# 12 ドブ、愛弟子に稽古をつける
「はぁああ~。気が重い…」
何か最近溜め息ばかり吐いてるような気がするなあ。…俺もそういう歳なのだろうか?
「よう!ドブっ! さっきの酒場でのオメーさん見てたぜ? いや~流石は“金獅子”の育て親だなあ。あの鼻っ柱の高い勇者を泣きっ面にさせちまうたぁ~オメーも罪作りだな?」
「そうそう。俺達も前からあの男装勇者の態度がイマイチ気に喰わなかったんでよぉ。胸がこう、スッっとしたぜ。これから訓練場であのドブさんの一番弟子をコテンパンにしてやるんだろ? 俺達も後から見に行くからなぁ~」
「…………」
あらかたの装備を外して準備を済ませた俺は訓練場にやや足取り重く向っていた。その途中で俺とすれ違う冒険者達は随分と愉快そうにしていた。
確かにトリダンゴの奴は最近、冒険者としての振る舞いに問題があったのは事実だろう。
…だが、正直言って公衆の面前であそこまで叱りつける必要もなかったと思ってる。
冒険者達のしたり顔を見る限り、アイツを気に喰わなく思ってた連中は思っていたより多そうだな。だが、それは降ってわいた“勇者”の肩書きに負けぬS級冒険者として周囲に少しでも認知されようという、トリダンゴなりの強がりなんだと俺は思う…。もしかしたら、俺が想像しているよりも普段から気を張っているのやもしれないしな。
その根底にあるのは恐らく、“劣等感からくる自信の無さ”だ。
――俺に拾われるまで、アイツは冒険者としては落ちこぼれ扱いされるC級冒険者にすらなれない…“冒険不適合者”として扱われていたからな。成功した今は、少しでも過去の辛い記憶を清算したいという気持ちへの反動なんだろうな。
…そう考えると、俺は酷ぇ師匠だな。
俺は無駄に伸びてしまった無精髭を擦って口元を隠す。
依頼結果の詳細は先ず、うちのパーティの耳と目であるメンツユから昨夜の内に聞いていた。今日はギルマス達から聞いて詳細な調書を見せて貰ったわけだ。
俺はアイツの判断の甘さを指摘して注意したが――俺としては別に悪くない判断だったと思う。
――メンツユの調査が浅い? そんなはずがあるか。盗賊ギルドが総意を以てして後継にしたいと推すほどの人材なんだぞ? 彼女が本気になれば、ものの数分で城塞の隠し通路まで丸わかりだろうぜ。
――シラタキを余した? 仮に討伐に参加させた場合、討伐対象との相性の悪さから通常以上の消耗は必至。強力な魔術による殲滅が可能であるなら、仮に<状態異常無効>を使ってまで討伐に参加させるメリットなぞないだろう。従って、トリダンゴの判断は概ね正しい。いや、その手法で明確な問題があるならばメンツユから待ったの声が掛かったはずだ。
――より強力な魔物の存在? ダンジョン化? そんなもん単なるこじつけに過ぎん。絶対ない、ということはないがそんな可能性なんて天文学的な数値だろう。廃坑の希少資源だってそうだ。偶々、メンツユが見つけただけの話。それがミスリル以上の魔法金属の鉱脈とかなら話は別だろうが、既に国の管理から離れた所にまで気を回せるか。魔術の爆破で潰れたからってトリダンゴ達が謗られるのは甚だ御門違いというものだ。
まあ、最後に魔物の卵の有無の確認を怠ったのだけは迂闊だったがな。そこはちゃんとメンツユがフォローしているし、ギルドに報告が上がれば、否応にもその懸念を提唱されることになっただろうしな。
だから、俺があそこまで怒る理由なんてないし、トリダンゴにそこまでの非も無い。
――が、叱るしかなかった。
俺の我が儘…金獅子から俺が抜ける為に。
トリダンゴの俺に対する依存は育て始めた頃から変わらない。いや、S級になって勇者として祭り上げられるようになってからより強くなっている気がする。…全て、俺の責任だがコレは良くない。アイツの今後の為にもだ。
