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騎士団幻覚事件~光魔法~

 クロード・ランドシュニーがいれば他国の侵略など容易だ。


 無尽蔵の魔力で他国の軍事力を圧倒すれば自国を広げられる。

 戦争が始まり領地を奪っていけば資金はそれだけ回る。

 裏工作なんてしなくても十分なくらいの稼ぎが期待できる。試算しただけでも十分すぎるのに、実際に始まったらどうなるのやら。

 彼の研究室に侵入させた手下からの情報では魔法陣の研究をしている以外に使えそうな情報は出なかった。


 意中の女性がいたなら、迷わず引き込むつもりでいたのだが。


 元婚約者への未練を思わせるものもなければ、担当している魔法学園の生徒である現在の光の少女へ特別な感情を持っている証拠も見つからなかった。

 今現在、彼に想い人はおらず弱点と呼べるものもない。

 少し厄介だが、魔法陣の研究をしているのは恐らく光の少女のためだろう。授業で教えるために実験を繰り返しているようだ。教師という職業に誇りを持っているのか。

 彼を戦地に送り出すために使えそうなものはそれしかない。


 どのような魔法陣を使うのかは知らないが、王宮内で――例えば研究所や隣の騎士団演習場などに無断で魔法を行使した痕跡があればどうなるだろうか。魔導研究所の職員である彼が魔法を使うのは自由だが、得体の知れない魔法だとすれば。

 問題を起こして頼る先を失った彼をこちらで保護し、戦地へ向かわせれば後はどうとでもなる。

 戦地へ向かわせ戦争を引き起こさせ、最終的に戦死してくれれば上出来だ。

 敵に討たれてもいいし、魔力暴走を起こして自爆でも構わない。証拠さえ消えれば、困ることは何もないのだから。


 一番簡単なのは説得に応じてもらうことなのだが、なかなかな頑固者で苦労させられる。

 しかし、前回は少し変化が見られた。

 試しに、光の少女に手を出すようなことを仄めかしてみた。

 すると彼は攻撃的な雰囲気をまとってこう返した。


「彼女はレオニール王子殿下のおわす学園の生徒で、殿下の認める御友人です。今の発言は撤回なさることをお勧めします」


 なるほど。光の少女にご執心なのは殿下の方か。現在王太子が不在の中、王太子有力候補の一人であるレオニールが認める友人。

 ならば、光の少女は別の機会に手駒として利用しよう。


「やあ、マーゲイ侯。こんなところで会うなんて、何か用でもあったかな?」


 背後から聞こえた声に腹の肉が揺れた。

 どうしてここにレオニール王子がいる?

 護衛の騎士や宰相子息まで連れている。確か今日は騎士団へ視察に行っていると聞いていたはずなのに。

 彼との会話を聞かれたわけではなさそうで、心の中の焦燥を宥める。

 緑の髪をした若い女も連れているが、白衣を着ているので医務官の見習いか何かだろう。さらに奥にもう一人いそうだが、宰相子息の後ろに隠れているので誰なのか分からなかった。



+++


「クロード・ランドシュニーはレオニール王子殿下のことも気にかけているようだ。魔法学園での成績も優秀と聞いている。……光の少女とも懇意になさっているのだとか。ふん。楽しそうで何よりだな」


 若い男女が仲良くなど、下心がなければできないだろうに。

 姿を見せない位置にいる手下に聞かせるように声に出す。


「それで、首尾はどうだ? そろそろ次の段階に移れそうか?」


 クロード・ランドシュニーを堕とす作戦は気長なものだ。じわじわと追い詰め、逃げ場を失くしていく。他国侵略の作戦もまだ完成していないから、確実に遂行するための時間などなんとも思わない。

 いずれ世界を牛耳るほどに国を大きくするためには時間を惜しんではいけない。

 軍事力も、人心も、時間をかけてじっくりと育てた方が上手くいくものだ。


「間もなくクロード・ランドシュニーが研究所から出てくる頃かと」

「分かった。ぬかるなよ」


 もっと確実に彼を手駒にする方法の一つとして、彼が毎夜行使している魔法の内容を入手すること。ずっと身に着けているのか研究室内での発見はできず、侵入したことに気付かれたからか探す探さない以前の状態にされていると報告を受けていた。

 魔法陣について研究しているのは分かっている。

 光を放出する魔法を使って影を作る、子どもの遊びのようなことをしているのも分かっている。

 だが、肝心の光を放出する魔法についてが分からない。

 魔法陣を使っていること以外、予想もつかない。

 すでに使っていそうな魔法陣を探して描き残してみたが、効果はまだ出ていないようだ。それもそろそろ描き直しておいた方がいいだろうか。消えてしまっては見つけてもらえないし。

