公爵家別邸の亡霊事件 3
悲鳴を上げそうになったトワレスとララが口を両手で塞ぐ。大きな声を出して謎の騎士に見つかるのを恐れたのだろう。
つい今しがた案内役の騎士が大きな声を出していたけれど。
だが、廊下の先にいる謎の騎士はこちらを見ようとせず、ただただ歩いているように見えた。一歩一歩、ゆっくりと。
「まさかロベルタ嬢……、あの話は本当にあったことなのか?」
ノーマンがララに聞くも、涙目でぶんぶんと首を横に振って否定の意思を見せるだけで一声も発さない。両手で口を押えているからかもしれない。
「あの話は我がフォールドリッジ家の名を使用しただけの創作話ですわ。私も保証します」
「けれど……」
ゼリニカがララの潔白を証明するが、納得がいかないのかノーマンは疑問の目でララを見ている。疑われてより涙が溢れるララは今にも膝をつきそうだ。アレイヤはそっとノーマンの顔を覗き込む。
「ノーマン様、私も聞いています。ご家族と見られた歌劇を参考にしたと。それに、ここはフォールドリッジ公爵家とは関係のないお屋敷のはずですよね?」
「……確かに。王家所有の空き家でした。許可を取られたのはレオニール王子殿下であることも間違いなく証明できます。ロベルタ嬢、失礼しました」
ララの潔白は証明され、ほっと息を吐く。
「じゃあ、あの騎士は一体誰なんだ……?」
レオニールの呟きにロナルドがハッと何かに気付いた。
「あの騎士服は、もしかすると領地の騎士団のものでは……?」
姉上、とロナルドがゼリニカに尋ねる。ゼリニカはじっと廊下の先の騎士を見つめるが、困った顔で首を傾げた。
「ごめんなさい、ロナルド。よく、見えないわ……」
似ているような、そうでもないような。か細くなる声には不安が滲んでいる。
作り話だと分かっていても、誰もがフォールドリッジ家の令嬢であるゼリニカを謎の騎士から一番離れさせようとしていた。そのせいでゼリニカは騎士の姿が見えにくい位置にいる。
「殿下、あの騎士が何者か確認いたしますので、しばし待機願います」
「ああ、頼んだよ」
案内役の騎士にそう言われ、レオニールが頷く。
書斎の外で待機していた騎士にも声をかけ、三人の騎士が謎の騎士に向けて進みだした。
二階の書斎には扉が二か所ある。
入ってきた扉とは別の――順路的に正しい――扉からは真っ直ぐに廊下が伸びている。右手にはゲストルームが二部屋並んでいるが、その先には広い空間が。その広い空間を謎の騎士が歩いていた。窓が三方にあるからか、月明かりが差し込んでいる。白いもやがかかっているが、その近くに使用人用の入り口前と繋がる階段があるはずだ。
案内役の騎士の前に二人の騎士がいる。二人と一人の体勢で進んでいくらしい。いつでも攻撃できるようにか、腰に佩いた剣に右手が固定されている。
「……うっ」
「どうした?」
「分かりません、なぜか、感覚が……」
「真っ直ぐ進んでいる感覚が……ないような?」
後ろの騎士が前を歩く騎士二人の様子がおかしいことに気付くが、歩みを止める気配はない。
「慎重に、数歩先の床を見て進め」
「了解」
「了解」
聞こえる会話がさらに不安を煽る。
そうして三人の騎士が謎の騎士に迫ろうとした瞬間、謎の騎士は光に溶けるように消えてしまった。
謎の騎士は消える前までアレイヤたちのいる書斎から見て左側にある窓に向かっていた。窓に手を伸ばし、何かを求めるように窓へと進んでいく様子は全員が見ていた。
そして、消えた。
「何が起きたんだ……?」
ロナルドが呟く。
消えた瞬間はロナルドも見ていたはずだが、理解はできていないようだ。それはレオニールやノーマンも同じで、放心に近い状態で廊下の先から目を離せない。
ゼリニカもトワレスもララも、怯えて進めそうにない。
アレイヤは一人、書斎から身を乗り出す形で前に出た。
「アレイヤ⁉」
「……途中、騎士様たちの様子がおかしい部分があったから気になっただけ……です」
レオニールの驚いた声に答えている途中、まだ書斎の外に待機してくれている騎士の一人と目が合ってつい敬語が出てしまった。知らない人から見れば一人の令嬢が王子とタメ口で話すなんて何事かと思われかねない。
行いを反省しつつ、廊下の先に行き着いた騎士たちを見やれば、案内役の騎士と目が合った。