俺が円満にパーティを離れる為にも必要だが。その後は俺抜きの4人でやっていかなきゃならんのだ。そん時に今のままでは不安が残る…いや、不安しかない。それに問題児はトリダンゴの奴だけじゃないからな。
……俺が勝手に立ち上げたパーティだ。だというのに、設立した本人が逃げ出そうとしてるんだ。身勝手な話にも程がある。
だが、もう俺がアイツらにしてやれるのはそんくらいだからな…。
俺は首をブンブンと振ってから訓練場へと出る扉を押し開いた。
~~~~
俺が訓練場で他の冒険者と談笑しながらD級の新人達が素振りするのを眺めて30分程経った頃だろうか。
訓練場へと出る扉が開き、ざわざわと騒がしくなる。
俺は別に視線を向けることなく、まだ新人達の訓練指導官役としては経験の浅い準A級冒険者の背中を叩いてその場を離れる。そして、2面に区切られた模擬試合用のスペースへと立った。
「――お待たせしました、先生…!」
「…おう」
声を掛けられて俺はやっと声の主に目をやる。
俺と10メートルほど距離を空けて対に立っていたのは、普段の上級マジックアイテムや最上級の装備を一切外したトリダンゴだった。その顔は先ほどとは別人のように真剣そのものだ。
絹のシャツに革のパンツとブーツだけ。手には鉄芯を入れずに削っただけの無骨な木剣が握られている。
それを見てニヤリとしてしまう俺も普段着扱いの革鎧ではなく麻のボロいシャツとズボンとサンダルである。休みの日の家でのオッサンか。だが、普通のオッサンはこんな木剣なんぞ持ち歩かないだろうさ。
…………。
普段は鎧とマント姿だが…こうやってマジマジと見るとコイツも女なんだと判る身体つきだな~。ガキの頃は本当にガリガリだったからな。おっと、不謹慎だったか。
「さて、こうやってお前に稽古をつけてやんのは――いつぶりかね?」
「……2年と91日振りです、先生。僕がS級になってからは――ほとんど相手をしてくれなくなりましたから」
「お、おう? そうだったか」
てか、なんでそんな日数まで憶えてるんだコイツは…正直、怖いぞ。
「今日は木剣だけの打ち合いだ。――じゃ、やんぞ」
「……っ。先生…久し振りに胸をお借りします…!」
俺達は互いに木剣を左手に持ち直し、向き合って三十度腰を折って頭を下げる。
そして、そのまま流れるような動作で背筋を正し、片方の足をやや前に伸ばして両手で剣を持ち真っ直ぐに前に出す…――そう、正眼の構えだ。まあ、ほぼほぼ我流で転生前に少し齧った程度の剣道がベースになっている。
というか、コイツを拾った時は俺もまだ冒険者3年目のB級冒険者だったし…。一応、訓練場でこの異世界の剣術を習っちゃいたが――いわゆる西洋剣術は俺の手には余り馴染まなかった。なので、俺の剣術モドキ・近接格闘は学生時代に培った剣道・柔道・空手の経験から得たモンをアレンジしたものだと自負している。てか、実際の殺し合いになると…技とか型とか拘ってる余裕なんて微塵もないからね? 剣は当たれば良いし、剣がダメなら投げ飛ばし、組み付いて首の骨をへし折る。どんな汚いことをしてでも生き残った者が勝者だ。
だから、こんな場でもなければ使わないだろうな。コイツも馬鹿正直に俺から習ったからって律義に合わせてくれているだけだ。
どちらとも正眼の構えを保ったまま、ほぼ同じ歩幅で剣道と似たようで異なる足運びで距離を詰めていき――打ち合う。
…懐かしいもんだ。昔は剣道と同じで面・胴・小手で一本としていたっけか。そんでしたたかに俺に木剣で打ち据えられて、その度に泣いていた。…まあ、剣道と違ってノー防具だからそりゃ痛いしな。剣も竹刀じゃなくて木の棒だ。普通に殴ったら死ぬ硬さだし…今思えば、体育系も真っ青の稽古内容だったなあ。
だが、そんな暴力が稽古としてまかり通る世界なんでな!
