# 15 大人気ない中年冒険者、二人
その日、城塞都市シオの内壁手前に位置する冒険者ギルドはほぼ正方形の二階建ての建造物で、それに口の字のように囲まれるようにして訓練場があった。
普段は、冒険者としての適性を見出す訓練期間に就く者達――D級冒険者を始め、依頼の無い冒険者達が身体が鈍らにように丸太相手に、または同じ冒険者同士でトレーニングをする場だ。常時通う者もいるが、普段はまばらにしか人が集まらない場でもある。何せ、基本金欠である者が大半である冒険者達にとって幾ら僅かな出費であろうとも抑えたいのだから。
だが、その日その場所だけは…まるで、無料で高級菓子を配るなどと詐欺師が吹聴したが如く。種族問わず千を超す人々が集まっていた。訓練場に収容人数制限いっぱいで入れず、勝手に屋根に登って見学しようとする者まで現れる始末であった。
後日談ではあるが。この珍事にシオの大領主であるヤベス・オツベルでさえ兵や使用人すらから隠れて居城を抜け出そうとしたり、後に王都でこれを知った現チャント・ナベルカ国王オカベリオンすら観れなかったことを悔しがって家臣に諫められるまで本気で御前試合を開催し――とあるシオ在籍のB級冒険者を招集しようとしたと吟遊詩人が聴衆に歌って聞かせるほどである。
「えー! あの人、槍まで使えるんだあ~」
「てかよ? 何でこれからあのオッサンと対戦する暑苦しいオッサンはあんなガッチガチに装備で固めてんの…?」
「…ドワブさん、だ。良い加減に覚えろよ? そりゃあの人は一応、“魔法剣士”なんて肩書きだけど実際は神聖魔術とエルフの精霊術以外なら何でもできちまうようなとんでもない人だからさ。槍・斧・弓・メイス…何でも使い熟すし、仮に素手でも平気で相手をボコボコにできるんだぜ? 俺も昔、あの人に憧れて剣をちょっと教えて貰ったことがあってなー…。それと、ドワブさんと今から対戦するオッサ……御方は――S級冒険者のボアルハボル・ドリュー様だ。とても気さくな方だが、歴とした貴族様だから口の利き方には気を付けろよ? ただ、お前が疑問に思ったことには…俺は答えられない。だが、そうだな――あの御方は常に全力を出すタイプの人だ。……周りから何と言われようとも歯牙にもかけないくらいにな」
「「…………」」
先程まで訓練場を利用していたはずの者達が詰めかけて来た者達に押されて隅へと追いやられていた。だが、誰一人とて文句は言えど、この場を去る者はいなかった。
そんな者達からの視線を集める中、対戦する騎士恰好の従者らしき若い青年魔術師の掛け声によって試合は始まった――!
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「――…始めっ!!」
「ドワブっ! いくぞぉおおおおおおお!!!!」
「来いっ! この領民不幸者っ!!」
コーヴェンの掛け声と共に脳筋ハボックが突撃してきやがる。
――俺達…まあ、俺の槍は正真正銘この目の前の馬鹿から教わったものだ。基本の型は、10年の歳月を経ても未だ変わらない。西洋の形式というよりは…むしろ、俺が知る合気武術のものに近かったが。何でもハボックの先祖が北方を制圧して南下してきたエルフに頭を下げて弟子入りしたという逸話がそういやあったっけかあ? おっと、余計なこと考えてる暇なんて無いな…。
「――ちぇぇぇえいいっ!!」
「ぬぐわっ!? …この馬鹿力めっ!」
試合開幕突如の薙ぎ払い・突き・薙ぎ払い・突きの無限ループだ。参るぜ…。
それに単なる一撃・一打・一突がとんでもない衝撃だ。これが木槍じゃなかったら俺は今頃…穴開きチーズみてえになっちまってるんだろうな。
このトンデモ打撃力の正体は――魔技だ。それも俺なんかが使うチャンポン技じゃなくて洗練された一流の技。恐らく複数の“コーティング”・“ブースト”以外の強化系の魔技を同時に…しかもとんでもない出力で使用している。
流石、伊達に50年…槍一本でやってきた奴は違うな。到底、俺には辿り着けない境地だ。
――だが、俺もはいそうですか。と簡単にやられてやるのにも癪に障るんでな。…御返しだっ!
