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馬鹿な浪人の末路  作者: 蟻の船酔い
追憶編
8/20

Fラン大学時代(3浪時代前編)

2017年4月-2017年9月

2017年4月

俺は県内のセンター試験利用50%弱で合格する Fラン私立大学に入学した。

当初描いていた国立医学部に入学して学歴も地位も金も女も全て手に入れる人生設計は破綻していた。


そしてその現実を受け入れられずに苦悩する自分がいた。

端的に言うと学歴コンプレックスに陥っていたのだ。


今なら心を入れ替えてそこで楽しめば良かったのにと心底思うが、当時は歪んだ自己肯定感がそれを阻んだ。

こんな大学は俺にふさわしくない。

百歩譲って、まだ現役でここの大学なら悪くはないかもしれんが、2浪でこれは恥ずかしすぎる。

俺はこれから低レベルな同級生に囲まれながら鬱々と4年間を送り、就活時には2浪したことをきっと突っ込まれる。

そしたら俺はなんて説明すればいいのだろう。

医学部を目指してましたが駄目だったのでこの大学に入りましたと言うのか?

生き恥を晒すようなものだ。

どうすればいいんだ…


そんなことを考えて迎えた入学式。

一応人生初めての大学の入学式でもあったので多少の期待感が心の中に生まれた。

ひょっとしたらこの大学でも楽しめるんじゃないか、と。


翌日からオリエンテーションが始まった。

総勢100名弱の同級生を乗せた3台のバスはとある宿泊施設に向かった。

要はFラン大学によくある大学が主導してのお泊まり親睦会である。

客室に着くと各々荷物を下ろし自己紹介が始めた。

「東京の高校からきた松本です」

「兵庫から来ました岡村です」

「第一志望の大学に落ちたんできました。仲良くしてください」

「…慶應義塾大学に落ちてきました。仮面ライダーが好きです。」

「中村和馬です。よろしくお願いします。」

………

とても医学部に落ちたから来たなんて恥ずかしくて言えない。

しかし慶應に落ちてこの大学は無いだろwあと仮面ライダー好きってガキかよwまぁ、俺も人のことは言えないが…


Fラン私立大学ということもあり、他の大学を落ちてきた奴らの暗さは分かりやすかった。


一流大学落ち→有名大学ならまだ将来に希望は持てるだろうが、うちの大学は本当にFラン大学なのだ。

申し訳程度の大卒資格がつくだけで、就活で有利になることはないのだ。


オリエンテーションではコンプレックスに覆われた俺も頑張って明るいキャラを演じようとした。

その結果、一応の喋れる仲間らしいものはできた。

そして、それが出来ない浮いてしまったぼっちを探して安堵した。


オリエンテーションが終わり、通常授業が始まった。

俺はとりあえずこの大学で頑張ってみることにした。

愛想よく振る舞おうとした。

しかし、根底にある医学部にコンプレックスは消えることはなかった。

俺の心には常に2浪したことを軽蔑されるのではないか、こんなFラン大にいても就活でロクでもないとこにしかいけないに決まっているという不安があった。


そしてその不安というものは、決して口に出さなくても非言語の情報として相手に伝わるものである。

こうして滲み出る劣等感を隠しきれないぎこちない陰キャラが誕生したのである。


5月になる頃には俺は人を避けるようになっていた。


それでもせっかく親に払ってもらった学費を無駄にするのは悪い気がして、なんとか他に馴染める場所はないかと探すことにした。

すると慶應義塾大落ちの山田が俺に話しかけてきた。

山田は俺ですら見下してしまう程の陰キャである。

常におどおどして、教室では一人でいる。

さすがの俺もこいつには人間として勝っている気がした。

そんな山田からよさこいサークルに入ってみないかと誘われたのだ。

意外だった。そして屈辱だった。

俺はこいつよりも上のカーストにいるはずなのに、こいつは俺を同レベルだと思っているらしい。

腹立たしいことだったが、そこは感情をぐっと抑えて、俺は山田とよさこいサークルの見学に行くのだった。


よさこいサークル

陽キャがエイサーエイサーと踊るサークル。

俺はひょっとしてこれはチャンスなのではないかと思った。

俺もこのサークルに入れば陽キャになれるのではないかと。


小学校の頃のソフトボール、中学校の頃のバスケ部の決め方から何の進歩もない。


しかし、そうも言ってられない。

何か変化を起こさない限り俺はずっと根暗陰キャのままなのだから。


「おー!入部希望の人?」

「はい」

