# 11 トリダンゴ、説教される
――とあるファンタジーよろしく、城塞都市がシオ。その中心部の近くに居を構える冒険者ギルド直営の酒場。名を上げた者、名も知られぬ者構いなく雑多する場所である。
その冒険者達の巣窟の中央を掻き拓くようにして異彩な雰囲気を放つテーブルがあり、その席には個性豊かな女冒険者達が居た。そう、泣く子も黙る――かは定かではないが、ことマロニー西大陸の中央国チャント・ナベルカでは最高峰とされるS級冒険者パーティ…“金獅子”の内の4人である。
さて、そんな彼女達であるが、こうしていつものように専用席に集ったのは丸三日振りであった。
この金獅子のリーダー格である“勇者”トリダングレオはその端麗な顔の際立った鼻をさらに高くしながら酒場では最も高級なミードが注がれたグラスを空ける。
「フッフッフッ。今回もまあ、余裕だったよポアーズ」
「そうでしたか、ルッツからは既に話は聞いていたのですが…シュラも無事のようで安心しました」
「…ん」
「ケッ。…俺様は丸2日、単に暇だっタガ」
だが、相変わらず金獅子の前衛担当、“蛮姫”こと狂戦士との悪名も高い巨躯の女戦士であるシュラーターキルの機嫌は悪かった。
「…? 確か、ルッツから聞いた限りですが…王都から近い廃坑に魔物の巣が出来てしまったので、その討伐に3人で赴かれていたのでは?」
「――ああ。そうか、ポアーズは詳細をまだ知らないんだね。何、そこの戦士殿が拗ねているのは理由がある」
“勇者”が朗々と無駄に永い詳細の報告か自慢話か区別のつかない話を要約すると――数日前に王都アルジ近郊の村民が街道付近の森で伐採作業に従事していた際、魔物に襲われ命からがら逃亡するという案件が発生した。出現が確認されたのはケイブストーカーと呼称される蜘蛛型の魔物であった。
名前にある通り、ケイブストーカーは洞窟やダンジョンに巣を作り繁殖する。外に出ていた個体が狩りを行っている場合、既にある程度の規模の巣が発生してしまっている可能性が高い。しかもその村近くに都合の良い廃坑になって久しい場所もあった。しかし、このケイブストーカーという魔物の厄介な点は突然変異を良く起こし非常に危険な種が生まれ易いことである。よって、安易に王都から討伐の兵を送れば…手痛い被害が出てしまうことがままあるのだ。
「案の定。我がパーティの優秀な斥候の調べで、既に廃坑に蔓延っていた種はほぼ…ブルー・ヒュージ・ケイブストーカーに変異していたのさ」
「ケイブストーカーは難度B級ですが――その変異先であるブルー・ヒュージ・ケイブストーカーとなると難度A上級ですね…安易に派兵していたら大きな被害が出ていましたね」
この異世界のモンスターにもそれぞれの脅威を示す難度なる等級が設けられている。主に国や各ギルド間での判断基準への参考にする為に定められたものではあるが。
例えば、同じ難度Aでも――下から難度A下級。難度A級。難度A上級がある。難度A下級はA級冒険者であれば問題なく対処可能。難度A級はA級冒険者パーティで対処可能。難度A上級ではA級冒険者パーティであっても対処が困難である脅威度。基本はこの3つだが他に難度A特殊というのも存在するが、ここでは割愛させて貰う。
「この手の魔物は兎に角数が多いですし。…それに――」
「そう。シュラとの相性は――最悪だ」
「チッ…」
嫌味ったらしいトリダングレオの笑みを向けられ巨躯の女戦士は舌打ちをする。
この女戦士、腕っぷしだけなら勇者を悠に上回る。いや、下手をすれば西大陸で屈指の人物やもしれない。
だが、致命的な弱点がある。それは――状態異常。毒などのバッドステータスである。特に麻痺・昏睡などの動きを封じられ無力化されるものは単身において致命的なものとなる。
そして、件の討伐対象であるブルー・ヒュージ・ケイブストーカーが吐く毒液には獲物を気絶させる効果が。直接攻撃によるカウンターで飛び散る体毛には麻痺効果を持っている。いわば、近接戦しか攻撃手段の無いシュラーターキルにはまさに天敵であった。
「――だが僕は違うっ! この選ばれし者の称号…“勇者”を与えられた僕は何と言っても魔術適性が全属性…っ! しかも魔力量も王宮魔術師並! しかも魔術レベルは実質最高位と言っても過言じゃない6だよ? もう、神に選ばれているといしか言いようがないね……」
いつもの自己陶酔が始まり周囲の面々が呆れた表情になるが、それでも勇者は止まらない。