「ぬぅ! …相変わらずお前は面妖な動きをするな!」
「ったりめえよ。素直にお前の槍を受けてたら槍が持たねえだろーが…――よっ!」
俺は自身のチートスキル“確率鑑定”をフルに使用した回避ナビでヌルリヌルリと独自のフェイントを入れた動きでハボックの野郎の槍襖を躱して懐に入りこんだ……と、同時に槍に気を取られていたハボックの利き足を俺の脚で払った。
…だが、流石に読まれていたか――。
「そう簡単に転がされて堪るかっ! それにしても相変わらずお前は足癖が悪い…少しは騎士道精神を持ってはどうだ?」
「その言葉、そっくり返してやんぜっ!?」
が、読まれてるの承知の上なんだよ…っ!
「おおうっ!?」
チッ。惜しい…俺がハボックの気を惹くと同時に槍を垂直に横回転させ、石突の部分で顔を狙ったんだが――ほんの少し掠っただけだ。…無論。既に俺は“震剣”を木槍に使用している。当たればこの脳筋聖騎士様でもそこそこのダメージが期待できる。
ぶっちゃけ、ハボックから習った槍は俺には綺麗過ぎた。俺は平気で搦め手から攻めるタイプなんでな…コイツから手ずから習った頃からだいぶ俺流にアレンジしてある。
「卑怯者めっ!! “正義と天誅を司る女神”に代わって私が性根を正してやろうっ!」
「おまゆうなんだよっ!?」
それから数分間、再度激しい槍と槍のぶつかり合いが続いた。
だが、そこで戦局が大きく変わる。否、俺が変えたんだがね…?
「……そろそろ降参した方が良いんじゃあねえか?」
「はははっ!何を言っているのだ? 私はこのまま2日は槍を振るえ――な、何っ…!?」
そう豪快に笑って返すハボックの木槍にビシリッ。またビシリとヒビ割れていく。
「俺が馬鹿正直にお前さんの槍を受けて根競べ…なんかすると思うのかよ? ――ハボック。お前の魔技は凄いさ? 俺の魔技を真正面から普通に受け流せるくらいな。…だがお前さんの一見完璧な“コーティング”にだって隙ができる。俺はそこを集中して叩いただけさ」
「…っ! ぬぐっ…ぬぎぎぎぎぃぃ~っ!!」
黙っていれば端整な顔立ちのオッサン騎士の顔が苦悶に歪む。ざまあ。
それと同時に周囲からは俺に向って歓声が上がる。恥ずかしいなあ…。
――と、普通ならここで試合終了だろう。いや、終了でしょ?
「だっしゃああああああーっ!!」
「「ハボック様っ!?」」
「…あ~あ。またか?」
「本当にドブさんも大変だよなあ~? あんなのに付き纏われてさあ~」
おやおや、目の前の聖騎士ラウール卿が手にしていた木槍を膝蹴りで粉砕なされたぞ…?
後、俺を案じてくれる気持ちは痛く嬉しいがな。流石に腐っても貴族なコイツを“あんなの”呼ばわりは良くないぞ? まあ、誰も怒んないだろうけど…。
「駄目だっ!駄目だあああっ!! 端からこんな木切れではどうにもならん相手なのだ!! ――ものぐさ者の小手よ…我が宝槍。“一角獣”を我が手にぃぃ! <アポーツ>!!」
急に起こした癇癪と共にハボックの手に一瞬で槍が飛んでくる。
先程まで奴の従者であるソオセルジが抱えていたこの馬鹿の槍だ…。この“一角獣”と名付けられた槍は見た目そのままに、超高度を誇る魔法金属ブルーメタル製の柄にユニコーンの角を穂先としてあしらった聖なる武器だな。
まさに、聖騎士に相応しい……と思えるだろうが実は違うんだぜ?
歴史あるドリュー家がかつてナベルカ3世に下賜された聖なるユニコーンの角をずっと家宝としていたのだが…この馬鹿が『なんかカッコイイから』などという園児のような発想で勝手に持ち出し、興味本位のドワーフ達に発注して槍になぞにしてしまったのだ。しかもその角は教会から稀有な聖物として崇めらていたほどの代物だったんだとよ。
流石にこの暴挙には大領主オツベルすら頭を抱え、教会からは悪魔の所業ぞと糾弾され、危うく極刑になるとこだったらしい…ホントにどんな世界にも馬鹿っているんだなあ~。
そのゴタゴタで結局は国王に代わって領主様から強制労働刑が課せられ、数年ギルドから排籍処分を受けていたこともあるんだよコイツ。…そのお陰で、俺は存外に平和に過ごせる時期でもあったが。
そんな過去から教会では“ラウール卿”という言葉自体がタブーとされる場所もあり、見掛けられるだけで唾を吐きかけられるという噂まである。聖職者からそこまで嫌われるとかさ…悪魔かなんかなの?
