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# 9 アムリタの蜜



「「いらっしゃいませ」」



 俺がミチョに開けられた店の扉を通り玄関を過ぎた先にあるフロントには、ズラリと若い女達が並んでいる。そして、示し合わせたかのように一糸乱れぬ挨拶をしてくる。


 ――この高級娼館、“アムリタの蜜”の接客嬢、またはその見習い達だ。


 この伝統ある出迎えが大層喜ばれるそうなんだが…この店に十年通ってる俺は未だに慣れない。まあそも、前世の世界じゃあこんな店に不思議と縁が無かったからな。まあ、その理由は夢がない。単なる金銭問題だな。



 ニコニコと笑顔で出迎えてくれる女達には顔馴染みが大半で、新しくその列に並ぶ日の浅い…まだ初心さが抜けない娘も数名居る。


 ただ、この店の特徴――だが、この店に在籍する女達に只人が少ない点だな。ぶっちゃけ、こんな店は他所と比べて景気が良いこの城塞都市においても他に類を見ない。


 ハーフエルフ・獣人・半獣人(獣人と只人との混血)・フェアリーなどをはじめとする亜人多数が所属している。亜人というのは只人・エルフ・ドワーフ・獣人を除くその他の種族全般を指すとんでもなく大雑把な言葉だ。例えば、さっきから俺に纏わりついて離れねぇ…ペコとペッツの姉妹もその亜人。フェアリーっていう30センチくらいの背丈しかない虫の翅を持った小型の種族だ。


 他にもこの店には、植物と同じ身体特徴を持つ木人。トカゲのような鱗や尾を持った鱗人など色々だ。だが、この城塞都市にはエルフの女だって当然居るわけだが、こういった手合いの夜の店の従業員にはいない。


 否、いてはいけないのだ。――何故か? それは過去の戦時で捕虜としたエルフを奴隷として扱った過去があるからだ。そういう経緯もあってこのマロニー西大陸では不幸なハーフエルフが数多く生まれた歴史があるのだという。で、そんな事から純血のエルフを奴隷にすることは固く現国法によって禁じられている。何より、上の街にある東大陸から公務として詰めているエルフ大使館の連中が黙っていないだろうさ。



「おや。ドワブ殿? 今晩は」

「あ、どうも。もうお帰りでしたか?」

「ははは…。ええ。大変名残惜しいのですが、明日も朝早くから仕事が入っているものですから…それでは失礼」

「あぁ~ん。寂しいなあ~…また、直ぐに逢いにきてね?」

「ああ。勿論っ!」

「…………」



 頬にキスマークを付けられて良い笑顔でこの店から去って行ったエルフの男……まあ、なんだ。俺と顔見知りのエルフ大使館の職員なんだけどな。俺と同じかそれ以上に常連だそうだ。


 こう言ってしまうと夢を壊すかもしれないが、エルフはどちらかと言えばプライドが高く融通が利かない奴って感じが印象強いが、実はその分好色な奴が多い。一説によれば、ハーフエルフは好意を持ったエルフからのアプローチで結果的に生まれたケースの方が多いらしい。だが、東大陸のエルフは昔ながらの考え(他種族とは住み分けるのを良しとする。とかだろうな)年寄り衆の権力が未だ強いのでハーフエルフの立場は未だ微妙であるという。確かに…俺もこの世界で10年生きてきたが、エルフとハーフエルフ間とで衝突している場面を何度か見ている。良好な関係を持っている場合は稀だろうな。


 本日の仕事を終えた半獣人の女がやり遂げた戦士の顔で玄関から帰ってきた。…流石、プロだな。


 そうか。あのエルフ――ケモ耳好きなのか…。


 実はこの店、一般の客がフラっと寄れるとこじゃないんだ。というか、利用客はほぼ内壁の中の上の街の立場ある人間ばかりだ。それに、実際この店本来の接客サービスを受けてたさっきのエルフのような客は少数で、秘匿性が保たれる内密の相談場所として使われる事の方が多いんだと(俺はそう聞いた)。