「そんな稀代の天才魔法剣士の僕は、敢えて廃坑に入ることなく魔物を滅したさ。僕の十八番であるレベル6の火属性魔術<エクスプロージョン>でねっ!」
「……それは~…その廃坑ごと吹き飛ばしてしまったのではないのですか?」
「奴らが巣にしていたのはもう使いもしない廃坑だよ? 構いやしないだろう。それに、ブルー・ヒュージ・ケイブストーカーの全滅はちゃんとルッツが確認してくれているしね」
「………ん」
「………」
幼い頃から共に過ごして来た仲である女斥候メメントゥルッツの返答に微妙な間があったのに対して微妙に首を傾げる神官のシャクティアポアーズであった。
だが、敢えてその場で追及することはしなかった。
そんな無事に高難易度依頼を完了させて胸を逸らしていた勇者がツイッと酒場の二階に視線を移す。
「それにしても――先生はギルマスのところで僕の武勇伝を聞いているのかい? いつまでも本当に過保護な人だ…まあ、そこが良いんだけど。けど、そんな事よりも直接僕を褒めてくれれば良いのに。…昨日の夜も屋敷には帰ってこなかったし。全く、先生のお手持ちの家だというのに――どうして態々、馴染みだからなんて理由で宿屋で泊まったり……あんな如何わしい女達の店に行ったりするんだろう。…そう思わないかい?」
「そ、それはっ…ドワブ様もその…健康な身体を持った殿方ですし…ゴニョゴニョ……」
「ふぅん…」
顔を赤らめる女神官が必死に口にした答えをつまらなそうにテーブルに肘を突いたまま聞き流す勇者だった。
が、そんな彼女の願いが天に届いたのか。
二階から続く階段を冴えない見てくれの中年冒険者が降りて来た。
「っ…――」
勇者はそれを視界の端に捕らえた瞬間。とっさに姿勢を正し、必死に平静を装い目を閉じたすまし顔で知らんぷりを決め込んでいた。
数分ほど経ち、聞きなれた声が勇者の耳に入る。
「おう。王都までの遠征御苦労さんだったな。……報告は二階でギルマス達から聞いたぜ。メンツユは毎度のことながら良くやってくれた」
「ん!」
その労いの言葉に、普段クールで無口な斥候の少女から数段以上に弾んだ声が応えってくる。
「……シラタキよお。そう気を落とすんじゃあねえよ? 今回は相手と場所がちくと悪かっただけなんだからよお」
「…うるセ。余計な世話ダ、オッサン」
個人的には今回は全くといって役に立たなかったと思っていた相手に対して掛けられた言葉にムッとするが、勇者は未だ目を閉じて我慢することにした。
「ポンズはいつもの務め、御苦労さん。ルクベルク司祭や孤児院のガキ共は元気だったか?」
「ええ。それは勿論です! 司祭様も子供達も最近ドワブ様が来て下さらないと寂しがっていましたよ」
「はっはっ…そうかよ。まあ、ここ最近またダンジョンに潜ったり短杖を新調したりしてたからなあ。また近い内にガキ共に土産持って寄るってよ、司祭達に言っておいてくれ」
「きっと皆喜びますよ」
「…………」
今回最大の功労者たる自分を放っておいて…随分と楽し気な会話が弾んでいることに勇者は正直苛立っていた。だが、今度こそは自分が褒めて貰えるという確信があった。
「…………」
だが、声が掛からないので焦れた勇者が目を見開く――その正面には暫く振りに見た、自身が師と仰ぎ、この世界の何よりも愛する者の顔。…静かな怒りを湛えた顔であった。
「せ、先生…?」
「――トリダングレオ」
「…ッ!?」
その底冷えするような男の声に勇者――いや、いずれ超級にも手が届くと評されるS級冒険者であるトリダングレオは震え上がった。
そして、この中年冒険者にしてこの場に居るS級冒険者を育て上げたドワブは非常に判り易い男だった。
彼は親しい間柄の人間の名を俗称で呼ぶことが多い。それは、彼を良く知る者ほど信頼の証としてとるものである。故にドワブは通常、彼女の事を他のメンバーと同じく俗称であるトリダンゴと呼ぶ。
しかし、ドワブだって怒る時がある。そして、彼自体は無意識なのであろうが…本気で怒っている時だけは普段俗称で呼ぶ相手を本名で呼ぶ癖があったのだ。
「「…………」」
その意味を解する他の三人やその場に居合わせた冒険者までも黙ってしまっていた。
ドワブは顔のケンを緩めることなく手にしていた羊皮紙の束をテーブルの上に投げた。どうやら、それは件の討伐依頼の詳細な報告書らしかった。
「なあ? お前は…S級冒険者としてよぉ、ちゃんと自覚があるのか」
「…………」
ドワブは羊皮紙の文面をトントンと指で叩きながら言葉を続ける。
