帝国重工編(9浪目)
2023年6月-2023年9月
もうどれくらい電車に揺られただろうか。
「随分遠いところまで来ちまったな…」
帝国重工本社のある街に降りた。
帝国重工とは古くは明治時代にまで遡り、かつての大日本帝国の近代化を支えた由緒正しき歴史ある会社だ。
俺はそこに採用されたってワケ。
今や日本を代表する超大企業になぜ8浪の俺が入社できたかはここでは割愛するが、とにかくこれでどこに行っても恥ずかしくない一人前の社会人となったわけでして。はい。
駅を出るとそこには同じ新入社員である20代前半くらいの男たちがわんさか集まっていた。
そして十数名ごとにマイクロバスに乗り込み新人研修が行われる寮へと向かった。
寮の名前はエスポワール。
仏語で“希望“という意味らしい。
寮にしては洒落た名前だ。
寮に着くと各々に個室の鍵が渡された。
今日は一日旅の疲れを癒せとのこと。
部屋に入ると異臭がした。
換気をしたが中々とれない。
前回そこに住んでいたの住人の煙草の臭いが染み付いていた。
仕方がないので自分の煙草の匂いで上書きをした。
翌日は健康診断があるらしいから今日は早く寝よう。
翌日、健康診断を受けた。
総勢100名にも及ぶ新入社員たちが一度に健康診断を受けるのでそれなりの時間が掛かった。
結果は明日わかるようだ。
その日は帰ってすぐに寝た。
翌日
健康診断の結果発表を行うため新入社員全員が講堂に集まった。
そこに新入社員の教育の偉い人がやってきて歓迎の言葉を賜る。
「えー、みなさん、御入社おめでとうございます。当社は明治時代より続く日本を代表する大企業でありまして、第二次世界大戦後のGHQによる財閥解体で一時はその勢力を失ったものの、依然として現代日本の根幹を支える大企業でありまして。そこの一員としての自覚を皆さんに持っていただきたく…」
さすが教育長の話は長いな。
「…ということになります。」
おっ、終わったか?
「それでは今から昨日受けた健康診断の結果を発表します。ただし、結果に不可があった場合は入社は取り消しとさせていただきます。そうなったら速やかに部屋から出ていただき荷物を持って故郷へお帰りください。」
は?
講堂に動揺が生じる。
すると部屋の部屋の隅にいた黒服たちがメモを見ながら不可があったであろう人たちを連行していく。
「はぁ?ちょっと待てよ、俺の何が悪かったんだ!おい!!おい!!!」
一人、また一人と部屋の奥へと消えていく。
ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァァァァ!!!
断末魔が聞こえる。
その様子を見ていた新入社員たちは教育長に訴えかける。
「おい、なんなんだよこれは!せっかく俺らはここまで来たんだぞ!?それを追い返すって意味わかんねぇよ!!どうなってんだ!!!」
「そうだそうだ!!」
「説明を求める!!!!」
ざわざわざわ
「ファ○キュー!ぶち殺すぞゴミめら!
質問すれば返ってくるのが当たり前か?あぁん?お前たちは皆まるで幼児のようにこの世を自分中心に、求めれば周りが右往左往して世話を焼いてくれる。臆面もなくまだそんな風に考えてやがる…甘えるな!世間はお前らのお母さんではない!お前たちはシャバで甘えに甘え負けに負けてここにいる折り紙つきのクズだ!クズには元来権利など何もない。寮の中でも、外でもだ!それはお前達が負け続けて来たからだ。他に理由は一切ない!お前らが今為すべきことはただ勝つこと、勝つことだ!勝ったらいいなじゃない勝たなきゃダメなんだ!!勝ちもせずに生きようとする事がそもそも論外だ。これはクズを集めた最終戦。ここでまた負けるような奴、そんな奴の運命なんて俺はもう知らん、ほんっとうに知らんそんなやつなんてもうどうでもいい。勝つ事が全てだ!勝たなきゃゴミだ!!」
ざわ・・・ざわ・・・
「暴言だ……」
場は完全に静まり返った。
結局、初め100人程いた新入社員は80名ほどとなってしまった。
「えー、改めて入社おめでとう。君たちは見事健康診断を通過した希望のホープだ。我が社に恥じぬよう精進してくれたまへ」
なんなんだここわ…
この日から研修が行われた。
帝国重工の歴史やら、情報漏洩への罰則やら、組織内規律やらそんなことが延々と続いた。
実際の教育を施す人は教育長とはまた別の人であった。
「訓練教官の安心院である。話し掛けられた時以外口を開くな!口でクソたれる前と後に“サー”と言え!分かったか!?ウジ虫ども!!!」
「落ち着いてッサー(≧Д≦)」
研修期間は地獄だった。
帝国重工の朝は早い。
朝は4時に起床する。
大声での点呼確認、早朝の集団ランニング、社歌斉唱、寮内の清掃活動。それらが終わってからようやく朝食にありつける。
「貴様ら雌豚が おれの訓練に生き残れたら
各人が戦力となる 労働に祈りをささげる死の司祭だ。その日まではウジ虫だ!地球上で最下等の生命体だ 。貴様らは人間ではない。両生動物のクソをかき集めた値打ちしかない!」
「ひぇぇぇ……。」
そんな生活が1週間続いた。
ザッザッザッザッザッ!!
