# 14 ドブ、聖騎士に挑まれる
「…これはこれは。“ラウール卿”ではないですか? こんなむさ苦しくて、埃っぽい場所でご機嫌麗しゅう」
「むぅ…」
これは俺からのせめての趣旨返しだ。
この男――“嵐槍”の異名を持つS級冒険者のボアルハボル・ドリューは真っ白な歯に筋骨逞しい…非常に解り易ーい脳筋だ。
しかも家名持ちなので普通に貴族籍である。冒険者なんぞしとらんで、自分の領地の仕事をちゃんとやって貴族としての責を全うしろよっ!
と、誰しもが思うのだがこの男は純粋に“貴族としての立場なんてどうでもいい”と公言するタイプの馬鹿野郎だ。こんな男の下で暮らさねばならぬ領民には本当に同情するぜ…。少しは、この城塞都市シオを含めて国王から中央の4分の1を任せられている我らが大領主であるオツベル公爵の爪の垢を煎じて飲んだらどうなんだ?
まあ、そんな境遇な上に俺とひとまわり歳が離れている五十代が逞しく冒険者をやっているわけだが…。
このガサツな男は家系的なものがあるんだろうが――いわゆる、聖騎士というやつでもある。だが、あくまでそう呼称されるだけでコイツは…よりにもよって、王国に聖騎士として忠誠を誓うという名誉を蹴ってまで冒険者なんてものをやっているのだ。それに騎士ってよりは神聖魔術を使う戦士職ってイメージが正しいかもな。
そいで、“ラウール”ってのはコイツの教会での洗礼名だ。
そして、当の本人は非常にそういう聖職者然としていたり、貴族めいた呼称を嫌う。
*後方に1歩下がると殴打からの回避が可能になる:96%*
俺は即座にトリダンゴの肩を掴んだまま後ろに1歩下がる。
それとほぼ同時に前方で振り下ろした腕が空を切る音が聞こえやがった。危ねえ…。
「……。相変わらず連れない奴だ。私からの親交の証を避けるなどと」
「そう思うんなら、そのごついガントレット外せっ! 痛ぇんだよ!?」
何が親交だ、この脳筋め。
殴打って表記されてたぞ? 肩パンのレベルなんざとうに超えてんだろーが。
「で! 受けてくれるのだろ? このところずっと私の誘いを袖にしてきたではないか!」
「う~む…」
嫌だ。やりたくない。
ぶっちゃけコイツの相手が一番面倒だからなあ…。最初は貴族籍の人間だし、先輩冒険者からの誘いってのもあって仕方なく試合を受けてたんだが。
――ハッキリと言おう。コイツは…“馬鹿”だ。手加減という言葉を母親の腹の中に置いて来た天然の鬼畜だ。サイコパスだ。
最後は結局…ムチャクチャしやがる。
チラリとこの馬鹿の後ろを見れば。可哀想なコイツのパーティメンバーがひっきりなしに頭を下げている。はあ~…相変わらず苦労してんのなあ。
んで、コイツはコイツで――梃子でもこの場から動かねえ気だな。
「チッ。…わかった、わかったよ。相手してやりゃ~いいんだろう?」
「お!? 真かっ!? よおぉし!!今日こそは私がお前に勝って――我が“正義と天誅を司る女神”に勝利を捧げてみせるっ!!」
「…相変わらずうるさいな。…ん? て、おい!待てっ! どこに行くっ!?」
「久し振りにお前とやり合えるのだからなっ! ちょっと仕上げてくるのだ!暫し待っていろっ!」
「…………」
訓練場での模擬試合にガチになり過ぎだろーが!?
だが、もはや聞く耳すら持たない聖騎士様は勝手に走り出して別の場所…室内の鍛錬場に向って爆走して去って行った…。もう、放って置いて帰るか?
