夏休みのお誘い1
二章です。事件がメインの場合は一章同様「~事件」と付けると思います。
よろしくお願いします。
アレイヤ・ノルマンドは子爵家の養女である。
だが、養女と公言すると子爵夫妻の顔が悲しみに染まるのでアレイヤはどうにかこうにか「元々、生まれながらの子爵令嬢ですが?」という顔で過ごしている。
元は平民の生まれなのだが、世界的に希少な光魔法の適性が発覚したために貴族入りした経緯がある。その発覚の仕方が故郷の村のすぐそばにある聖域の森と呼ばれている場所を光魔法で崩壊させてしまったことなので、アレイヤは魔法の勉強をするために通っている学園の長期休暇に入ったというのに王都にあるノルマンド子爵邸から離れるのを拒んでいた。
ノルマンド子爵は、一度実の両親に会いたいだろうと気を遣ってくれた。名もなき聖域の森近くの村への馬車の手配も土産の手配も任せてくれと言ってくれた。
すべての申し出を、アレイヤは拒否した。
どんな顔をして帰ればいいのか分からないことはすぐに察してくれた。その上でアレイヤの望む通りにと、話題にするのも避けてくれるようになった。
心優しい義両親の好意を無碍にするようで苦しくはあるが、それでもアレイヤはまだ十五歳の子どもなのだからと励ましてくれた。
長期休暇なのに毎日部屋にこもって勉強するか、王都の本屋を巡って参考書を探す義理の娘を子爵家全体が心配し始めたのは休暇二週目のある晴れた日だった。
「お嬢様! レオニール王子殿下からお手紙が参りました!」
「レオニール様から?」
本人からは呼び捨てでいいと許可を得てはいるが、さすがに本人のいないところでそれは憚られる。アレイヤはメイドが持って来た手紙を受け取り、すでに封が切られているのを見て一度顔を上げる。メイドの後ろには普段子爵付きである執事がいた。彼が中を改めたらしい。
改めた上でちゃんと王城から届いたものだと判断したのだろう。
王立スフォルト魔法学園で筆記も実技も学園でこの国の王子と同率首位になったこともあってか、子爵邸にいる間は執事がアレイヤに付いていることも増えた。
専属の侍女もメイドも執事もいなかったから、まだ慣れない。
真っ白に銀色のラインで植物が描かれた上品な便箋から同じ色と装飾の手紙を取り出す。
遠慮のない間柄を望んでいる相手からの内容は、やはり遠慮のない文体だった。
――やあ、アレイヤ。元気にしているかな。近々お茶をしに行かない? 毒見を連れて行くから不安に思わなくていいよ。待ち合わせは学園でいいかな? いいよね? 最近生徒会のことで色々忙しくしていてね。日取りなんだけど、四日後でいい? いいよね? それじゃ。
追伸。僕ら二人だけじゃないから、安心して。
王族なのに大丈夫なのかと不安になる文面である。これがまかり通る間柄であると周知していることに対しても不安になる文面である。
それほどまでに信頼と友情を与えてくれているのかと思うと、それはそれで大丈夫なのかと不安になる。何しても不安になるからこそ、王族というしがらみが鬱陶しいと思うのだろう。
「四日後、王子殿下からお誘いいただきました。……準備って間に合いますか?」
あわよくば間に合わないから遠慮したいのだが、はっきりと言葉にはできないから遠まわしに聞いたのだが、執事は満面の笑みで「もちろんです」と答えてしまった。
メイドたちも嬉しそうな顔で頷いている。
……王子殿下にお茶に誘われて嬉しくない人間はいないよなぁ。と諦めの溜息を零しつつ、了承の手紙を返さなければと便箋を取り出した。
アレイヤを狙った賊が半壊させた街の復興の様子が気になって行った際に見つけた、白地に蔦のラインが入ったシンプルなデザインのセット。なんとなく目について買ったものがまさか役に立つ日が来るとは思っていなかった。
