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馬鹿な浪人の末路  作者: 蟻の船酔い
現代編
17/20

幕間劇(9浪目)

2023年3月-2023年6月


3月下旬

国立大後期の結果発表。

自信はあまりなかった。

本来8割ほど埋める必要があった解答用紙が7.5割ほどしか埋められず、部分点しか得られないことになっていたからだ。


1人で見るのは怖いのでツイキャスを開き、高梨電気とスーキンに立ち会ってもらうことにした。


「あああ、こえええなあああ」

「いいから早く見ろよ」


出来れば見たくない。

深層心理では落ちていることを確信しているからだ。

手応えがなかったのだ。

合格者番号欄を恐る恐るスライドしていく。


……ない。


はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………。


終わったー

俺の人生終わったわー


もう何もかもがどうでもいいー


はははははははははははは



午後から放心状態のまま、予約していた精神科に向かう。

そこの先生は今月を最後にその病院を辞めるらしかった。

試験の結果を言った。

すると「そりゃそうよ。受験はそんな甘ない。ほんでどうするん?」と。

「はぁ、どうしましょうか…」

「今26歳だろ。俺は公務員受けた方がええと思うけどなぁ、人生のタイムリミットはもう直前まで迫ってるで。え?もしかしてまだ大学受験なんか考えてる?もうおしまいや。時間切れ」

「はぁ……(半泣き)」

「ほんで真面目な話どうすんのよ」

「はぁ、父のツテでとある会社の面接を受けようかと」

「ほう、そんなツテがあったんか。まぁええやん。そこ受けてみなさい」

「はぁ…」


受験結果が出るまでの間、もしもの時に備えて、父が父のツテでとある建設会社の社長さんに掛け合って面接を受けさせてもらえないかと頼んでくれていたのだ。


俺は正直なところ自分が何をしたいのかよく分からなくなっていた。


9年間必死に追いかけてきた医学部という夢も、それが叶わなくなり途中から追い求めた教師という夢も、全てが否定され、自分の核がなくなっていた。


何が正しくて何が楽しいのか、よく分からないまま生きていた。



ある日の夕方、就労さんからdiscordで大事な話があるから話そうと連絡が来る。

就労さんから誘ってくるのは珍しかったので、なんだろうと不思議に思った。


「やぁ、もしもし。ああ大学?うん、落ちたよ。ははは」

「お疲れ様です。実は浪疾苦さんに話したいことがありまして」

「はぁ、どしたの」

「実はかくかくしかじかで…」


話の内容はざっとこうだった。

競馬の帰り道に寄ったスーパーで昔の知人に出会して気まずい空気になった。

その知人とは昔いざこざがあって避けていたという。

しかしいざ数年ぶりに話してみると、その知人に対して誤解していたことに気づいた。

そこで人間関係の温かみを悟り、冷めて腐り切った人間のクズしかいない浪人界隈から決別しようというのである。


俺はそれを聞いてなんだか寂しく思った。

仲間だと思っていた修浪さんがいつの間にか就労さんになり、遂には人間関係の温かみに触れて真人間に戻ろうとしたのだ。


ああ、また一人俺の元から人が去っていく。

でもそれを引き留める権利は俺にはない。

どうか幸せになってくれ…(半泣き)