…いや、ダメだ。アイツなら俺達の家にまで押しかけて来るだろう。何せ、前例がある。
「ドワブ殿。本当に申し訳ありません……」
「訓練場で今しがたドワブ殿とトリダングレオ殿とが打ち合いをされていると酒場で耳にされた途端――我々が諫める前にハボック様の姿が消えてしまっていて…」
「…いいよもう。お前らこそアイツに振り回されて大変だな、コーヴェン。ソオセルジ」
申し訳なさ全開で俺に近付て来るのは二人の二十代前半の魔術師だ。名は素朴な顔付きの青年の方がコーヴェン。感情に乏しい方の淑女がソオセルジだ。あの馬鹿のパーティメンバーだ。他に楯役のベテラン戦士と同じくベテランレンジャーが所属しているが、今日は運良く別行動だったらしいな。
まあ、この二人に関してはパーティメンバー以前にその問題領主ハボックの直属の部下…家来ってヤツなんかな。つまり、俺以上に苦労しているわけだ。
因みにハボックってのはその馬鹿の愛称だ。……アイツもアイツなりに貴族としての葛藤なりがあったのか。そもそもボアルハボルとも、ドリューと呼ばれるのすら好まない。
「うっ…」
「おっとすまね。お前はもう今日は休め――全く、無茶な魔力量の使い方しやがって」
「すいません、先生」
「謝るんじゃねー。あーすまん。ソオセルジ、悪いがトリダンゴの奴を医務室まで連れてやってくんねえかな? 俺はお前らの主人を待たねばならんからなあ」
「フフッ…わかりました。謹んでお受けいたします」
なるほど。育ちの良さが判るなあ…。
~~~~
結局、俺は訓練場で若い冒険者達から質面攻めにされたり、その場に残っていたコーヴェンの愚痴を聞いて他の冒険者達と一緒に肩を叩いて慰めてやったりした。
――1時間後。
「…おい? コーヴェン。ソオセルジ。こりゃどういうこった?」
「い、いえ。俺に聞かれてもちょっと…」
訓練場は今や所狭しと多くの人でごったがえしていたのだ。
どこからか長椅子が運び込まれていたり、エールや軽食の売り子が数名ニコニコと接客を行っていた。なんだこのイベント会場と化した訓練場は?
「お。場所取り御苦労だったな! お前はもう通常業務に戻れ」
「ええ~!? 狡いですよギルマスっ! 僕だってあの――“震剣”と“嵐槍”の試合見たいんですけどっ!?」
「…おいコラ」
俺は両手にエールの入ったコップとスナックを持って最前席へとのそのそとやってきた大男のハゲを呼び止める。
「どういうつもりだ? …削り飛ばすもんがねえな。――耳か? それとも、鼻か? その面をツルツルにしてやんぞ…」
「お、おい!? そのおっかねえ木剣を下げろっ!?」
慌てふためくギルマスに俺が片手に持った木剣を振り上げながら挨拶したら、ことの経緯をペラペラ話してくれやがったよ。
手始めに片眉だけ永久脱毛してやればよかったぜ。
何でも、鍛錬場でウォームアップに励んでいたハボックの野郎が嬉しそうに俺との模擬試合を吹聴して回ったそうだ。
…で。そんな面白そうな見世物に、この娯楽の少ない世界の住民達が放っておくはずもなく。
あれよあれよという間にギルド内どころか上の街まで話が伝播していき、冒険者以外の一般市民だけでなく各ギルドの要人やエルフ大使館の職員などまでがこの場にやって来ているという。ちゃんと働けっ!!
「ふむ。あの者が噂に名高い――“影の英雄”ですか?」
「ドワーフと只人の混血…実に興味深い。それにしてもドワーフの血を引きながらも“ドワーフを否定する”とは。……実に愉快だ。是非ともあの御仁とは近い内に縁を結びたいものだな? ――本国との擦り合わせ次第では、本格的に本国に招くことも考慮すべきかもしれん」
何やら貴位のエルフ達から熱い視線を向けられているような気がするが無視する。
「おう! ドッ坊!来てやったぞぉ~!」
「お主には儂らがついとるぞぉ! お主は我らが最強のドワーフじゃあ!!」
「娘!酒じゃ!酒じゃあ~!!」
そして当然のようにこの城塞都市のドワーフ達も来ていた。誰が来いと頼んだってんだよ…。
「…フン! 何やら変に煤が舞っておるかと思えば、薄情なドワーフ王国の者がいるようだ」
「何じゃとお!?」
「抜かせ耳長ぁ! 儂らドワーフは決して同族を見捨てることなぞないわっ!!」
「ちょっと騒ぎは困ります!」
ああ゛~相変わらずエルフとドワーフの仲が悪ぃ。喧嘩すんなら頼むから他所でやってくれよな…。
「って…お前らも来とったんかよ」
「ん」
「一応、大事にならぬかとは思いますが…お怪我をされないか心配でしたので……」
「俺様は単に暇だったかラダ」
既にほろ酔いになって隣の別ギルドのギルドマスターに絡んでるディッグマックスから少し離れて、トリダンゴを除いた金獅子のメンバーが全員来てやがった。お前らも暇かよ…。
「……トリダンゴは?」
「レオさんなら医務室で安静にしています。私の神聖魔術を使ったので心配は要りません。けど…少し考えたいことがあると言われて、ドワブ様の試合は見には来られないようでした」
「そうか」
…ふむ。今日の打ち合いから少しは今後について考えてくれれば良いんだがなあ。
「諸君っ! 待たせたなっ!!」
ギルドへの建物内へと続く扉が勢いよく開け放たれる。
そこには玉の汗を流す槍を手にした男が立っていた――それは紛れもない。S級冒険者、ボアルハボル・ドリューだった…。
まるで聖人伝説のように群衆が割れて道ができ、そこを堂々と歩いて俺の前へとやってきやがった。
「よし――いざっ!!」
「…ちょっと待てぇい!?」
俺はもう我慢できずに叫んじまった。
「…どうした? 何故、今更になって水を差すのだ?」
「いやいやいや…ハボック。お前、なにフル装備で来やがってんだよ?」
そうなのだ。この男――よりにもよって、平服と木剣だけの俺に対して…コレからS級の大魔物討伐か最難関ダンジョンに挑むくらいの勢い、バッキバキに最強装備で俺の前に立っていやがるのだ。
しかも、『それがなにか問題でも?』と当然の様に顔に書いてある。ヤバイ。コイツ…本当に馬鹿だ!