遠慮のない文面には同じく遠慮のない文面で返してやろうと書いたのは「お疲れ、生徒会長様。私も少し学校に用があったから丁度よかった」。ノルマンド子爵家の封蝋を使うほどの内容ではないが、偽物と思われるのも困るので使うことにする。
封蝋は前世でも一時期人気が出たもので、使ったことはなかったが使い方なら知っている。憧れも持っていたので、そういう意味でもレオニールからの手紙は丁度よかった。
ただ、
「お嬢様?」
さっさと封筒に入れて蝋で閉じて、レオニールに届けてもらわないといけないのに、アレイヤはまだ便箋を閉じもせず、ペンを持ったまま考え込んだ。
急に動きを止めたアレイヤにメイドは覗き込むような真似もしないで後ろで首を傾げている。
「いえ、なんだかつまらないなぁという気がして」
「つまらない、ですか?」
「手紙なのに、メモのやりとりのようで味気がなくて。でもこれ以上書くこともありませんし……」
「では、日常のことをお書きになるのはいかがでしょう? 窓の外に見える子爵家の光景をお書きになられたら、もしかすると王子殿下が子爵家にいらっしゃるかもしれませんよ?」
「来なくていいですよ。面倒な」
「…………」
面倒、という言い方は不敬になるかもしれなかったが、本人も関係者もいないのだから構わないだろう。
どうにも使用人たちは「レオニールはアレイヤに好意を持っている」と思いたいようだが、生憎レオニールはアレイヤを「異性」ではなく「探偵」と見ている節がある。もう学園内で狙われるようなことはなくなったのだから探偵のように自身に降りかかる謎を解く必要はなくなった。
必要に駆られていただけで必要がないのなら謎解きなんてしたくない。
無駄に疲れるのだ。
貴族の上下関係だとか、助けてくれる人たちに危害が加わらないかとか、指摘が間違っていたらどうしようとか。
だからもう、できるならひっそりと慎ましやかに過ごしたい。
ここは前世の世界では乙女ゲームだった。
「光あれ! ポップアップキュート」
ダサいタイトルなのにキャストが豪華で、イラストもストーリーも良い。
アレイヤがヒロインで、数々の攻略対象者たちと恋を楽しむよくある恋愛シミュレーションゲーム。
残念なのが、アレイヤの中身が恋愛にさほど興味のない転生者であることと、序盤からストーリーが変わってしまい、攻略対象の一人がすでに退場してしまっている。
ゲームの進行は望むべくもなく、さらにはゲームにはなかった設定も時々登場していてよく分からない状況になっていた。
そう言えば。
アレイヤは前世から引き継いだ記憶の海をたゆたう。
あのゲームには、ロード中の画面に猫のイラストが使われていた。本編には出てこないものの、歩いていたりボールで遊んでいたりと複数のイラストが用意されていてロード中も飽きなかった……どころか、二周目プレイ時には心待ちにしていた。
こんな感じだったっけ。とペンを走らせ、描き終わってからレオニールに渡す便箋だったことを思い出した。
「あ」
やってしまった、と後悔する。
書き直すのが本来なのだが、失敗したわけでもないし、どちらかと言えばよく描けた。勿体ないのでこのまま出してしまおうとインクが乾くのを待つ。
味気ない手紙に彩りが添えられた。
見られて困るものでもないし、いくらなんでも不敬がすぎると思われるのも困るのでメイドたちに検閲してもらうと、一様にして顔色が輝いた。
「素敵です、お嬢様!」
「とても可愛らしい絵ですね。お嬢様の特技でしょうか?」
「旦那様と奥様にもお見せいたしませんか?」
褒めすぎじゃないか? いや、使用人が使える相手に貶せるわけがない。王族の誘いを断れない子爵令嬢の自分と同じく。