「とりあえず荷物はそこに置いて、一緒に踊ってみようか。急には難しいだろうから、まずは部長が手本を見せるから見ててね」


部長が踊る。

キレッキレの文句のつけようがない舞踊だった。

部長は沢木という名前で大学2年生、身長175cmほどの筋肉質の好青年って感じだ。


大学2年生、そう。

つまり俺より年下なのだ。

俺は2浪で入ったがばかりに、年下の人間のことを先輩と呼ばなければいけないのだ。

まだ、医学部だったら、それだけで全ての劣等感を払拭できて耐えられたかもしれない。

しかし、現実はFラン大2浪。

俺はこの年下の先輩に複雑な感情を抱いた。


帰り道、山田と話し合った結果、俺たちはこのサークルに入ることになった。


そして、この頃から山田は変わっていった。


俺はこの大学生活で一番印象に残っていることを一つ挙げるとするならこの山田の変化だと思う。


この日を境に山田は誰ふり構わず、「俺は慶應大に落ちてこの大学に来たんだ、絶対仮面浪人をして今年こそ慶應に行ってやるんだ」と吹聴して回るようになったのだ。


俺は山田は気が触れたのかと思った。

こいつはこんなに堂々と学歴コンプレックスをぶち撒けて恥ずかしくないのだろうか。

まだ慶應落ちからのMARCHとかだったら学力的にも惜しかったんだね、となるだろうが、うちの大学は何度もいうがセンター利用50%弱で受かってしまうドFラン大学なのである。

あまりに慶應との差がありすぎて、現実と妄想の区別がつかないマジで痛い奴として捉えられ兼ねないリスクがあるのに!

こいつはそんな自分を自ら貶めるようなことをして何がしたいんだろう。

秘密主義の俺には理解できなかった。


そんな山田を馬鹿だと思いながら観察していると山田とその周囲の関係が少しずつ変化していくのが見えた。

少し前までは皆んな山田のことを居ない者として遠ざけていたのに、山田に気を許し仲良くなっていたのだ。

気がつけば山田はクラスの可愛い女子とも普通に談笑していた。


「ねぇねぇ!今度俺んちに来ない?w美味いスパゲッティご馳走してやるからww」

そんなことを女子に話していた。


“してやられた“


下だと思っていた山田はいつの間にかスクールカースト上位に君臨していた。


俺は山田のあまりの変わりように、その心境の変化の理由を聞かずには居られなかった。

「なあ、どうしてお前そんなに変わっちまったんだ?何がお前の身に起こったんだ?」

すると山田はニヤリと意地の悪い顔をして、

「もしかして遠い存在になっちゃったって寂しがってる?w」

俺は山田に何もかも見透かされたような気がした。

俺がこれまで山田のことを下に見ていたことや現状に対する焦りや劣等感、それらを見透かされて、これまでの仕返しをされたような気がした。


この日から俺は山田とは話さなくなった。

サークル内では山田はたくさんの友達に囲まれて、俺は近大落ちの竹岡という陰キャと仲間はずれ同士傷を舐め合っていた。

竹岡は違う学部の同じ学年の男だ。

少し偏屈なところがあり、彼から滲み出るアスペ感が俺を安心させた。


もうこの時の俺にはかつての純粋さは無くなっていた。

小学校までの俺は人が喜ぶことを素直に願っていたはずなのに、、

あまりに人生において嫌なことが続きすぎたのだ。

ソフトボールクラブでのいじめ、バスケ部でのいじめ、クラスでのいじめ、高校受験の失敗、大学受験の失敗。

我慢に我慢を重ねた結果、清らかな心はドス黒く脆いものになってしまった。


何よりこれは自分の責任でもあることが、より自分を苦しめた。

ソフトボールもバスケ部も公立中学に進んだことも、大学受験に落ちたことも、全て俺がしっかりと自分の軸を持って判断していたら回避できたものばかりなのだ。

そのことが自分を苦しめた。

俺はこれらのことがトラウマになっていた。


それにしても世の中って本当に偏っているよな。

俺のこの心の苦しみを理解できる人はなんでいないのだろう。

何もかも理解してくれる女神様はいないのか。


人のトラウマってその内容によって同情して貰えるか、して貰えないかが顕著にでるよな。

地震や津波などの天災で心に傷を負った者、レイプなどの性的悪戯をされて心に傷を負った者、虐待をされて心に傷を負った者、付き合っていた恋人と別れて心は傷を負った者。

特に上に挙げたものについては、世間から同情を買いやすいことが分かった。


反対に、俺のように部活でいじめられたり、最後まで試合に出して貰えなかったり、修学旅行でボコボコにされたり、受験に落ちたりした者というのは世間からは同情されにくい。