「ふ、ふざけんなっ! 仮にも聖騎士の癖して恥ずかしくねーのか!?」
「…何を言っている? ちゃんと模範試合に決まっているだろう。だからこうして…ヘルムは外しているだろう?」
「この馬鹿っ!ヘルムだけじゃねーか!?」
そうなのだ。魔法金属で編まれたチェインメイル。さっき俺に張り手かましてきたガントレットは近くの所持品を引き寄せる魔術<アポーツ>が使えるマジックアイテム。足の蛍光色の具足は複数の風属性魔術を自身に付与できる同じくマジックアイテム。どれも全部一級品だぞ…。
「待て、待て…私との試合が嬉しいのは理解できる、が。そう、興奮してくれるなよ?」
「こ、コイツ…っ!」
流石にこれには冒険者以外の観衆はハボックの野郎の見事な装備品に驚きと感嘆の声を上げるが――その内容を知っている冒険者達から奴に向られる視線は、そりゃあ冷たいもんだったよ。
…だが、そんなものなぞ気にしないのが、この男なんだよなあ~。
「落ち着け…私だって考えているのだ。先ず――私の自慢の槍は使わん。流石に木剣相手では気が引ける。それと私の神聖魔術もだ。…装備は、すまんがこの重量が私のベストなのだ! だから、私が明確にお前から一撃…それを貰った時点で私の負け――というのではどうか?」
「そりゃ、俺だって触媒も魔石もなきゃろくに魔術使えねーし。……まあ、いいや早く決着がつくならそれでも。あ、後から文句言うなよ? …ラウール卿」
「その癪に障る言い方は止せ。うむ、承知した。おい、コー。私に木槍を寄越してくれ」
「はっ! ハボック様」
コーヴェンから恭しく渡された木槍をビュンと数度振って突いてを繰り返して確かめると、ハボックが俺に振り向く。
「私はコレで問題ない。…が、お前はその木剣で良いのか?」
「あ? 構わな――ああ…駄目だ。換えるわ」
「うむ。その方が良いだろう」
俺はポイと隣の空きスペースへ手にしていた木剣を放り投げる。
だが、気をきかせた若いのがその木剣を回収しようと出てきてしまった。
「…だめ。危ない」
「へ?」
メンツユが機敏にそれを察して若い奴の身体を引き戻すと――パァァンッッ!!
突然の破裂音と共に木剣が粉微塵になって吹っ飛んだ。
その光景に周囲も騒然とさせてしまった。すみませんでした…。
「……ドワブ」
「すまんすまん…メンツユ、助かったわ」
酷使した木剣が内在する魔力の圧に耐え切れなくなって破裂したんだ。迂闊だったな。
「おわ~…どんな魔力圧を掛ければこんな風になるんだ…? あ。申し訳ありません! ドワブ殿。代わりの得物をお持ちします。木剣でよろしいですか?」
「お、すまんね?」
ここは態々、前に出て来てくれたコーヴェンの好意に甘えるとしよう。
「う~ん…いや、俺も槍でいいや――」
「え」
俺の言葉にその場がどよめく。
が、急いでコーヴェンが持って来てくれた対戦相手と同じ木槍を俺は礼を言ってから受け取る。
「ほう…私に槍で挑むか? かつて、私に槍の扱いで教えを乞っていた者とは思えないほど…挑戦的に私の目には映るが?」
「な~に。俺もチャンバラごっこばっかじゃ飽きるんでな? ちょっと気分を変えてみただけさ…」
槍を構えたハボックに対して俺も同じく槍を構える。
――だが、俺もハボックも…奇しくも同じ構えだった。




