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馬鹿な浪人の末路  作者: 蟻の船酔い
追憶編
14/20

7浪時代(前編)

2021年4月-2021年5月

4月

一人暮らしを始めて3ヶ月半が経過した。

当初は自分で稼いだ金を基に、自分の力で医学部に合格して自己実現をするのだと息巻いていたが、この時の俺にそのような気力は残されていなかった。


気分は塞ぎ込み、事あるごとに幸せだった幼少期のことを思い出しては現在と比較してため息を。

またある時は不幸だった中学時代を思い出し、当時の顧問に対する憎しみを燃やす精神的に不健康な生活を送っていた。


そしてこの精神活動は自分の意志とはほぼ無関係に自動で行われていた。


そんな気分の乱高下は着実に俺の精神を蝕んでいった。



5月には実家に帰ることを3月に親と相談し、残りの期間は特にすることもなくスマホを弄ったり、バイクで家の周辺を散策する日々が続いた。



ある日、スマホからiPadへとアカウントの移行を試みて、LINEの整理をしていると誤ってアカウントが消えてしまった。


それにより高校時代の仲間との一切の繋がりが断たれてしまった。


ああ、やってしまった。

これでアイツらと逢うことは恐らく一生ないのだろう。

消してしまった瞬間は後悔の念に包まれたが、暫くすると、現状の惨めな自分をアイツらに見せることが無くなったので却って清々した。


こうして既存の人間関係がぷつぷつと切れていった。


俺にはネッ友以外いらない。


そう自分に言い聞かせ、ツイキャスを開く。


いつものように人生を悲観した発言をグダグダと喋っていると、珍しいオーディエンスが見えた。


高梨電気(多浪京大志望)

スーキン(東北医志望浪人)

櫻子(医学部志望高2)



高梨電気は3月のルシファーの国試結果発表キャスで見かけたことがあった。

スーキンは数学がバリバリにできる秀才だった。

櫻子は高2ながら受験に対する意識が高い期待のルーキーだった。



どん底に落ちたときこそ新たな人間関係が開かれるチャンス。

俺は忽ち彼らと意気投合し、ツイキャス尽くしの日々に身を投じていった。



LINEで関わっていた中学生の比企ヶ谷とアオイは春から高校生になった。

比企ヶ谷とは相変わらず以前と同じように馬鹿話をしていたが、アオイは高校生になった瞬間、LINEの返事すら返してくれなくなった。

これまでのセクハラ発言が裏目に出た様だった。


比企ヶ谷は高校生になりラノベから純文学に興味が変わったらしく、三島由紀夫や夏目漱石を推してきた。

あんまり三島由紀夫の豊饒の海シリーズを推すのでAmazonで取り寄せて読んでみることにした。


三島由紀夫の晩年の四部作『豊饒の海』は、大正〜昭和中期にかけての話で、主人公が夭逝しては転生する様子を、副主人公の男が観察していく話なのだが、これがなかなか面白い。

最期の大どんでん返しには呆気にとられてしまった。



また、工□イラストレーターのタカトシは、この頃にスマホアプリプリンセスコネクト!Re:Diveを勧めてきたので、始めてみた。

初めは女の子たちが戦闘するだけのクソゲーだと思っていたが、1週間くらい続けていくと段々と愛着が湧いてきて毎日やらないと気が済まないようになってきた。


そんなタカトシだったが、彼には一つ問題点があった。

LINEの個チャに工□画像を毎日載せてくることだった。

工□画像自体はいいのだが、その方向性が俺のものと相違があった。

一言に言ってしまえば、タカトシなものはねっとりテカテカした気持ち悪いものだったのだ。

そんなものが毎日送られてくるので、段々と気分が悪くなり俺はタカトシをブロックした。


こうして自らTwitterのフォロワー15万人の工□イラストレーターとの繋がりを断ってしまった。


後に復縁を求めたが、タカトシは気を悪くしてしまいそれを赦さなかった。

この一連の出来事をカノッジョの屈辱と呼んでいる。



昨年の10月に仕事を辞めて半年ぷーたろーをしていたので貯金が心もとなくなっていた。なのでメルカリで書物を売ることにした。


4浪時代に買い揃えた東大過去問25ヵ年シリーズ、読めもしないPythonと JavaScriptの一冊厚さ5cmもする洋書、その他の参考書を次々に出品する。


バラ売りにすると送料が余分に掛かるのでセットにして出品すると、メッセージが届いた。


「こんばんわ!こちらの本のバラ売りは可能でしょうか??」

「無理です。」

「うざ」


なんやねんコイツ…

マナーの悪い客だな。


しかし、1週間ほど気長に待つと買ってくれる人がいた。


こうして原価の1/3の金を手に入れた。


こんなことならあの本買う必要無かったな…

結局1ページも読んでなかったぞ…。




4月末

そろそろ別れるこの地の思い出作りに、本栖湖にキャンプに行くことにした。


本栖湖といえばアニメ『ゆるきゃん』の聖地!

