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# 16 勝者と…



「こんにゃろめっ!!」

「うごぁ…!?」



 俺は大地そのものを凶器とする人類が誇るリーサルウェポン…一本背負いで傍迷惑な聖騎士を叩きつけたそのままに、“コーティング”で強化した拳で奴の鳩尾目掛けて正拳突きを放ってトドメを刺す。これにより完全に脱力したハボックの鬼気迫る表情が一瞬で弛緩して――それはそれは面白い顔になりやがった。



 俺は「ふぅ~…」と息を吐き出し、既に半壊し掛けていた氷土の壁からコチラを伺う青年魔術師に向って顎クイする。



「…ハボック様。――勝者っ! “金獅子”のドワブっ!!」



 この模擬試合……の規模じゃねーだろうが、立会人を務めていた青年魔術師コーヴェンの声が上がったことで、訓練場では割れんばかりの人々の歓声が爆発した。


 ……あぁ~疲れた。マジで。



「す、すげぇー…!」

「へへっ…(全く、コイツらときたら。俺が初めてドワブさんが戦うとこを見た時と同じような面しやがってよ…)」

「というかあのオッ…ドワブってひとが首から下げてるのは銅の識別証明だろ? 何でB級(・・)S級(・・)に平気で勝ってんの?」

「「…………」」



 何やら観衆の隅で観戦していた見習い冒険者から非常にプリミティブな疑問の言葉が出たようだが…俺は聞こえなかったことにした。



「ドワブ様!」

「ん」

「ずりーゾ? オッサンと団子ダケ。…俺様ともヤローゼ」



 そこへポンズ、メンツユ、シラタキの三人が俺の側に寄って来た。まあ、コイツらはハボックの野郎が暴走し出した瞬間にコーヴェンの防御魔術の壁から外に飛び出して来てたけどな。



「ちょっと待ってて下さいね? ――…<ヒール>」



 ポンズが俺に触れるかどうかの微妙な位置に手をやり、目を閉じて()を高める…。すると俺の身体全体が俄かに光を帯びたかと思えば、見る見る内に傷が綺麗さっぱり消え去って行く。神聖魔術師であるポンズが得意とする治癒系の奇跡だ。


 …………。


 流石にビリビリになっちまったシャツとズボンまで直っちゃあくれねえか。


 ま。いっか…上下で三百エンデス(銀のナゲットで3個)の古着だったし。



「あんがとよ。ポンズ」

「いえいえ…ところで、ラウール卿――いえ、ハボック様にも治癒の奇跡を掛けた方がよろしいですか?」

「ああ~…」



 俺は頬をバリバリと掻きながら後ろを振り向く。



「カナルダカル様…申し訳ございません…」

「ハボック様――不憫な御方です。あそこまで形振り構わずに挑まれて敗れてしまわれるとは…」



 アヘ顔で気絶している主人に項垂れる従者二人。もういっそ哀れにすら感じちまうな…。


 コーヴェンの言ったカナルダカルってのはこの馬鹿の父親――先代のドリュー家当主だったな。もう、故人だったはずだが…この二人を従者に任命したのはハボックの親父さんなんだろう。



「……どうしますか?」

「…いや、いいだろ? というかアイツの事だから――」



 俺が手を振って憐憫の目を三人に向けるポンズを止めた時だった、地面に大の字になっていたハボックの身体がピカリと光る。それと同時に跳びあがったので様子を窺っていた観衆からは悲鳴に近い声が上がる。



「げっ!? “震剣”に返り討ちにされて負けた槍使いが復活したぞ!」

「ゾンビだ! 神罰が落ちてゾンビになりやがったんだ!」



 おーおー。好きに言いやがる。


 …だが、コイツは馬鹿だが間抜けじゃない。歴としたS級冒険者なんだぜ?



「な? 変なとこで用心深いヤツなんだよ」

「アレは…<寝ずの番の加護>でしょうか」



 <寝ずの番の加護>とは戦士職などが好んで使用する神聖魔術のひとつで、術使用者が昏睡もしくは気絶状態になった場合…自動的に発動するバフ魔術だな。効果はご覧の通り、その危機的な状況からの復帰だ。


 確か、神聖魔術レベルは最低位の修道士級だったか。教会の連中からは虫のように嫌われているアイツでも最低限の神聖魔術は使うことができるようだ。


 因みに、神聖魔術には魔術レベルとはまた異なり、修道士級・司祭級・使徒級・化身級の位階が存在している。俺のところのポンズが扱えるのは、その中では実質最高位である使徒級だ。それで“聖女”なんて肩書きを持ってるわけだな。



