことに初めて感謝できるってもんさ」



 ギーラはそう言うと振り返らずに「後は若いお二人でごゆっくり」とだけ言ってリモを抱えて部屋の方へと去って行ってしまった。



「「…………」」



 残されたサーバイン達は何やら気まずそうにしていたが、どちらかもなく言葉を交わす内に時間が過ぎていった。


 その余りにも純なやり取りを近くの席からアムリタと他の女達がニヤニヤと見ていたのだった。



 ――数ヶ月後。エルフ大使館にて急な人事異動があったという。



 それから数日後のさる早朝、その大使館の職員であったエルフ、ギーラがとある色街の高級娼館から半獣人の娘を連れ、共に幸せそうな顔で娼館の女達とその場に同席したとある中年冒険者に見送られながら一頭立ての馬車で城塞都市から去っていく姿があった…。



 

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