 見つけてもらえないとクロード・ランドシュニーを堕とせない。


 マーゲイ侯爵には魔力がない。

 雇った手下たちにも魔力はない。


 だから余計にクロード・ランドシュニー篭絡作戦に苦労させられているわけなのだが、魔力を持つ人間を雇おうとすると軒並み断れてしまった。


 クロード・ランドシュニーには敵わないからと。


 魔力を持つ持たないで隔てることはない我が国ではあるが、持つ者は持たない者の気持ちが、持たない者は持つ者の心情を理解することは難しいと言われている。

 魔力の有無で貴族の在り方は変わらない。魔力があろうとなかろうと、結局は使い方を知っているか知らないかが重要なのだと。頭脳こそが人間の本質だと。


 使う者か、使われる者か。世界はどちらかであると決定されている。


 マーゲイ侯爵は自身が【使う者】であると確信していた。

 侯爵家当主たる自分が使われる者であるはずがない。

 思わず高笑いしそうになる口元を右手で覆って耐える。それでも緩んでしまう口元は手で隠してしまえば、例え誰かが見ていたとしても見られることはない。

 早く王宮内にある自宅に帰ってワインでも開けよう。こういう気分の良い日は飲むに限る。

 わずかにこぼれる笑い声にさらに笑いを込み上げながら家に帰ろうと足の向きを変えた。

 一歩踏み出すと、目の前にぼうっと光が浮かんだように見えた。

 気のせいか。

 遠くの明かりが見えただけだったのかもしれない。そう結論付けてさらに一歩、二歩と踏み出す。


「ん……? そこに誰かいるのか? 他の奴らはもう行ったぞ。分かっているだろうが、口外はするんじゃないぞ」


 まさかな、とは思いながら声を潜めて残っているかもしれない手下の誰かに言う。

 手下は姿を見せないことを条件に雇っている。お互いに顔を合わせないことでもしもの時の防御策としているのだけれど、綻びはどういったところから出るか分からない。予定を少し変えて軍務大臣として与えられている執務室に戻るか、と止めた足を今度は止めずに踏み出す。

 光が見えた気がしただけで、何もなかったのだろう。昨夜遅くまで起きて周辺国の情報を集めていたから、それが関係しているのだろう。


「…………」


 きっと、疲れているのだ。

 そうに決まっている。

 そうでなければ――


「だ、誰かっ! 誰かおらんか⁉ 衛兵! 誰か、誰か!」


 これまで始末してきた奴らが、自分を囲んでいるはずがないのに。



+++


「マーゲイ侯爵はしばらく休養か。うん、報告ありがとう」


 レオニールは自身の執務室にもたらされた報告内容に頬杖をついたまま笑顔で目の前の騎士を労った。

 アレイヤに魔法道具の作成を手伝わせた効果が早く現れたのは幸いだった。

 調子に乗って作りすぎてしまったが、アレイヤ本人も乗り気になったので誰も止められなくなったのだ。

 おかげでアレイヤはしばらくクロードの研究室で休む羽目になった。帰りは騎士にノルマンド子爵家まで送ってもらうように手を回したのはレオニールだ。

 騎士団内でもマーゲイ侯爵の手下らしき人間が倒れているのを発見されている。未使用の魔法道具も残っているようで、魔導研究所の所員にいくつか渡した。諸手を上げて喜ばれたが、レオニールが渡したのはほんの一部だけでほとんどはレオニールの手元に残している。中身はただの影絵遊びだとか光を発するだけだとかで、アレイヤ本人が「残ったやつはレオニールが遊んでみてよ。感想教えて」と言っているので問題はない。


 アレイヤがクロードと話し合いながら作られた魔法道具はその二種類だけだ。数が多いだけで。


 結果としてマーゲイ侯爵を始めとするクロード・ランドシュニーを戦争に駆り出そうとしていた連中は簡単に意識を奪われた。

 見たことのない光魔法は、彼らには訳の分からない何かにしか映らない。

 国の軍務大臣が突如として休養のための休暇申請が出されたのは昨夜のこと。マーゲイ侯爵の側近が青ざめた顔で持ち込んだ。休養の原因を知っているレオニールは休養で済んだだけか、と心のどこかで残念に思う。


 戦争を起こして販路の確保と金の動きを活発にさせることを狙っていたようだが、魔力のある者とない者がどうして同じ世界での共存を可能としているのかを忘れてしまったらしい。


