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公爵家別邸の亡霊事件 1

 温室でアルフォン第一王子から秘密の手紙を読んだ後、アレイヤはゼリニカとは別のタイミングで温室を出た。

 パーティをお開きにして招待客を見送るゼリニカとロナルドを横目に、温室にはいなかった使用人に公爵邸内の一室に案内された。外の景色は段々と夕暮れ色になりつつある中、まだ青が残る空が窓の外に見える。

 そんな窓からやや下に視線を下げるといるはずのない人物がそこにいた。


「アレイヤ様、お久しぶりですわね」

「アレイヤ様、お会いできて嬉しいですわ」


 トワレス・アークハルトとララ・ロベルタの両伯爵令嬢がソファに座っている。トワレスはお茶のカップを、ララは大事そうに紙を抱えて。


「お、わ、わ、え」

「落ち着いてくださいな。私たち、ちゃんと本物ですわよ?」


 まだこれから予定があるからと通された部屋にゼリニカと接点があると想像していなかった二人がいれば驚きもする。

 初めてできた貴族のお友達が、尊敬してやまないゼリニカの屋敷にどうしているのかと脳内で必死に理由を探してみるが見つからない。

 もしかして夢、そうか夢かと混乱するアレイヤに気付いたララは持っていた紙を膝に置いて「アレイヤ様?」と名前を呼ぶ。

 遅れてアレイヤの様子に気付いたトワレスが一瞬の間を置いて言った。


「もしかしてアレイヤ様、この後の予定を聞かされていませんの?」

「よ、予定? 予定は、あの、何かあるらしいということは聞きましたけど、具体的に何をするのかはまだ……。どうにもタイミングが悪くて、ゼリニカ様もノーマン様も教えてくださりそうだったのですけど……」


 ゼリニカはアレイヤの悪口を言う招待客の窘めやアルフォンからの手紙でタイミングを逃していたのは分かるが、今思い返してみればノーマンはアレイヤの格好を褒める時間があれば説明できたのではないだろうか。というか、そんなことをしていたから公爵邸に到着してしまって説明を逃したのでは。

 いや、褒めてもらえるのは嬉しいのだけれど。

 まだこれからの予定を聞かされていないのだと知った二人は、一度お互いの目を合わせてにっこりと笑顔を浮かべる。そして、トワレスが先陣を切った。


「最近暑くて困るでしょう? これから、王都の端にある空き屋敷に移動して恐怖体験をするのですわ! 人は恐怖を感じると涼しくなるのですって!」


 ご存じでしたかしら? と目を輝かせるトワレスに気圧される。


 恐怖体験。


 アレイヤにしてみれば「肝試し」や「お化け屋敷」と言った方が馴染みはあるが、圧倒的に娯楽の少ないこの世界ではそんな名称は存在していない。

部屋に案内してくれたメイドに椅子を引いてもらって座ると、今度はララが説明の続きを話し出す。


「ゼリニカ様に許可を得まして、設定も考えましたの。この間家族と観に行った歌劇がとても素晴らしくて、勢いで作ってしまいましたわ。それも夜通し!」


 これが設定ですわ、とずっと抱えていた紙を渡してくれるので両手で受け取る。メイドが紅茶を淹れてくれたが、飲んでいる余裕は貰えないらしい。

 紙には流麗な筆跡――意図的だろうが個人を特定できるような筆跡ではなく、製本された小説のような字体で書かれている文章は正直読みやすい。


「ここは由緒あるフォールドリッジ王都公爵邸。そのフォールドリッジ公爵家が公爵位をたまわるまでに住んでいた前の屋敷のお話――」


 ララは語る。

 これから行われる恐怖体験の舞台設定を。




 かつてフォールドリッジ家には騎士がいた。普段は領地を守る騎士団だが、王都に領主一家が滞在する際には一部が護衛として訪れる。その護衛として派遣された騎士の一人が、フォールドリッジの令嬢に恋をした。

 令嬢もいつしかその騎士を想うようになっていた。

 立場を理解していた二人は、結ばれることを望まずにお互いがそこにいてくれればそれでいいと遠くから眺めるだけで満足していた。

 しかし、戦争が二人を強制的に引き離した。

 物理的な別れ。

 永遠の離別。

 騎士の戦死を聞かされた令嬢は七日七晩涙を流し続けた。その後、令嬢は悲しみのあまり自ら修道院に入った。

 時が過ぎ、フォールドリッジ家は公爵位を賜り、今の場所に王都邸を移した。

 死して尚令嬢を想い続けていた騎士は魂の状態で以前のフォールドリッジ邸に戻ってきた。令嬢が修道院に行ったことも、別の場所に屋敷を移したことも知らない騎士は今も元の屋敷で令嬢を探し彷徨い歩いているという……。