だが、そんな事を思い出して現実逃避していた俺に構わず、この男の暴走は続く。
「<鮫風>! <超スピード>! <羽根破り>! <エアリアル・ブースト>…っ!!」
うっわ~…。えーと確か…グリーブ・オヴ・スピードだっけか? そのマジックアイテムで使える風属性のバフ魔術を全部使いやがった。えぐぅ…。
<鮫風>は触れたものに風属性のダメージを与えるカウンター型のバフ効果。
<超スピード>は文字通り風属性補助魔術の代表格<スピード>の高レベル魔術だ。敏捷度を大きく上昇させることができる。
<羽根破り>は防御魔術だ。矢や石礫といった投射物を自身に届く前に撃ち落とす。
<エアリアル・ブースト>は全体的な能力上昇に加えて、風属性の武器性能を底上げする。…十中八九、ハボック自慢の槍は風属性武器だ。
そして、完全に整った戦士が俺の前に立っていた。
「――待たせてしまったな。…さあ、再開するとしよう」
コレだ。当然のようにこんな事を言ってのける。
だが、流石にこの所業に観衆からは呆れる声やブーイングが津波の如く押し寄せる。
だが…この男は決して折れることはない。いや、折れろ!?
「黙れ!黙れぇい!! よいか!良く聞いてくれ、民衆よっ! …私は純粋に常に全力を尽くしているだけなのだっ!! 我が信仰の正義と天誅を司る女神もこう説いておられる――“弱きを助け、強きを挫く”と…!」
「「…………」」
その場は完全に『はあ? 何言ってだコイツ』状態である。
「この言葉は――弱く力なき者を救済するのは当然として。…逆に、強き者に対しては――全力で! 死力を惜しまず倒してみせよ! そう女神は告げておられるのだ!! つまり、私の前に立ち塞がる強者…このドワブには何をしてでも、どんな手を使ってでも倒せ――そう、神々は仰っている…!」
「……。ほんとにさあハボック…お前、馬鹿なんじゃあねえの?」
俺は素でそう言ってしまった。流石にコレはないだろう…。
「――確かに…」
…はあ?
「あのドブを相手にするんなら…そのくらいのハンデがあって良いんじゃね?」
「う~ん? まあ。それで対等て言われても…ピンと来ないが……あんなにも恥を忍んで挑んでるんだし、なあ…」
おいおい! 何勝手に納得し始めてんだよぉ!?
「同じ女神を信仰する者としては複雑ですが…あそこまで邪心無き眼で訴えられてしまっては…」
「…ん」
「いいんジャネ? オッサンなら余裕ダロ」
「お、お前ら…」
なんと試合を観戦する弟子達までもが俺を裏切り始めてしまった。
「――…っ!! ありがとう、賛同してくれた民達よ…。――良し! では仕切り直して、参る!!」
「うわ馬鹿っ! 止めろぉ!?」
「ええいっ!止めてくれるなっ!! なればお前も好きに魔術なり何なり使うが良い!」
「使えねーから言ってんだろぉー!?」
ダメだ…、早くこの馬鹿を何とかしねえと。
「結局暴走しやがって…! コーヴェン!ソオセルジ! 観客がコイツの槍の巻き添えにならねぇように防御してくれよ?」
「ああ…ハボック様…。申し訳ありません!ドワブ殿っ!」
「観衆への被弾は私とコーヴェンで防ぎますゆえ。ハボック様をよろしくお願いいたします」
「わぁーはっはっはっ!!」
周囲に構いなく俺に突っ込むハボック。だが…流石に今度は洒落にならねえぞ!
