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斬髪事件~悪役予定だった令嬢とヒロイン~

エピローグその1です。

 髪を切られる事件が起こる前。



 この世界では、昇降口で靴を履き替える文化は存在していない。


 だから日本でよくある上履きを隠されたりゴミ箱に入れられているなんて陰湿な嫌がらせを受けずに済んではいるのだけれど、その他の持ち物を盗まれるというのはよくある。

 こういった対策として、余分に持っておくことも日本で生きていた頃に漫画で読んだものだ。実行することになるとは思いもよらないとしても。

 だからといって制服の替えなんて常に持ち歩けるわけもない。


 養子入りした子爵家は貧しいわけじゃない。

 だけど、嫌がらせを受けているから余分に用意してくださいなんて図々しいことは言えない。それ以前に、嫌がらせを受けているなんて口が裂けても言えそうにはない。


「ノルマンド様」


 やれやれ、どうしたものかな。と魔法の実習の授業で着替えた後のアレイヤはズタズタにされた制服を手に階段の陰に隠れていると、小さな声で名前を呼ばれた。

 令嬢としてどうかと思われる口調と溜息の数が多い中でもその声ははっきりと届く。


「…………」


 突然現れた人物に、アレイヤは咄嗟に深く頭を下げた。

 立場が違いすぎるのと、うかつな行動を取ればさらし者不可避になる相手だ。


「頭を上げてくださいませ。誰にも見られないようにするのにも限界があります。手短に済ませましょう」


 許可を得て頭を上げれば、間違えるわけがない美声の美女こと、ゼリニカ・フォールドリッジ公爵令嬢が人目を気にしながらアレイヤの前に立っていた。


「フォールドリッジ様、私に何か用でございますか?」

「ええ。その姿で教室に戻るわけにはいかないのでしょう? こちらをお使いになって」


 そう言って包みを渡される。躊躇う余裕もないくらいの身分差があるので、素直に受け取って包みを開く。

 中には、新しい制服があった。


「申し訳ございません。私の友人のどなたかがやったのだと思いますけれど、まだ誰がやったのかを突き止めておりませんの。ですので、ささやかながら私から謝罪を」


 友人がやったと思うから、先に友人に代わって謝罪をする公爵令嬢。

 アレイヤはふと手元の新しい制服に目を落として、小首を傾げた。


「恐らく、私の制服を損壊させたのは貴女様のご友人ではないかと……」

「え?」

「先の時間、私のクラスは全員それぞれの属性に分かれての実習を行っていました。途中で抜け出すことなど不可能でしょうし、そんな方がいたら調べればすぐに分かります。それはフォールドリッジ様のご友人たちも同じはず。休憩時間の間は私自身がまだ制服を着ていましたので、犯行が行われたのは恐らく授業中の間のこと。その時間の私の制服を特定して手を出せるような人物は限られます」


 制服なのだから女生徒は同じものを着ている。置き場所から特定するなら同じ空間で着替えた女生徒たちが容疑者になるが、着替えた生徒たちは漏れなく同じ場にいた。


 同じ空間で、それぞれの属性に分かれていたのだ。


 言うなれば体育の時間に全員が体育館に集まり、卓球やバスケ、バドミントンなどやりたい競技に集まって各々時間を過ごすようなものだ。


 誰かが抜けだせば、誰かが見ている。

 これでまずアレイヤのクラスメイトの容疑は晴れる。

 ゼリニカはアレイヤの一つ上の学年だが、階段の下で隠れてどうしようかと悩んでいる中、一学年上の先輩たちが授業を終えて移動する音と声を聞いていた。

 それによれば、先輩たちは一属性一教室に分かれての、高位魔法の授業が行われていたらしい。

 属性ごとに教室に分かれるので、それも誰かがいなければ目立つはずだ。

 アレイヤの説明にゼリニカの表情は段々と曇っていく。


「そうなると、残るは最高学年の方々……もしくは、教職員の方となってしまうわ」

「そうですね。そうかもしれません」


 はっきりとは言わない。

 最高学年――三年生にはゼリニカの婚約者であるアルフォン王子がいる。

 三年生にゼリニカの友人はいないようなので、おのずとゼリニカとその友人方は容疑者から外れる。


「……少し、考えることができたわ。あなたも早く着替えて教室にお戻りになって」

「フォールドリッジ様、その……ありが」

「今は何もおっしゃらないで。どちらにしても私があなたに迷惑をかけていることに変わりはないもの」


 友人であろうと、婚約者であろうと、関係者であることに変わりはないとゼリニカは言う。だが、アレイヤからしてみれば関係者が関わっているだけであってゼリニカに非はない。

