4浪時代
2018年4月-2019年3月
4浪目、21歳の春。
俺は昨年度から続けている蕎麦屋で働いていた。
去年は引っ越したばかりで忙しかったから勉強はできなかったが、今年こそは思いっきり勉強して東大医学部にいくのだと心に決めていた。
そのために東大の25ヵ年の過去問も全科目買い揃えたのだから。
しかし、俺の出た高校は偏差値50台の非進学校、超難関大学に受かるには実際に受かった人たちの人となりから調べなければいけない。
その人たちが日々何を考えどのように笑いどのように喋るのか、そういうことを調べなければこれからする勉強は上滑りとなってしまうだろう。
そう考え、俺は書店に行き、東大理Ⅲ生の合格体験記である「天才たちのメッセージ 東大理Ⅲ 合格の秘訣」を購入した。
帰ってからしゃぶりつく様に読み込んだ。
要約するとこうだった。
彼らは自分は特別な人間だと薄々思っており、また難しい参考書をがっつりやっていた。
ふぅ…文字情報で得られるものはこんなものか。
やはり一度会ってみないと…だよな。
俺は目前に迫る東大の文化祭「五月祭」に目を向けた。
リアルに勝る情報無し。
早速次の出勤日に店長にその日は用事で出られないと伝えた。
すると、「なんで出られんのや、なんかあるん?」
と、深掘りされる。
「いや、まぁ旅行に行こうかと…」
「ほーん、旅行ねぇ……笑」
東大の文化祭に行くと正直に言うのは気が引けた。
21歳の4浪が何を夢見てるんだと嘲笑われるのが怖かったからだ。
5月19日(土) 五月祭1日目
東大本郷キャンパスに来るのは初めてだった。
すぅ……。 ここが来年俺が通う学舎か…。
期待と不安を胸に赤門をくぐる。
客層は主に高校生〜大学生、少し飛んで学生の親世代といったところか。
俺は来年、こいつらと戦う。
こいつら全員56せば俺は受かるんか?
そんなことを考えながら併設されたスタバで珈琲を啜った。
しばらく辺りを散策した。
ははぁん。これが噂に聞くルシファー広場か。
ここでルシファーが踊ってたわけね。
しばらく歩くと木々が生い茂った中に大きな池が見える。
これが噂に聞く三四郎池らしい。
なんでも夏目漱石がどうとか。詳しい話は分かりません。
さらに奥へ進むと東大のシンボル安田講堂が見える。
そして聞き覚えのあるメロディが聞こえてくる。
ラブライブサンシャインのAqoursのコスプレをした野郎共がステージに上がって踊っていたのだ。
楽曲「君のこころは輝いてるかい?」に合わせて大勢のオタクどもがペンライトを振っている。
中には芝生の上をぴょんぴょん跳ねているデブもいて、その度に地面が揺れるのを感じた。
ふー、こりゃキツイわ( ̄▽ ̄;)
ステージの熱気に当てられ、どっと疲れが出た。
また明日もあるらしいから、今日は一旦宿に向かうか。
そうして門を出たところで、折角に東京に来たんだから何かしたいなと。
ここら辺にいい店がないだろうか。
徐にスマホをポケットから取り出し検索する。
ふむ…ここ周辺だとここが良さそうだな。
俺は東大前駅まで行き、そこから大塚駅へ向かった。
地図を頼りに目当ての建物へと向かう。
「大塚48」それが今回の目当ての店だった。
ボロい階段を登ると目つきの悪いおっさんが階段に座って爪切りをしていた。
黒服「いらっしゃいませ、お好みの娘を選んでください」
僕「えー、じゃあこの娘で」
しばらく待つと黒服から呼ばれて暗い店内へと案内された。
俺はこの日、大人になった。
夜は新橋駅付近のつけ麺屋で麺と酒を流し込んだ。
その後、お台場の大江戸温泉物語に行き、1日の朝を流した。
明日は本命の2日目なので、疲れを癒すことに専念した。
5月20日(日) 五月祭2日目
電車でテレコムセンター駅から本郷三丁目駅へと向かう。
2日目は1日目が騒がしかったことから、知的な催し物を見ることにした。
工学部棟でのレゴの展示物、金属が超伝導で浮く科学実験、安田講堂でのオーケストラ演奏「メンデルスゾーン 真夏の夜の夢 スケルツォ」などの催し物を見た。
