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公爵令嬢謎の恋文事件~可能性~

「姉上」


 ようやくパーティの雰囲気が安定して終了の時間までを数えていたゼリニカのもとに弟のロナルドが現れた。


「ロナルド、アレイヤ様のお相手は大丈夫なの?」

「はい。有意義な話で、楽しかったですよ」


 最近見なくなった爽やかな笑顔を浮かべる弟にゼリニカの頬も緩むが、ロナルドの笑顔に黒い雰囲気が滲んでいるのに気付いて緩んでいた頬が急激に固まった。

 初めて見る弟の黒い笑顔。いつの間にか貴族社会で生きるのに相応しい精神を得たのだと喜ぶべきなのだろうが、一体どこに黒い部分を浮かばせる何かがあったのか。まだアレイヤの話すらまともにしていないというのに――


「姉上、まだ彼女は温室にいるので後で行ってあげてください」

「え、ええ……分かったわ」

「それから」


 ただの返事さえ遮るほど勢いを付けたロナルドは、まだ令嬢たちの輪から離れられずにいるノーマンの方を向いて声を潜める。


「もしもアレイヤ・ノルマンド嬢を我が家の養女にするという話が出たら僕は反対しますので」

「……何か粗相でもあったかしら?」


 これまでアレイヤが貴族として認められないような動きを見せたことはないが、公爵家は貴族階級の最上位。生粋の貴族生まれであるロナルドが受け入れられないところがあっても仕方ないが、とゼリニカは弟相手に緊張を強いられている。

 アレイヤは国内唯一の光属性の魔力の持ち主だ。生まれ故郷の村長の知り合いの貴族が子爵家だったから子爵家の養女になったが、もしも王族との婚姻を望まれれば子爵家では不相応となり、高位貴族へと移らなければならない。学園での交友関係を思えば、最有力は我がフォールドリッジ公爵家の可能性を否定できない。

 あわよくば自分の近くに置いておきたかったが、次期公爵であるロナルドが反対するのならば、例え縁談を目論んでいるなど言わない方が


「彼女を我が家に入れるのなら、伴侶は僕であるべきでしょう?」


 ああ、黒い笑顔の理由はこれだったのか。ゼリニカは淑女の必需品である扇子を広げて口元を隠し、ロナルドと同じ黒い微笑を浮かべた。


「あら、随分と短い時間で気に入ってもらえたようね? だけれど残念でした。今のところ王族との婚姻の話は出ていないわ。本人が拒否しているのだもの。だからノルマンド子爵家から出る予定はありません」

「本人とは……令嬢自身が、ですか? 王族との婚姻を拒否する令嬢なんているのですか?」

「あのアルフォン王子からも逃げていたのよ? それにレオニール様とは双方が友人だと認め合っていらして、レオニール様にいたっては学園卒業後は市井で探偵事務所を開くように勧めているくらいだもの。そこの常連になるのですって」

「レオニール王子殿下が? そこまで言わしめるノルマンド嬢に女性としての魅力がないとはまったく思えないのですが……」


 手の平に軽いキスを落とした時のことを思い返してみる。

 何をされたのか理解が追いついていないといった様子で、瞬きを二回繰り返した後に「へ?」と気の抜けた声を出していた。

 にっこり微笑んで見せても瞬きが返ってくるばかりで反応が薄く、もしかして嫌がられたのだろうかと不安になった。だが、じわじわと赤くなる顔を見て杞憂だと分かった。

 年上の女性相手に抱く感想ではないことは重々承知の上で、ロナルドは「可愛い人」だと思った。

 貴族の嫡子として生まれたロナルドにとってはあり得ないほど、真っ直ぐに抱いた感情。


「……僕が結婚相手を選べるのなら、ああいう人がいいです」


 それまでの黒い雰囲気が消え失せ、柔らかな表情になった弟にゼリニカは姉らしく笑みを零した。


「いいのではなくて? ライバルは多いし、一番の敵はアレイヤ様本人だとは思うけれど、ロナルドが気になる相手は貴重だわ」


 本当に、ロナルド・フォールドリッジという名の弟はこれでもかというほど警戒心の強い男だった。いや、そうさせたのはゼリニカがアルフォン王子と婚約していたからだというのは分かっている。王族と姻戚関係を結び、王妃となるゼリニカの実家で万が一の不祥事を起こしてはならないプレッシャーからそうさせたのだ。

 だからこそロナルドの変化は喜ばしいものだった。しかも、ゼリニカが画策しようとしなくても、進んでアレイヤに惹かれたと言っているのだ。


「アレイヤ様が妹になったら……私も嬉しいわ」

「姉上がそんなことを言うの、珍しいですね」

「そうね。だってあの方、私をずっと憧れの目で見てくるのだもの。公爵令嬢だとか、第一王子の婚約者だとか、次期王妃だとか、そういう憧れではなくて、一個人である私を見てくれるの。……可愛いじゃない?」


 公爵令嬢以外の肩書きがなくたって、ゼリニカに対するアレイヤの目や態度は変わらない。それがどれほどゼリニカの心を軽くしているのかなんて、想像もしないだろう。


「姉上こそ、最大のライバルのようなことを言うではありませんか」


 不貞腐れたように頬を小さく膨らませたロナルドに、ゼリニカは呆気に取られながらも笑みを浮かべた。


「せいぜいがんばりあそばせ」


 どんな未来になろうとも悲しい未来は来ないだろうと、ゼリニカはアレイヤの待つ温室へと足を向けた。




+++++


 温室でゼリニカは意外な話を聞かされた。

 第一王子と婚約を解消してまだ半年も過ぎていないはずなのに、自身にいくつもの誘いの手紙が来ていたこと、何通かは興味を引くために差出人を書かなかったものもあること、いまだに差出人の特定ができていない手紙が一通あることと、そして、ギミックが施された手紙の差出人が意外すぎる人物だったこと。