 自分がやったことではないが原因の一端だからと新しい制服を渡してくれる人が犯人とは考えにくい。

 というより、嫌がらせをする理由がないのに罪悪感を覚える必要なんてないのにと思う。

 暗い表情のまま去ろうとするゼリニカにかける言葉を見つけられないでいると、背中を向けたゼリニカが振り返ることもなく言った。


「それから、ゼリニカでいいわ。私もあなたを名前でお呼びしてもよろしくて?」

「あ、はい。もちろん。……ゼリニカ様、ありがとうございます」

「……あなたも私も、あの方に困らせられている仲間ですもの」


 ではね、と今度こそ去って行った。



+++



「ゼリニカ様!」


 レオニールに魔法学園で起きた一連の当事者として王城に呼び出されていたアレイヤは、共に登城していたゼリニカを追いかけていた。

 国王陛下に会うのは初めてで緊張したが、ほとんどの説明はゼリニカがしてくれたので声が上擦ったり等の失敗をせずに済んだ。

 目の前で犯行が行われていたというのに大事な場面を見逃した自身を責めるゼリニカに、アレイヤはただ必死に首を横に振ることしかできなかった。


「アレイヤ様、この度は散々でしたわね」

「そんなの、ゼリニカ様の方が……」


 結論から言えば、アルフォン王子には王太子に指名しないという王命が下された。

 同時にゼリニカとの婚約も破棄となった。


 アレイヤはこれで陰湿な嫌がらせが終わったわけだが、ゼリニカはそうではない。突然次期王太子の婚約者の肩書きが消えたのだ。

 公爵家はすでに混乱状態にあることだろう。


「ここだけの話、私はアルフォン様とあまり気が合わなかったようですの。あちらが私に好意を持っていなかったのと同じくして、私もあの方への愛情はまったくありませんでした。だから、別に気にしてなどいませんわ。公爵家としての務めを果たせなかったのは残念ですが、これで私の人生が終わったわけでもありませんものね」


 落ち込むアレイヤに大袈裟なほど明るい笑顔を見せて励ましてくれている。

 毅然とした態度を崩さないのは、さすが公爵家令嬢。


「私の心配より、やはりあなたの心配をすべきだわ。早急にどうにかしなければなりませんわね」


 腕を組み、まだ切られっぱなしのままのアレイヤの髪をじっと見る。説明の都合上、整えるのは許されずに国王陛下との謁見に至っている。

 王城の中をたった二人だけで移動するわけにもいかず、フォールドリッジ公爵家から来たメイドと城のメイドたちが後ろに付いている。念のためと王家に仕える護衛騎士も二名付いてくれている。

 ちらりとゼリニカが目配せをすれば今にもアレイヤの髪を整えさせようと動くはずだ。

 実行犯はロイドだが、命令したのはアルフォンだ。城の人間がアレイヤのために尽くすのも当然な流れではある。

 いくら名前を呼ぶことを許されたとは言っても、アルフォンとの婚約関係が解消された以上ゼリニカがアレイヤに関わる理由がない。

 嫌がらせはなくなり、ゼリニカがアレイヤに善意を働く意味はなくなっている。


「……あら、どうやらあなたの髪型を整えるのは私の役目ではないようね」


 ふふ、と目を細めて上品に笑ったゼリニカは、軽く手を振ってメイドを伴いながら城の廊下を歩いて行ってしまった。

 追いかけたくても、そういう空気ではない。

 迷子になる不安はあったが、城のメイドたちと護衛騎士の二人はアレイヤに付いているようでその場を動いていない。


「ノルマンド嬢」


 ゼリニカに代わってアレイヤの髪を整える役目を持つらしい人物に声をかけられ、アレイヤは振り返った。


次はエピローグその2です。

その次に次の事件に入ります。


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