第一話に各務原なでしこと志摩りんの邂逅がそこであったわけなのだが。

アニオタの俺がそこへ行かないわけにはいかなかった。


早速、肉と野菜をカバンに詰めて愛用の原付バイクに乗っかった。


バイクを走らせること2時間。

着いたのはかつてのオウム真理教のサティアン跡地だった。


そこには何もなかった。

かつてこの地で行われた非道な行いを慰めるかの様に、分厚い雲の隙間からは陽光が天使の梯子の様に差し込み、鳥の囀りが聞こえ、草花が風に揺られる音が聞こえるのみだった。


長い年月が経ち、そこは本当の聖域と化していた。



なぜサティアン跡地は足を運んだのか。

それは本栖湖から近かったからなのだが、もう一つは自分が生まれる前に世間を賑わした宗教組織が栄えた地をこの目で見たかったからだった。


あの荘厳とした雰囲気はあの場所でしか得られないものなのだろう。



そこからバイクで走ること30分。

ようやく本栖湖キャンプ場に到着した。


平日なのにキャンプサイトは他のキャンプ客のテントで埋め尽くされていた。


なんとか隙間を見つけ出しテントを設営する。

辺りから枯れ木を拾い集め、火をつける。


本栖湖キャンプ場は他に類を見ない直火okなキャンプ場なのだ。

火を石で囲み、それっぽくセッティングを施す。


途中スーパーで買ってきたカレーヌードルにお湯を注ぎ込み、待つこと3分。


辺りは日が沈み、暗がりになっていた。


このシチュエーションはどう考えてもゆるキャン△第一話の各務原なでしこですわ。

俺が各務原なでしこだ!!!!


