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夏休みのお誘い3

 生徒会室までの道のりでは、庭園のように補習で登校している他の生徒とすれ違うことはなかった。

 エレベーターどころか電気すらも存在していない魔法に依存気味の世界で五階まで階段を使うのはかなり大変だったけれど、それでも無事に生徒会室の前に辿り着いた。


 アレイヤが扉を叩く。


 一年生ながらイレギュラーな形で現在の生徒会長の座にいるレオニールは、自ら生徒会室の扉を開けた。


「やあ、二人とも来てくれてありがとう。この後話そうかとも思ったんだけど、姿を見かけてね」

「それはいいんだけど……レオニール一人?」


 生徒会室の中はごちゃごちゃだった。


 書類や筆記具、その他何かに使う物品が散乱している。

 よく見ればレオニールの顔には疲れが浮かんでいるし、何よりも他の生徒会役員の姿がない。

 会長と副会長が目まぐるしく変わった以外にメンバーは固定だったはずなのに。


「ああ、うん」


 座るところも会長席くらいじゃないか。

 レオニールは疲れた顔に苦笑を浮かべた。



「俺以外、とりあえず全員辞めてもらったからね」



「えっ」


 一人称が「俺」になるほど疲れていると読み取れるけれど、一体生徒会に何があったのだろう。


「色々あっただろう? アレイヤを狙う貴族至上主義と謳う生徒たちが生徒会役員の残りのメンバーにもいてね。上位の貴族だからだとか、伝統がどうだとか、どうでもいいことで手を煩わされるのはうんざりでね。スムーズに活動できる人員に一新しようと思ったんだ。それで、俺が信用できる人間に新しく生徒会に入ってほしいんだ」

「それで私を勧誘しているというのなら、まずお断りさせていただきます」

「言うと思った」


 理由は言わなくても察してくれているだろうと顔を見れば分かった。

 貴族至上主義の貴族の生徒に表立って狙われることはなくなったかもしれないが、それでも怯えて過ごさなければならないのは困る。その上、レオニールと一緒にいることで貴族至上主義以外の貴族令嬢からの視線が常に突き刺さることになるのも遠慮したい。

 いくら趣味がなくて暇だからと言っても、勉強しないわけにはいかない。その時間を生徒会業務で奪われるのも避けたい。勉強時間の理由から、レオニールはアレイヤに声をかけたというのもあるだろう。

 学年同率一位の二人が同じ時間分生徒会業務に携わっていれば、ハンデは平等で何か言われる可能性は下がる。


「無理に役員になってくれとは言わないが、手伝いだけでも頼まれてくれないか? アレイヤは子爵令嬢だけれど平民出身であることは平民の校舎にももう広まっている。そこで、平民との架け橋になってくれると助かるんだ」

「……この学園には、貴族校舎からしか通っていないので知り合いなんていませんよ?」

「肩書きだけが欲しいんだ。実はね、この学園の二つの校舎はそれぞれ独立したものだと思われているんだけど、生徒会長だけは共通なんだ」


 レオニールの言葉に思わず何も言えなくなる。

 学生の組織の割に権限が大きいな、生徒会長。


 つまり、生徒会長は共通だが副会長などの他の役員はそれぞれの校舎で違う。貴族校舎は会長含めて全員が貴族なり裕福な商人の令嬢令息。平民校舎は会長除いて全員が平民。


 先代が貴族至上主義筆頭のサンドラ・トラント。先々代が第一王子のアルフォン。


 ――あれ、それって……。


 アレイヤの表情から考えていることを読み取ったのか、レオニールが頷いた。


「蔑ろにされて、あちらの副会長が実質の生徒会長の扱いを受けている」


 やっぱり。と思うも、困ることがあるのかどうか分からずに納得だけする。

 同じ学園の二つの校舎には大きな確執があり、まともに生徒会長として仕事しようとするレオニールの弊害になってしまっているのを、アレイヤの存在で元通りにしようとしているのか。

