斬髪事件4
庶民生まれだったが、希少性の高い光魔法に覚醒したことによって子爵家に引き取られたアレイヤ・ノルマンドが突然、魔法学園の廊下で髪を刃物で切られる事件が起こった。
容疑者とされているのはアレイヤと親交を深めようとしているアルフォン第一王子の婚約者であるゼリニカ・フォールドリッジ公爵令嬢。
アルフォンやその友人たち曰く、嫉妬が犯行動機だそう。
その他これまでアレイヤの身に降りかかった嫌がらせの数々の犯人もゼリニカであるということらしい。
果たしてそうかな?
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「ではまず、今しがた起こった私の斬髪事件について」
自分で口にしておきながら「斬髪事件」なる四字熟語にちょっとだけ笑いそうになる。
事実としてはそうなんだけど。
「私は廊下を歩いていました。光魔法の授業で移動教室だったので、一人で。急ぐような時間でもなかったのでゆっくり。丁度事件の起きる一瞬前。首の後ろ部分に冷たい気配を感じました。そして直後、髪が切られました」
当時の状況再現。
丁度切られた部分と切られなかった部分の境に手をやり、場所を説明した。ショートカットの女子が少ない貴族社会では親密度の高い間柄でなければ見られないであろうその箇所に男性陣はほんの少し顔を背ける。
「気配に立ち止まっていれば、髪を切られるどころではなかったでしょう」
手を下ろして首を隠す。隠しきれてはいないけれど。
「それは、ノルマンド嬢に明確な殺意があったという証明では? 現状ノルマンド嬢に危害を加える動機を持つのはフォールドリッジ公爵令嬢……」
「そうはならないのですよ、ロイド様」
性急なゼリニカ犯人説を唱えようとするロイドを黙らせ、ロイドと正面から目を合わせる。
「ロイド様。あなたはもう犯行を自供なさっていることに気付いてらっしゃいますよね?」
「な、何を馬鹿な」
「さっきあなたはこう言いました。『きっとすぐにアルフォン王子が犯人の証拠となるハサミを見つけて』と。誰も犯行に使われた凶器がハサミだとは断言していないのに、なぜハサミが使われたとお分かりになったのです? 魔法を使った可能性だってあったのに」
これ見よがしに切り揃った髪を隠さずに詰め寄る。
普通ならハサミを使われたと思うのが妥当だ。
しかしこの世界には魔法がある。
魔法を使った犯罪も当然多く存在しており、魔法を中心に生活している貴族ならば魔法が使われたと考えるのが自然な流れだ。
なのに、ロイドはそれをしなかった。
「私が歩いていた方向からして、ゼリニカ様のご友人の犯行では絶対にありえないのです。なぜなら――」
もう一度切られた頭髪を見せる。
「あっ……!」
ゼリニカは私の髪を見て声を上げた。
現場にいたゼリニカにはすぐに分かるが、レオニールだけは分からない。
ロイドも私の言わんとしていることに気付いたからか、黙ってしまった。
「そうです。私の髪は左から右へとハサミを入れられています。ゼリニカ様、申し訳ありませんが、どのように切られたかを教えていただいてよろしいでしょうか? まだ鏡を見ていないもので……」
「……左側が切られていますけれど、より詳しく説明するのであれば、外側よりも内側の方がより短くなっているように見えますわね」
「ありがとうございます。……そうですね、その時の私の左側には窓がありました。普段から私は窓際を歩くようにしていますので、窓と私の間にどなたかが通ることは難しいですし、通った方を記憶していないわけがありません。さらに、犯行があった直後、私の目の前にはゼリニカ様がいる。後ろからは――ロイド様、あなたがやって来ました。あなたはどこからやって来て、それまで何をしていたのですか?」
「そ、それは、アルフォン王子と共に……」
ロイドの返答を遮ってゼリニカが追撃する。
「アルフォン殿下なら先の時間、実技の授業に出ておられたはずですわ。多数の女生徒たちから殿下のお姿を拝見したという話を耳にしましたもの。当然、アレイヤ様のいらっしゃる場所より前方の教室で。私はその教室の向かい側で授業を受けていました。王子と一緒にいらっしゃったと仰るのなら、あなたが彼女の後方から現れるのは無理があるかと」