3月31日

宿守さんと大阪梅田で会う。

一度はタヒんだと思った人がちゃんと脚をつけて目の前に現れてくれるというのは、実に嬉しいことだった。

サイゼリアで食べながら今年の結果を話したり、ホストを辞めてからの暗黒の数週間の話を聞いたり。煙草を吸ったり。

それからゲーセンで頭文字Dをしたり。煙草を吸ったり。

くら寿司をハシゴしたり。煙草を吸ったり。

酒缶を一気したり。煙草を吸ったり。

楽しかった。

これから宿守さんは次の街へ向かうという。

そこで引き続き雀士としてやっていくそうだ。


宿守さんと別れたとき、時間は0時を回ろうとしていた。

もうすぐで4月になる。

それは新たな年の始まりであった。




4月

俺は父親のコネでとある建設会社の就職面接を受けにいった。

正社員としての面接は生まれて初めてであった。

どうせ医学部を受けるのであれば正社員のような束縛の多いものじゃなくてバイトでいいだろうという気持ちでこの8年生きてきたからだ。

それがこのザマなのだが、そんなことはもう過ぎてしまった仕方のないことなのだ。


俺は慣れないスーツを着て新幹線に乗った。

平日にスーツを着て歩く外の世界は新鮮なものだった。

駅員に道を聞くにしても、気持ち私服の時よりもちゃんと対応してもらえる気がした。

やはり人は外見で人を見ているのだ。


何度か電車を乗り継ぎ、会社のある付近の駅に降りた。

面接までまだ時間があるので付近を散策した。

桜が満開の公園には家族連れの花見客が一組いた。


コンビニの手洗い場で身だしなみを整える。

いざ面接会場へ。


インターホンを鳴らす。

「ど、ど、どうも、面接の予約をさせていただきましたな、中村です」

「どうぞお入りください」


ドキドキドキドキ

身体が震える。


応接室に案内されて、若い女性にお茶を出された。

「あ、おかまいなく」

若い女性は真顔で部屋を出ていく。


数分待った後、別のスタッフがやってくる。

初めに性格診断テストを受けさせるようだった。

よくある質問に対して1〜5の段階で評価するやつだ。

理想的な人格を書くこともできたが、この後に及んで嘘は良くない。

俺は正直に書いた。


ただ、この時点で俺は正直な自分というのが分からなくなっていた。

何が本当の自分で何がペルソナの自分なのか。


とりあえず思ったように打ち込んでいった。


また暫くすると、社長と人事の人がやってきた。


「ほ、本日はお時間を作っていただき、あ、あ、あ、ありがとうございましゅ!」


噛んだ


「まぁそんな固くならずに、ね。今日は忌憚なくお話ししましょう」

「は、はぁ」


面接では主に志望動機とこれまでの経歴に話した。

7割ほど本当のことを言い、1割は嘘をつき、2割は曖昧な返事をした。


経歴を説明するのはどうしても苦手だ。

人8倍大学受験に力を入れてきたのに、結果高卒なのだから、人間性にも能力的にも欠陥があると見られてしまうだろうという恐怖は依然として抜けなかった。

志望動機も父親から薦められたからという、26歳とは思えない消極的な理由だった。


それでもあまり悲観的にならないように多少脚色しながら話しようと努めた。


「なるほどねぇ、君のお父さんとは懇意にさせてもらってるけどね、だからといって君を採らなければいけないというのはフェアじゃない。こちらも一度採用してしまえばそう簡単に退職させることもできないからね」

「は、はぁ…」

「まぁ結果は職員会議にかけた後、1週間以内にメールにてお知らせします。」

「は、はぁ……。本日は貴重なお時間を頂きましてありがとうございました。」


会社を出た後、会社の窓から見えるところまでは背筋を伸ばして歩いて、十字路を曲がるといつものだらしない歩き方になった。


ポケットから煙草を取り出し吸った。

付近を流れる小川を見ながら、物思いに耽った。


長閑かな場所だ。

綺麗に整備された団地の公共スペースには桜が見事に咲いていた。


帰り道、駅にあるラーメン屋でビールとラーメンを食べる。

スーツで。

ニート、サラリーマン気分を堪能する。

カァァァァ!!!サラリーマンはキツいぜ!!!




5月上旬

森林浴に出かける。

久しぶりの山は気持ちがよかった。

木々を見ながら堅苦しいことを忘れて意識をボヤけさせていく。

はぁぁぁ気持ちいい。



数日後、例の建設会社から採用の可否の結果がメールで送られてきた。


「この度は、多数の企業の中から弊社にご応募いただき、誠にありがとうございました。

また、先日はお忙しいなか、弊社の面接にご足労いただき、重ねてお礼申し上げます。

選考の内容を踏まえ、社内で慎重に検討しましたところ、誠に残念ではございますが、今回はご期待に添いかねる結果となりました。大変申し訳ございませんが、ご了承くださいますようお願い申し上げます。」



