騎士団幻覚事件3
正直、狙われることに慣れすぎて穿った価値観でモノを見ているのではないかという疑惑はある。
乙女ゲームのヒロインにあるまじき疎まれ具合。
学園の女生徒たちだけに収まらず、学園の教師側や上層部にもアレイヤを疎んじる勢力は存在している。女生徒に関しては同じ生徒である王子に気に入られていて気に食わないという、乙女ゲームのヒロインが狙われるに相応しい理由ではあったけれど、女生徒以外は恐らくはレオニールが謎として提示してきた「前の光属性の人物」を崇拝する人たちだろう。
国に一人だけ置かれる光の魔力保持者。
ここまで疎まれる理由はないとは思うし、文句の一つくらい言っても許されないだろうかと考えてしまうくらいには、理不尽な目に遭っている。
しかし、ここで自分とはまったく関係のない一件だと見るには、不可解な点がある。
偽物の魔法陣ではなく本物の魔法陣を使ってくれていたなら、王宮内にお騒がせな人がいるようだ、で済ませられた。
「アレイヤ嬢」
腕を組んでもう少し可能性を吟味したいところだが、ノーマンに声をかけられて下がりかけた顔を上げた。
レオニールが、こちらを見ている。
同情的な目をしているということは、アレイヤの推測はあながち間違っていないということか。
「アレイヤ嬢」
「……すみません、ノーマン様。少し、考え込んでしまいました」
「それは構わないのですが、少し……こちらを向いていただいていいですか?」
声が潜められた気がして、ノーマンが何か気付いたのかと何も考えずにアレイヤは顔を言われるままに向けた。
もしくは、何か付いているのかと思って。
そして被弾した。
ひゃっ、だとかぴゃっ、だとか。おかしな裏返り声がでないだけまだ良い。
なるべく直視しないようにと気を付けていた顔面を、これまでにはなかった近さで浴びてしまった。
――これまで攻略ルートを何一つこなさなかったツケでも回ってきたのか⁉
真っ直ぐ脳内を覗き込まれているのかと錯覚する真っ直ぐにノーマンがアレイヤを見つめている。
ネオンブルーの瞳に、アレイヤは自分の戸惑った顔を見た。
「の、ノーマン様……?」
じっと視線を合わせたまま動かないノーマンから距離を取ろうと試みるものの、一歩引いたのと同時に一歩詰められる。
「…………」
「あの……?」
目を逸らしたいのに、それを許されない空気感。
真剣な表情で、次第に緊張感に襲われ、鼓動が忙しなく暴れる。
理由が分からない。
どうしてノーマンがアレイヤを凝視しているのか。それも近距離で。
汗が噴き出そうなほど、どうすればいいのか分からない。
理由が分からない焦りと、それでも目の前視界いっぱいに広がる好みの顔面。
「例え一瞬だけでも、私のことだけを考えてくれましたか?」
「えっ」
顔だけでなく、耳も、首元まで真っ赤に染まったと自覚すると同時に、ノーマンがパッと数歩引いた。
「っ失礼しました。忘れてください」
「え、あ……ええと」
なんだこれ、乙女ゲームの一場面かよ。
ああ、乙女ゲームだったわ。
こんな場面なかったと思うけど。
――いや、待って。確か……。
アルフォンと距離が近くなると起こるイベントに似たようなものがあった気がする。ヒロイン・アレイヤがアルフォンの話をノーマンにしていると、ノーマンが独占欲を出してしまう。
今のは、それに似ていた。
“貴女の目の前にいるのも、一人の男であることを意識していただけませんか?”