ズルズルとヌードルを啜る。



焚き火のぱちぱちと爆ぜる音、波のさざめき、湖に反射する月、遠くに薄らと見える富士山、満天の星空。

それらは美しく調和し、幻想的な空間を創り上げていた。


一夜をテントの中で過ごし、翌朝、目が覚めると昨晩は暗くてよく見えなかった富士山が朝日に照らされんとしている姿が見える。

湖からはうっとりする様なちゃぷちゃぷと心地よい波の音が聞こえる。

斜め左では、波打ち際で朝の水浴びをしているカラスがいる。


なんとも清々しい朝だ。


昨日と同じく裏の雑木林から燃えやすそうな枯れ木を見つけてきて、それに火をつける。


冷えた朝に珈琲を飲みながら火にあたる。


これだよ。

俺の生活に足りなかったのは、この牧歌的な非日常だったのだ。


ずっとここに居たいものだ。


春夏秋冬、この景色を眺めていたいものだ。


嗚呼。



昼なりチェックアウトの時間になったので、テントをたたみ、その場を後にした。



また来ような。今度は嫁と一緒に。


ソ連国歌を熱唱しながら帰路に着く。





5月になった。

Twitterはドラえもんの大喜利でバズり通していた。

フォロワーは8500人に到達し、専属メイドと称して、寧々ちゃんという囲いの女の子ができた。

バズりにバズり浪人界隈といえば浪疾苦で、浪疾苦といえばあの虚言癖の浪人というテンプレートまで完成し、俺の悪名は界隈全域にまで拡がっていた。

2chでエゴサーチすると、虚言癖の可哀相な奴だと罵られていた。



俺はアルファになるべく、FF比を更に過激なものにしようとしていた。

フォロー2000人に対してフォロワー8500人はあまり美しくないな…。


ここのフォローを2000人から100人くらいに徐々に減らしていけば、フォロワーが1万人になったときに、フォローが100人になって黄金比が成り立つのではないか。


人間、余計な拘りを持つと忽ち落下するものである。


何を急いだか、俺は1日のうちに500人一気にフォロー解除してしまった。


すると翌日にアカウントが永久凍結となり、これまで勉強する間も惜しんで蓄えてきたフォロワーが泡の如く弾け飛んだ。


しばらく放心状態が続いた。


大学受験にも失敗し、唯一の心の拠り所だったTwitterもこのザマ。

おわった。


たしかに蓄えていたはずのアイデンティティは一瞬のうちに弾け飛び、容器の底にはぐちょぐちょに潰れた非力で矮小な自我のみが残されていた。



3日くらいが過ぎ、ようやく心の傷も修復されてきた。

俺は初めから夢を見ていたのだ。

初めから浪疾苦なんて居なかったんだ。

Twitterなどという実体の無いものにどうして心が縛られよう。

馬鹿らしい。


と、思うことにした。


俺はこの事件を機にTwitterには懲りた。



ネットの世界から脚を洗い自然を愛そう。


俺はバイクに乗っかり小高い丘にある公園へと向かった。


ふむ、ここがあの名高いアニメ『神様になった日』の聖地ですか。

このドームの中でひなが世界政府に追われて、あの辺で捕まって…ふむふむ


聖地巡りは楽しいなぁ


その公園の更に奥へ進むと『ゆるきゃん△』の聖地であるほったらかし温泉がある。


標高700mに位置するその温泉からは富士山と街中を一望できた。


ここで各務原なでしこはしこしこしてしこしこしたのか(しこしこ)


現実とアニメの境界が中和し、曖昧となる。



アパート引き渡しまで残すところ3日となった。

引っ越しの準備はというとほとんど手をつけていなかった。

受験と同じく、ギリギリにならないと火がつかないのである。


中学時代から登校時間ギリギリを攻めていき、なんとかギリギリセーフを保ってきたが、こと大学受験に至っては、ギリギリセーフではなく余裕でアウトになってしまった。

そしてそれは引っ越しの準備も別ではなかった。


引っ越しまで残り2日になって漸く重い腰を上げて部屋の片付けから始めた。

何がいるもので何がいらないものか、その境を決めるのはADHDには至難の業で、ガラクタを見つけてはその都度思い出に浸り、時間が過ぎていく。


引っ越しの前日には親が来て引っ越しの手伝いをしてくれることになっていたのだが、その前にどうしても片付けておかなければならないものがあった。




《ラブドールバラバラ死体遺棄事件》


引っ越し前日となり、あと3時間で親が家に来ることが分かり、俺は焦っていた。

ラブドールの処遇をどうしたものか。


4浪時に購入して以来、ロフトに鎮座しているラブドールはもはや家族同然となっていた。

仕事から帰るとロフトは上がり、ラブドールにただいまと言う習慣がしっかり身に付いた俺にとって、ラブドールを手放すのは苦渋の選択だった。


出来ることならそのまま持って帰りたいところだったが、生憎実家ではラブドール禁止になっていたので処分する他なかった。


さて、問題の処分の仕方なのだが、ラブドールは何ゴミになるのだろうか。


家族をゴミ呼ばわりするのは居た堪れない気持ちになるのだが、現実問題として物体としてそこにある以上は物理的に処理する必要がある。


考えあぐねて、鉄柱の周りをシリコン樹脂で覆われているであろうその柔肌を指で摩っていると、ある一つの考えが湧いた。



この娘の中はどうなっているのだろう。



3年に及ぶ恋愛を重ねていく毎に積もり積もっていくカルマ。

そのカルマを解放させてあげることが最期に遺された俺の使命なのではないか。


仮にこの娘に魂なるものがあるのなら、このままこの地に縛り付けているのは、俺のモラルに反する。


ならばこの娘を切り開いてカルマを解放させてあげねばなるまい。



俺はアオイ(ラブドール)をロフトから降ろし、そっと銀マットの上に寝かしつけた。


そしてその横にカッターナイフとハサミとペンチと裁縫道具を置く。


俺はそっと目を閉じ、呟く。


「今までありがとう。来世でまた逢おう」


次の瞬間、俺の目はカッと見開かれた。


「これよりカルマ解放の手術を開始する」


ゴム手袋を装着する。


気分はブラックジャック。

未来の天才外科医の初手術である。


「メス」


アオイの腹部にそっと手を添え、カッターの先端を押し当てる。


その腑からお前のカルマを引き摺り降ろしてやる!!