「切ないお話、ですね……」


 最初にわずかでも恐怖心を与えるためのアイテムとなる設定の話なのに、アレイヤが口から零れた感想は「切ない」だった。

 いわゆる悲恋と呼ばれる類の内容に、そう言うしかなかった。

 その後のお嬢様の行方が語られない辺りに自由性があって、そこがさらに切なさを与えることになっているのだが、ララはそこまで考えていたのだろうか。


「あ、あの、こういうの初めてなので、粗があるのはお許しくださいね? きっと、頭の良いアレイヤ様から見れば指摘した箇所なんてたくさんあるとは思うのですけれど」

「え、そういう遊びを残したわけではないのですか?」

「……遊び?」


 ララが慌てて言い訳のような言葉を言うからか、反射的に言い返してしまった。


「聞き手が自由に想像する範囲をわざと残したのかと思いました。だってこれからそのお話を元とした恐怖体験をするのですよね? 愛したお嬢様を探している騎士の亡霊の前に私たちというまったく別の存在が現れたら騎士はどんな反応を見せるのか。お嬢様と間違えるのか、それとも騎士の本能として侵入者を排除しようとするのかとか……」


 アレイヤなりのその後の想像を言うと、ララもトワレスも目を見開いてガっと手を握ってくる。

 アレイヤが紅茶のカップを持っていたら惨事になるところだったが、丁度カップはテーブルに置いたままである。


「素晴らしいですわ、さすがアレイヤ様! 私も切ないお話だと思っていましたが、一気にお屋敷散策が楽しみになりましたわ!」

「想像の余地を残すことを“遊び”と言うのですね! 初めて知りましたわ! アレイヤ様とお友達になれて本当によかったですわ!」


 トワレス、ララと連続して興奮を浴びたアレイヤは前世の経験を話しすぎたかと反省した。

 設定付きのお化け屋敷に何度か行ったことがあったばかりについ口が滑ってしまった。

 一時期ものすごい流行っていたからね。


「ああ、この後の予定も変更が必要ですわ! アレイヤ様、ぜひアドバイスをお願いしたいのですけれど、よろしいかしら?」


 よろしいも何も、アドバイスが必要な予定の変更とはこれ如何に? と顔に出ていたのだろう、ララが「これから舞台となる別邸に行って、恐怖体験に相応しい仕掛けを施すのです。参加者がそれぞれ、好きなように」と教えてくれる。

 誰かに仕掛けを任せるのではなく、参加者が各々いくつか仕掛けを用意するらしい。普通なら、使用人とかに任せてしまいそうなものだが。


「せっかくですもの、自分たちの手を入れたいですわよね」と楽しみを隠しきれていないトワレスの言葉に深く納得した。トワレスやララは参加型のイベントが好きそうだとアレイヤは察している。

「それで相談なのですけれど……。恐怖体験なんて言いますけれど、照明を最低限まで落とす以外にできることって何かありますかしら?」

「そうですね……。ちなみに魔法って使ってもいいのでしょうか?」

「攻撃魔法でなければ大丈夫ですわ」


 攻撃魔法を仕掛けたりしたらそれはお化け屋敷ではなくなるので、正当な判断だ。

 魔法の使用が認められるなら、幅はかなり広がる。けれど魔力の痕跡によって誰がどういったものかを仕掛けたか知られる可能性もある。まだ参加者を知らないので、念のために魔法を使わない仕掛けも用意した方がいいだろうか。


「人間が怖いと思う時……まずは温度を低くする、とかでしょう。寒気がすると本能的に身構えてしまうものです」

「なるほど。温度を低く……。他には?」

「照明が暗いのなら、突然体に何かが当たれば恐ろしいですね。しかもそれが少し濡れていたり……」

「い、今、背中がぞわっとしましたわ!」


 部屋の中は快適なはずなのに、両腕をさすって身を温めるトワレスにアレイヤは効果を実証できたとララに視線を移した。

 ララは両手で口を覆い、目を見開いている。


「ララ様……?」


 恐怖のあまり言葉を失くしてしまったのかと少しだけ焦る。ララはゆっくりと手を下ろすと、遠慮がちに尋ねてきた。


「アレイヤ様は……恐怖体験のご経験が?」


 あまりにもリアリティのあるアドバイスをしてしまったからか、内容ではなくアレイヤ自身に恐怖を覚えられてしまっている。

 前世の記憶があるばかりに、口が滑った感は否めない。


 ――お化け屋敷の経験はあります! もっと言いたい……。言ってしまいたい! 