 だから、さっきミチョに絡んだような連中なんぞ本来店の扉すら叩けないところだったわけだ。


 そんなわけで、薄暗いラウンジの方では女達からほど良い接客を受けつつも何やらボソボソと言葉を交わしている男達とこうして…目線が合ってしまってもだな。互いに見て見ぬ振りをするのが、この場での暗黙のルールだ。



「いらっしゃ~い」

「ドブさ~ん。今晩は~」

「ウフフ…今夜は私なんて、どうですかあ~?」



 まあ、一斉に綺麗な女達に群がられて嬉しくない男なぞ単なる病気だろう。だが、こんな一見すれば男に媚びてキャルキャルしてる女達だが――その辺で無駄にえばってる役人連中よりも頭が切れる者が多い。何故なら先代からの営業指針らしいのだが、この店は女を売るのではなく、女を磨く場。…なんだそうだ。

 なので、余程の新人ミチョ以外は女に学問など不要などという戯言がまかり通る世で普通に読み書き計算ができる上に歴史やら経済などの学問すら学ばせているのだ。なので、この店を訪れる客は性的な目的ではなく結構な案件を店の女相手に相談しに来るものが多い。または、単純に仕事の愚痴や家族へには打ち明けられない悩みなどを吐き出し…本来の店のサービスとは別の意味でスッキリして満足して帰っていく。なのでリピーターも多く、異様なほどに健全な店になっている。いや、健全…ではないか? …では、ないな。



「…アムリタは空いているか?」

「ま。ドブさんは姐さん以外の女に興味無いのは知ってましたけどねぇ~」

「別に私達は今夜の最後のお客さんを待ってただけですから~」

「私呼んできまぁ~す!」



 いつもの流れだ。俺がこの店に会いに来る相手は10年前からひとり――だからな。



「チェ~! 結局、いっつもアムばっかだよねぇ~」

「…拗ねるなよ。というか、ペコ。アイツらに絡まれた時、なんで直ぐにミチョを助けてやらなかった? お前とペッツのふたりなら、あんな雑魚なんて簡単に城壁の外まで放り出せたろ」



 そう、実はフェアリーという種族はその儚い見た目とは相反して強力な種族なんだよなあ。俺はこの店に来て初めてフェアリーを見た時は感動したが…すぐに幻想から目覚めてしまったよ。


 ペコとペッツは種族的に生まれながら<自由飛行>、<眠りの砂>、<強制転移>などの魔術に加えて多数の幻惑系魔術を只人と違って触媒無しで使うことができる。特に<ピクシー化>という固有魔術はかなりヤバイ。身の丈十数メートルある巨人族をたった小指ほどのサイズの小人に変えることができる。後はデコピンで吹っ飛ばすなり、踏み潰すなりはフェアリー達の自由だからな。それに素の肉体強度も見た目以上に高い。正直…敵対すれば苦戦必至だ。



「……。…だってえぇ~」

「あんまり強いのがバレちゃうとさぁ~? お客さんから怖がられて、逃げられちゃうじゃ~ん?」

「…………」



 それであの棒読みのやられっぷりかよ…。というか自衛手段を持たないミチョを護衛コイツらも付けずに店先に立たすのをアムリタが許すはずないしな。



 俺は肩に止まってわざとらしく頬を膨らませるフェアリーの頬を指で突く。


 ……こう見えて、この店じゃ1番の古株だからな。油断ならねえ…。



「おっと…土産があるんだった。お前ら引っ込む前に寝床に持ってきな」

「「きゃああああああああ~!!」」



 俺がゲイルに頼んで定期的に作って貰う菓子を出すと現金な女達が挙って手を伸ばし、ほんの数舜で菓子が消滅してしまった。その後、俺に一言礼とキスをして自分達の部屋へと走っていく。