冷静に言い放つゼリニカの言葉を疑う余地はない。証言者が他にも多数いると言われれば偽証も難しい。
レオニールがとうとう溜息を吐いた。
「杜撰としか言いようがないね。素直に犯行を認めたらどうだい? 兄上の友人と名乗るなら、それなりの行動をしてもらわないと王家の恥と笑われてしまう」
「れ、レオニール殿下! 違うのです! 私はやっておりません!」
「キュリス様、見苦しいですよ。きっとこの後、ゼリニカ様の机や鞄から犯行に使ったハサミが出たと言う王子の他のご友人が現れるのでしょうけれど、そういった物的証拠よりもはるかに信憑性のある状況証拠がここにあるではありませんか」
そう言ってロイドの腕を取る。
袖口から、アレイヤの長かった髪が細い束で顔を出した。
それらをするすると出していく。
「なぜ、私の髪があなたの袖口から出てくるのです?」
「そ、それは、ノルマンド嬢に駆け寄った際に」
「では、ゼリニカ様をごらんください。あなたとほぼ同じタイミングで私に近寄って、あろうことか周囲の視線から守るように抱えてくださったゼリニカ様にはそういったものは付いておりません。なぜなら、誰かが近付いてくるまでに私は何度も何度も確かめるために髪を手で梳いたからです。だから、すでに落ちたものが付着するような膝辺りではなく、胴体より上にあるわけがないんですよ」
窓から腕を伸ばして、ハサミを使って髪を切った犯人以外に。
その際に袖の中に髪が入ったことを気にすることもなかった、実行犯以外には――いない。
返してもらいます、と大事に伸ばしていた今は無残な姿の淡いピンク色の髪。
返してもらったところで、元に戻ることはない。
「ノルマンド嬢、無事か! 遅くなってすまない。犯行に使われたと思しき証拠を探していたら遅くなってしまった! 安心しろ、犯人はもう特定している。ゼリニカ・フォールドリッジ! 今度という今度は許さないぞ!」
教室に大きな声をまき散らしながら現れたのは、アレイヤの推理から外れてアルフォン王子本人だった。
ロイドは膝から崩れ落ち、レオニールは目も当てられないと片手で目を塞いで天井を仰いだ。
「すまない、ノルマンド嬢。この不始末は私がどうにかしよう……」
「レオニール殿下の御心のままに」
王族に向けてする最上の礼は、貴族になって最初に教えられたもの。
これでアレイヤに向けられた嫌がらせは終わりを迎えるはずだ。このままエスカレートすれば命まで狙われるのではないかと不安になるところだった。
「……うん?」
解決したことで髪が切られたことも受け入れられるようになり、風通りがよくなった首をさする。触れた指先に違和感を覚えるのと同時に、アルフォン王子の後ろからさらに人がやって来た。
指の先に一筋の線の感触。幸い指を離しても付着するものは何もなかった。
「アルフォン王子、一体どういうことですか⁉ ノルマンド嬢が襲われたって……」
どうやらアルフォンの後を追いかけて来ただけのその人は、見るからに思慮深く聡明な外見をしていた。
かなり慌ててやって来たのか、息の切れ具合が深刻だ。
そもそも体力はあまりないキャラクター。
頭脳派としてゲーム内では認識されており、アレイヤにとっては好みすぎる外見をしている。
いわゆる、推しキャラ。
ノーマン・ドルトロッソ。現国王の宰相の三男である。
アルフォンの友人の一人なのだが、ノーマンはアルフォンを見ることもなくアレイヤを見て困惑の表情を浮かべている。
アルフォンは味方が増えたと喜び、声を大きくした。
「ノーマン、今しがた、ノルマンド嬢がゼリニカによって髪をバッサリとハサミで切られたところだ。ああ、レオニールもこの場にいるのだから状況は分かっているのだろう? お前からも説明してやってくれ」
「いい加減になさいませ、アルフォン王子! 私がこの状況を推測できていないとでもお思いですか!」
味方と思っていたはずの人物からの一喝に、誰もが息を呑んだ。
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