# 1 三十路男は、異世界で追放されたい
『……はぁ? 態々、冒険者になって自身の仲間…そのパーティとやらから追放されたい、と?』
「そうなんですっ!」
世界とまた異なる世界との狭間…まあ、平たく言えば“あの世”ってヤツなんだろう。
ある時、気付けば俺はその空間に居た。
……いや、ちゃんと自覚はあるんだ。何となくだけどな?
俺はどうやら死んぢまったらしい。
ここ最近やたら仕事抱え込んで無理してたし、体調も良くなかったからなあ~。昔っから身体だけは無駄に頑丈と思って油断し過ぎたな。で、やっとこさ仕事を何とかやり遂げて…今日は一杯飲んで寝ちまうと思った矢先に――ってとこだろうなあ。思えば、まだ三十年ちっくの短い人生だったわけだが…何て冴えない人生だったことか。
バイト漬けの灰色の青春時代。一応、容姿の悪さの割に童貞じゃあないのが唯一の救いか? まあ、それでも燃え上がるようなほどの恋を経験したような気はなかった。まあ、最後に職場のとある女とだいぶ良い仲になれて…もしかしたらこんな自分でも家庭なんて持てたりなんかしちゃったり。
…なんて舞い上がってたら、俺が入社からずっと面倒を見続けて来た可愛いイケメンの後輩(出世して今や俺の上司なわけだが)に彼女を寝取られちまって、職場じゃあ半ば俺は腫物扱いときたもんだ。
なるほど、ストレスもあんのかね? 俺の死因は。別段、ハゲたりしてなかったから油断してたな。
だが、昔からそうだ。両親から一切容姿を褒められた記憶がない俺は、一種のコンプレックスからなのか、やたらと世話焼きになってしまっていた。まあ、他人から好かれたいとか、単純に小学生時代の初恋相手からモテたいと浅はかな考えだったのかもな。
ただ、そんな事を続けていたからだろう。俺はすっかり周囲から便利な奴というレッテルを貼られることになっちまった。まあ、自分が望んだことだろうにな。
で、頼られるのは気分が良かったし。後輩達の面倒を見るのも嫌いじゃなかった。特に誰かの成長って言えばいいのかは判らんが、そいつが気付けないところを見てやれるのが単純に好きだったんだと思う。
…………。
て、いかんいかん! すっかりセンチになっちまったな。
『…ですが理解に苦しみますね? 何故そのような仕打ちを望まれるのでしょうか?』
「そりゃあ…ここ最近の流行りじゃあないですか! ほら、ラノベとか。“パーティから追放されたけど、○○で成り上がります(他には、逆転します。とか、ざまあ。とか。その他割愛)”ってよくあるじゃないですか? ……あぁ~っとぉ~…?」
俺は思わず幼稚な考えをぶつけてしまった首を傾げる相手に尻込みする。
そう、俺を相手してくれてるのは…ズバリ“神”だ。……まあ、何の神様なのかは知らん。
だが、問題はその神様が目のやり場に困るほど…どこぞの場末の怪しい店に居そうなビッチな衣装を身に纏ったガングロギャルの姿だった。
あ。性差別的な発言をしちまったが、許してくれ。その、語彙力に自信がないんだよ、俺。あと生前に女達からよく言われてた、デカ尻…じゃなかった。デリカシーってヤツもな。
『ああ。私の恰好はお気に召しませんか? 本来の姿はもっと無機質で貴方達とは掛け離れた姿をしているものですから。そういった理由もありまして、この場に召喚された方の“生前に最も自身とは縁遠いと思っていたが、実は欲していた理想の異性”に近い姿を再現しているんですよ? まあ、こんな場ですから…リラックスして頂く為ですね』
「え゛」
俺は自分の隠されていた性癖が露見されたようでショックを受けて固まっていた。
そうか、ギャルかぁ~。
俺、結構派手な女が好みだったんだなあ…。
『さて、最後にもう一度問いますが。……本当によろしいのですか?』
「…………」
そう、この空間は別に神様に死後に会ってお話をしよう! などといった機会を設けて貰ったわけじゃない。
実は、俺の来世…次の世界での人生を決まる場所なのだ。
怪訝な表情(見た目と中身のギャップが俺のせいで酷いことになってしまっているがな…)をする女神様の気持ちは解っているつもりだ。
俺は特別な存在らしい。いや、選べばれちまったというべきか。ラッキーなのかそうじゃないのかは現段階ではハッキリしない。
その理由は俺がこれからとばされるのは――異世界だ。そうラノベとかの。
俺は現実世界…まあ元の世界か。その輪廻転生から弾かれたというか移籍というのか、来世から異世界の別の理を持った輪廻に組み込まれるらしい。
その世界とやらがこれまた剣と魔法のファンタジー世界。ぶっちゃけ嫌いじゃない。むしろワクワクすっぞぉ!