「…………」

「……いや、無理すんな?」



 2、3人の若くて日の浅い見習い娼婦達が俺の前で目をつむって待ちの体勢だったが、流石に気が引けて頭を撫でて帰してやる。



「…ん」



 もう今日の仕事から上がって、女達の数がまばらになると店の奥からコチラを伺う者達の姿があった。この店には娼婦ばかりではない。部屋の掃除をしたり、昼に起きて何らかの仕事をする者達だっている。そして、その大半が幼い子供――全種族通して余り良い扱いを受けないデミ・ハーフ(只人と亜人との混血)だったりする。この城下ではそれこそ路地裏、スラム街…人目のつかない場所でなければ安心して暮らすことすら難しい者達だ。…アムリタはこぞってそんな子供ばかりを拾ってこの店で働かせている。



「……。おい」

「何でやしょうか。旦那」



 ラウンジの側で掃除をしていた下男に声を掛ける。


 俺は腰に垂らしていた小銭入れ(銀のナゲット)をジャラリと手で持って中身を確かめると、その下男の手元に向って放った。



「まだ、近くで屋台がやってたはずだ。お前さんと――ついでにあそこに隠れてる坊主どもで何か腹に溜まるもんでも食ってきな…」

「……いつもありがとうございやす。ドワブの旦那」



 掃除の手を止めて頭を下げる。ニコリと笑みを浮かべる下男の肌は紫がかっており、額の生え際からは不揃いの小さな角が覗いていた。


 ……他の混血と異なって、亜人との混血児は外見に種族的な安定感を欠くことが多い。それが生みの親である両種族から忌避される要因になることが多いんだろう。



「なに、いつも綺麗に掃除してくれいる礼だ――」

「…全く、アンタのお人好しは相変わらずだねえ。奢り癖も直んないし、女も甘やかすしさ?」



 奥の最上階である三階へと直接続く階段から、女が降りて来る。その声に俺を含めた誰もが口を閉ざしてその人物に目を奪われる。



 ――10年前から容姿は変わらないんだが、もはや別人だな。今更、だが…。


 しゃなりしゃなりと階段を降り切り、色っぽくコチラに向って歩を進める者の名はアムリタ。この店の主であり、ここら一帯の娼婦を取り仕切る娼婦頭でもある。ぶっちゃけ、裏のギルマスと同等以上の権力を持っているおっかない女である。


 妖艶な傾国のローブがチラリと覗く肌はキャラメルの艶を帯びた肌色で、エルフ特有のブロンド髪を片側だけ短く刈り込んでいる。


 知り合いのハーフエルフで数少ない年齢詐称でない(実年齢が俺より下)彼女は、見てくれは昔と同じ十代の娘同然なのに対して纏うオーラは百戦錬磨の狩人のようだ。俺も長い付き合いにも関わらず思わず後退りしそうになる。はは…情けねえなあ。



「このアタシを平気で焦らす酷い男なんてアンタくらいだわ。…待ってたわよ。今日はなかなか来ないんだもん。…わざと?」

「い、いや…ギルドでちょっとな…」

「ふぅ~ん。まあいいわ。早くお部屋に行きましょ」



 されるがままに気圧された俺は彼女に腕を取られて階段を昇る。


 ふと、アムリタが未だラウンジから向けられる男達からの視線に気付いたようだ。いや、…多分。わざとだろうなぁ。



「…アラ。いらっしゃい。騒がしくして、ごめんなさいね? アタシってば結構一途でしてね。――親友(・・)からの頼みでさ。この店で…“アタシを初めて()にしてくれた”この人だけの娼婦をやってるのよ。だから、そんな眼で見られても…旦那達の相手はできないのよね。フフッ…さぁ? 行きましょ…」



 俺は恨めしい視線を向ける男達に見送られ、三階へと女主人アムリタに腕を組まれながら連れていかれるのだった。



 

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