「よぉし、止まれ!!」
ザッザッ!
「本日をもって貴様らは“ウジ虫“を卒業する。本日から貴様らは帝国重工の一員である。兄弟のきずなに結ばれる。貴様らのくたばるその日まで。どこにいようと帝国重工は貴様らの兄弟だ。多くは工場へ配属される。ある者は二度と戻らない。だが肝に銘じておけ。貴様らは死ぬ。死ぬために我々は存在する。だが帝国重工は永遠である。つまり、貴様らも永遠である!」
安心院訓練教官の激励の言葉を賜り、俺たちの地獄の研修は終わった。
研修を受けた新入社員は、この日を境にそれぞれの部署に配属されて実際に働くことになる。
俺が配属された工場は本社から遠く離れた山奥にある工場だった。
どうして……。
床に膝から崩れ落ちた。
これじゃ左遷そのものじゃないか。
俺は会社のホープじゃなかったのか。
「おい!教育長!どうなってるんだ!!こんなの認められない!街中の工場に変えろ!!」
「貴様…誰に向かって言っている(キッッッ)」
歴戦の猛者である教育長はおどろおどろしい視線を向けて威圧する。
ふにゅん(´・ω・`)
「しゅびばせん…なんでもないでしゅ…」
失意のもと、他の十数名の同志たちとマイクロバスに乗り込み工場のある新たな寮へと向かった。
新しい寮は以前いた寮に比べて掃除がよく行き届いていてそれほど悪いものではなかった。
なんだかここなら楽しく暮らせそう!?
用意された個室は掃除が行き届いており、ほのかに畳のいい匂いがする和室だった。
なんだよ、思ったよりいいところじゃないか。
山奥にあると聞いて初めは警戒したがいざ来てみるといいところである。
俺はすぐに機嫌が治った。
翌日
寮から歩いて工場へと向かう。
工場の名前は『ブラック工場』……。
なんとまぁ禍々しい名前だこと。
気のせいか遠くからカラスの鳴き声が聞こえる。
工場で実務の研修を受ける。
「君、ボルトを締めたことは?」
「いや、ないです」
「こういうところに来るのは初めてかな?」
「そうですね」
「はぁ…(呆れ)」
気のせいか指導教官から失礼な対応をされた気がする。
「君はこういう仕事をやった経験は?」
「ありますねぇ」
「お!そりゃ楽しみだなぁ!!」
なんやねんコイツ、人によって態度変えやがって56すぞ。
退屈な研修が終わると、いよいよ各部署に配属される。
俺はここブラック工場のF部2班に配属された。
なんだか緊張してきた…
俺…ここで上手くやっていけるかな…
班の待合室に着くと、そこの班長なる人と目が合う。
「やあ、君が新人の中村くんだね?僕はここの班長を務める大月だ。よろしくね」
「よ、よろしくお願いしましゅ」(噛んだ)
「えーと、中村くんは以前は蕎麦屋でバイトをしていて…そこからは……えっと何をしてたんだっけ?」
「ニートです」
「あっ……そうなんだ」
気まずい空気が流れる。
「えと、中村くんはこういう仕事は初めてだよね?」
「はい」
「じゃあ今日は一日仕事場見学といこうか」
そういって俺は班長の後ろをついていき工場内を歩き回った。
そこには見たことも機械がたくさん置いてあった。
その殆どは何をするための機械なのか分からないものばかりだ。
工場独特のなんとも言えない臭いは中々慣れないものだった。
その日は見学だけで終わり、そのまま寮に帰り、風呂に入り飯を食ってすぐに寝た。
翌日から俺は実務に駆り出された。
「えー、今日からね、中村くんが我々の仲間になります。慣れないこととかね色々あると思うのでね、我々でフォローしましょう」
「よ、よろしくお願いしましゅ」(噛んだ)
俺が配属された業務は、鉄の塊がベルトコンベアで流れてくるので、それを取り出して、パレットに積み上げて、それをまたベルトコンベアに戻していくというものだった。
?????