 うっかり心の声が出ないようにぎゅっと口を閉じる。


「貴族になる前、一人で森によく入っていました。その時に多少の恐怖体験と呼べることはありました」


 一人は一人だけれど、森の動物たちと一緒にいたから実質一人ぼっちではなかったが、苦手な虫だとか、突風に揺れる木々に怯えた頃があったのは事実だ。

 嘘は言っていない。

 目を逸らして誤魔化したと気付かれないようにしていると、両隣から二人の腕が回される。わざわざ移動したトワレスとララに、アレイヤは強く抱きしめられた。


「私たちがいますわ、アレイヤ様!」

「そうですわ、もしも恐ろしいと感じることがあればすぐに仰ってくださいね? すぐにお傍に参りますから!」

「トワレス様……? ララ様……?」


 なぜ二人が急にそんなことを言い出したのかと疑問に思う間もなく正解がもたらされる。


「先ほどお聞きした恐ろしい仕掛けの話……。あれは実体験が元になっていたのですね⁉」

「え……、あ」


 寒気がすると本能的に身構えてしまう。

 照明が暗いのなら、突然体に何かが当たれば恐ろしい。


 つい先ほど話した内容が過去のアレイヤの身に起きたと思われたらしい。

 聖域の森と名は付いているが、田舎の子どもの一人遊びである。暗くなる前に家に帰っていたし、寒気がしても毛皮を持つ動物たちが寄り添ってくれるので寒いと感じたことはなかったのだが、言わなければ通じない。

 訂正するなら早い内の方がいいのは分かっているし、今のタイミングを逃せば訂正の機会が来るのかどうか怪しすぎる。


「私たちで不安であればどなたかをお呼びしてもいいですわね、トワレス様!」

「ええ、そうよ。そうなのよね、ララ様!」


 二人の輝く瞳が両側から向けられて、逃げ道を塞がれているアレイヤはひしひしと視線を感じる以外にできることがない。

 正直に「恐怖体験で楽しむことはできても恐ろしいと感じることはない」と言っても聞いてもらえそうにない。


「アレイヤ様はどなたに側にいて欲しいと思われますの⁉」

「ぜひ教えてください! 何なら、今から頑張って呼び寄せましょうか⁉」


 夏は人を狂わせる。

 恐怖と、恋に。

 そうアレイヤは悟った。


「楽しそうにお話されているところ申し訳ないけれど、そろそろ着替えていただかないと間に合いませんわよ?」


 ノックの音がしたかと思えば、返事も待たずに扉が開いて呆れた顔のゼリニカが立っていた。

 やはり、ヒロインが困っている時に助けてくれるのは悪役令嬢ではないがゼリニカなのである。

 しかし着替えとは?



+++++



 あれよあれよと気付けば昼用のパーティドレスから普段着に近いワンピースドレスに着替えさせられた。着替えることを伝えられていないので、ゼリニカの持っているサイズの合うものだ。


「本当はアレイヤ様用に用意したかったのだけれど、サイズが分からなくて。お下がりでごめんなさいね?」

「…………」

「ゼリニカ様、アレイヤ様は放心しているようですわ」

「アレイヤ様~、しっかりなさってくださいまし~」


 ゼリニカ、ララ、トワレスと順に声をかけてくれる中、アレイヤはゼリニカが最低でも一度袖を通したというワンピースドレスを自分が着ているという現実に追いついていなかった。


 ――いい匂いする。めっちゃ可愛いデザイン。悪役令嬢が着るにはあまりにも可愛いデザインすぎん? いや悪役令嬢にはなってないしこれからも予定はないんだけど。ええ、いつ頃着てたやつなの? このデザインに似合った容姿だったわけでしょ? 今大変お綺麗なのに愛らしい姿をしていた時期があるってことでしょ?