安全が確認されて書斎から全員で出る。一応念のためにとロナルド、ノーマン、レオニールと男性陣が先に行き、女性陣が後から続く布陣となった。
真っ直ぐ伸びる長い廊下を進んでいたロナルドが、突如としてふらつく。
「な……?」
驚きの声は小さかったが、ロナルドの身に何かが起きたのだとすぐに分かる。次の瞬間にはレオニールとノーマンもバランスを崩していた。
「な、なんだ……体が勝手に?」
「どうして、こんな……」
「殿下、お下がりくだ」
「みなさま、ご自身の歩く数歩先だけを見て真っ直ぐこちらへ。急がなくとも問題ありません」
ふらつくレオニールとノーマンにロナルドが下がるように言いかけたのを前にいた騎士が遮った。本来であれば咎められるだろうが、今回は素直に騎士の言葉に従った。
ふらつきから解放されたレオニールはすぐさま歩いてきた廊下を振り返る。
そして――笑った。
肩を震わせているだけに見えるが、それが恐怖ではなく笑っているためだと分かるのは、笑い声がわずかに聞こえたから。
困惑するノーマンやロナルド、それにゼリニカとトワレスとララ。
騎士たちすらレオニールの笑った理由を理解している。
「心配するな。部分的に背景が動いて見えるだけで害はない。そういうことだろう――アレイヤ?」
確信を抱いているその発言は王族らしい圧がある。
犯罪の容疑者を追及するのであれば有無を言わさない圧は必要だとは思うが、アレイヤは罪を犯してはいない。
「こういった視覚的な仕掛けが簡単にできるのは、今この場ではアレイヤの光魔法だけだ。襲撃によって壊れた街の修復作業中、民が不安にならないように煌びやかな装飾を施したのはアレイヤだった。恐らくそういう魔法の応用だな」
くつくつと心の底から笑ってしまうのを最小限に留めるレオニール。
「騎士たちに事前に注意事項を伝えておくところがアレイヤの危機回避の性格の顕れか?」
「……そうです。真っ直ぐ歩きたいのに視覚効果でできなくなるのがこの廊下の仕掛けです。なので楽しんでお渡りください」
見破られるのは承知の上でしたが、ちょっと遅いですよ。と言えば信じられないといった顔で見られた。
ただの強がりである。
「え、え? どういうこと……ですの?」
「トワレス様。二階のこの廊下は私が仕掛けた箇所という意味です。気分が悪くなったら騎士様の言ったように数歩先だけを見て歩いてください。壁を視界に入れると真っ直ぐ歩けなくなりますから」
混乱の続く三人に寄り添うように廊下を歩いてみれば、中ほどからは理屈が分かったのか笑顔が浮かぶ。トワレスは二度三度と廊下を歩き直そうとしたが、ゼリニカがわずかに震える声で「アレイヤ様?」と口にして足を止めた。
「そう、そう……よね。アレイヤ様は光魔法が使えますし、新しい魔法も作れる才女ですもの」
「姉上……?」
「ロナルド、私、いつの間にかララ様のお話を本物だと思い込んでいたみたいだわ」
力なく苦笑しながら、ゼリニカは謎の騎士が消えた位置に立って、窓の外に目を向ける。
窓の外には噴水が見えた。少し前にゼリニカが手を噴水に入れて時間を潰していた。
その噴水の淵には一人の女性がいた。
眩い金髪の髪を垂らし、水面を見つめている。
「あれは……」
ゼリニカの呟く声にレオニールが窓に近付く。同じように噴水を見下ろして誰も知らない女性を見て、ついゼリニカに視線を移した。
水面を見下ろしているから顔は分からないが、雰囲気はゼリニカにどことなく似ている。
どこにもいなかったはずの女性は、周囲に騎士たちがいようとも見向きもせず、ただただ水面を見つめ続けている。
そこに騎士がいないと思い込んでいるのか、それとも探している騎士ではないと気にしていないのか。
はっきりと分かるのは、その女性は存在しない人物であるということだけ。
「本当に、アレイヤ様はゼリニカ様を慕っておいでですね」
レオニールの後ろから窓の外を見たノーマンが笑いながら言った。
「先ほど、「二階のこの廊下は私が仕掛けた」と仰ってましたね。それはつまり、存在しない騎士と令嬢の姿を作り上げて動かしたのもアレイヤ嬢ということですか」
トワレスとララも窓を覗き込んではお互い顔を合わせて笑う。
「アレイヤ様の魔法は、綺麗で素晴らしいですわね」