何度もやり合ってるあのハボックの“一角獣”の怖さなら多分俺が一番知ってるだろうな…。簡単に言うとこの槍は風属性の魔石を仕込んだドリルだ。とんでもなく頭の悪い言い方だがな。
ハボックはその槍にさっきまで木槍に付与していた魔技に加えて“スパイラル”という魔力で回転エネルギーを生み出す特殊な魔技を使う。俺も一応は使えるが…ハボックほどの出量は出せねえ。
しかもさっきのマジックアイテムからのバフで強化された身体能力と風属性武器の威力で放たれるドリル突きは俺の“震剣”でも受け切れない…!
だから――回避一択だ。
「――ほぅっ!!」
「うおっ!?」
ハボックの気合いと共に槍から凄まじい旋風が巻き起こる。その波濤で俺の身体は簡単に巻き上げられる。まるで巨大なハリケーンに飲み込まれて消える木や家のようにな。
「うわあああああ~!!」
「ぎゃああ~スゲエェ~!?」
「ドブさんが巻き込まれちまったぞ!? だ、大丈夫なのか…?」
…全然大丈夫。
じゃあねえよ。チクショウメ…風に巻かれただけでコッチはズタボロだっつーの。だが、そう簡単にやられて堪るか。こちとらさっき偉そうに弟子に説教したばっかなんでなっ――!
「ぐぬぅ…っ!」
「へへっ…惜しかったな…」
俺はわざと旋風に飛び込むようにしてジャンプしたのさ。その勢いを利用して…ハボックの後ろ首を狙ったんだがな……。
*相手の隙を突いて一撃を浴びせる:17%*
さっきから攻めてるんだが一向に鑑定結果が20を上回る気配がない。
そこから何とか大ダメージを避けながら隙を狙って攻撃を繰り返す。だが、地味に野郎の<鮫風>が面倒だ。今は<自動回復>の指輪を身に着けてねえから、接近する度に俺の傷だけが増えてやがるしな…。
だが、先に痺れを切らしたのはハボックの方だった。まあ、全く残り魔力量とか考えずに戦ってるからなあ~…馬鹿だから。ちょっとずつバテてきてんだろ。
「ええぃ!これでは埒が明かんではないかっ!! かくなるうえは――」
「…この馬鹿っ!? だからそれをこんな人が集まってるとこで…コーヴェンっ!?」
「わ、わかっています!」
ハボックが天に向かって横向きに“一角獣”をかざした…その瞬間だ。
「――旋風円斬槍っ!」
「相変わらず容赦ねえなあ!?」
頭上で高速回転させた槍からギラリと翡翠色に輝いた光が放たれる。それと同時に無数の円盤状の刃と化した風が射出される。この馬鹿をS級冒険者と至らしめた奴の必殺技だ!
この技のヤバさは高殺傷力の風の刃よる広範囲無差別攻撃だ。そう…無差別に、だ。
当然、この高速回転する風の輪は俺以外にも幾らか飛んでいく。
「……っ! これ以上ドリュー家に不名誉になることだけは…っ! ――<ウォール・ライン>!」
コーヴェンが某錬金術士のように両手を地面に突いて魔力を迸らせる。直後に地面が唸りを上げて隆起し、俺達と観客を隔てる高さ3メートル以上、厚さ1メートル弱の横一列の土の壁が生成される。
流石はちゃんとした教育を受けている地属性魔術師だ。これなら大抵の攻撃魔術から身を守れる。
はずなんだが…相性が悪かった。
土壁に突き刺さった風の刃がそれでも止まらず、ガリゴリと徐々に壁を削りながらより深く沈んでいく。
地属性は風属性に弱い。魔術初心者の諸君、覚えておこう!
「うわああーっ! やっぱり僕の魔術じゃ無理だったか!? セルジ!助けてくれっ!!」
「……馬鹿ね。少しは落ち着きなさいよ? 私達は…二人でハボック様にお仕えしてるんでしょう。フゥー…――<アイスシールド>」
フワリと背後から抱き付くようにしてソオセルジがコーヴェンに身を重ねる。そして、そっと魔力を出力してる両手に自身の手を重ねて魔術を発動させる。
一瞬にして、今度は土の壁が絶対零度の氷で覆われる。喰い止めていた風の刃も一瞬で幻想的な氷の彫刻と化す。
氷属性は風属性に強い。魔術初心者の諸君、覚えておこうねっ!