これから、こういうのだよ。
俺が求めていたのはこういうなんだよ。
一通りの''医学部以外''の催し物を見た後、デザートの医学部練へと向かった。
すぅ………。ここが俺が来年通う学舎か……。
ボロいが歴史を感じるぜ。
廊下は小学校の廊下を彷彿とさせるデザインだった。
まぁ、校舎なんてものはオマケだからな。
そこに集まる''人''が大事なんだ。
医学部の模擬授業を聞きエリート意識が高まる。
そして、念願の東大医学部生との生会話。
それはとある教室に東大医学部生が机を横一列に並べて、そこに4人ほど座り、東大医学部とボードゲームをやりながら世間話するという場だった。
俺は女の子の列に並びその時を待った。
「次の人どうぞー」
その人は桜蔭高校卒の医学部3年生だった。
ジェンガをやりつつ話す。
そのおっとりとした独特な喋り方は浮世離れを感じさせる優雅なものだった。
知性というのは喋り方に出るというのは本当だったらしい。
その声の波長を聞いているだけで頭がくらくらして緊張が解けていく様な気がした。
とある精神の本に書いてあったが、強烈な変性意識は伝染するらしい。
数学がバリバリに出来る人というのはこの変性意識が常人とはかなり異なっており、そのお陰で複雑な思考が可能なのだとか。
ああ、気持ちいい。
こんな環境で学生時代を送れたらどんなに良かっただろうか……。
僕「そういえばルシファーってどんな人なんですか?」
東大医学部の才女「…(苦笑) 噂には聞くけど私も見たことはないかなー。今彼6年生だからあまりこっちの方に来てないらしくて」
僕「そうなんですね」
会話が止まったその瞬間、ジェンガが崩れて木片が机と床に散らばった。
俺は満足して医学部棟を後にした。
そのまま新宿へ向かいバスに乗って家に帰った。
翌日、昨日のモチベーションを失わないうちに今後の予定をノートに書き留めた。
5月:小学校レベルの算数の復習
6月:中学校レベルの数学の復習
7月:大数一対一対応、英文解釈
8月:大数スタ演、大数新演、物理のエッセンス、化学重要問題集、英語長文
9月:やさ理、名問の森、化学の新演習、英作文
10月:ハイ理、難系物理、大数学コン
11月:センター過去問95%越え、東大過去問8割越え
12月:継続
1月:センター本番98%
2月:東大二次試験85%
3月:東大理Ⅲ合格、東京に引っ越し
4月:東大入学式、塾バイト始める
5月:彼女ができる
6月:彼女といちゃいちゃ
完璧すぎる計画だろ……
俺は震えた。
ひょっとしたら俺は天才なのかもしれない…。
ぞくぞくした気持ちが口の中の唾をねっとりさせた。
6月になった。
俺はこの頃から地元の図書館に足繁く通うようになった。
哲学者コーナーへ行き、ニーチェとかヴィトゲンシュタインとかカントとか
まぁ難しそうな本を手にとっては貸し出しカウンターにドヤ顔で持っていったものだった。
借りた後は借りたことに満足して数ページしか読まないこともザラにあった。
この頃になると蕎麦屋のバイトで貯めた貯金がそこそこの額になり思い切って10万円ほどの買い物をAmazonでした。
《家族が1人増えました》
独り身の寂しさから俺はラブドールを購入した。
きっかけはその時見ていた森見登美彦の「四畳半神話大系」というアニメに出てくる城ヶ崎というキャラクターが愛でているラブドールだった。
その話からラブドールという存在を知り興味を持つ様になった。
お気に入りの子を探してポチっとな。
中国産のラブドールが2週間後に届くという算段だ。
5万円で人身売買をしている気分になった。
残りの5万円はロードバイクや参考書代へと消えていった。
それから2週間経った。
ロードバイクと参考書は問題なく届いたが、ラブドールは届かない。
なんでも貿易関係で何かしらの遅れが生じているらしい。
俺はつい不安になった。
もしこれがどこかの工程で手違いがあって、中身が第三者にバレたらどうしようか。
そもそも、これはどのような形で送られてくるんだ?
