斬髪事件5
画面の向こうに見ていた推し、現実となった場で見ても最高のビジュアルをしている。
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「ノルマンド嬢、申し訳ございません。私が付いていながらこのような……。なんと嘆かわしい」
キャラクターデザインがあまりにも好みすぎる推しキャラこと、ノーマン・ドルトロッソがアレイヤの前に膝をつく。手を取りかけたが、そこは自重されてしまった。
アレイヤは内心で触れられたら失神する自信があったので安堵した。
これまで何度も嫌がらせを受けてきて、その犯人がアルフォンと愉快な仲間たちの仕業と分かった。その中でアレイヤの命が危ぶまれる危険性がなかったのは、偏に彼の存在があったからだ。
彼は国王の宰相をしている父を尊敬しており、時期国王となるアルフォンに王族としての誇りを持つようにと日頃から口うるさく言っているのをよく見かける。仲良くなってあわよくば手を出そうとしている子爵令嬢相手に間違いがあってはならないようにと目を光らせてくれていることを知っていた。
「い、いいいいいいい、いいえ! ドルトロッソ様に謝罪していただくようなことでは! それに、レオニール殿下から確かなお言葉もいただいたところですので……」
自身も将来は王位に就くアルフォンの宰相となるべく日々意識して行動しているのだろうからこそ、堅く真面目という印象を受けるが、あながち間違いでもない性格に外見がリンクしている。
柔らかく少しだけ長い黒い髪と、知的な印象を与えるネオンブルーの瞳。食事には頓着がないのか不健康的な細い体なのに背は高いのでふらりと突然倒れてしまうのではないかと心配になる。
端正な顔つきは黒髪と時に鋭く光る瞳によって清廉さを増し――端的に言えば、アレイヤの好みドンピシャ。
つぶさに被害を確認しようとしているだけだと分かってはいても、吐息がかかりそうな距離にまで寄られると息を止めて緊張を悟られないようにしないととより緊張する。
「ドルトロッソ様。とにかくアレイヤ様から少し離れてくださいませ。たった今、そこのキュリス様から髪を切られる暴行があったと判明した直後なのです」
「ああ、これは失礼。配慮に欠けました」
遠回しにアルフォン王子派だから離れろ、という意味にもすぐ気が付き、素早く離れる。ノーマンがアルフォン王子派だからというわけではないが、アレイヤはなんとなくゼリニカの近くに移動した。
「待て、ゼリニカ。なぜロイドの仕業だと? 俺はつい先ほど、教室の貴様の鞄の中からこのハサミを見つけたばかりだというのに!」
アルフォンの手には金色に輝く細身のハサミが握られている。まだアレイヤの髪が付いたままだというのが生々しい。
「時を同じくしてかどうかは分かりかねますが、つい先ほど、アレイヤ様自らが私の容疑を晴らし、キュリス様の犯行であったと見破ったばかりです。決定的な証拠も発見されたばかりですわ。レオニール殿下が証人になってくださいます」
ゼリニカの言葉に合わせて、アレイヤは持っていた自分の髪を掲げる。ロイドは膝立ちから地面に顔を埋めた。
滑稽な舞台を、まだ続けるつもりなのだろうか。
「何をデタラメなことを! ノルマンド嬢。案ずるな。この場は俺が預かろう」
「……いいえ。解決したのは間違いありません。アルフォン殿下がここにおられることが、確固たる証拠となりましたので」
「君まで何を言い出すのだ? 心配しなくても、ゼリニカは直にこの学園から去ることになるだろう」
婚約を破棄し、巻き込んでしまった詫びに次なる婚約者に。場の空気が読めないどころか、とんでもないことまで口にするアルフォンに制止をかけたのは、当然ながら実弟のレオニール。
「兄上、ノルマンド嬢はすべてお見通しです。これ以上見苦しい真似はお控えください。王室の品位に関わります」
「なんだと⁉」
弟の諭すような物言いに憤慨するアルフォンに、レオニールはとうとう頭痛を覚えた。
「分かりませんか? ゼリニカ・フォールドリッジ嬢とアレイヤ・ノルマンド嬢のお二人は、お互いを名前で呼び合う間柄であることから明白であるというのに」
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貴族に生まれたからなど関係なく、突然名前を呼ぶのは失礼にあたるのは当然だ。
アルフォンに絡まれるアレイヤを救えるのは、ゼリニカ以外にはいなかった。
そこから名前を呼び合うのを了承し合うまでに時間はかからなかった。
「大したことのないアリバイ確認です。小さな嫌がらせならともかく、命の危険を感じるような嫌がらせを受けて、まず疑われるのはゼリニカ様です。自然に疑念を持つ流れになると思い、少しばかりスケジュールの確認をさせていただきましたので推理とは言えません」
「スケジュールの確認? 私の?」
「失礼を承知で調べさせていただきました。
講義のノートが破られている件について。
制服の裾がいつの間にか切られている件について。
ある廊下を通りかかると上から必ず水が降ってくる件について。
外を歩くとたまに植木鉢が降ってくる件について。
その他にも色々と。
これらすべての被害に遭った位置から犯人がいたであろう場所を突き止め、その時間その瞬間にいらっしゃったかどうかを調べました。確かにゼリニカ様は犯行時刻に犯行が行われたであろう場所の近くにいらっしゃいました。ですが、ゼリニカ様と同時に他にもいた人物がいると分かりました。一度や二度ではなく、常に、と言ってもいいほど、その人は犯行が行われた場所にいました」
「それが」
レオニールが台詞を引き継ぐ。
「アルフォン兄上だったというわけですか」
「はい。ゼリニカ様へ罪を擦り付けるために自然とそうなったのかと」
「だからさっきも……」
私が髪をバッサリ切られる直前、アルフォンはゼリニカから近い教室での授業を受けていた。犯行に使ったハサミを見つけるために必要だったのだが、却ってその工作がゼリニカを無実へと導くことになるとは想像もしなかったはずだ。
「すべて陛下にお話しします。ノーマン。悪いが兄上を城の自室まで連れて行ってはもらえまいか? 僕は先に一連の騒動をお伝えしなくてはならない。ゼリニカ・フォールドリッジ公爵令嬢、アレイヤ・ノルマンド子爵令嬢、共に来てもらえるか?」
「仰せの通りに、殿下」
ゼリニカの返答と礼に合わせてアレイヤとノーマンも頭を下げる。
アルフォンはまだ喚き散らしながらノーマンに連れられ教室を出ていく。
最後まで見苦しい人だった。
「念のため今のやりとりを光魔法で映像記録として残してみたのですが、必要でしょうか?」
「……君はなんというか、たくましい令嬢だね」
対して弟王子は最後まで冷静で、ずっと楽しそうだった。
斬髪事件 END
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エピローグが二本続きます。