「ハ…ハボック様――」

「――だああああああっ!! 悔しぃいいいっ!? またしても私が負けてしまったあああ~!!」



 第一声にそう叫んだ敗北の聖騎士が頭を掻きむしり、子供の様に地団駄を踏み、地面を転げ回る。そして普通に悔し泣きだ…。


 それが五十代後半の男がすることかよ…。しかも、こんな様のハボックの野郎は既婚者で、娘夫婦の間には孫がふたりもいる。



 あ、それとこの馬鹿が再度暴走しないよう――ハボックの愛槍“一角獣”は既に冷静沈着なソオセルジが回収済み。また小手の<アポーツ>で取り寄せできないようにギルドの職員に頼んで魔法金属製の金庫室に運んで貰っている。流石だな。対処が手慣れ過ぎていて、俺が泣きそうになりそうだが…。



「全力だった!! 私は女神に誓って全力を尽くしたのだっ!! だが――此度も、ドワブには遠く敵わなかった…!」

「「…………」」



 ハラハラと涙を流して仁王立ちする男の姿に――周囲は驚愕とも呆れ顔ともつかない表情をしている。だが、俺を含めて誰一人。そんな姿を見てハボックを侮辱する者なぞ居ない。


 仮にも貴族籍に身を置き、聖騎士として不徳の烙印を教会から押されてなお…全力を尽くして戦った男にそんなことを言う資格のある者なんて、少なくとも俺は居ないと思うね。



 暫しの沈黙の時が過ぎた後…まばらに拍手が起こり、最後は観衆全体がハボックに対して拍手を送るようになった。ハボックもまた涙を拭い、頭を低く下げてそれに応えた。


 そして、俺達と観客の間の仕切りとなっていたコーヴェンの土壁が完全に消散すると…ドッと押し寄せてきた大衆に俺は囲まれてしまう。ああ~…早く酒場で冷えたエール飲みてぇ~。



「――“先見”…いやいや、“震剣”のドワブ殿。お初にお目にかかる。私は先日エルフランドから参った新参者なのだが…どうだろうか? この後、貴殿さえ良ければ上の街の料亭で食事など…」

「おうおう!耳長共が露骨にゴマを擦りおってからに…。ドッ坊はこれから儂らと一緒に勝利の酒を味わうんじゃいっ! 森にでもすっこんどれ!!」

「ぶ、無礼なっ!? 石人(いしびと)如きが厚かましい…。それ以上、我らに近寄るな。煤が舞うではないか…」

「何おうっ!? 火もろくに使えん癖してからにぃ~!」



 ほうれ。早速エルフとドワーフのジジイ共が揉め始めやがったぜ…。



「両者ともに待たれよ」



 だがズイッと無理くり身体を俺と両者の間にねじ込む者が現れる。



「悪いが。その名誉は――先の戦いに敗れ去ったこの…ボアルハボル・ドリューのものだ。それは例え、女神からの命であったとて…譲れんのでな」



 こんな時なのに聖騎士としての威光を感じさせる男が俺に向ってニヤリと笑い掛けやがる。



 結局、その日は勝者の特権として…ハボック達と訓練場に居て盛り上がった冒険者達と酒場で遅くまで飲むことになったぜ。序にドワーフも同席したけど、エルフのお偉方達は早々に引き上げてったみたいだ。ああ、勿論。ハボックの奢りでな?


 …そう暗い顔をすんなよ、コーヴェン。ほら、遠慮せずに追加のエール頼んで良いんだぞ? なんせ、お前らの上司の奢りなんだから。


 な、泣くなよ…? 俺が虐めてるみてえじゃあねえか。



 ――後日。


 俺とハボックはギルマスに呼び出されるハメになった。何故かって?


 そりゃあハボックの野郎が矢鱈目鱈に異世界版●円斬を乱射しやがったからだ。運良く人的被害こそなかったが、その流れ弾でギルドの一部が損壊。その場に居たのに止めなかったギルマスは半日正座させられていたらしい。それと減給処分だそうだ。


 で、何故か俺もハボックの奴と一緒に責任を取らされるハメになった。ふざけんじゃねーぞ!?


 だが、ギルマスの計らいで損害は俺達の試合目当てで来た観衆から巻き上げた金で補填できるとのことで…俺は注意(いやだから、何で?)だけでその他にお咎め無し。


 だが、ハボックの野郎は無償でA級魔獣討伐依頼を数件受けさせられることになったのだが――当の本人は…『ううむ! コレは良い鍛錬になりそうだ!!』と大喜びしてやがった。


 

 やっぱりコイツ…馬鹿だわ。



 

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