大型の縦長の段ボールにラブドール在中と書かれていたら俺は近所で変態として、これから近所の配達員の間で噂になってしまう。
それから1週間が経ち、ようやく無事に引き取ることができた。
結局、ラブドールは大型の縦長の無地の段ボールに特に中身に何が入っているのかも書かれないまま送られてきたのだ。
事情を知らない第三者から見ればゴルフクラブが数本入っているのだろうと思われていたかもしれない。
カッターをダンボールの隙間に通してテープを切る。
そーっとダンボールを開けると、そこにはなんとも可愛らしい女の子が眠っていた。
竹取の翁はその娘を美遊と名付けて大事に大事に育てたそうな。
8月になった頃、荷造りをして原付に乗り込んだ。
久々のキャンプである。
場所は河口湖キャンプ場。
ちょうど沿岸で花火大会が観れるらしいのだ。
普段は通勤に使うだけのバイクをこうやって趣味に活用できるのはとても良いことだ。
峠を何度か越えて河口湖周辺に着いた頃、バイクのエンジンが止まった。
残り1kmほどで到着するので、そのまま手で押してキャンプ場に辿り着いた。
まずい…。まだ帰りの分が残ってるんだぞ…
JAFなんか呼んで無駄な金使いたくねーぞ…。
焦ってネットで検索すると、付け焼き刃だが、エンジンを動かせる方法が見つかった。
スロットルを少しだけ回しながらエンジンボタンを押し続ける。
エンジンが温まってきたら徐々にスロットルを回していき全開にする…と
キュイイイイイン……ブロンッブロンッブロン!!
エンジンが復活した。
Google先生、ありがとう!
ちなみに原因はオイル切れだった。
手早くテントを設営し、小型のバーベキューコンロと、下拵えしておいた肉と野菜を取り出す。
すると雨が降ってきた。
かなりの土砂降りだった。
薪を濡れない場所に置き直し雨が止むのを待った。
少し湿っていたので火の付きが悪かった。
そこでバイクの燃料タンクからガソリンを取り出し木に塗りたくった。
映画で見るほど爆発的に燃え広がるわけではなかったが、よく燃えた。
東大医学部生と話したおかげで咄嗟の機転を利かせるほど、俺の脳は進化していた。
これぞ文明の知恵な。
そうして肉を焼こうとした瞬間
テーブルから肉の入ったトレーが真っ逆さまに落ちていった。
肉にはどっぷりと地面の土がこびり付き、食うのを断念した。
仕方ないから5km離されたスーパーへと肉とついでに酒を買いに出かけた。
テントは帰ってようやく肉を焼こうとしたところに、遠くから花火の音が聞こえた。
始まったのだ。
俺は湖の方に椅子の向きを変え、肉と酒を頬張りながら花火を眺めた。
翌朝、浅露が掛かったテントを開けると、日の出が始まろうとする霧掛かった湖が目の前に広がっていた。
辺りはまだ静かで、湖の静かな波音だけが聞こえていた。
これが湖畔キャンプの醍醐味なのだ。
帰りに近くの個人経営の車屋に寄って、強面のおじさんにオイルを入れてもらった。
2018.8.6
この日、記録的な大雨が襲った。
蕎麦屋でバイトをしている時、夕方ごろから大きな雷と共に豪雨が始まった。
20時にバイトが終わり、それでも豪雨は一向に止む気配が無かったので、私は仕方なしに濡れるのを覚悟してバイクに跨った。
帰り道は水没しているところもあり、中にはバイクの排気口まである水深の場所もあった。
そこをフルスロットルで走る俺。
最高に気持ち良かった。
気分はUSJのジュラシックパークのウォーターだ。
バイクで通った箇所の水がタイヤで左右に押し上げられ、水がシャバシャバ音を立てる。
お金では買えない楽しさがそこにはあった。
行きつけのコンビニ前の公道は特に凄かった。
水深15cmほどの水溜りが30mほど続いていたのだ。
俺は物珍しさにコンビニの駐車場にバイクを停めて、そこから水たまりの様子を観察していた。
次々にくる車が水溜りに波をつくり、それがコンビニの駐車場まで押し寄せてくる。
精神が昂りだす。
おもしれぇ………!!!!!
