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# 10 夢



 とある中年冒険者の視界いっぱいに爽やかな風にそよぐ青々とした草原が広がる。



 ――城塞都市シオから東におおよそ馬車で3日ほどにある無人の野にドワブは居た。


 城塞都市から北方の国と隔てられた領境へと北に延び、逆に南へ現王都アルジとへ続く各都町村を繋ぐ街道からは大きく外れた場所だ。



 ドワブは前世では田舎生まれの田舎育ち。社会人として都会に出てそこそこだが、それでも田舎の空気が恋しくなることはよくあった。


 が、ここは異世界。コンクリートの高層建築なぞがあったとて、もはや存在すれば神の塔とか大それた伝説となっているだろう。そもそも異世界には電気も無ければガスも無い、車なんて馬車しかない。月が昇った空を見上げれば、街中に居たって大抵は満点の星空だ。


 だが、やはりというか…元の世界と文化も違えば暮らしの様式美も違うし、草木の匂いもまた違っていた。それに気付いたのは冒険者の下積みを続け、晴れてB級冒険者となり少し心に余裕が出た頃だった。いわば、望郷の念である。


 ――だが、元の世界に戻る術は無い。この異世界に彼を導いた女神から既にそう告げられている。


 そんな中年冒険者はふとした採取依頼でこの地を訪れたことで、偶然にもこの場所を見つけたのだ。過去の――生まれた故郷と同じ土と草の匂いを感じるこの場所を…。



 草の坂道に寝転び、心地よい風に吹かれながら非常に良い気分で片手に持った酒が入ったスキットルを口につける。



「…本当にここは心地良いな」



 徐々にウトウトしながらニヤリと口の端を歪ませる。


 ここ最近のパーティ休息では、良くひとりでこの場所に来るようになっていた。



「――相変わらず、退屈な時間を楽しんでいるみたいね」

「あ?」



 突如として頭上から声が掛かり、目線を上げればふたりの女達がドワブの顔を面白そうに覗いていた。



「何でここにいる? ……まさか。こっそり俺の跡を付けてきたのか」

「へへ~ん。アンタの匂いなんて、例え森で逸れても一発よ」

「……。…そんなに臭いか、俺?」



 挑発的な笑みを浮かべるハタチくらいに見える美女(ホント見た目だけは良いんだよな…見た目はと呟く中年冒険者)と隣でクスクスと笑う柔らかそうなブロンドの髪を揺らす美少女…小学生高学年くらいの見た目で枯草色のローブを着ていた。



「お姉ちゃん。ちょっと…遊んできても良い?」

「別にいいわよ? はしゃいであんまり遠くまで行かないでよね」



 タタタッと坂を駆け下りて草原ではしゃぎ回る少女。実に絵になる光景だな、とドワブは目を細める。



「…よいしょっと」

「……っ」



 それを妨げるかのようにドワブの顔の真横にドスンと腰を降ろされ、顔を顰めた中年冒険者は見掛けよりも大きなその尻を手で押し返した。



「エッチ」

「うるせえ。俺の顔を潰そうとしやがって」



 ドワブは堪らず、上半身をムクリと起こす。そんな冴えない中年を揶揄う女は革のホットパンツに革と軽金属製の胸当てのみというかなり際どい恰好だったのだが、ドワブはもう彼女と同じパーティに在籍してから1年の月日が経っていた為、当初のように目線の行き場に困ったりはしなかったが。



「アラ? いいもん持ってるわね…頂戴っ!」

「あ! おい!?」



 パーティでは1番の俊敏性を持つ彼女ならば、いかに勘の鋭いドワブが相手とて手にする酒をかっぱらうのなぞ朝飯前であった。恨めしい顔のドワブを見て目を細めながらスキットルの中身を喉に通す。


 意外と中に入っていた酒の度数が高かったのだろうか。驚いて咽てしまったのを見て隣に並ぶドワブが指を指して笑った。



 ――草原からは少女の笑い声が聞こえる。



「……アンタ。良く、こんな場所知ってたわね」

「お前達のパーティに入る前にな。偶々、ここの近くでの採取依頼を受けてな」

「そう…。それにしても、良い場所ね――ここ? 不思議なくらい魔力が澄んでる…いや、極端に少ないって言えばいいのかしらね」

「へえ、やっぱりそうなのか?」

「まぁね。魔力が少ないから魔物も湧かないし、寄っても来ない。…けど、その分だけマナ(・・)を大きく感じるわ。ホラ、よく見て…」

「マナ? ああ、エルフが使う精霊術の源とやらか」



 ドワブと肩を並べる同じパーティ仲間である女冒険者の耳の先が尖っていた。そう、彼女は只人とエルフの血を両方とも継いだ存在であるハーフエルフだった。


 そんな女冒険者が指差した先の草原でクルクルと回る少女の耳は長く尖っており、その肌もドワブや只人と違って白く青みがかっていた。


 ――その周囲にはキラキラと陽光が草葉の露に跳ね返るものとは違った複数の輝きが、まるで別の次元に存在する生き物のように彼女を囲い楽し気に共に踊っているように見えた。