…が、俺は初回特典ってヤツ? でこの場にお呼ばれしている。目の前の女神から次の世界がどんな場所かざっと説明して貰い、初回特典のプランニングを提示されたわけだ。
そのプランってのが実は非の打ちどころがないほど良いもんだった。
生まれ変わった俺はその異世界でも稀なほど平和で豊かな土地の有力者の息子として生まれる。
容姿は金髪碧眼の超壮絶爽やかイケメン。さらに美人な嫁さんが三人でドン!と言った具合で子沢山の家庭円満で沢山の孫とひ孫に囲まれてそれはそれは幸福な人生を送って生涯を終えるんだそうだ。
しかも、その土地は向こう三百年は安泰が約束されているのでマジ安心。子孫の心配もせんでいい。
異世界とはいえ、俺の持ってないものを全部与えてくれる欲張りプランだ。普通ならそれを選ぶだろう。
が、俺はそれを望まなかった。
別に俺から彼女を寝取った後輩を恨んでいるわけではない。いや、正直に言えばちょっとは根に持ってる。そりゃあな?
俺は実は少し…いや、かなりのひねくれ者だったのかもしれん。
憧れがあった。あくまでラノベの世界での話だが…。
懸命に努めてきたパーティを理不尽な理由からいけ好かない仲間から追放される主人公。
だが、実はとんでもない才能やチートスキルの持ち主なわけだったりする。
そんな主人公は幸か不幸か、自身の能力を認めてくれる真の仲間と邂逅を果たして成り上がっていくのだ。
まあ、元のパーティが屑過ぎて“ざまあ”するのは…まあ、オプションみたいなもんだ。
今迄、都合良く使われてきた俺は…単純に自分の努力や気持ちを誰かに理解されたい。報われたいと思っているだけなんだろう。つまりは下らん意地ってわけだわな。
確かに金髪碧眼ハーレムには後ろ髪を引かれる思いだが…何故か最初から心に決まっていたんだ。
俺は折れなかった。
『わかりました。…そこまで意思が固いのであれば、もう止めはしません』
「ありがとうございます」
俺は女神に頭を下げると、自身のつま先や指の先がサラサラと光る砂に変わって渦を巻きながら消失していくことに気付いた。
――そうか、俺は遂に異世界に行くんだな。…もう、後戻りはできない。
『…ですが』
俺が腹を決めて久々に顔を引き締めた(つもり)ところで徐々に姿が朧気になっていく女神から声が掛けられた。
『――きっと、貴方の望むようなカタチにはならぬでしょう。いや、叶わないと言っても良いかもしれませんね』
(…え?)
更に女神の声だけが耳に、いや、俺の魂に響く。
『――貴方は本質は貴方が望むものとは異なります。それは、魂の本質――……そして、私は哀しい。…貴方はどれだけ自分が周囲から愛されていたのかも知れずに生きて来られたのですね? ――私が最初に提示した運命は誰もが手に入れ難きもの…その幸福さは、貴方が生前に得た徳や残された者達が貴方を慕っていたものからあったものだというのに。――最後に、もはや私の元を離れてしまう貴方に私ができることは、貴方が――であったことに気付けるように祈ることだけ……』
掠れ消え行く俺の意識では、その言葉を最後まで聞き取ることは叶わなかった。