「今回の討伐――何か言い訳することがあるか?」
「え…」
トリダンゴは混乱の極みにいた。何故、ドワブが怒っているのか理解できなかったからである。
否。依頼を無事に達成した自分は褒められこそすれ、非難される理由などないとさえ思っていた…。
「僕はちゃんと……依頼は…魔物は全て殲滅したぞ?」
「――馬鹿野郎ぉ!! それでもお前はS級冒険者かっ!?」
まるで雷の如きドワブの怒声と共に拳がテーブルに振り下ろされる。
もはや余りのショックに彼女の赤い瞳は徐々に光の屈折で歪み始めていた…。
「いいか…? 今回は相手が相手だ――シラタキとの相性は悪い。だが、問題はお前の対処だ。…何故、廃坑に入って討伐を行わなかった?」
「そ、それは…僕の魔術で殲滅した方が楽だと――」
ゴンッ。
その場で鈍い音が響く。トリダンゴの頭上にドワブの拳が落ちたのだ。
…いよいよもってして、耐え切れなくなった彼女の目から涙が零れる。
ドワブはその様子を見て溜め息を吐く。
「この馬鹿がよぉ。10年間…俺の傍にいて何を学んでたんだ? お前がやらかしたミスは大きく四つだ。いいか!四つもあるんだぞっ! …先ず、メンツユが事前に偵察に出た範囲は深部までじゃなく廃坑の表層だった。ブルー・ヒュージ・ケイブストーカー以上の難度の魔物が居た可能性があった。最悪、その魔物がお前の魔術に焼き出されて地上に這い出して来たかもしれねぇ。…そして、シラタキっていう戦力を余したことだ。俺が何の為に適性全属性しか使えねえ<状態異常無効>をお前に習得させたと思ってんだ? それさえ併用して単体ごとに各個撃破していけばシラタキだけでも殲滅は余裕だったはずだ。お前が戦闘に参加するよりも確実に、な。…さらにだ。廃坑にはまだ未発見の魔法金属が出土していた。住み着いた魔物が掘り起こしたものかは知らんが貴重なモンだ。冒険者が発見した際はギルドへの報告は必至! 場合によっちゃあ国が動くかもしれんかったんだぞ? 危うくお前の使った爆発魔術で廃坑を埋めちまうとこだったわけだ。……最後に。仮に廃坑がダンジョン化していた場合だ。お前は少しでも考えなかったのか? ダンジョンが瓦解すれば、その先に起こるのは行き場を失くして爆発的に生成される魔物による暴走――スタンピードだ。そうなりゃ、周囲の村落はもちろん。…王都だって危険に晒すことになったんだぞ」
トリダンゴは返す言葉もなく、ただブルブルと震えて視線を落とす。
ドワブは「全く…」と渋い声で席から立った。
「それにな? ――これはメンツユに黙っておけと言われたがよ。廃坑内を最後調べたら、焼け残ったケイブストーカーの卵があったそうだ。もし、発見できなかった場合は…もう言わなくても良いな?」
「む…」
「……っ!? …ぅう…ずびばぜんでしだぁ……」
優秀な女斥候が約束を反故にされ顔を顰める。
だが、こればかりは無視できる案件ではなかった。そこから孵化した個体は更に強力な種に突然変異してしまう可能性が高い。下手をすれば今度は高レベルの火属性魔術に耐性を持ったものを対処するハメになってしまうだろう。さらに数を増やし、地上への出没が頻発すれば被害はもはや予測できようもなくなってしまう。
「俺は…お前をS級になるまで育てた。それはぁ~…まあ俺にとっては自慢だな。お前だけじゃなくて、メンツユにポンズにシラタキもだ。お前らは良く育ってくれたと、素直に思ってるぜ…」
「「…………」」
寂しそうな表情をしたドワブに他の3人も遣る瀬無い表情になってしまう。
「だがな。そのリーダーであるお前がそんなんじゃあなぁ~? 俺も安心して隠居できねえよなあ。それに最近やたらと勇者、勇者と周りから持て囃されて調子に乗っちまってるみてえだしなぁ~。もう今後はお前らに丸投げしようと思ってたんだがなあ~」
「うぅ…」
ドワブからの愛あるネチネチ攻撃にトリダンゴは身を縮めるばかりであった。
気まずそうにドワブにエールを持ってきた給仕女に礼を言って、そのジョッキを一気に煽る。そして、勢い良くテーブルに叩きつけた。
テーブルにしがみついていた勇者は驚いて飛び上がる。
「…うしっ! こうなったら――久し振りに稽古をつけてやらあっ! 装備を外して直ぐに訓練場へ来い! いいな?」
「せ、せんせ…?」
さきほどまで泣きぐずって実年齢よりもずっと幼い顔になっていた勇者が呆然とそう言い残して去っていく中年冒険者の背中を見ていたのだった…。