 まったく、これでまだ王太子に任命されてもいなければ内定すらもらっていないというのだから、王族は恐ろしい。


 普通に兄王子がやらかしたのにすんなり弟王子を繰り上げるわけにいかないだけなのだろうけれど。


「これまでの話で気になるところはありますか、クロード先生?」

「では一点だけ。なぜ私は彼女と共に同席しているのでしょうか?」


 呼ばれたからには用があったと思い来てみたはいいが、どうも用件はアレイヤに生徒会役員の打診のみ。クロードが不思議に思うのも無理はない。

 何を考えているのか読めない以上、直接聞くしかなかった。

 アレイヤはクロードとレオニールの顔を交互に見て、レオニールの返答を待つ。


「アレイヤを呼ぶ際には、あなたと一緒の方が都合がいいと判断したまでです。貴族至上主義はもちろんのこと、我が国はまだまだアレイヤを新しい光属性と認めていませんから」

「えっ、また狙われるかもしれないってこと?」


 予想外の内容に声が上擦った。

 もしかして学園の寮から一人で校舎に入ったのはよくなかった行動なのか?


「……ちょっと、城の上が面倒なことを考えているみたいでね。どこまで俺が守ってあげられるか分からないんだけど」


 はぁ、とこれまでになく疲れた顔を見せるレオニールはそれ以上詳しいことを話しはしなかった。ノルマンド子爵が王城に呼ばれて疲れて帰ってきたことと関係がありそうな予感がしたけれど、アレイヤは何も言わなかった。

 最終的に巻き込まれる事態になるかもしれないとしても、なるべく遅い方がいい。


「そういう意味もあって、アレイヤにはぜひ生徒会にいて欲しいと思った次第だよ」


 役員としてという側面はあくまでも付随されたものであり、目的はレオニールがアレイヤを保護するのだという。

 レオニールが側にいることでアレイヤは守られる。

 絶対ではないこともあるけれど。


「アレイヤさんを亡き者にしたところで、彼女は戻ってこないと思いますが」

「それは俺も同意見だ。この国で聖女と崇められていたが故に肩身の狭い思いをさせていた自覚はある。不便な国に戻りたいとは思われないだろう」


 何よりアレイヤが魔力を覚醒させたからと追い出したのは国である。

 やはり前の方が良かったと言って後悔しても遅いのだ。

 二人の会話を聞いていたアレイヤは、聖女という言葉に引っ掛かった。

 以前も思ったことだが、ゲームの世界では「聖女」なんて存在はいなかった。光の魔法使いをヒロインとした、ごくごく普通の乙女ゲームだった。恋愛が主体の、魔法なんて差別化くらいの扱いでしかない、冒険要素皆無の好感度上げゲームだったはずだ。

 ゲームと現実は違う。が、ここまで乖離するものなのだろうか。


「……大事なことを一つ、お聞きします」

「何?」

「殿下は、アレイヤさんの今後をどのようにお考えでしょうか?」

「それは、婚姻の意味で?」


 レオニールは楽しそうに目を細めてクロードの問いに問いで返す。さっきまでの疲れた顔が綺麗に消え去っている。

 一向に答えようとしないクロードに、レオニールは肩を竦めた。


「さてね。個人的には直属の探偵屋を開業してほしいところだけれど」


 本人の目の前でなんて話をしているんだ、と止めに入ることもできたのにしなかったからなのか、レオニールの期待の込められた輝かしい瞳とクロードの怪しむ瞳に詰め寄られてしまった。

 逃げ場はないが、元々は二人が勝手に始めてしまったアレイヤの将来にコメントを求められても困る。

 知りたいのはこっちの方である。


「私はやりたくて犯人捜しをしていたわけではないですよ。狙われていたのが私だから仕方なく、です」

「分かってるよ。分かっているけど、分かっているからこそ、ね?」

「ね? じゃないんだよなぁ……」


 ならないと言ってもいつの間にかさせられていそうな迫力があるのは、レオニールが間違いなく王族だからだろう。土地を買い上げ、事務所を建て、権利を与えられ、開業させられていそうなのが怖い。簡単に想像できてしまうところからもう怖い。

 ならば後は、抗うか従うかで変化する自分の待遇を決める以外にできることがない。

 貴族としての地位を考えてもレオニールと結婚するのは現実的ではない。なら友人の地位を続けて何か起きた時に少しでも有利になる手札を持っておけば人生が豊かになるのでは?