 魔法はすべてを淘汰しかねない力だ。

 威力の高い大砲と同等の力であり、それゆえに畏れなければならない。

 魔法学園があるのも、魔力を制御する授業が一年生の最初に設けられているのも、世界の国がたった一人だけ所有することを許されている光属性の魔力の存在のことも。

 長年かけて魔力を持つ人間が殺戮の道具にされないようにしてきた歴史すら、忘れられていく。

 武器や道具であれば移動の際に気付いて対処することができるのに対し、魔法使いは人間で、その身一つの移動だけで済んでしまう。気付くのに遅れてしまえば、取り返しがつかなくなる。


 武器だろうと魔法だろうと、最終的に消費されるのは平等に人間なのだ。


 レオニールの側近としての役割を担いつつあるノーマンも、騎士の報告に驚いた顔一つ見せなかった。朝一番に宰相の執務室へ行くと、今日はレオニール殿下付きでと先輩補佐に言われた。ノーマンはきっとレオニールがそう命じたのだろうと考えている。そしてそれは間違いではない。


「それで、騎士たちの調子はどう? 騎士団は軍務大臣の管轄ではもちろんないけれど、模擬戦闘で大きな怪我をした騎士もいただろう?」

「そのことなのですが……」


 報告に訪れた第四隊隊長――ギルベルト・フォースターは頭上に疑問符を浮かべた。


「殿下の仰る通り、骨を折る怪我を負った騎士もおります。その者らは本日は裏方の作業をしているのですが……」

「どうかしましたか?」


 言い淀むギルベルトにノーマンが先を促す。

 大怪我をした騎士が大勢いたのはレオニールもノーマンも直接確認している。医務官見習いのシリルが目を回しそうなほどの人数だった。怪我の度合いも様々で擦り傷程度で来るなと追い返される騎士もいた。

 同時に、医務室まで歩いて来たのが不思議な骨折をしていた騎士も。


「数人、怪我をしていたことすら疑わしい回復をした者が」


 周囲を警戒しながら話す様子に、原因に心当たりがあるのだろう。ギルベルトが来ると分かった時点で人払いをしてあるので、レオニールは気にせず「その数はどれほど?」と聞く。

 返答は、重傷者ではなく軽傷者が多いこと。重傷者の中でも軽傷も同時に負った者たちであること。


「……殿下、もしかすると」

「うん。多分、そうだろう。君も思い当たるところがあるんだろう?」

「あの日、あの場にはアレイヤ様もおられたかと」


 ギルベルトは大した怪我を負わなかった。小さい傷であれば自分で治療もできる。だが、医務室に行った部下から「アレイヤ・ノルマンド子爵令嬢が治療してくれた」と報告を受けた時は激しく後悔したものだ。

 光の姫君が直々に手を取って治療を施した。穢れを知らぬか弱い手で包帯を巻く姿に庇護欲を掻き立てられた。そう話す部下の騎士たちは一様に目を細めていた。

 穢れを知らぬか弱い手をしているかもしれないが、彼女は他国の侵入者の動きを魔法で封じ込めた強い人間だ。それと同時に普通の学園生活を夢見る少女であることもギルベルトは知っている。

 だから、正直羨ましい気持ちを隠し切れずに部下の手に巻かれた包帯をひん剥いた。

 包帯の下には、抉られたような傷があるはずだった。騎士ならば平然としていられる程度ではあるが直視すると痛々しいと思えるようなさほど大きくはない傷が。


 だが、なかった。


 包帯を取ったギルベルトも驚いたが、取られた本人が一番驚いていた。


「……アレイヤは無自覚のはずだ」

「いかがいたしますか、殿下?」

「どうしようかなぁ」


 回復系魔法が使えないことを本人が気にしているのを知っているだけに伝えづらい。

 かと言ってこのまま放置していれば、アレイヤの能力に気付いた悪意ある人物に利用されかねない。


 魔力量も多く、無意識に回復魔法を垂れ流している。


 学園での成績も優秀で、難点を上げるならば元平民で貴族至上主義のプライドが高い貴族の生徒たちから蔑まれているくらいか。

 アレイヤが伯爵家以上の家に引き取られていたのなら、とりあえず学園を卒業するまではレオニールの婚約者にでもしておけば面倒事に巻き込まれずに過ごせる。

 しかし、さすがに子爵家令嬢が王族と婚約を結べば学園内以上のやっかみが生まれかねない。

 レオニールは執務机に突っ伏したい欲求を耐え、代わりに重い溜息を吐いた。


「私でも守るのに限界があるんだよなぁ……。誰かアレイヤに求婚してくれないかなぁ。騎士でもいいし、王宮内で職を得ている者とか、魔力量の多い教師とかさぁ」


 完全に独り言の愚痴。

 それでも二人は分かりやすく反応を見せてレオニールは憤りの解消に成功した。


きな臭い方向に進みそうなので一旦次回は平和的な内容にしたいと思います。

しばらくお時間いただきます。ごめんなさい。


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