「……内容は、ゼリニカ様と私に向けられたもののようです。読むかどうかは、ゼリニカ様に選ぶ権利があると思います」


 安全に読むには光属性の魔力を流す方がいい、とアレイヤは言う。

 差出人はかつての婚約者であるアルフォン。二人が親しい友人であることをノーマンに指摘されたからなのか、手紙はアレイヤがいてこそ読みやすいものに細工されていた。

 見つからなければそれはそれでいいという前提で作られたものだとアレイヤは説明した。


「見ますわ」

「ゼリニカ様……」

「アレイヤ様の反応から察するに、アレイヤ様は少しでも手紙の内容を読んでしまったのではなくて? 内容が酷ければ私に見せようとはなさらなかったでしょうから、読んでも構わないのでしょう? なら、見させていただきますわ」


 温室には新しく用意したのであろう二人分のティーセットが置かれている。ゼリニカは若い使用人の男に椅子を引かせて座った。手でアレイヤにも椅子を促すと、ゼリニカの姿勢に合わせたのか毅然とした態度で同じ使用人に椅子を引いてもらって座った。

 お互いが向かい合わせにテーブルに座り、手紙の内容が明かされる。


 光の文字が空中に浮かんでいる。


 婚約者だった頃に何度も公務の書類で見た、アルフォン王子の文字だった。

 謝罪と、これからの幸福を祈る内容。

 謝罪はするが許してほしいわけではないこと、もっと真っ直ぐに生きればよかったという後悔。

 婚約者なのに間違った印象を抱いていたことなど、心の内が書かれていた。

 これからアルフォンがどう生きていくのかは書かれていなかった。

 何か行動を起こしたくて用意したものだということだけはよく分かった。


「……随分と、自己満足を押し付けてくれましたわね」


 溜息交じりに呟くと、窺うようなアレイヤの視線に気付いた。

 元婚約者からの手紙にどう感じたのか気になるのだろう。

 怒りか、悲しみか。


「不思議と、何も思うものがありませんの。……どうしてかしらね。私はもっと、殿下に怒りを抱いても許されるはずなのに」

「……っ、……」


 ゼリニカに何か言おうとして言えずに黙るアレイヤを待たずに「例えばなのだけれど」と続ける。


「この先、何かがあったとして、アルフォン王子が王族から抜けたとして、もしも私と世界が交わることがあったとしたら、もう一度並んで歩く可能性もあるかもしれないわね」


 お互い、義務感だけの関係以外に興味を持たなかったから。

 もう一度向き合う可能性は否定できない。

 世界が交わることがあれば、の話であって、ゼリニカは他の誰かと結婚する可能性の方が確率としてははるかに高いけれど。


「ゼリニカ様は……どういう方に側にいてほしいですか?」

「分からないわ。私から求めたことなんて一度もないのだし」

「貴族、ですもんね」


 アレイヤは寂しそうにテーブルの上のカップに視線を落とす。貴族令嬢とは家と国の繁栄のために結婚相手を決められるときちんと理解している。「貴重な光属性の魔力を有しているのだから王子と結婚するべきだ」とアルフォンとその側近候補たちに追い掛け回されていたのだから、貴族の結婚に拒否感を持っていても無理はない。

 平民は基本的にお互いの気持ちを尊重しあって結婚すると言うから、そういう価値観をアレイヤが持っていても否定する気にはなれない。何代か前の国王は恋愛結婚を果たしているし、貴族の中には恋愛から結婚まで到達した人もいる。たまたま感情と家柄が釣り合った結果とはいえ。


「アレイヤ様は?」

「え?」

「ですから、アレイヤ様はどのような方に側にいてほしいのかしら?」


 ゼリニカが今現在興味があるのはアレイヤの好みだ。


 アルフォンの弟王子であるレオニール。

 アルフォンの元側近候補のノーマン。

 光魔法を教える教師のクロード。

 そして、ゼリニカの弟のロナルド。


 他にも騎士からの人気もあるアレイヤが誰を好ましく思っているのか、自分の今後よりも気になる。


「私は、どんな方にも側にいてほしいとは思っていません」

「それは……理由を聞いても?」

「成し遂げなければならないことを終えるまでは、一人でいるべきだと考えているのです」


 カップに落としていた目線が上がる。

 決意と迷いを同時に感じる表情をされては、「そんなことないわ」とも言えない。

 せめてとばかりに、ゼリニカはカップを持ち上げて冷め始めた紅茶で喉を潤してから言った。


「では、すべてを成し遂げた後に貴女が誰を選ぶのかを見届けるまでは、アレイヤ様から目を離さないようにしますわね」


 なぜかアレイヤは顔を真っ赤にさせて盛大に照れた。



 私、言葉選びを間違えたかしら?


まだ夏の話は続きます…。

更新したのが夏じゃなくても読んでいただければ幸いです。


久しぶりの投稿にも関わらず読んでいただきありがとうございます。

いいねやブクマも嬉しいです。


(10/24追記)

誤字報告ありがとうございます。致命的な誤字があったり恥ずかしい…

次回、近日投稿します。

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