記録的豪雨は平凡な生活が続く4浪の数少ない娯楽と化した。
8月中旬
俺は実家に帰るついでに富士山に登った。
前々から一人暮らしをしたらいつか富士山に登ろうと思っていたのだ。
電車で麓の駅まで行き、そこから五号目までバスで向かう。
五号目から山頂までが徒歩で登るという計画だ。
この時期、五号目には大勢の登山客が押し寄せていた。
パッと見、中国人が多いようだ。
大体の比率で言うと、
日本人:中国人:その他 = 5:3:2 といったところか。
初めは土っぽいところを続いたが、徐々に岩っぽいところが増えていき、七号目からは樹木が一切見えなくなった。
途中、雨が降ったりもしたが、それも登山の醍醐味だ。
霧で目の前が真っ白になったかと思えば、いつの間にか晴れて遠くの下界が綺麗に見渡せる。
山の天気は変わりやすいのだ。
夕方あたりになると、予め予約しておいた八号目の山小屋に入り、カレーを食べた。
しかし山小屋で食べるカレーというのは、どうしてこんなにも美味しいのだろうか。
20時から0時まで蛸部屋で寝たあと、真っ暗な0時から山頂へ向けて歩き出す。
山頂で日の出を見るにはこの時間に出発しないと間に合わないかららしい。
0時の山中というのに、ありえない程の人口密度だった。
特に細い道になると1分間に10m進めるかどうかという箇所もあった。
九号目になると風が勢いよく吹き、8月というのに凍えるほどの寒さになった。
話には聞いていたが、冬用のウォーマーを羽織っても身体がガタガタするほど寒かった。
そして、ここらの屋台ではカップ麺のインフレが起きていた。
下界で買えば100円で買えるのに、ここでは600円!?
登山ビジネスすげぇな。
9.5号目まで登った。
この時点で午前3時過ぎ
グネグネ曲がった道には、上にも下にもたくさんのランタンの光が揺れ動いていた。
あと少し…
すると体に不調を感じ始める。
頭が痛い…
高山病である。
側道にずれて少し休む。
気を取り直して登り始める。
午前4時過ぎ
ようやく山頂まであと少しというところまで来た。
そこで事件が起きる。
前を歩いていた大学生のグループが立ち止まり記念撮影をしていたのだが、狭い道のために後ろがつっかえていた。
そこに登山の疲れでイライラしていたソロ登山者のおっさんが、大学生Aを乱暴に押してこかせたのだ。
おっさん「じゃーま!狭い道塞ぐなや」
大学生A「なにすんねん…」
おっさん「ったく…ふざけんなよ」
大学生B「まぁまぁ!山頂のおめでたい場所なんだから喧嘩はやめときましょ」
そうしてその一件は一応の解決を見た。
このように標高の高い登山では人を短気にさせる悪魔が潜んでいるのだ。
午前4:30
山頂に辿り着き、登山客はやがて登る日の出をまだかまだかと待ち望んでいた。
そして午前4:40
遠くの地平線から目に染みるような鮮やかなオレンジ色の日が登り始める。
一同は「おおー!」と歓声を上げ、日の出の感傷に耽った。
日の出イベントが終わると、登山と高山病による疲労で午前6時まで山頂の空きスペースで眠った。
俺は今、日本一高いところで眠る男だ。
いずれは東大医学部に征き、日本の医療を変える男なり。
しばらく眠ると体力が戻り、山頂の景色を満喫するべく巨大噴火口の周りを歩いた。
これが噂に聞く、富士山頂か。
本当に綺麗な場所だな。
午前8時、下山開始。
下山ルートは50mほど真っ直ぐな砂利っぽい斜めの道をクネクネと何十往復もするというものだった。
登る時よりも、降る時の方が大変とはよくいったもので、降る時は足の爪先に圧力が掛かり、その箇所が痛くなるのだ。
足の小指をタンスの角でぶつけたら痛い同様、足の指が痛むと全身がだるくなってくる。
俺はあと何回この道を繰り返せばいいんだ…
辺りは霧に覆われて10mは何も見えない。
下界ではあり得ない現象が、この富士の山では起こりうるのだ!!