 傍から見ればフリーズしているアレイヤだが、脳内は忙しなく感想を紡ぎ続けている。

 せっかくの衣装に皺などを付けてなるものかと、固まってしまっているだけだ。

 そんな中再び響いたノックの音に四人が一斉に扉に目を向ける。


「姉上、ロナルドです。殿下が到着されたと知らせが入りました」

「分かったわ。扉を開けてちょうだい」


 ゼリニカが許可を出した次の瞬間に扉が開かれる。扉の外にまず見えたのは、老齢の執事。その奥にロナルドはいた。


「姉上、殿下が馬車で待つと仰せなので対応をお願いした……アレイヤ嬢、とてもよくお似合いですね」


 真っ直ぐにゼリニカへと目を向けていたはずのロナルドが視界に入ったらしいアレイヤを見て感想を口にした。姉への連絡を途中で止めてまで。

 直球で褒められるとは想像もしていなかったアレイヤはただ口をぱくぱくと開閉を繰り返すだけ。

 不意打ちで褒められたからか、一秒二秒と過ぎても何も返せなかった。


「さすがゼリニカ様の弟君にして次期公爵様ですわ……。流れるように褒めましたわよ」

「ふふ、アレイヤ様は褒められ慣れておりませんから、固まってしまっていますわね」


 トワレスとララが目の前の光景に興奮しそうなところを堪える中で、ゼリニカは弟が無自覚に発した褒め言葉に放心しているのを察して呆れていた。


「……ロナルド、殿下は馬車でお待ちなの? ドルトロッソ様も一緒かしら?」

「…………」

「ロナルド、しっかりなさい。紳士が自身の発言に驚いてどうするのですか!」

「……はっ、姉上。失礼しました。馬車にはドルトロッソ様もおられます。僕もこれから同席するようにと」

「分かったわ。……ロナルド、あなたこれから何をするのか聞いていたかしら?」


 ロナルドの動揺を叱りながらやりとりを繰り返すゼリニカには昼のパーティもあって疲れが滲み出ているが、必要な情報を引き出した後は疲れなど吹っ飛んだかのように「さて」とアレイヤ、トワレス、ララに振り向いた。ロナルドはもうすぐゼリニカたちが向かうことを告げる役目を受けて部屋を出ている。


「私たちも行きましょうか」


 にっこりと微笑むゼリニカ。

 動きやすいドレスを着た四人はフォールドリッジ公爵邸を出た。

 ちなみにロナルド・フォールドリッジはこれからの予定を何も知らないらしい。



+++++



 男性組と女性組に馬車を分けて移動したので、到着直後はどこから反応すべきなのかを迷わされた。

 王都の外れにあるフォールドリッジ公爵がかつて公爵になる前の住まいという設定の、王家所有の空き屋敷があまりにも広大だったことだとか。

 馬車の中で実は夏休みに公務以外で外に出ていないからつまらないと嘆いたレオニールの発案であることだとか。

 ノーマンが着替えたアレイヤを褒めようとして口を開いたけれど言葉を発するに至らずにレオニールが代わりに褒めたりだとか。


「……いいでしょうか?」


 夕暮れも終わりかけている群青の空色を背景にそびえる誰も住んでいない屋敷は紛れもなくお化け屋敷の外観に相応しい。そんな景色を前に不毛なやりとりで時間を無駄にしたくなさすぎてアレイヤは挙手で発言を求めた。


「大体の説明はゼリニカ様やトワレス様とララ様からお聞きしました。今からするのは仕掛けの時間だと思うのですが、それは全員で一斉に行うのか、それとも何人かに分かれて行うのかはどうなのでしょう?」


 レオニールがいるということは完全に遊びに来たと捉えて構わないはずだ。公務でもなく、生徒会業務でもなく、この場にいるのだから。

 アレイヤの質問に周囲がしんと静まる。トワレスがさっと顔を背けたのを誰も見逃さなかった。

 恐らく、レオニールが発案した後にイベントを進めたのはトワレスだったのだろう。しかし、令嬢たるものイベントの企画には向かなかった。

 助けを求めるようなトワレスの視線を逸らすことはできない。

 伯爵と子爵の上下関係からしても、クラスメイトの友人としても。

 さっと周囲を見渡せば、レオニールが王宮から連れてきた大量の騎士たちの姿が目に入る。その中に知った顔はなかったが、それでも屋敷の周囲をぐるりと一周できてしまいそうな人数の騎士の中から数人は恐怖体験ツアーに護衛として強制参加するのだろう。


「それでは、仕掛けが被ってしまう可能性も考慮して、騎士のどなたかに全体を把握していただきましょう。そしてその騎士の方を含めた数人を護衛として仕掛けを用意すればいいのではないでしょうか?」