これなんの意味があるんだ?
指導教官に質問してみた。
「んー?それは大事な仕事だからねー。え?意味?はっはっはっ、君は真面目だねー」
なんかこれ以上聞いてはいけない気がした。
黙って仕事をすることにした。
鉄の塊を積んでは崩して積んでは崩して……
賽の河原の石積みかな?
一重積んでは父の為二重積んでは母の為三重積んでは西を向き
あああ…また崩れた。
翌日も同じことを繰り返す。
その翌日も翌々日と同じことを繰り返す。
この仕事になんの意味があるんだ…
俺は日本の未来を変えるためにこの仕事を選んだというのに…これじゃまるで追い出し部屋じゃないか。
再度、指導教官に質問する。
「教官、そろそろマトモな仕事がしたいです」
一瞬教官の眉間に皺が寄った気がしたが気のせいだろうか。
「んー、まぁもうそろそろ後期研修が終わるからねぇ。」
後期研修とは実務をしてから1週間ある研修のことだ。
これが終わると指導教官は側を離れて独り立ちすることとなる。
指導教官は穏やかにそう言ってその場を去った。
ふむ……
まぁ教官の対応はよく分からんが穏やかそうな人でよかった。
それから土日を挟み、ようやく独り立ちとなった。
ふぃー、ようやく教官の監視も終わって俺も一人前ってこった。
当初はうんざりしていた鉄の塊を移し替える作業もむしろこんなもので金が貰えるんならそれってハッピーってことじゃんね!!できるサラリーマンはここが違うってな!!!!ギャハハ!!
はぁ仕事楽しいなぁ♪
作業中、手の空いた時間にタップダンスをしていると指導教官がやってきた。
「中村くん、何してるの」
「あ、教官!ちゃんと仕事してますよ〜」
俺は例の積み重ねられた鉄の塊を得意げに指し示した。
この瞬間、教官の眉間に明確に皺が刻まれた。
「ッチ……はぁ………」
!!!???
「お客様の時間は…終わりだ。」
「は?」
教官は胸ぐらを掴み低い声で話始めた。
「誰が踊っていいって言った」
「え、や、、、」
「お前さっきここで踊ってたよな?」
「え、ま、、、」
「何勝手なことしとん?」
「あ、や、、、、」
「仕事舐めてんのか?」
「は、や、、、」
「…ッチ。暇なら掃除でもしとけ」
「(´;ω;`)」
ななななななななんなんだよおおおおおおおおおおおおお
こえええええええええええええええええ
なんなんだマジで。人ってあんな豹変するもんなんか。え、ちょっ、ま、怖すぎ、え、なにあれ???え、え、え、、、
俺はどうやらとんでもないところに来てしまったようだ。
言われた通りに工場内を掃除すること暫く、すると小太りのおじさんさんがやって来て「おい!新人!そこ危ねぇから近寄るな」と言ってきた。
またこれかよ。
別の人とはいえ、こう矛盾する支持をされるのは一番イラつく。
「そいつぁ人の血を吸ってるぜ」
「え………。」
「昔、ここで操作していた奴がいたんだが、安全装置を付けるのを忘れてそのままこのミキサーに掛けられて原型を留めない姿になってな」
「はわわわわ………」
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次の日から優しかった教官は冷たく当たるようになった。
俺の心は段々と暗くなっていた。
1ヶ月ほどその生活が続いたある日、俺は仕事終わりに会社の食堂で独り晩酌に耽っていた。
焼き鳥とスーパードライといきたいところだが生憎給料日前で金欠なので、仕方なく柿ピーとコーラで我慢した。
そこに大月班長が現れた。
「フフ......へただなあ、中村くん。へたっぴさ........!欲望の解放のさせ方がへた....。中村くんが本当に欲しいのは...焼き鳥…こっち......これを下のレンジでチンして....ホッカホッカにしてさ......冷えたビールで飲んでやりたい......!だろ....?フフ....。だけど......それはあまりに値が張るから....こっちの........しょぼい柿ピーでごまかそうって言うんだ.....。中村くん、ダメなんだよ......!そういうのが実にダメ....!せっかく冷えたビールでスカッとしようって時に....その妥協は傷ましすぎる........!そんなんでコーラを飲んでもうまくないぞ......!嘘じゃない。かえってストレスがたまる....!食えなかった焼き鳥がチラついてさ..........全然スッキリしない....!心の毒は残ったままだ、自分へのご褒美の出し方としちゃ最低さ....!中村くん.....贅沢ってやつはさ........小出しはダメなんだ........!やる時はきっちりやった方がいい....!それでこそ次の節制の励みになるってもんさ....!違うかい......?」
なんだこの妖怪は……疲れのあまりに俺は幻覚でも見てるのか??