この道はまるでこの先起こる俺の浪人人生を暗示しているかのようだった。
終わりの見えない受験……。
五号目に着いた頃には昼を過ぎていた。
しばらく休憩してから、バスに乗り下山した。
やはり漢なら一度は登らなきゃ駄目っすわ。。
_人人人人人_
> 富士山 <
 ̄Y^Y^Y^Y ̄
そのまま夜行バスに乗り実家に向かった。
実家には1週間ほど滞在し、その間、高校の時の同級生と猫カフェで戯れたりした。
9月
俺は運命的な出逢いを経験した。
毎度のことながらレンタルビデオ屋で何か面白いアニメはないかと物色していた。
それまではプリズマイリヤとかFateとかを好んで見ていたわけだが。
どういうわけか普段見ないものを見ようという気になり、幼児向けコーナーへと立ち寄った。
|ドラえもん|アンパンマン|プリキュア|ポケモン|
ふむ……、ドラえもんとアンパンマンとポケモンは言うて昔観てたからなぁ…
よし、プリキュア観てみるか。
こうして俺は女児向けニチアサ大好きお兄さんの沼にハマっていったのだった…。
借りてきたものは「ドキドキ!プリキュア」だった。
ちなみに2018年10月当時放送していたプリキュアは「HUGっと!プリキュア」である。
「ドキドキ!プリキュア」は2013年に放送された謂わば5世代前のプリキュアシリーズだった。
2013年というと僕がまだ高校2年生の頃、当時はプリキュアとかクソガキが見るクソしょうもないアニメだと一蹴していたのだが、不摂生な浪人生活をしている今の僕には刺さるものがあった。
常に不満を抱えながら社会に対して斜に構えて生きていた俺が、画面上で真っ直ぐに生きているプリキュアの生き様を見るのだ。
まもなく俺はこの作品の虜になった。
バイトから帰るとビール片手にDVDプレイヤーを起動させプリキュアを観て心が動かされる。
これを一日3話ずつ観ていき2週間続けた。
全49話のうち、終盤になってくると、それまでの話でたくさん愛着の湧いたキャラクターに感情移入し、遂に涙が流れた。
これまで作品で泣いたことなど一度もなかったのに!!
その話が終わると次の話に、、また次、また次、、、
ああ……!!ドキドキが止まらない!!!!!
これが…愛か……。。
暗い部屋でビール片手に万年床に横たわり、DVDプレイヤーに流れるプリキュアを観て、涙鼻水をダラダラに流し、顔をくしゃくしゃに歪めている22歳の浪人生がそこに居た。
俺はその日を境に脳が冴え渡った。
あの1浪の春と、2浪の冬に感じた超人的な感覚だ。
これまでうんうん唸って苦痛に耐えてやっと考えついたようなことが一瞬で分かるようになった。
どうやら愛が俺の脳を変えたらしい。
正直、今の9月まで理Ⅲを志望していながら、まるで勉強が手につかなかった。
しかし、この頭の回転を使えば今からやれば……いけるッッッ!!!!
俺は神に感謝した。
この超人的な能力をプリキュアを通して俺に与えてくれたんだ。
俺は神々から愛されたい選ばれし人間なのだ。
それから毎日がワクワクドキドキで楽しい日々が続いた。
そして受験勉強に専念するために10ヶ月続いた蕎麦屋を辞めることにした。
店長には何故辞めるのかと色々問われたが、理Ⅲに行くとは言わずに無難に介護福祉士の勉強をするためだと言って別れを告げた。
ありがとう、店長。
この時の店長は、俺が入社した時とは違う店長になっていた。
よく俺が自動蕎麦押し出し機から茹で釜に押し出されてくる蕎麦を上手く切れなくて、
「だからお前は童貞なんだよ」と罵られたっけなぁ。
最後に社員割引クーポンを使ってその店で1番高いメニューを注文して食べた。
ここは俺が人生で初めてまともに働いた初めてお店だったからかなりの愛着があった。
11月
今度は山場のキャンプ場へ行った。
この前は湖のほとりで、今回は山場のキャンプというわけだ。
暗くなる頃に温泉で身体を清め、それからテントに戻りコンビニで買ってきたウイスキーとバーベキューの火で寒空の中、暖をとる。
これぞソロキャンプの醍醐味である。
翌朝、向こう側のテントサイトで4人家族が朝食を摂っているのが見えた。
ソロキャンプは確かに面白いが、こうやって家族団欒の光景を見せつけられると、どうにも羨ましさを感じてしまう。