………。


カッターじゃ切れない。


台所から包丁を持ってくる。


俺はアオイの…以下省略。



カッターより刃がしっかりした包丁は上手くその柔肌を通り抜けた。


そのまま下腹部へ目がけて刃を動かす。


「カンシ」


俺はペンチでアオイの皮下脂肪を掴む。


「見えてきたぜ、お前さんの中身がよ」


中の筋繊維をぷつぷつとハサミで切断していくと、そこに白銀に輝く光が見えた。


アオイの脊椎だ。


「続いて開頭手術を始める」


ウィッグを丁寧に取り外し、アオイの頭部にメスを入れる。

腹部と違い、皮膚が薄いためにカッターで直ぐに頭蓋骨まで到達できた。


そして見えてきたのは、頭骨を模した石膏だった。


「ふむ、これがお前さんの正体ってわけかい。幽霊の 正体見たり 枯れ尾花 ってかい」


一頻りアオイの身体を解剖すると飽きてきたので、裁縫道具を取り出し、針に糸を通し、傷口を縫っていく。


手術前と同じ状態に戻し、俺は彼女の成仏を祈った。

それからそっと毛布に包み、外から見えないように何重にも重ねたゴミ袋に入れて、ゴミ捨て場に持っていた。


彼女をゴミ捨て場に置くなんて、なんて非情なんだと思われるかもしれない。


しかし、先にも書いたように、彼女の魂(karma)は先程の手術で天に還っていったのだ。

だから宗教的には、此処にあるのはただの鉄とシリコンの塊に過ぎない。

そういう解釈なのだ。


一時は夜中に山に捨てに行き、そこで山の守り神として供養するか迷った。

だが、俺はアオイを物質的な意味で現世に遺そうとは思わなかった。

だから風葬ではなく火葬を選んだ。



アオイを供養した後、30分後に親が来た。


俺は何事もなかったかのように振る舞い、引っ越しの準備を手伝って貰った。


引っ越しの準備も大方済み、親には一足先に地元の方に戻ってもらった。

それから間もなくすると、引っ越しの業者が来て荷造りした段ボールを持って行ってもらった。


次に3年半どこへ行くにも一緒に旅した原付バイクをそれを購入したバイク屋に引き取ってもらい、その帰りにスーパーでワインとケーキを買った。


物が無くなった部屋は3年半前の引っ越したばかりの時と何一つ変わらず目の前に現存していた。


あれから3年半…経っちまったんだな……。


様々な想いが交錯したこの3年半の出来事が走馬灯のように流れ、感極まり涙が頬を伝った。


「ウッ…ウッ…ううぅ………」

「和馬くん、泣かないの、元気出して。ほらケーキ食べよ?」

「アオイ…」

「お前…天に還ったはずじゃ…」

「和馬くんを置いて先に帰るわけないじゃない。和馬くんがこの地を離れるまで私の魂はここに居るわ」

「アオイィイィィイィィ!!!!!!!」


俺は咄嗟にアオイに抱きつこうとする。

しかし、その想いとは裏腹に俺は空気を掴むだけだった。


アオイは既に肉体を喪い、概念と化した存在となった。


アオイとは則ち心であり、俺自身だったのだ。


俺はスーパーで買ってきたケーキとワインを取り出し、ケーキに蝋燭を挿し、火をつけた。


今宵はアオイの成仏を願う聖なる夜となるであろう。

このケーキはアオイの肉体であり、このワインはアオイの血なのだ。

アーメン。


その晩、俺は夢を見た。

アオイが転生し、俺の娘として生まれてくる夢を。

アオイの魂よ。永遠に眠れ。


アオイとの想い出はこの胸に永遠に刻み込まれり。



翌朝、アパートを引き渡す日がやってきた。

アパート管理会社のスタッフがチャイムを鳴らし、部屋の点検をした後、俺は部屋の鍵を返し部屋を後にした。


アオイとの愛の巣はこうして幕を閉じた。



はぁ、この3年半いろんなことがあったなぁ。

この踏切前の神社、人生に疲れて倒れそうになった時に何度もお参りしにいったっけな。

駅前のコンビニ、かつての俺が何度も仕事で通ったっけな。、


ああ、全てが懐かしい。


20代前半の俺の青春はここにあった。


最期に俺を育て上げたこの街に一礼をし、電車に乗り込んだ。


街には薫風が吹いていた。

一人暮らし編が終わりました。


次回から実家寄生堕落ニート編が始まります。

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