しかし、どうも本物の班長らしい。
「班長…実は折り入って頼みがありまして…」
俺は教官からのパワハラを直訴し、別の部署へと飛ばしてもらうことにした。
次の週には異動させてもらえた。
やはり自ら行動しないと駄目だな…。
新しい業務は謎の鉄の塊をハンマーで打ち付けていく作業だった。
新しい教官は前の教官と異なり豹変しそうにない優しい人だった。
そしてこの予感は当たった。
始終朗らかに接してくれたその教官には今でも感謝しきれない。
謎の鉄の塊を前のクソ教官に見立ててハンマーで打ち付けていくと自然と心の傷も癒えていった。
「ところでこれって何を作ってるんですか?」
「あん?そんなの俺に聞かれても分からんよ笑」
「え」
「ここにいる奴らは自分が何を作ってるのか、何のために仕事をしてるのかも分からず働いているのさ」
「はわわわわ………」
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仕事がOFFの日は近くの山を登って下界を見下ろすのが俺の趣味となった。
やはり野山はいいなぁ。
空気が美味しい。
ひぐらしの鳴き声が工場の機械の稼働音で破壊された鼓膜を修復してくれる。
初めは街中の工場がいいと思っていたが、別に休みの日にラウンドワンとかカラオケとか行くわけでないのだから街中に拘る必要が全くないんだよなぁwww
帰り道に趣深い神社があったのでお参りをした。
10円を賽銭箱に入れて二礼二拍手一礼。
「どうか心のわだかまりが消えますように」
するとどこからともなく風鈴の音が聞こえた気がした。
その音が耳というより心にそのまま響いたような気がしたので、これはきっと神様が承諾してくれたという合図なのだろうと思った。
寮に帰り、いつものようにLINEのオープンチャット『浪人(大学受験)』を眺めながら飯を食べていると事件は起こった。
オープンチャットの人数の表示がどんどんと下がっていくではないか。
550人だったのが500人、450人、350人と消えていく。
副管理人の誰かが自暴自棄になり荒らし回ってるんだ。
おいおいおいおいおい
やめろやめろやめろやめろやめろ
俺の2年間の努力の結果がぁぁぁぁあ
なにしやがるこの野郎
しかし管理人権限があるアカウントは既に故障したiPadと共に消滅したので副管理人を退会させることもできない。
こうしてどうすることもできないまま、2年に及ぶ集客の結晶である日本一の浪人コミュニティグループはこの地球上から消えてしまった。
「…那浪帯、お前なんだろう?」
こんなことをするのは一人しかいない。
あの気狂いの那浪帯だ。
変わった面白い奴だからとあいつを副管理人にした俺が馬鹿だった。
なんでこんなことに…
「おい、那浪帯。なんとか言えよ」
「俺は完全に道を見誤っていたようだな。俺は支配者ではなく、ゲージの中のハムスターだったんだ」
「はああああ??」
「好きにしてくれ。今の俺には、アイデンティティがない」
…なんなんだよ、こいつは………。
もう怒る気が失せた。
あーあーあーーーーーー
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ
あほくさ。
もうどうでもええわこんなカスグループ。4ね。
俺は自室に戻り布団に包まった。
全てを忘れるために。
ふと今日あった出来事を思い出した。
「これがあの神社の神様の答えか」
そういえばあのオプチャでは度々カスみたいな奴が入ってきては無責任に人を傷つける言葉を残しては退会していくカスがよく入ってきて悩みの種だったな。
…ああ、そうか。
たしかにあのグループが消えれば俺の悩みはある意味消えるんだな。
…はは、なんて望み叶え方だ。
どうかしてるぜ……。
8月になった。
会社でもお盆休暇となったので、6年ぶりにお婆ちゃんの家に行った。