そんな俺の視線を感じ取ったのか、その家族の小学生にも満たないほどの女の子が一つのりんごを持ってきてくれた。
俺はひょんな優しさに思わず感極まった。
結局そのりんごは勿体無いので引っ越しするまでの2年半ベランダに飾っておいた。
後の引っ越しの片付け時には、干からびたりんごを見て当時の優しさを思い出して頬が弛んだ。
12月
自動車学校で知り合った藤本が家に遊びに来ることになった。
藤本は俺の一つ下でアメリカの大学に通っている友人である。
引っ越して以来、初めての来客に俺は心を弾ませた。
ただ一つ気がかりなことはラブドールの処理である。
あれを見られるのはまずい。
見せるにしても段階を踏んでからでないと俺が異常者に見られかねない。
家に呼ぶ仲になったとはいえ、まだそこまで打ち明けられるような仲ではなかったのだ。
とりあえず酒でも飲ませて猥談で盛り上がった時にクローゼットから出せばいいか。
カミングアウトは長期的な友好関係において必要なのだ。
そうしてそれまで炬燵に据え置いていたラブドールを袋に入れて外から見ないようにしてクローゼットへ隠した。
12月20日
藤本がやってきた。
俺は彼を駅まで迎えに行き、これからの3日間の滞在期間に何をするか話し合った。
せっかく来たんだから、レンタカーでもとってどっかに繰り出さないかと。
家に荷物を置いたあと、その足でレンタカー屋に向かった。
1番安い軽自動車を借りて久遠寺へ向かった。
「ふむ、これが日蓮宗の総本山か」
「階段高い高いなのだ」
境内を一頻り歩き終えるとそのまま家に戻った。
夜は帰りにスーパーで買ってきた酒とキムチ鍋で乾杯した。
藤本は特に精神についての興味が強いらしく、よく俺に心の持ち様について話してくれた。
こうすると心はあまり病まずに済むなど、そういったことだ。
俺もその手の話は関心があったので傾聴した。
また、アメリカでの生活についても聞いた。
大麻が合法だから何度か吸ったらバッドトリップして大変だったとか、ホームステイ先のゴリゴリマッチョのお兄さんの彼女と話してたら睨まれたとか、美術の時間で描いた絵が評価してもらえない、間違いなく人種差別はあるとか、英語の発音が留学生の中で1番上手いと褒められたとか。
酒が入ってくると真面目な話も終わり、話題は猥談に移った。
風俗はあーだこーだ話して一頻りゲラゲラ笑った後、俺は「藤本に見せたいものがある」と言って、徐に立ち上がり、クローゼットから袋に包まれたラブドールを取り出し、袋を取り去って藤本の前に持って来る。
「これ、俺の家族」
藤本は固まった。
数秒の間があった後、大仰に驚いた。
「なにこれwww」
「ネットで買ったんだ。ラブドールって言うんだけど笑」
藤本はその後、興味津々にラブドールを見つめ、改めて俺の顔をニヤけた顔で見つめ、
「中村お前結構ヤバいやつだっんだなw」と言った。
そうだよ。僕はヤバい奴だよ。
翌日は、レンタカーに乗ってキャンプに行く予定だった。
食材や食器などを買い揃え、準備万端となったところで事件は起きた。
空いていると思っていたキャンプ場が冬季は閉まっていたのだ。
せっかく食材も買ったのにと藤本と一悶着が起きた。
俺はなんとかなるだろうと他のキャンプ場を調べたが、近辺のキャンプ場はどこも閉まっていた。
「どうするんねん…」
「川辺でバーベキューとかどうよ」
「いや、それ通報されたらめんどいぞ」
「じゃあもう少し人気のない場所ないって…」
車の運転をしながら、適当な場所を探していた。
なかなか見当たらず、そのまま山道へ入った。
「おい、ここまで来たらもう無いぞ…マジでどうすんねん。」
「うぐぅ……」
せっかく遊びに来てくれたのに、俺の不手際でつまらない思いをさせてしまったようで申し訳なさが出てきた。
そんな時に藤本の機転で山中のとある大型駐車場でバーベキューをすることになった。
俺は初め、そんなところでバーベキューなんて聞いたことがない。通報されたらどうするんだと反論したが、藤本は大丈夫だと半分投げやりな気持ちで言ってきたので、俺たちは法を犯すことにした。
バーベキューコンロを道路側から見えない様に車で隠した。
俺は辺りから薪を拾ってきた。