「……アレが精霊ってヤツなのか」

「そうよ。正確には、まだこの世界に具現化する前の儚い存在だけど。アンタってば、精霊術って今迄見た事なかったの?」

「まだ俺は冒険者を始めて2年目なんだぜ? そりゃあ、ギルドにはエルフの冒険者も居るけど、まだ組んだことないしよぉ」

「アララ。アンタってば見た目と顔だけは年季が入ってるから…すっかり酸いも甘いも嚙み分けたベテラン冒険者かと勘違いしちゃったのよね」

「…………」



 コンプレックスである自身の老け顔を弄られたドワブであったが、言い返そうとして…我に返りグッと耐えた。こと、エルフとハーフエルフの女相手に年齢の話をしてはいけない事を彼は嫌というほど肝に命じていたからだ。因みに、彼の知るその話を切ってしまったが為に女エルフや女ハーフエルフから半殺しにされた野郎冒険者は両手の指では足らぬほどだ。


 …そう、この女冒険者も目の前で童女のように笑う美少女もこの中年冒険者よりも実年齢が上であった。



「ホント落ち着く……どっちかと言うと、この辺の空気は私達の故きょ…東大陸のエルフランドに近いかもね」

「そうなのか。やっぱり、お前達も故郷が恋しくなったりするものなのか?」



 女冒険者は少し遠くを見る仕草をした後に首を横に振った。



「全~然っ! …妹は本当は帰りたいと思ってるかもしれない。私と違って妹は純血のエルフだし、本当は精霊術の適性が高い子なのに――ああして、私に遠慮して中途半端な神聖魔術師なんてやってるしね」

「……そうか」

「アンタこそ――…ゴメンなさい。余計な事言ったわね」

「謝ることなんてないぜ」



 彼女が謝罪の言葉を口にしたのは、何かと気苦労が多いハーフエルフの自分と、世間的に…少なくとも中央のチャント・ナベルカにおいては、今迄確認された例が無かった只人とドワーフの混血と思われているドワブとでは比べられないと思ったからであろう。だが、実際には単なる勘違いでしかないので、ドワブはそんな風に謝られても困るだけだったが。



「ここ、さ…。似てんだよ。俺が生まれ育った場所とさ――そら場所も風景も何もかんも違うけどな。気に入ってるんだ。実はな…もうちょっとパーティが安定して金貯めて。アルの奴が無事にA級に昇格したらよ。俺、パーティから抜けるつもりなんだよ」

「なんで――ってのは敢えて聞かないけどさ。抜けた後はどうするつもり? 別のパーティに入れて貰うとか? まあ、最近はアンタ変に人気あるし。もっと腕の立つ連中と組むのも悪くは…」

「うんにゃ。そんな事は考えてないよ、今んとこ。ただ、暮らすのにも金が要るからな。冒険者自体は直ぐには辞めないかもな? 俺が考えてんのは――買うんだ」



 女冒険者は思わず顔を顰める。



「…買う? 買うって何を? ま、まさかアム――」

「アム? いいや、この土地だよ。もうギルマスには相談して領主にいずれ話を通して貰う予定だ」

「あ…ここを、ね」

「金貯めて小さな家でも建ててさ。畑でも耕して…のんびりと余生を過ごすなんて、良くないか?」

「アハハ! アンタ。夜の方(・・・)はあんなに元気なのにさ、ホントに枯れてるわね? アタシ達よりも年下の癖してさ。おっかしーの」

「~~~~っ…うっせ!」



 また揶揄われたことに気を悪くしたドワブが手で払い除けようとしたが、より身体を押し付けらてしまうので黙ってしまった。



「…ね。ドワブ」

「…あんだよ?」



 そっとドワブの無骨な手の上に柔らかい手が重ねられる。



「エレナ…妹もアンタに懐いてるしさ? まあ、妹はいずれ選択しなきゃいけないけど。この西大陸で暮らすのか、それとも東に戻るのか。私は妹が成人してちょっとの間くらいまでしか一緒にいられない…結局、寿命は頑張ったって只人と一緒で百年しか生きられないしさ。それに、私と同じ(・・)混血のアンタだってそれは同じでしょう?」