描いたのはこの世界では存在が怪しいデフォルメされたイラストだ。写実的な絵――絵画ばかりの世界でアレイヤの描いた猫は珍しい。今でもメイドたちが興味津々に便箋を凝視しているのも無理はなかった。
次の日はドレスの選別のためにメイドたちと衣裳部屋に入り浸り、その次の日はノルマンド子爵が王城に呼び出され疲れて帰ってきた。夫人もアレイヤも大丈夫かと心配するが、「大丈夫だ」と明らかに大丈夫でない顔で薄く笑っていた。
子爵が王城に呼び出されることはあまりない。領地の経営が主な事業であるノルマンド家は、王城内に仕事は持っていない。呼び出された理由を考えるなら、アレイヤの話以外には考えにくい。
それでも、詳しく聞くのは話を受け入れることになりそうでできなかった。
次の日がレオニールとの約束の前日となり、使用人たちがそわそわとアレイヤの様子を見ている。
当のアレイヤと言えば、自室の窓から入ってきた蝶と対峙していた。
つい五分前にやって来た蝶は閉じられた窓の外をどこにも行かずその場に留まるように飛んでいたのを不審に思い、窓を開けた。すんなりと部屋に入ってくる蝶はアレイヤの周りと飛び回り、指を出せば指先に止まった。
普通の蝶ではない。
花の蜜を求めているわけでも、休憩できる場所を探しているわけでもない。
間違いなく、アレイヤに用があると見える。
問題は内容が善なのか悪なのか。
……訂正。悪はない。
こういった普通ではない出来事には魔力が重要になる。つまり、蝶に魔力を注げば用件が明らかになるギミック。こういう遊びを思い浮かんで実行できる人間なんて一人しか知らない。
光魔法の授業の担当教師であるクロード・ランドシュニー。
悪戯成功と背景に文字が浮かび、悪どい笑顔が見える気がする。
そうして耳元に口を寄せて囁くのだ。
面白いでしょう? と。
「うわあっ!」
うっかり美声まで脳内再生されて、恥ずかしさを掻き消すために声で出た。
思ったより大きな声が出て、メイド二人が慌ててやって来たのをなんでもないと宥めて、アレイヤは魔力を注ぐ覚悟を決めた。
魔法石に魔力を込めて暴発事故を誘発されたことを思い出してしまう。
大丈夫。大丈夫。
何度も自分に言い聞かせて、指先からゆるりと魔力を注ぐ。アレイヤほどの魔力量なら少しと言っても十分な量になるだろう。
蝶は光の魔力を受けて淡く光り、形を手紙に変えた。
差出人は予想通りクロードからだった。
内容は研究所に個人の研究室を貰ったから遊びに来てもいいことと、毎日午前中は学園にいるから遊びに来ていいこと。
暇なのかと勘繰ってしまうほど、会いに来てほしいらしい。
夏休みの間に一度くらいは行こうかしら、と考えると同時に、明日学園で待ち合わせなのだから少しだけ顔を見に行くくらいはしてもいいかと考え直す。声を聞きに行く、と言い換えてもいいけれど。
やってみたい魔法もあるからそういう意味でも会わない理由はない。
そしてやって来たレオニールとの待ち合わせ日。
一度学園に行く必要から、子爵家を出る時は制服を着て行く。三人のメイドたちと馬車に揺られ、寮のアレイヤの部屋で着替えの時間まで待機していてもらう。
着替えなければならない時間が来るまで、アレイヤは学園の庭園に来ていた。学園は長期休暇だけれど生徒の姿がある。それは前世でもよくあった、試験での結果が思わしくなかった生徒向けに行われる補習のため。
どんな貴族の令息令嬢だろうと関係ない。
まったく別の話ですが、昨日下記の短編をアップしております。
お時間よろしければこちらもどうぞ。
↓↓
「身に覚えのない令嬢の話」
https://ncode.syosetu.com/n5586im/