ふぅ…。

遂に親父のコネからも見放されたか。

コネなら普通は受かるだろ……。

まぁ俺が逆の立場ならこんな怪しい奴採用しないか…ハハハ。




5月中旬

家族会議が行われた。

度重なる不合格と不採用でお通夜を通り越して諦めの境地へと達していた。

父親からはもうお前の好きなようにしろと言われ、母親もどうせ人から言われて何かをやっても続かないだろうと。


そうかと言ってまた大学受験をまたやらしてくれと言える空気でもない。

好きなことをしろとは言われても、無条件で宅浪をさせてもらえるほど甘くは無かった。


父親から出された条件は、まずは自分で稼いでこい。とのことだった。


確かにこれまでの人生バイトをチョロっとやっただけだったな。

一番稼いだ5浪の時のコンビニバイトでも正確には数えてないが90万ほどだった気がする。


何をするとしてもちゃんとしたところで就業経験を積むのが道義なのだろう。


かといってこの経歴で雇ってくれるところは限られてくる。

いくらか考えた末、工場労働かリゾートバイトかの二択にまで絞れた。

第一志望の星空工業株式会社の面接は結果不採用だった。

わざわざスーツを着てまで面接会場まで実際に受けにいって、採用されると思って挑んだものがこれだから意気消沈する。


リゾバで沖縄から北海道でのんびりやろうとも思ったが、労働者の代表である工場労働は何としても経験しなくてはと思い、ダメ元でとある工場の面接を受けることにした。


《帝国重工株式会社》


それが俺が二度目に受けた会社の名前だった。


面接は全てオンラインで行われた。

俺はできる限りの善人の皮を被り何としても採用されようと善人を演じ続けた。

スタンスは真面目な少し不器用な好青年。


その甲斐あって、見事面接に合格した。

俺は嬉しさのあまり思わず飛び跳ねた。

家族でお祝いにお寿司を食べた。


歴史ある超巨大企業である帝国重工に見事採用された俺の心は、カラカラに乾涸びた状態から僅かに潤いを取り戻した。


工場の寮への移動は6月中旬になっていた。


俺はそれまで地元を堪能した。


残り少ないニートである期間を念入りに、絞り尽くすように貪った。

昼まで寝て早朝に寝る。

夕方は近所ラーメン屋で麺を啜る。

夜はAmazon Prime Videoでお気に入りのアニメを鑑賞する。

そんな日々を引っ越し直前まで送っていた。



6月

北野くんから小学校時代の友達を何人か誘って呑みに行こうと誘われた。

北野くんには俺が“わざわざ“予備校まで通い医学部や教育学部を目指していることを伝えていた。

それがこのザマである。

俺は北野くんを無意識で避けていた。

この情けないザマをかつての旧友に見せたく無かった。

しかし、だからと言って誘いを断るのも何か逃げているようで嫌だったので、その誘いを承諾した。


駅前の居酒屋で夕方に待ち合わせ。

そこにやってきたのは館川と夕凪だった。


館川は以前北野と同伴で会ったことがあったが、夕凪は本当に小学校の時に引っ越したきりで会っていなかった。

つまり15年ぶりに再開したことになる。


流石に再開した時はテンションが上がった。

が、お互いその気持ちを抑えて、様子見をしていた。

15年ぶりの再開とは、土に埋めていたタイムカプセルを15年ぶりに掘り起こすことに等しい儀式だった。

夕凪は昔教室であっていた時の面影を残したまま大きくなっていた。

俺はその昔の面影を残してくれていることに安堵した。


旧友との飲み会は本当に楽しかった。

中学以来、分断された時を歩んできた身からすると、かつて時間が繋がっていた小学時代の人間関係に戻れるのは、そのまま生きてる実感を呼び覚ました。


地に足のついた人間関係を築いていた小学時代。

それがいつしか周りと折り合いがつかなくなり妥協に妥協を重ねて生きていた半生。

あまりにその期間が長すぎて本来の自分が分からなくなっていた。

だけど、旧友とこうして呑んでいると忘れていたはずの大切な感覚が戻ってきたような気がした。


「中村くんって今何やってるの?」

「ん、ニートだが」

「…おお、そっか、、ニートか」

「ああ。ニートだ」

不思議と劣等感が湧いてこない。

小学時代の感覚をベースにした人間関係のためか劣等感という感情が入り込む余地がないのかもしれない。


「まぁ生きてたらいろいろあるよな、俺は最近思うんよ。60まで生きててその時に笑っていられたら勝ちだと。逆に途中で432しちゃうと、、あかんよな。」

夕凪の言葉には不思議と重みがあった。

続けて夕凪が言う。

「俺も高校を卒業してからずっとこの会社にいるが何度も死にたくなった。でもその度に先輩に助けられたり、まぁ色々嫌なこともあったけど今何とかこうやって生きてるよ」


夕凪は小学校の頃から人間味があった。

地に足のついた人間らしい奴だった。


酒に酔いながら夕凪のそんな言葉を聞いてると頭がポワポワとしてくる。

気持ちいいな。


「実は俺も今度工場に勤務することになったんだ」

「え?マジか!?」

「どこや??」

「帝国重工」

「帝国重工!?そりゃまたデカいとこに行きよったなぁ。頑張れよ!」

「ああ、ありがとう。続くか分からんが」


酒をたらふく呑んだ後に、更に別の居酒屋にハシゴをし俺は殆ど酔い潰れていた。

その後にカラオケに行き、漢4人で熱唱。


日が変わろうとするその時まで歌い続けた。



「今日は楽しかったなー」

「また会いてぇなー」

「また誘うわ!」

「ありがとおおおお!!!!」



その日は寝付きが良かった。

翌朝も二日酔いはあれど心にいつもあるわだかまりがなく、落ち着いた1日を過ごした。



そうして、6月中旬。

俺は翌日の引っ越しのための準備をしていた。


徹夜で。


元来ADHDの俺は期限までに準備するというのがとても苦手なのだった。

翌朝の10時には遅くとも出発しなければいけないのに、まだ部屋の片付けも支度も全然できていない。

結局深夜だと集中できないので、一睡してから、翌朝に準備を進めていった。


電車の時間にはなんとかギリギリ間に合った。

「ギリギリセーフはいつか必ず余裕でアウトになるんだよ。」

昔誰かがそんなことを言っていたっけ。

詳しい話は忘れたけど。


そんなことを思いながら故郷を後にした。


新天地ではどんな暮らしが待っているのだろう。

そんな期待を胸に。

追憶編が終わり

現代編になりました。

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