そんなことを言われて揺らがないプレイヤーはいるのか? というほど心を持って行かれた台詞である。
危うく「くぅっ」と声を出してしまいそうになる。
簡単に乙女丸出しな感情を引き出されてしまい、羞恥心からアレイヤは「レオニール!」と声を大きくした。
「な、なな、何か分かった⁉」
「アレイヤ……本当にそういうことに対して免疫ないよね。大丈夫?」
アレイヤに助けを求めるレオニールの視線に気付いていたから、すべて見られていたことは明白だ。苦笑されて涙目になりそうになる。
「解決した⁉ 帰っていい⁉」
「ダメだよ」
落ち着きなよ、と宥められてアレイヤは赤くなった顔面を同じく赤くなっている両手で隠した。
「やはり君のようにはいかないな。魔法陣が偽物であることは分かっても、偽物を描いた理由までは至らない。騎士団に向けた悪意も感じられないし、かと言ってただの悪戯とするには場所がよろしくない」
「それほど難しいことはしていないよ。魔法陣が偽物だと分かったなら、次はなぜ魔法陣である必要があったのかへとコマを進めればいい」
「とは言ってもな……」
「騎士団の敷地内に描かれていた理由も、隣に立っている建物を思うとそう離れているとは考えにくい。そして、その建物には誰がいるのか……」
手で顔を覆ったままなので声がくぐもっているが、それでも平然と会話を続けるアレイヤにレオニールもあえて何も言わない。
「騎士団の隣は研究所だったな。……行ってみるか」
続けて「ノーマン、手配を」と声をかけてすぐにレオニールの声が止まった。
そっと指の隙間から覗くと、頭を抱えてうずくまるノーマンの背中が見えた。
「僕はなんてことを口走って……⁉」
混乱するノーマンに、護衛の騎士たちは失笑を禁じ得なかった。
+++
研究所への連絡は、騎士がしてくれた。宰相の補佐の補佐であるノーマンよりも、物理的に距離が近い騎士の方がと護衛を務める内の一人が名乗り出てくれた。
許可はすぐに得られ、騎士団の寄宿舎と食堂の間を抜けて森を突っ切るのではなく、正規のルートを通った。近いからいいんじゃない? とのたまうレオニールに騎士たちは恐々としながらも「それはさすがに。光の姫君もおられますし」と譲らなかった。
ドレス姿とはそれだけでルートを選ぶに値するらしい。
正規のルートだけあって、通路はきちんと舗装されていた。舗装された通路は騎士団との間にある森手前に置かれている東屋にも伸びていて、休憩時間にそこを使う人はいないのか、あまり使われた形跡はない。
しかし今はその東屋には人がいた。
「ご命令でないのであれば、お断りさせていただきたく」
「国のためになると言っているのに、なぜ断る?」
「……国に利はあれど、私に利はないように思えますので」
「しかしねぇ」
聞こえてきた会話に護衛の騎士たちが足を止めるように言う。
あまり聞いていて愉快な会話ではない。流れてくる空気も良くはなかった。
「アレイヤ、あれは……」
レオニールが声を潜めて確認してくる。距離はあるから会話は途切れ途切れではあっても、聞こえてくる声を間違えるはずはない。
片方は、知らない声だけれど。
「クロード先生だね。お話されてるのは……?」
「マーゲイ侯爵ですね。軍務大臣をされています」
軍務大臣が何とかクロードから肯定の返事を得ようとしているが、頑として拒否されているらしい。
内容は聞き取れないが、二人とも声に出さないようにしている節が見られた。マーゲイ侯爵が持っている紙に内容が書かれているようだが、アレイヤたちがいる場所からは当然見えない。
隠し切れない丸い腹が、一言発する度に揺れる。頭も髪が横線を描いていればよかったのに、残念なことに灰色のふさふさが頭部を覆っていた。
「殿下、マーゲイ卿はまさか……」
「だろうね。彼が最前に出ればそれだけで戦争を誘発するというのにね」
レオニールとノーマンの会話から不穏な雰囲気を感じ取った。
前世でもそうだったが、世界はいつもどこかが戦争している。現在この国では戦争は起きていないが、行動一つによってはすぐさま発生してもおかしくない。
現に他国からの侵入者が存在している。
国内でも戦争起こしたい派閥というのがあるらしい。
クロードは魔力量が多い。
それ故に以前の婚約者が定められていた。
秘匿はしているだろうが、普通は一つの属性しか使えない魔法でもクロードは全属性を行使できる。