「――はぁぁっ!!」
「…フン!」
*トリダンゴが武器を魔力で強化:99%*
…先に仕掛けてきたのはやはりトリダンゴだった。目に魔力を集中させれば、俄かに木剣の周りをオーラのようなものが覆っている。コレは魔力による基本技術、“コーティング”だ。普通に強化とも呼ぶことが多いが、魔力を使った魔術以外の戦闘技術や手法の総称…魔技の基礎だな。魔術レベル0の奴でも訓練すれば使えるようになる。頑張ればな…。単純に魔力で覆った武器で殴るだけの技だが、これだけの小細工で同じ強度の武器なら易々と砕くことができるので近接専門の職業戦士には必死のスキルだろう。
俺とトリダンゴの剣が交差した時の衝撃音が異様に訓練場に響き渡る。まあ、俺も反射的に使ってっからな。にしても…相変わらず、木剣同士がぶつかり合って出していい音じゃあねえな?
俺もコイツも伊達に魔法剣士なんて肩書きを持ってないってこった。テメエの得物に魔力を流すなんざ息をするのと同じくらいに扱えなきゃ話にならんぜ。…ま、ここまでに仕上げるまで俺も必死だったなあ。目の前のコイツは俺の5分の1以下の訓練期間でものにしやがったけど。
「むんっ!」
トリダンゴの奴はさらに木剣に魔力を流して攻撃力を上げ、俺との鍔迫り合いに勝つ気でいるようだな。
だが、そんなに甘いわけがなかろうよ?
俺は木剣をトリダンゴの刀身に滑らせる。単純にコーティングした魔力に流れをつくり、力勝負から抜け出しただけだがな。そもそも魔力量でゴリ押しってのが幼稚だ。
「――うぐあっ!」
そのまま滑らした木剣でトリダンゴの肩を俺は打ち据える。
「おいおい、どしたぁ! その手の小細工じゃあ、まだまだお前なんかに負けんぞぉ~?」
「くっ…!」
肩に直撃する瞬間に魔力をワンポイントに集めてガードしたな? 流石は俺の弟子だ。直ぐ様に立ち上がって俺に乱打の雨を降らす。もうその剣裁きも彼女の現在のスタイルのものに変わっている。普段の優雅さとは掛け離れた上下左右から情け容赦なく切り込んでくる獰猛さだ。
そして、一撃一撃が格段に重い。下手すると剣が弾かれそうだ。
どうやら木剣に流す魔力の質を変えたな。“ブースト”という純ダメージを増す魔技だ。基本は刺突剣を好んで使うトリダンゴにしては珍しいチョイスだ。まあ、今回は斬撃よりも打撃武器のイメージだからなあ。
それに応えるように俺も手元につい力が入っちまった。
*左に1歩、前に半歩、52度前屈姿勢をとると回避・反撃が可能になる:87%*
まあゆうて、俺はそもそもチートスキルの“確率鑑定”でインチキをしている。だが、そのインチキ無しでは俺はこうして生き抜くことすらできなかっただろう。
俺は弟子から繰り出される剣幕からヌルリと抜け出してみせる。するとトリダンゴの表情が驚愕に変わる。すまんなあ…。だが、戦闘中は何があろうと動きを止めちゃ流石にダメだろ?