精神が参ったときにSNSなどで自身の辛い過去を書くと、ほとんどの確率で「そんな性格だからいじめられるんだよw」と書き込まれる。

この世に正義があるとすれば、それは俺の都合の悪いようにできている。

俺の感覚と日本の法体制、世論というのは大きくズレていた。


しかし、なぜこのような結果になるのだろうか。

Yahoo!ニュースのコメント欄などを読んでも、性被害系のニュースは「加害者に厳罰を!」「被害者の心のケアを!」というコメントが目立つ。

一方、いじめのニュースでは、加害者が厳罰化されることは基本的になく、被害者やその遺族も泣き寝入りという形になることが多い気がする。

また、なぜか直接の加害者が追及されることは少なく、学校側の不手際として校長や教育委員会の責任となることもあるようだ。

しかし、校長や教育委員会のお偉いさんが、クソガキが勝手に起こした事件の責任をとらされるというのも訳が分からない話である。

また、この手のニュースのコメント欄も性犯罪系のものと比較して、加害者への厳罰を求める声が少なく感じる。いじめられた被害者は可哀想だね。強く生きてほしい。と言った微妙なコメントが目立つ。


まして、俺の部活でずっと試合に出させて貰えなかったという話で、子供の健全な精神の発育を阻害した罪で顧問に厳罰をなんて話はまず無い。


なぜこのようなことになるのか。

俺は考えた。

これは人間社会の縮図だ。

人類は本能でいじめを許容しているのだ。

世の中を見回しても貧富の差は当然の如くあり、それが許容されている。

かつてソ連による共産主義が敷かれていたが、それも結局のところ崩壊した。

人類は自ら貧富の差を許容したのだ。

資本家と労働者、虐げる者と虐げられる者、暴利を貪る者と搾取される者。

この負の感情は社会から企業へ、会社から労働者へ、親から子へ、学校から生徒へ伝染していく。

いつしか人類はそれが当たり前だと、仕方のないことだと認めることになる。

それがいじめと性被害に対する世間の風当たりの差なのだ。

世界から戦争と差別が無くならないわけだ。


じゃあ性被害はなぜいじめと違い徹底的に罰せられるのか。

どちらも被害者は心をズタズタに引き裂かれトラウマになっていることに違いはないのに。

その答えはなんだろう。

明確には分からないがいくつか説を展開する。

・家族制度の瓦解に伴う社会システムの崩壊を防ぐためという説。古代ローマにはかつて風俗の乱れがあった。その結果、子供がぽんぽん生まれ、誰が誰の子なのか分からなくなっていた時期があったらしい。そうすると家族制度が瓦解する。すると家庭では父親としての尊厳が失われる。尊厳が失われた父親は仕事にも支障が出てきて、社会が荒廃していくというものだ。このような歴史があったことから、人類並びに法律家は性犯罪に敏感になっているのではないだろうか。望まれずに生まれてきた子供が増えると社会の治安が悪くなるというのは納得のいく話だ。

・偉い人の娘が性被害に遭うことがあって、それ以来、法律が厳しくなったという説。権力者の娘が性被害に遭えば権力者はその権力を持って加害者を抹殺したことだろう。それが長い年月をかけて一般化されたのではないだろうか。いじめは少なくとも関係性が良くも悪くもある程度深まってからしか起こらないので、相手が権力者の子供だと分かれば、それをいじめる人間はいない。しかし性被害であれば別だ。どんな弱者男性だろうと基本的に女よりは腕力は強いのでその気になれば誰だろうと実行することができるからだ。

・被害者の被害に対する羞恥心の差による説。いじめを受けた人間は、性被害を受けた人間よりも自分が受けた被害は恥ずかしいことなのだと思う傾向にあるのではないだろうか。一見すると性被害の方が恥ずかしいことのように思えるかもしれない。しかし、現に社会制度として性被害を受けたら社会がなんらかの形でしっかりと制裁してくれることになっているので、訴えるハードルがいじめに比べて低くなっているのだ。これは鶏が先か、卵が先かという話に似ている。だから表面上の分析としては悪くないが、根本原因として少し浅い。