「…そうだな」



 ドワブは手を握り返しながら草原ではしゃぐエルフとしてはまだ幼い童女を見やる。



「でも私はココ(・・)に居たい。だから、アンタさえ良かったらさ……三人で一緒に暮らさない? この場所でさ」

「……っ! 本当に良いのか? 俺みたいな冴えない顔の男で――」



 ドワブの言葉は途中で遮られた。ドワブの胸が熱かった…いい歳の男の目から涙が出そうになって自分が恥かしくなる。――こんなに幸せな気持ちは初めてだったから。


 そして、直ぐ間近にある自分が心から愛した女の潤んだ瞳からついに雫が落ちて頬を伝って流れていく。



 ドワブは迷う。口を開くことを。その言葉を言った途端、この夢のような時間が終わってしまうような気がして――。



「――ナルシア」



  ~~~~



 ドワブの目が薄っすらと開く。どうやら薄暗い部屋の天井を見上げていたようだ。微かにほど良く離れた距離にある窓のカーテンの隙間から陽の光が射しているが…まだ弱い。恐らく早朝なのだろう。



「……ふはああああああぁぁ~ああぁ~あああぁ…」



 ドワブは力一杯に自身の眉間に皺を寄せながら、大きな、そして情けない声で溜め息を吐いた。そして、苦し紛れに寝返りを打つ。


 だが、寝返りを打った自分の顔とほぼゼロ距離に目を見開いたまま、じっとコチラを伺う女の顔に一瞬、心臓が止まり掛けた。



「おはよ。ドワブ」

「……アムリタ。頼むから、黙って俺をずっと見つめるの止めてくれんか? 正直、心臓に悪いんだよ」

「だって暇なんだから仕方ないじゃない。かと言って、気持ちよく寝てるのを起こすのも悪いしさ?」

「つってもよぅ。距離感ってもんが…はあ、もういいや」



 ハーフエルフはいわゆるショートスリーパーな者が多い。これは3、4日寝ずに起きて活動して丸1日寝るという生活様式を持つエルフの血が作用しているものと考えられている。



 ドワブはベッドから起き上がると扉の近くの水桶に布を浸して身体を清め始めた。



「朝も入ると思って、湯を張ってあるんだけど…もっとゆっくりしていけばあ~? 今日は完全にオフの日なんでしょ?」

「今日はトリダンゴとシラタキの奴が王都近くの討伐依頼に出る。まあ、うちじゃ1番出来の良いメンツユが補佐してくれてるから大丈夫だ。それとポンズは東風寺院での勤めがあるそうなんでな」

「なら…ね? いいじゃない」



 アムリタは蠱惑的に自身のキャラメル色の肌を隠すシーツをチラリとやってドワブをベッドへと誘うが、当の中年冒険者はさっさと身支度を済ませてしまっていた。



「じゃあ、俺は出る。また今度な…」

「……また。ナルシアの夢でも見たの?」



 ドアノブに掛けられたドワブの手がピタリと止まる。



「…いいや」



 その言葉が嘘であることは、アムリタは百も承知だった。悲し気な瞳でドワブの背中を見る。



「――エレナも一緒だった…」



 そう言ってドワブは振りむくことなく部屋から出て行った。



「――あ。ドワブ…!」



 慌ててシーツを身体に巻いた姿でアムリタが後を追って部屋から出たが、外の廊下にドワブの姿はなかった。



「…馬鹿みたいよね」



 自分は結局――最愛の女を失ってしまったドワブを慰める為の代わり。それを承知の上で、甘んじて今の関係でいるのだと…自身でも解っているはずなのだが、アムリタは溜め息を吐いて自室のドアにもたれ掛かる。その無理に浮かべた自嘲の笑みも弱々しいものだった。



「…はれ? アムリタ様ぁ~? 早いれふねぇ~」

「ミチョ。起きてたのかい」

「へ? あ、はい。昨日はドブさんに貰ったお菓子で皆でお酒飲んでそのまま寝ちゃいましたからねぇ~」

「……おいおい。あんな高級菓子を酒のあてにしてんのかい? 大したもんだね…うちの子らは」

「えへへ~。それほどでもぉ~」

「褒めてんじゃないよ」



 まだ娼婦達は寝ている時間帯だが、それにしても部屋から腰巻一丁で出て来たボサボサ髪の娼婦見習いの姿を見て、娼館経営者にして娼婦頭でもあるアムリタは頭を抱える。