「私が作ったお話をここまでのものにしていただいて……嬉しいですわ」
ロナルドだけが、何度もゼリニカ似の女性とゼリニカ、それからアレイヤを見ては混乱から抜け出せずにいた。
ロナルドだけはアレイヤの魔法を見たのは初めてなのだから無理もない話である。
そんな中、アレイヤだけは離れたところにいるしかなかった。
目の前で自分を褒める会話をされていて近付くのも気が引ける。目のやり場に困って彷徨わせるが、どこを向いても騎士たちの温かい目が視界に入ってしまう。
こうなる予定ではなかった。
真っ直ぐ歩けない廊下を進んだ先で、窓の外を見れば噴水の前で令嬢と騎士が再会するというストーリーで終わるはずだった。
そのために騎士たちに協力をお願いしたのに。
アレイヤは騎士の一人に合図をする。
合図を受けた騎士はレオニールたちが覗く窓とは別の窓に手を振って合図を送る。きっとレオニールたちの視線の先には令嬢と騎士が再会するシーンが繰り広げられているだろう。
ここまででアレイヤ担当の恐怖体験のコースだったのだが、見破られてしまっては恐怖も何もなくなってしまった。
「レオニール……分かったとしても言わない方がよかったなぁ」
アレイヤが唇を尖らせても、ララ・ロベルタの考えた創作を彩ったすべての仕掛けに贈られた拍手によって掻き消された。
夏休みもあと少し。
+++++
じゃあ魔法解除しますね、とアレイヤが噴水の前に佇む創作上のフォールドリッジ家の令嬢と騎士の姿を消した。
代わりに現れたのは、レオニールが連れてきた騎士二人。
アレイヤは騎士の外見を魔法で変化させていただけで、それっぽい動きをしていたのは二人の騎士だった。
この現実を直視してしまった全員はそっと目を逸らして見なかったことにしていた。
+++++
帰宅する時間となってから、なぜかレオニールがノーマンに引きずられるようにして屋敷の中へ連れて行った。それを追うトワレスとララ。さらにはゼリニカまで。
全員が生粋の貴族なので片付けを手伝うとは考えられないし、すでに騎士たちが撤収作業に入っている。アレイヤだけはすべて魔法で賄っていたので片付けの必要はないが、もしかすると二階の感覚が狂う廊下に行くのかもしれない。その箇所の魔法はまだ解除していなかった。
ロナルドもゼリニカに続いて屋敷に入ろうとしていたが、「あなたはアレイヤ様とここにいてくれる?」と言われてしまったので、お留守番である。
「本当に、あれらはすべて魔法で作られたのですか?」
二人きり――正確には周りには騎士たちがいる――になったからか、ロナルドから質問がやって来る。
「はい。光魔法はみなさまの持つどの属性とも違います。見えているものすべては網膜が掴んだ光。考えようによってはどんな使い方もできるのです」
「火、風、水、土にはできないような?」
「火、風、水、土のようなことはできませんけどね」
所詮光は光。
本来ならば癒しの魔法を使うことが多く、攻撃魔法を使うことはないと聞いている。アレイヤの使える攻撃魔法も魔力を直接ぶつけるような単純なもの。それもアレイヤの魔力量があってこそ使えている。使いたくはないのだが。
「廊下の背景の魔法はお聞きしましたが、あの……騎士が消えたように見えたのはどのような魔法なのですか?」
「ああ、あれは一時的に姿を隠す魔法を使って騎士を見えなくして、移動してもらったんです。その魔法も魔法実技試験で披露していますから、レオニール王子殿下だけでなくゼリニカ様も覚えていらっしゃると思います」
試験での披露ではなく、アレイヤに嫌がらせをしていた犯人たちから身を守るために側に付いていてくれた二人の騎士を消していた。
光の屈折を利用しているので、原理はロナルドにも分かるだろう。
「大変興味深いですね。光魔法は癒しの魔法だとよく言われていますが……」
「……まだ使えないんです。どうにか使えるようにならないか、先生と相談してはいるのですが」
「先生、とは……。光魔法について造詣の深い講師がいましたか?」
「以前いた光属性の女性の元婚約者で、光魔法について少し詳しいんです」
「ああ、あの若い……確かクロード・ランドシュニーと言いましたか」
クロードの名前はどうやら学園入学前の貴族にも知られているらしい。