「生徒会、かぁ」

「やってくれる?」


 最初から断られるとは思っていないんだろうなぁ、と思えてしまう笑顔。

 どういう話の流れが来てもここに帰結するように仕組まれていたのだろう。

 にこにこと、純粋な憧れを持っているような令嬢が見れば何も聞かれる前に頷いてしまうのかな、と思ってしまうと、抗いたくなる。

 些細な抵抗でも、やるとやらないでは心の持ちようが違う。


「私よりも先に、ゼリニカ様やノーマン様にお声がけした方がいいのでは?」

「したよ?」

「早い」


 誘い掛けも返事も早い。

 早すぎない?


「ノーマンは入ってくれることになったけど、王城で父君の手伝いをしているから休暇中は不在だ。ゼリニカには断られた。兄上の元婚約者を側に置くような真似はよろしくないと言われてね」

「ゼリニカ様ぁ……」


 正論すぎて何も言えない。

 せめてゼリニカがいてくれれば、やりたくもない生徒会の業務も楽しかったかもしれないのに。


「アレイヤは本当にゼリニカが好きだよね?」

「そりゃ、たくさん助けてもらいましたからね。この学園で初めて私を私として見てくれた方でもあります」


 ピンチの時には近くにいてくれて、励ましてくれて、助けてくれた悪役令嬢になるはずだった人。


「そういえば……この制服もゼリニカ様からいただいたものでした。うふふ。ゼリニカ様万歳」


 入学当初に着ていた制服はすぐに着れない状態になってしまっている。子爵夫妻に与えてもらったものよりも、ゼリニカに貰ったものの方が多いのではないか。

 制服のリボンやスカートを摘まんで微笑むアレイヤをレオニールが困った顔で見ているのをクロードは見ていた。

 アレイヤがゼリニカと距離を縮めたのは、ゼリニカの元婚約者でレオニールの兄王子であるアルフォンが関与している。正しくはアルフォンを慕い、貴族のプライドを強く持つ貴族令嬢たちの仕業である。


「アレイヤ、予備の制服が欲しくなったらすぐに言ってくれ。城から出させるから」

「アレイヤさん、遠慮せずに言った方がいいですよ。貴女にはその権利があります」

「お二人とも、急にどうしたんです? 今のところ困っていませんよ?」


 長期休暇が終わると日本の夏よりはかなり涼しいけれど夏が始まる。夏用の制服はノルマンド家ですでに用意されているので予備は必要ない。

 異世界でも春で学年が変わるのは、元が日本で作られたゲームだからだと思われる。気温の変化が少ないながらも四季があるのも、日本で作られたから。

 怪訝な目が二人分、アレイヤに注がれているが気にせず話を戻した。


「他に声をかけられた方は? レオニールが会長でノーマン様が副会長で私がいれば、そんなに急ぐ必要もないかもしれませんが」

「ノーマンは書記だよ。まだ副会長は見つけられていないし、会計も欲しいね」

「……え?」

「副会長探しと会計探しも手伝ってくれるの? アレイヤは優しいね」

「そんな、一言も言ってな」

「ああ、そろそろ着替えに戻らないといけないね。じゃあアレイヤ、また後でね。全然仕事進まなかったけど、これからアレイヤが手伝ってくれるならすぐ片付くよね。いやあ、助かったなぁ」


 あははは、と軽く笑うレオニールの目の下にうっすらと隈があるのを見つけてしまい、いよいよ抗うのを諦めた。


「寮で着替えてきます。待ち合わせは門の前でいいですか?」

「うん。待ってるよ」


 手を振るレオニールに見送られて生徒会室を出たアレイヤは、すぐ後ろのクロードが「殿下」と声を発するのを聞いていた。


「アレイヤさんとどちらへ?」

「生徒のデートに勘繰りは心が狭いと思われるよ?」

 どこまでも人で遊んでいるな、と身分違いの友人の人の悪さに大袈裟に息を吐き出した。


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