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斬髪事件~新しい髪型~

 ゼリニカが去る背中を見えなくなるまで見送ることも叶わず、声をかけてきた人物に対峙する。

 小走りでやって来たのは、アルフォン派でありながらゼリニカとアレイヤを支持して味方になってくれたノーマン・ドルトロッソ。


 推しである。


「ノルマンド嬢、まだいらっしゃいましたか」

「ドルトロッソ様? 私に用でしょうか?」

「どうぞ私のことはノーマンとお呼びください。用、というか……せめてこちらで髪を整えさせていただければと思い、場を設けました。もし、希望の髪型があれば何なりと申し付けください。……伸ばすことは、できかねますが」


 深く頭を下げるノーマンからは、アルフォンを止められなかった後悔の色が強い。


「の、のの、ノーマン様が私を守ってくださっていたことは存じ上げています。ですので、ノーマン様が私に頭を下げるのは違うかと……」

「あら、いいじゃないですか。せっかく用意していただいたのですし、綺麗にしていただいては? 要望がなければこう言えばいいのです。「ノーマン様のお好みで」、と」

「へぁっ⁉ ぜ、ゼリニカ様、一体何を仰っているのですか⁉」


 先に帰ろうとしていたはずのゼリニカがいつの間にか戻ってきていてアレイヤの肩に手を置いて提案する。突拍子もない提案にノーマンはぽかんと口を開けている。


「少しくらい、いい思いをするべきですわよ、アレイヤ様」


 では、後はよろしくですわ、と背中を押されてノーマン様に飛び込みそうになった。

 咄嗟に支えてくれはしたが、触れた事実には変わりなく、体が熱くなる。


「えーと……アレイヤ嬢、とお呼びしても?」

「は、はい」

「いかがいたしましょうか?」


 ゆっくりと見上げれば、すぐ近くに好みの顔面。これが前世なら画面という越えられない壁があって耐えられたというのに。


「の、ノーマン様のお好み……で、お願いします?」



+++


光あれ! ポップアップキュート


 よくある乙女ゲームの一つで、ゲームを開始すると名前と外見の選択を迫られる。

 名前はノルマンドの部分は固定でデフォルト名はアレイヤ、外見も顔面は固定。髪型を選べる仕様になっている。髪型で攻略対象の好感度に影響が出ると噂があったが事実は明かされていないが、バリエーションは五つに及んだ。


 ゲームの世界を現実で生きることになった主人公のアレイヤ・ノルマンドこと子爵令嬢として転生してしまったアレイヤは、ゲームの筆頭攻略対象であるはずだったアルフォン第一王子の取り巻きのロイドに髪を切られたことで、強制的に髪型を変えざるを得なくなった。


 案内された部屋にはまた別のメイドたちがスタンバイしていた。

 豪奢な椅子に座らせられ、即席美容院よろしく髪に櫛を通される。

 これ以上髪に刃を入れることを拒否した結果、メイド三人がかりでヘアセットされた完成形にノーマンは感嘆の溜息を吐いた。


「女性に対していくつか賛辞を口にしたことはありますが、一瞬でも言葉を失うほど素晴らしいものを見たことはありません」


 いきなり髪が短くなったショックはアレイヤ自身気付いていなかったようで、鏡に映った自分を見て勢いよく顔を背けてしまった。

 それを見たメイドたちはさっと鏡を取り去り、完成までアレイヤに見せないようにしてくれた。


 なので、出来上がった髪型にアレイヤは最後に見ることになる。


 メイドたちは満足げに頷き合い、護衛騎士二人も微笑ましげに見ている。

 鏡が再びアレイヤの前に置かれる。


「……これは」


 アルフォン王子側の人間でありながらアレイヤの髪が切られたことに心から嘆いたノーマン・ドルトロッソの外見はあまりにも好みだったせいもあり、悪役令嬢役のゼリニカ・フォールドリッジに背中を押される形で、見事チュートリアルを終えた見た目となった。

 ざっくり切られた髪をそのままにして帰せないというノーマンの言葉に甘えただけでなく、ノーマンの好みの髪型にすればいいと言うゼリニカの甘い言葉によって完成された髪型を見た時は息を呑んだ。


 ゲーム本編ストーリー本格開始前にアルフォンが退場したというのに、ゲームの強制力が働いていることに戦慄したのだ。


 切られた側の髪を隠すように、長いままの右側の髪を上部分から寄せてきて編み込んだり小さなお団子を作ったりして完成した髪型。

 プレイヤー選択画面に出てくる五パターンある髪型の一つ。


 下ろしたままのストレートやポニーテール、ツインテールの王道もある中で、変わり種の二種。

 緩ウェーブのハーフアップと、鏡に映っている編み込みのハーフアップ。

 ちょっとアレンジが加えられてはいるが、間違いない。


「アレイヤ嬢、不満があれば変えさせますが?」


 鏡を見たまま動かなくなったアレイヤを見かねてか、ノーマンが鏡越しに様子を窺ってくる。

 鏡越しに見ても顔面ドストライク。

 しかし、それ以上に懸念すべきことが一つ。


 ――なんか距離、近くない?


 すぐ後ろに立っているのは分かる。

 なんで椅子に座っているアレイヤと高さを合わせるように膝を曲げているのかが分からない。

 膝を立てている、とかではなくただ頭の高さを下げるように膝を曲げているので上体がやや前のめりになっていて、アレイヤの頭のすぐ上にノーマンの頭部があるようにしか見えない。

 ちょっとでも顔を上げればノーマンの顔があるのだろう。


 なんだこのシチュエーション。


 否応なしにここが乙女ゲーム準拠の世界であることを思い出させる。

 もしかして、知らない内にノーマンルートに入ったのかと不安になるのだった。


これにて斬髪事件編は完結です。

次回からは魔力暴走編です。

こちらもすでに別で上げているものと内容はほぼ同じです。


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