姿だけならば有名すぎる元婚約者と出かけた際に見かけることもあるだろうが、名前までとなると珍しい気もする。
「仲が良いのですか?」
「仲、は普通だと思いますよ?」
教師と生徒の仲を疑われるほど仲良くした覚えはないが、授業をサボってスイーツを食べた仲ではある。
それに、
「命の恩人、なんです」
プリズムによる魔力暴走誘因事故。
魔力の枯渇によって倒れたアレイヤへの魔力譲渡。
クロードに本当の意味で命を助けられた。それも二度。
何度思い返しても嫌がらせの範疇を超えた嫌がらせだった。
「ま、待ってください」
すべて解決して無事でよかったなー、なんて笑っているアレイヤとは対照的にロナルドは青い顔をしている。
口元を隠すように手を当てているが、手の内側で何かを高速で呟いている。脳内の言語化をして冷静を取り戻そうとしているのだろう。
「姉上に聞きました。貴女はレオニール殿下と食事に行った先でも危うい目に遭ったとか、他国から狙われているとか……。どうして貴女はそんなに笑っていられるのですか⁉」
「え?」
突然怒り出したロナルドに固まってしまう。
怒られる理由があったっけ、と狼狽えるアレイヤに一歩ずつ近づいてくるロナルドに後ずさる。
「もっと危機感を持つべきです! 命を狙われるなど、よりによって魔法学園内でなんてありえないでしょう!」
「そ、そうですね……?」
「王立ですよ⁉」
「はい、仰る通りです……」
「どうなっているんだ学園の警備体制は! 以前から思うところはあったのです。だって姉上がいるのに蔑ろにするような振舞いをするアルフォン殿下に誰も何も言わないなんておかしいでしょう⁉ その上その殿下が熱心に追いかけていたはずの貴女がどうして……ありえない」
公爵子息にあるまじき大きな声を上げたロナルドにさすがに周囲の騎士たちも驚いている。
アレイヤもどうして学園の警備体制の怒りをぶつけられているのか分からない。
ゼリニカがいつも落ち着いて慈悲深いからか、ロナルドの今の姿は意外に見えた。
ゼリニカが、というよりも公爵の位を持つ家の子息が取り乱すのが珍しいと言った方が正しい。
すべて解決して問題はなくなったのだと言いたいが、誰の声も入らない状態だと見て取れる。どうすればいいのかと考えている間にアレイヤの両肩が掴まれた。
「ひっ」
「貴女は僕がお守りします!」
「えええ⁉」
がっしりと肩を掴まれているせいで身動きが封じられて逃げ出せない。
「学園内には衛兵がいるはずですが、校舎内での行動までは共にできない。ならば同じ生徒なら大丈夫ですよね! どうにか入学を早める方法は……」
「待って! 待ってくださいロナルド様! 大丈夫ですから!」
「姉上が貴方を気に掛ける理由がやっと分かりました。命を狙われていると知っていて見過ごすなど公爵家に生まれた人間としては無視できません!」
どうしてそこまでヒートアップできるのか、あまりの勢いに騎士たちも手を出せずにオロオロしている。指示を出せる立場の人がこの場にはいないからなのか、動いていいのか分からないようだ。
命を狙われる心配はもうなくなったのだと言っても「そう信じたいのは分かりますが!」と聞き入れてもらえず、両肩が痛い以外の感情が失せていくのが分かる。
やり過ごす以外にできそうなことが見当たらない。
心を無にして時が過ぎ去るのを待とうと覚悟を決めかけた時、屋敷の中からゼリニカたちが戻ってきて事なきを得た。
レオニールと入れ替わるように次はロナルドがゼリニカに引っ張られて屋敷の中へ戻ろうとするのを騎士に止められていた。代わりに帰りの馬車の一台がフォールドリッジ姉弟に割り当てられた。
随分と賑やかな一日だったと、アレイヤはノルマンド子爵邸に戻った後に義両親と酒を酌み交わしながら語ったのだった。
夏は終わったけど時期的にハロウィンだし、なんか丁度よかったかもしれないと思っています。
次はエピローグ上げたいんですけど、まだ書いていないのでいつになるか分かりません。
そのエピローグが終わったら多分最終章的な流れになると思います。
予定は未定です。
アレイヤさんが最後の方に言っている「網膜が掴んだ光」というのは、私が好きな曲の歌詞の一部です。
この世界さえもたかが網膜が掴んだ光。