俺はガラ空きになったトリダンゴの腹部に突きを放った。もちろん、魔力を解除してからな。
だが、咄嗟に魔力によるガードが間に合わなかったんだろう。苦悶の表情で地面を転がる。
「おう。…S級冒険者が、そんなもんかよ」
「ぐぅう…っ! ――まだぁっ!!」
口元を拭いながら立ち上がる。…ホントに打たれ強くなりやがってよお。あの1発貰っただけで丸3日は何もできなくなってたモヤシがなあ。…あ、いかん。なんか変なタイミングで涙腺が緩み出した。
その後も何度か攻撃を受け切っては反撃する。トリダンゴは良くも悪くも純粋過ぎるんだよなあ…ホラ。
「あぐっ!?」
「…そんなあからさまなフェイントにまで引っ掛かってどうするっ! これが実戦ならお前はもう俺に5回は殺されてんぞ? それでも勇者かぁ!? 立てぇ!!」
「…………」
傍から見たら俺はとんでもなく暴力的なスパルタ野郎なんだろうなあ。ああ、自分でも嫌になってくるぜ。だが、俺が言ったのは嘘じゃない。確かに俺のようなチートスキルはなくとも、俺程度の使い手なんざゴロゴロいやがるだろうさ。そいつらがこんな風にトリダンゴを見過ごしてくれるんだったら、端からこんなことはしてない。
だから、俺はどやしつけてまで疲労困憊のトリダンゴを叩き起こす。
「こりゃマジックアイテムと装備、魔術に頼り切っている証拠だな…。次で最後にする。が、俺は本気でいくぞ?」
俺の言葉にトリダンゴはビクリと身体を震わせる。剣先が僅かにブレ始めているな。
「うおお~! すっげえなあ、あのオッサン!? あのS級パーティの女勇者を手玉にとってるぜえ」
「てか、僕達と同じ木剣でどうしてあんな音がするんだろ…」
「この馬鹿っ! オッサンじゃない、ドワブさんだ! 訓練場通いの半人前の身分で畏れ多いんだよっ」
興奮した様子で俺達を見ていたD級の少年が若い訓練指導官にゲンコツを落とされ涙目になっている。ああ、そういや訓練指導官やってる奴はやたらと俺を支持してたっけか? 昔にちょいと剣を見てやった程度なんだがなあ…。
「いいか? お前ら…特に戦士志望の奴はドワブさんの剣技をよ~く目に焼き付けとけっ! これから――“震剣”の真髄が見られる絶好の機会なんだからな」
「「…シンケン?」」
「………」
正直止めて欲しい。その肩書き。完全に名前負けしている。俺がコレからやるのは単なる小手先の裏技みてえなもんで…正確には魔技として扱うのかすら微妙なもんだぞ?
「…行くぞ?」
「……。…はいっ」
トリダンゴの顔が青い。まあ…アイツは間近で嫌ってほど見て来たからなあ~。
俺はスイッっと木剣を片手で平行に持つ。動き的にはただそれだけ。
だが、対峙してるトリダンゴの顔色は益々悪くなっていく。
「アレ? 木剣に周りでキラキラしてたのが見えなくなっちゃった。やめちゃったのかな? でもまだ何か木剣の中をグルグルしてるような気がするんだけど…」
「はあ? なに言ってんだよ、お前は?」
…お? 俺の剣の魔力の流れをこの距離で感知できる新人がいるのか? 要チェックだな。
……いかんいかん。気が逸れちまった。さて、仕掛けるか。俺はいつぞやか時代劇で見たと記憶する一刀流の適当な構えでトリダンゴに迫る。
非常にゆっくりとした切り払いだ。それを滝のような汗を流すトリダンゴが剣先で必死に防ぐ――のだが、数舜後には耐えられなくなり…まるで弾き飛ばされたかのように後方に転がる。
「え…。何が…?」
まあ、初見の者には解るまいて。その答えは肩で息をしてへたり込む俺の弟子の木剣にある。
「お、おい…あの勇者の持ってる剣。…なんか妙に短くねえか?」
…流石に気付くか。
トリダンゴの持つ木剣の先がまるで溶けて空気中に霧散したかのように無くなっていた。