このように解釈すると、どちらも被害者の心にトラウマを植え付けるといっても、なぜいじめよりも性被害の方が厳罰化されるのかが分からなくもない。

しかし、被害者からしてみれば、どらちもその後の人生が無茶苦茶になり兼ねないことなのだから、片方だけ贔屓されるのも気が悪い。


そんなどうしようもないことを考えていた。


普通の人間はそんなこと考えないのだ。

こんなことを考えるのは俺が病んでいる証拠でもある。

過去の虐げられた記憶を解消できずに年をとってしまったからに他ならない。


他の人はこんなことに心を煩わされることはないのに。

他の人は俺からすれば本当にどうでもいいことで悩んでいるんだなと。

メディアのお悩み相談でも最近買った服がよくみたらあんまり良くなかったとか、彼氏とディズニーに行ったときに彼氏がちゃんと自分のことを見てくれないとか、せっかくデートで映画館に行くのにポップコーンを買わないのはセコいとか。

本当にくだらなくどうでもいいことばかり。

そんなことしか悩みがないお花畑みたいな世界に生きてるの羨ましいですね。はよタヒんでくれ。

もっとドス黒い悩み相談コーナーがあってもいいと思うんだよな。

学生時代に学食で順番抜かしをしてきた不良に注意したら、そこから想像ないじめになって、ボコボコにされた後、全裸にされて校門に磔にされて、それ以降家に引きこもるようになった34歳DTだがこれからどうすればいいのか。とか、家に居たら突然小型飛行機が落ちてきて住宅が全焼したけどどうしようとか。大学中退後、司法試験を受け続けていたら気づいたら40代後半になっていたんだけどこの先どうやって生きていけばいいんだろう。とか…


それくらいのお悩み相談じゃないとそれは悩みではないんじゃないか。

悩みを舐めてんのかって。舐めてんじゃねーぞ。おいこら。


気がつけばそんなことばかり考えていたのだ。


精神は悪化の一途をたどるばかりだった。




よさこいサークルで一年生が初めて出演する発表会が行われる日が来た。

俺は大学のコンピュータの授業でワードをぽちぽちいじっていた。

情報室から演舞会場までは歩いて10分ほどある。

自分が出演する演舞まではまだ20分ある。

ワードの課題が中途半端なところまでしかできていなかったので、キリのいいところまでやってから向かえばよいだろうと油断していた。

課題が終わったときには演舞まで残り8分だった。

情報室から会場まで走って5分で着き、2分で着替えて、1分で心の準備をする計画を瞬時に思いついた。


会場に着いたときには他のメンバーはとっくに着替えて、集中モードになっていた。

俺は急いで衣装に着替えて、なんとか間に合った。



ヤーレン ソーラン ソーラン

ソーラン ソーラン ソーラン (ハイ ハイ)

沖の鴎に 潮どき問えば

わたしゃ立つ鳥 波に聞け

チョイ ヤサエエンヤンサノ

ドッコイショ

(ハ ドッコイショ ドッコイショ)


パチパチパチパチ(観客拍手)



ふぅ、とりあえず演舞にも間に合ったし、うろ覚えだったけどそこそこに踊れてよかった。

そう安堵していると、部長の沢木から呼び出しをされた。

なんだろう。

校舎裏にいくと不満そうな顔をした沢木がいた。

「お前さ、今日が発表会って知ってた?」

「はい」

「じゃあさ、なんであんなギリギリに来たん?お前が時間になっても来ないから予定通りの時間に始められなかったかもしれんのやで?わかってるん?」

「え、ぃゃ、、、僕も…授業があったので…それに一応時間にも間に合ったし…」

「は?そういう話してんじゃねーよ。発表会があるの知ってんなら遅くとも10分前には集合しとけって言ってんの。お前一人の都合でみんなに迷惑かけてんじゃねーよ。チッ…」

「ご、ごめん、なさぃ…」

俺より年下で女にもモテて自分の芯をしっかり持ってる部長に説教された。

俺はただでさえ中学時代はいじめられて、 2浪してFラン大にしか受からなくてメンタルがぐらぐらになっているのに、年下のガキにこんなことを言われた屈辱で心がグチャっと潰れた。

その瞬間、どんなに抑えようとしても涙が止まらなくなった。

俺は涙を隠そうと顔を伏せるも、溢れ出る涙はコンクリートにポタポタと流れ落ちる。

年下のイケてる部長に叱られて、泣き崩れる2浪の男。

これほど惨めな現場もそうそうないだろう。


この事件以来、俺は徐々に大学に行かなくなった。

朝も起きられなくなり母親から大学に行かなくていいのかと問い詰められることも増えた。

そんなときはいつも「うん、今日は必修の授業がないから」と嘘をついた。

そんな嘘もいつも通用するわけではないから、たまに大学に行くフリをして近所のイオン行って、ベンチに座って100円コーヒーを飲みながらライトノベルを読んだりした。


ライトノベルのタイトルは『氷菓』だ。

やれやれ系根暗主人公の折木奉太郎が、純朴清純系美少女の千反田えると甘酸っぱい青春を繰り広げる物語だ。俺は主人公に自分を投影して辛い現実から逃避しようとしていた。


しかし完全に投影することは出来なかった。

物語に没頭するよりも大学をサボっていることへの罪悪感の方が勝ったのだ。


かといって、今更大学に行っても友達といえる奴もいない。

授業にも意義を感じられない。

たまに業界の先駆者が客員教授として授業をしにくることもあって、それを聞いてる分には楽しいのだが、それでも教室の前で友達と談笑しているキラキラした同級生の姿を見るのは辛かった。