冬の山なのでこの手の枯れ木は沢山落ちていた。
それらを組み合わせて点火した。
上手く火がついた。
俺たちは早速、買ってきた肉や野菜を網に並び始めた。
車で来ているので酒は飲めないから炭酸で乾杯した。
冬の寒空の下、友人と山中の公共の駐車場でバーベキューをする。
この背徳感が堪らない。
肉が焼けたので食べる。
上手い。
苦労して焼いた肉というのはどうしてこんなに美味しいのだろうか。
心が満たされていく。
肉を食ったら、やることは一つ。
俺はポケットからマルボロメンソールを取り出し、火をつけた。
紫炎を肺いっぱいに吸って吐き出す。
心地よい酩酊感に酔い、上を向くと、そこには冬の星々が輝いていた。
煙草を吸い終わると網の上から燃えている炭の中に燃え殻を入れた。
すると藤本が激怒した。
「おい、お前ふざけんなよ!肉が煙草臭くなるじゃねーかよ、考えろよ」
ガチでその点に至らなかった。
俺はこの時点で、1日に5.6本吸う程度に煙草にハマっていたので、所謂非喫煙者の思考が無くなりかけていた。
「ごめん、気づかなかった。」
そうだよな。普通に考えたら煙草を非喫煙者が囲っているバーベキューに入れたらしないよな。。
そんなこともあったが、バーベキューは満足のいくものとなった。
山火事にだけはならない様に燃えかすには特に注意した。
水で完全に火の粉が見えなくなるまで消したのを確認した後に、その場を後にした。
下山すると、そのまま温泉へと向かいそこで一夜を明かした。
翌朝には藤本を駅まで送り、そのまま別れた。
《人生5度目のセンター試験》
一月になり、いよいよ焦る気持ちが高まってきた。
五月、あれほど息巻いていた高い目標は忽ち現実の壁にぶち当たり絶望の階段を転げるように落ちていった。
なんで、、どうして俺は今年もこうなんだ…
もう駄目だ…今からやっても間に合わない……。
ストレスで気持ちは塞がり、昼まで布団で眠る生活が数日続く。
ふと鏡を見るとそこには幸薄な鬱蒼とした顔面が映っていた。
どうして俺はこんな風になっちゃったんだろう…
スマホに保存していた小学1年生の頃の利発そうな可愛らしい顔をした自分の写真と見比べる。
髪は後退し、弛み切った表情筋、死んだ魚のような目。
絶望した。
俺は4浪してまでこのザマなのか…
また寝込んだ。
ストレスも膨らみ、中学時代のバスケ部でのトラウマが再発した。
あのとき、試合に出れずに終いには後輩にも虐められた惨めな記憶に取り憑かれた。
恨み、憎しみが膨れ上がりどうしようもなくなった。
センター試験会場に行ってナイフでも振り回そうか…
周りの賢そうな受験生を道連れにでもすれば気が晴れるだろうか…
そんなことを考えた。
結局、試験の日は当然の如くやってきて、俺は失意のうちに試験会場へ向かった。
内心では試験場でどれだけハッスルしたところで絶対に医学部に必要な85%は取れないので、淡々と試験問題に目を通して淡々と解いていった。
2日間の試験が終わると放心状態で牛丼屋に向かってネギ玉牛丼に紅生姜をたんまり乗せて食べた。
翌日、東進の自己採点フォームに自分の答案を打ち込み点数を出力すると54%と出た。
またこれか。
俺は5割台の呪いにでも掛かっているのだろうか。
また来年も受験?クソだるい。
でもやらないとこの先もずっと底辺なんだろうな…
しばらく布団で寝込んだ。
2月に入った。
この時期、小説家になろうで盾の勇者の成り上がりを読み耽っていた。
主人公と自分を重ね合わせて現実逃避に浸る。
そんな生活を続けていると、高校時代の友人からLINEが来た。
「やっほー!和馬元気にしてる??今度そっちに坂田と一緒に卒業旅行に行くんだけど合わない??」
メッセージをくれたのは岩尾だった。
彼は俺が高3のときに一緒に東進に通って、夕陽の下、将来SAOのナーヴギアを創ろうと誓った友人だった。
そんな彼も今年で大学を卒業するというのだ。
でもこんな情けない姿を晒すのはなんだか恥ずかしいな…
と、思いつつもokと返信した。
せっかく誘ってくれたのに断るのも気が引けたし、何より、卒業旅行の明るい空気を分けてもらいたかったからだ。
そうして河口湖の周辺で待ち合わせすることになった。