3浪以来、なんとなく気まずくて行ってなかったのだが、働き出したということもありキリが良かったので、こうして家の門を潜らせてもらうことになったのだ。
懐かしい。
昔はよくここの柱で懸垂をしたっけな。
ああ、ここは子供の時と変わらないな。
久しぶりのお婆ちゃんの家は良いものだった。
休暇が終わるとまた労働という日常が始まる。
流れてくる謎の鉄の塊をハンマーで打ち付けて次の工程へ流す。
その意味は誰も知らない。
何のために叩き、何を流しているのか、誰もその答えは知らない。
人はその意味を自分なりに見つけなければならない。
9月になった。
「中村くんも大分作業に慣れてきたね」
「はい!お陰様で!!」
この意味のない作業にも俺はこの2ヶ月で自分なりの答えを見つけた。
鉄とは魂であり、ハンマーとは呼吸なのだ。
魂に息を吹き込むことでそれはプシュケー(Psyche)となり、より高次の次元へと昇華されるのである。
それと一体となることで空の次元へと誘われるのである。
俺は作業中、何度も昇天しかけた。
苦痛の中に得も言われぬ幸福感があり、笑みが溢れるのだ。
しかしそんな職場とも、あと2週間でお別れしなければならない。
中村和馬には夢がある。
それは医者になって世界中の恵まれない人たちに最高の医療を提供して皆んなでハッピーになることだ。
そのためにも俺はこんなところにいるわけにはいかない。
俺は班長に退職する旨を伝えた。
「なに!?仕事を辞める!!?どうして…せっかく仕事にも慣れてきた頃じゃないか!君は我が社の期待のホープなんだよ?勿体ないじゃないか!!」
「いえ、、私にはどうしても果たさなければいけない使命があるのです」
「そんな……分かった。この辞表は受け入れよう」
「…そうしてください」
俺が辞める話は瞬く間に社内に知れ渡った。
「中村くん辞めるのかい!?どうして…」
「果たさなければならない使命がありまして」
「中村ァ!オメェやめるらしいなァ
!!?」
「一身上の都合で」
「中村先輩…僕を置いていかないでください…」
「…わりぃな。まぁ達者でやれや……。」
各々に挨拶回りをしてそれから2週間滞りなく残りの業務を遂行していった。
退職する日は雨が降った。
それも凄まじい雨だった。
しかし仕事が終わる頃には雨も止み、日が照っていた。
この会社ともお別れか…
ふぇっ……色々あったな…。
ちょっぴり目が潤んだ。
これは何もおセンチになったからではない。
工場の排気ガスが目に染みただけだ。
さて…これからどうしようかな…… 。
ふと顔を上げるとそこには大きな虹がかかっていた。
まるで俺の退職という門出を祝うように。
あばよ…ブラック工場。
俺は右手でチョキを作り天高く腕を挙げた。
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会社を退職した後、寮に居られる期間はそう長くない。
速やかに荷物を整理して俺は寮を出た。
寮の入り口まで来ると、俺はふと自分が泣いていることに気がついた。
「あれ…なんでだろう…出ていくときは泣かないって決めてたのに……」
ギリッッ!!
「……長い間‼︎! くそお世話になりました‼︎!」
俺は寮舎に向かって深く土下座した。
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たかだか3ヶ月、されど3ヶ月。
長かったような、短かったような。
俺はこの3ヶ月で人間的にも大きく成長を遂げた。
俺がこの3ヶ月で学んだことは、人間は策を弄すれば弄するほど予期せぬ事態で策がくずれさるってことだ。人間を超えるものにならねばな。
ひぐらしの鳴き声はもうどこにも聞こえない。
この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。