あの輪に入れたどれだけ楽しいだろう。

でも俺は2浪でコンプレックスに塗れている敗北者、俺みたいな人間があんなキラキラした人間になることはできないのだ。


そして俺はある結論に辿り着いた。


''中退しよう。そして医学部を再受験しよう''


それは6月末のことだった。


このことを心に誓うと、あれだけ行きたくなくなっていた大学にも行ってみてもいいかなと思えてくるから不思議だ。

なんというのだろうか。

余命宣告された人間が普段いがみ合っている人に対しても優しくなったりする現象に似ている気がする。

ぎこちなくも友達っぽいことをしていた大学の知人に対しても寛大になれた。

あと1ヶ月もすればこいつらとは一生会うこともなくなるのだろうなと思えたからだ。


あれほど中退する中退すると周りに吹聴していた山田が大学に居場所を作って結局残ることになったのに対し、誰にも自分が2浪しているということを打ち明けずに秘密にしていた俺が中退することになるとは、なんとも皮肉なもんよ。

本当にヤベェ奴は急に物事を実行するという格言は真実味を帯びた。



さて、問題はこのことをどうやって親に認めさせるかなのだが。

口下手な自分は、親から最近大学に行ってないけどどうなんだと聞かれるのを待つことにした。

そして7月中旬、その瞬間がやってきた。

「和馬、大学から手紙が届いたよ。最近ほとんど登校してないようだな。どういうつもりかきちんと説明してくれるか」

「はい、実は中退を考えてまして…」

「中退!?何馬鹿なこと言ってん!せっかく入ったのに!ええやんこの大学で」

母親がヒスを起こした。

「いえ、どうしても医者になりたくて、あと一年宅浪させて貰えませんか?」

「駄目だ。とりあえずは卒業しろ」

「しかしそんなことをすれば4年という時間とその間の学費を無駄にすることになります。どうせ医者になるのにこんな大学にお金を払うのは、それこそ勿体無いのではないですか。」

「そりゃ受かればの話やろ。2浪してセンター43%なのにどうやって受かるねん」

「48%です。」

「そんなことはどうでもいい!」

「僕も若い時間を無駄にしたくないんですよ。一年でも早く受かってあるべき道を歩きたいんです」

すると父が、

「…うーん、卒業して自分で働いてからの方が結局は近道になると思うけどなぁ」と。

卒業して、就職した方が医者になるのに近道になる!?

一体どういう論理を辿ればそうなるんだ?

この理屈で言えば、俺は純粋浪人をしても、少なくも5年は受からないことになる。

その頃には8浪相当だろう。

あり得ない。それはさすがに有り得ない。


「なら家を出ていきます。自分でバイトでもして金を貯めて医学部を目指し続けます。」

「やめろ。」


結局、こんなやりとりは2週間ほど続いた。


途中、親から頼まれたのか学部長が中退を考えている俺を説得してくることもあったが、最後はその学部長も頑張れと背中を押してくれるようになった。


そして遂に、俺の想いは両親に届いたのか、中退許してもらった。

許してもらったいうよりは、なし崩し的に中退は仕方ないという空気になったのである。

飼い主がどんなに犬を外で散歩させよとしても、肝心の犬がびくとも動こうとしなければ散歩が成立しないのと同じで、親がどんなに大学に通うように言っても、俺が断固拒否すれば否応なしに留年し、退学せざるを得なくなるという話だ。


我ながら幼稚な反抗だと思う。

しかし説得できるだけの根拠も弁達も持ち合わせていなかったのでこうする他なかった。


今はこんな駄目な息子でも、2年以内に医学部に受かって華の凱旋を飾ってやるのさ。

両親からも認められて俺は孝行息子となるのだ。



そして2017年9月

大学側に俺の退学届は受理された。



ここら辺からいよいよ考え方がおかしくなっていったと思う。


3浪編に該当する、この章は長いので前半と後半に分けました。

前半はFラン大学編、後半は中退再受験編です

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