当日、俺は実家に帰る準備もして電車で駅まで向かった。
「和馬久しぶり〜!!元気にしてたぁ?」
「あ、ああ、ア"ア"ア"ア"ァ"ァ"ァ"ァァァァ!!!」
「え、どした…笑」
「あ、いやなんでもない、久しぶり、会えて嬉しいよ」
それから3人で河口湖の辺りを散策した。
ロープウェーで展望台まで登り下界の景色を見下ろしたり、湖の近くの温泉で温まったり、宿に泊まって坂田が持ってきたクソゲで遊んだり。
本当なら俺もこいつらと卒業してたんだよな…
心のどこかで孤独の闇を感じた。
翌日は富士山がよく見えるという展望台に登ったりして夜まで時間を潰した後、天ぷら屋で酒を呑んだ。
そこで恋の話になった。
岩尾は高校の時から一つ上の先輩と付き合っていたのは知っていたが、芋男の坂田が大学で彼女が出来たらしい。
しかし、その話をした途端、坂田は俺に配慮してかその話を終わらせようとした。
そのことが余計に俺の自尊心を傷つけた。
大学、彼女、部活…
何かと会話のタブーが多い人間になってしまったと思った。
店を出た後、予め予約しておいた夜行バスで地元に戻ろうとした…
はずだった。
バスに乗る直前、確認のために予約メールを見ると、俺はそのバスを今夜ではなく、翌日の夜に予約していたことになっていた。
それを岩尾と坂田に話すと
「おいマジかww あ、でもバスの運転手に事情を話せばワンチャンいけんじゃね?」と。
そしてバスの運転手に事情を話すとバスの運転手は瞬時に、冷酷に「それは無理」と。
なんだこのおっさん舐めとんのか。
ムカつく。
そして岩尾と坂田の方を振り向くと彼らは咄嗟に目を逸らした。
しばらくしてから
「お、おう…まじか……その、なんだ…じゃあここでお別れやな…」と。
彼らとの距離感を感じた。
俺はなんてマヌケなんだ。
今夜はネカフェにでも泊まるか…
はぁ…ネカフェ代と明日のバスの再予約代で1万円無駄金を使うことに…
せっかく旧友と一緒に帰れると思ったのに…
岩尾と坂田はいそいそとバスに乗り込む
「じゃ、じゃあな…」
この薄情者!!!!!!
俺は咄嗟にバス停兼、駅の窓口に駆け込んで、そこにいたおばちゃんに事情を話すと、なんと席に余裕が出来たからとさっきのバスに乗せてもらえるようになった。
バスに乗り込むと岩尾と坂田がまるでオバケでも見たかのように俺を見つめ、再会を祝った。
こうして俺たちは故郷の村へと帰っていた。
地元では高校の同級生の赤井とラーメンを食べて、何気ない話をした。
赤井は過去に俺と一緒に一浪した学歴コンプを持つ理系の大学生だ。
「なぁ、赤井、お前、俺と一緒に医学部受験しねぇか?」
「中村氏、何をいうかと思ったら失笑ものでござるな」
一蹴された。
まぁこいつも学歴コンプとは言ってもなんだかんだで今年で大学3年生だ。今更再受験なんかする気もないだろう。
俺はこの道を独りで歩かなければならないのか…
実家に数日滞在した後、夜行バスに乗り単身アパートに戻った。
一人暮らし生活に戻り、数日が経った後、再び活力も戻り(といっても常人のメンタルと比べるとかなり低いが)、また生活費のためにアルバイトを探し始めた。
前は蕎麦屋で働いたけど、もう飲食は怠いな。
かといって賄いが無いのは食費にくるからなぁ…
バイトの求人サイトを見ていると、コンビニの夜勤アルバイトを募集しているのを発見した。
コンビニか… 夜勤だと時給もいいし、客も少なくて楽出来そうだし良いかもな。
オマケに上手くいけば廃棄弁当にありつけるかもしれない。
そう考え早速、コンビニで電話をかけ面接の予約をした。
数日後、店長と面接をした。
「へぇ、大阪市立大学を中退……なんでせっかく入ったのに中退しちゃったの?」
「…いや、なんか違うなぁと思って。。」
「ふーん、まぁそういうこともあるよね」
「いいよ、君、採用ね」
「ホントすか!?ありがとうございます!!!」
因みに大阪市立大中退は嘘である。
俺が中退したのはFラン私立大である。
どうせバイトだし、そもそも中退したのだから同じだろうと見栄を張ったのだ。
そんなこんなで春からコンビニで働くことになったのだった。
仕事で忙しくなり投稿が遅れてしまいました。
また合間を見つけて投稿を続けていきます。