「なるほどね。僕らがそれぞれに分かれてしまっても護衛の騎士は付くから、それを利用しようということか。いいんじゃない?」


 レオニールが是と言えば反対できる人間はおらず、可決は一瞬だった。

 そうして、トワレス&ララ+騎士三人、ノーマン+騎士三人、ゼリニカ&ロナルド+騎士三人、レオニール+騎士四人、アレイヤ+騎士四人の順番に屋敷に仕掛けを施して回った。


「ノルマンド様、こちらすでに仕掛けが施されておりますのでご注意を」

「あ、はい」


 なぜか順番を最後にされたアレイヤは統括役の騎士の示す場所を避けて屋敷内を歩く。

 恐怖体験の入り口は使用人専用の比較的狭い扉から入るので、仕掛けの時間は正面玄関の大きな扉から入った。すでに屋敷内に不審なものがないか見て回ったのか、騎士たちによる屋敷の説明を受け、どこに仕掛けたいかを話す。移動して仕掛けを施すという流れだ。

 最後なので当然仕掛ける場所には制限しかない。


「当たり前ですけど、暗くて足元が危ないですよね……」

「これは許可が出ているのでお話するのですが、こちらの玄関ホールと階段には光の仕掛けを施されていると殿下が」

「光の仕掛け? ……ああ、魔法道具ですか」


 その魔法道具に魔力を注いだ生産元であるアレイヤは、騎士の先導の元で使用人入り口に案内してもらった。

 転生前の世界の感覚の残るアレイヤには狭いといっても十分な広さの廊下を前に、「これは仕掛けとかじゃないんですけど」と前置きしてから魔法を発動した。


 光魔法――キラキラ


 魔法実技試験では流れ星にしたが、今回はただ光の粒が空間に浮かんでいるだけのもの。

 ちょっとした照明にもなるし、雰囲気作りにもなる。


「美しい、ですね……」


 四人の騎士が耐え切れず光の粒に感嘆の声を漏らす。光の属性の魔力をもった人間がこんなに軽く魔法を使うこともないのだろうが、せっかくなら使って楽しんでもらいたい。使わなければその分体内に魔力が溜まってしまい、最悪命の危険もあるとは授業でも必ず最初に習う大切な文言だ。


「綺麗と思わせておいてこの先には何かしらの恐怖が待っているという温度差もいいですね」

「い、いいんですか?」


 動揺する騎士たちを無視して、そのまま近くの階段から二階へ上がる。恐怖体験のルートは使用人玄関から近いこの階段ではなく、玄関ホールにある大階段を使うようだ。一階部分の目ぼしい部分にはすでに仕掛けが用意されているとこのことで、二階で探すことにしたのだ。


 二階に上がってすぐ目の前には客室が並んでいて、客室を左側に廊下を進めば書斎がある。扉が階段側と奥に二か所あるので、広い書斎なのだろう。騎士の説明によればこの書斎にはすでに誰かの手が入っているようで、中には入らずに左を向く。さらに廊下が伸びているが、左には窓、右には客室が二部屋。さすが王家所有の屋敷なだけあって広い。書斎の前から続く細長い廊下の突き当りには窓があった。その窓を正面に体を向けた時に左右に窓があり、光魔法を使わなくても月明かりが入ってくるような広い空間がある。左側の窓からは正面玄関前で待機しているレオニールたちが見えた。この屋敷はひし形の噴水が扉の前にあり、トワレスやララは噴き上がる水を見上げて眺めている。ゼリニカは噴水の水面に目を落としていて、二階から見下ろしているのにその美しさに目を惹かれた。


「……確か、ララ様のお話のヒロインはフォールドリッジ家のお嬢様でしたっけ」


 存在しない先祖の令嬢とその騎士の悲恋の物語だったと思い出して、アレイヤは窓から離れて周囲を確認する。

 幸いにしてこの場は誰の仕掛けも施されていない。

 二階の間取りを騎士に教えてもらいながら、廊下の長さや曲がり角のタイミングなどを何度も歩いて確認する。騎士たちはアレイヤの行動の意味が分からないながらも護衛として側から離れることはなかった。


「よし、決めました」


 アレイヤは笑顔を浮かべて、再び使用人用の階段の前に戻った。


「お手伝いって、してもらえるんですか?」


 護衛の騎士に尋ねれば、二つ返事で了承された。



夏が終わったのは現実の世界の話ですよね?ということでもう少しだけ夏の話です。

三話構成なのですが、一話一話が長いので投稿に時間がかかってしまいます…。

続きは29日にさせていただきます。


新作も投稿しています。

短編にするはずが長くなってしまいました。よければそちらもどうぞ。

https://ncode.syosetu.com/n3659jr/

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