「全く、アンタときたら。奴隷堕ちさせるも可哀想だからと拾ってやったけどさ…いつまでも垢抜けしない子だねえ~? ヘラヘラしてっけど、ちゃんと昨日はドワブに助けて貰った礼を言ったのかい?」

「ちゃんと言いましたよぉ~。でも、ドブさんって不思議ですよね~? 見た目は普通の優しいオジサンなのに、スッゴイ強くって。オマケにS級冒険者でしたっけ? えーと、確かトリダンゴとメンツユとポンズ…あともうひとりぃ~? あ!シラタキって人のいる有名なパーティの人なんですよね? ってあれぇ~…」

「…………」



 だが、アムリタの表情は憮然としており、あからさまな怒気を感じた。



「アンタ。怖い者知らずにもほどがあるよ。…ま。ドワブから適当に聞いた話を鵜呑みにしてるんだろうけど。そんな舐めた態度とってると、ドワブの飼ってる娘共にその首落とされちまうよ?」

「うひゃ! ま…マジですか…?」



 アムリタは怯える新人を前に大きく溜め息を吐く。と、ついでにこの3階に自身のプライベートルームと新人の居室しかないことを心から安堵した。



「いいかい? これだけはよ~く憶えときな。そんな適当な名で呼んで許されるのは、世界広しとは言え偉い神様か…この大陸じゃドワブくらいなもんだ。特に、勇者の位を授かったあのドワブの1番弟子気取りは容赦がないからね」

「…………」



 怯えるミチョは黙って頷く。



「先ず、ドワブを除いたS級パーティ“金獅子”のメンバーは四人。どれもS級冒険者で、いずれその先の超級にも手が届くって噂される化け物娘ばかりさ。“勇者”――魔法剣士のトリダンゴじゃなくて…正しくはトリダングレオ。キザで男みたいな恰好してるから直ぐに判る。一応、ドワブはパーティの後見人みたいな立場だったらしいから…実質パーティのリーダーだよ。他に“残影”の天才斥候のメメントゥルッツと“聖女”の神官…一応、見習いらしいけどシャクティアポアーズ。まあ、このふたりに関してはドワブが太鼓判を押してるだけあって、少しくらい粗相しても目くじら立てられることはないよ。で…残りが5年前にドワブがどっかから拾ってきて育てた“蛮姫”シュラーターキル。コイツには下手に近寄らない方が安全だ…解ったね?」

「は、はぁい…」

「それと、もうひとつ」



 アムリタが指を一本立てて見せる。



「これは正確にはこの城塞都市シオでのタブー。…いいかい? 決して“ドワブのことを侮辱してはならない”――それだけさ」

「え。それってどういう…」



 言われたミチョはポカンとする。



「……アイツは底抜けにお人好しだからね。本人は何を言われようが腹のひとつも立てやしないだろうさ。――だが、アイツの周りは違う。アイツを敬い付き従う金獅子の連中は言うに及ばず、各ギルドの重鎮達すらから目の敵にされて中央には居場所がなくなるだろうね。…もちろん。私も目の敵にする方だよ。城下の古い人間はなおさらドワブの味方をするだろう。…アイツは自分が思っている以上に皆から愛されているからね?」

「…………」



 ミチョは黙って廊下の窓から東の方角を眺めてクスリと嗤うアムリタの艶姿に見入っていた。



 一方。そんな自身の話をされているとは露とも知らぬ、中年冒険者は<ワープ>の魔術を使用して、城塞都市シオから東におおよそ馬車で3日ほどにある草原地帯へと足を運んでいた。



「よお。ナルシア。エレナ…」



 ドワブは建てられた小屋の近くに並んで佇む、ふたつ(・・・)の墓石とその中央に植え付けられて10年ほどの若木の前に立っていた。




「もう…10年か――…あっと言う間だったなあ」



 ドワブは掠れたような声と悲しみを堪えた笑みを顔に張り付けながら、ひとり静かに呟いた。



 中年冒険者の視界いっぱいに広がる草原は――10年前と変わらずに風に吹かれて揺れていた。



 

すいません。やっとクソ長い導入部が一応は終わりです。

次話からは現在・過去話を挟みながら本編の開始となる予定です。

ハードボイルド? そんなん書けたらいいなあ~笑(他人事)

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