そして、これまた魔術は複雑なんでかいつまんで言うが、地属性と氷属性は互いに力を高める属性関係にある。まさに、魔術師のコンビとして理想的とも言える二人組だっていうことだな。
「うおおおおぉぉ!!」
「ったく…お前も少しはあの出来た二人を見習えっつーの!」
その様子を片目で確認しながら、俺は飛び交う風の刃を凌ぐ。だが、流石に木槍同士のぶつかり合いならまだしも、高威力の魔術相手では俺も分が悪い。奴の必殺技を凌ぎ切った頃には…俺が握る木槍は削れ飛んでしまって原形を保っておらず、長さ30センチほどの棒切れと化していた。
「フハハッ! 勝機っ!! 今日こそ私が勝あああああああぁ~つ!!」
ここで「降参しろ」と言わないのがボアルハボル・ドリューという男なのだ。お前のどこに騎士道なんてものがあるんだ? 俺を殺す気か?
だが――俺の勝ちだ。その理由は奴が言ったのだ。『好きに魔術なり何なり使うが良い』…ってなあ!
俺の魔術適性属性は無い。つまり、無属性のみ扱えるってこった。魔力量は並。使用可能な魔術レベルの限界はレベル3。0~7の8段階では凡人の域とされるレベルだ。
だが、仕えるんだよ。無属性なら魔石無しでもなあ。
「――<アイテムボックス>」
「ぬあああっ!?」
俺が手に持った棒切れを笑顔で突撃してくるハボックの足元に向けると、そこに真っ黒な玉のようなものが現れる。…それが俺が今しがた使った無属性レベル3の魔術<アイテムボックス>だ。
だが、俺がギリギリ使えるこの<アイテムボックス>はほぼ使い手がいない。いや、ぶっちゃけ欠陥魔術なんだ。名前だけ聞けば、『え? 異世界転生モノのテンプレじゃん』と思うだろ? 俺もそう思って大枚叩いて修得した魔術だった。
が、内容は酷い…酷過ぎた。確かに、この魔術は自身で開いた異空間のチャンネルに非生物をしまって手ブラで持ち歩けるという代物だ。だが、余りにも魔力の燃費が悪い。異空間のチャンネルはその都度に生成されるので、物を入れて出すまで間…ひたすらに膨大な魔力量を喰ってしまう。さらに、術者が気を抜く(うたた寝したり気絶したり、他)と即座に収納したブツを周囲にばら撒く。それはまだ良い方で術者が強い衝撃などを受けたり死んだりすると異空間が完全に遮断されて物を取り出せなくなってしまうという魔術事故が多発した。暫くしてからとんでもない場所でその遮断された異空間が開くので、とある村の百姓の頭上に開いた穴からとんでもない量の密輸品が降って来たという事例がある。因みに、その百姓は横着する勇気もなく素直に領主に報告したところ、その働きと誠実さを評価されて土地と金銀財宝を与えられ…一夜にして豪族になったという逸話まで存在しているくらいだ。
つまり、<アイテムボックス>は予想に反して使えなかった。それに当然というか――暗殺とか悪事に多用されているので内緒で許可なく使うと…漏れなくお縄になるぞ?
だが、俺はそれを使う。ただ、その魔術を使えはするが…触媒無し、魔石無しとなるとソフトボール大の球体を手元に出現させられる程度でしかない。
「…何故、ハボック様の足元に魔術を出力できたのだろう? ――あ。ま、まさかドワブ殿はわざと…!?」
お。コーヴェンは気付いたか。
…そう俺は杖を作ったのさ。この<アイテムボックス>を奴の足元で出力するための触媒としてな。
木槍は何度も俺の魔力を通わせていた。…鉄を磁化して磁石にするのと同じ要領でこうやって即席ではあるが、見習い魔術師が最初に手にする練習用の杖くらいのものは作れるのさ。
それに、最後まであの馬鹿が気付かなかっただけだ。全く、槍以外に興味を示さねーからこうやって足を掬われるんだぜ? 文字通りにな。
俺が出現させた黒い球体が勢い良くハボックの片足を吸い込む…が、遅れて非生物ではないと感知され勝手に吐き出される。これには流石にバランスを崩さんわけがない。
俺はその瞬間を見過ごさずに杖を投げ捨てると、ハボックに肉薄していた。
そして奴の身体が傾いた勢いそのままに――。
「せあっ!!」
「…っ!?」
相手の懐に潜り込んで腕と襟を掴んで巻き込み…一本背負いを決め、ハボックの野郎をおもっくそ訓練場の石畳へ叩きつけてやった!