戦力としてはチート級だろう。
全世界的に魔法を使える人たちで一つの小隊や軍隊を組めたならクロードを戦力に加える案も現実味を帯びるかもしれないが、魔法を――攻撃魔法を使える人はほとんど減っている。
学園で習うのも、自身の魔力をコントロールする内容や、見世物としての魔法を使わせることに力を入れているように思う。
学生を戦線投入しないため、とも考えられるが、学園卒業後の進路に魔法戦士のような職は用意されていない。
よって、王立学園が生徒を戦争の道具にしないとしている以上は王宮もそれに準じている。
軍務大臣の言葉を受ける必要はどこにもない。
国王の命令でないのなら。
「――――」
贅沢な腹の大臣に何か言われたのか、クロードの顔が強張り、苛立ちが浮かぶ。
レオニールに肩を押され、アレイヤはノーマンの背に隠された。さらに護衛の騎士たちがアレイヤとノーマンを隠すような配置に変わる。
「やあ、マーゲイ侯。こんなところで会うなんて、何か用でもあったかな?」
突然声を張り上げたレオニールの声量に驚いて肩が跳ねた。アレイヤの姿がうっかり見えないように、ノーマンに両肩を押さえられた。驚いただけで別に見たくて動いたつもりではないが、どんなうっかりが出てしまうのか不安なので大人しく動きを封じられた。
初めて訪れた王城でミスなんてしたくはない。
「レオニール王子殿下! 本日は騎士団での視察とお聞きしておりましたが、魔導研究所にも立ち寄られたのですか?」
そちらこそ何用で、と言いたげな台詞だな、と思いながらもアレイヤはなるべく気配を消す。
隠されたということは、アレイヤが見つかると面倒になるという意味だから。
「うん、急用というほどではないんだけど。……一緒にいるのはランドシュニー卿だね。貴殿と知り合いとは初耳だ」
「いえ、まぁ、はい」
「それで……貴殿の用件は私の視察より重要なものかい?」
「えっ」
「そうでないのなら、ランドシュニー卿を解放してもらえないだろうか? 案内を頼んでいるんだ」
騎士とノーマンによって何も見えないけれど、嫌に爽やかなレオニールの声だけははっきりと聞こえる。
もちろん、クロードに案内を頼んだという事実はない。
この場にいる全員にとってマーゲイ侯爵は邪魔でしかなく、追い払うための嘘だ。
「……失礼いたしました」
とても納得しているとは思えない捨て台詞を残して去った後、アレイヤの視界が開かれた。
クロードが東屋からこちらへ向かって歩いて来る。
「王子殿下、助けていただきありがとうございます」
「最後強く睨まれていたようだけど大丈夫?」
「まぁ……今を凌げたので大丈夫かと」
苦笑するクロードはアレイヤを見つけると、一瞬だけ目を見開いた。そして微笑む。
「アレイヤさん、こんにちは。見せたくないものを見せてしまいましたね」
「大丈夫なんですか、先生?」
「もちろんです。ところでアレイヤさん?」
歩みを止めないまま、クロードの微笑が満面の笑顔になる。
「早速約束を違えるのですか? さすがに早すぎると思いますが。いえ、貴女がそうすると決めたと言うのなら止める権利は持っていませんので構わないのですが」
ゆったりとした足取りのはずなのに、ズンズンとないはずの擬音が文字として見える気がする。
約束と言われても、クロードと交わした約束なんてない。
ないが、約束に似たやりとりならしっかりと覚えている。
騎士たちはともかく、ノーマンの背にぴったりと張り付くようにしているのが勘違いを引き起こさせているようだ。
というか、したのは「世界と戦争するしかなくなったら結婚する」という話であり、その過程でお互いに別に好きな人ができたら一番最初に言う、だったはずだ。
マーゲイ侯爵は戦争を引き起こそうとしているようなので、結婚に近付いたと言えばそうなのかもしれないけれど。
「約束にするなら、ちゃんと約束の形にしてくださいよ……」
きちんとした形にするなら「婚約の予約」とでも題するのだろうか。とどうでもいいことを考える。
アレイヤとクロード以外は、何の話しか分からず二人の顔を交互に見るしかなかった。
恋愛や結婚に少なからず興味はあっても、積極的になるつもりはアレイヤにはありません。
それでも結婚はしないといけない貴族の決まりだけは守る意志があります。
画面越しの距離感が丁度いいと思っている人です。