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エピローグ2

 青い髪の騎士は、自身に宛がわれた寄宿舎の自室で緑の濃いリボンと対峙していた。


 いまだに返しそびれているリボン。


 騎士団の支給品とは言え、与えられた自分の紺色のリボンは彼女が持ったままだ。

 青い髪の騎士――ルーフェンは先ほど終えた事情聴取の際に聞いた二人の犯人が自供した内容を思い返して深く息を吐いた。


 コリアナ・ノレノ男爵令嬢――元侯爵令嬢の彼女は学園に通う高位貴族の子息令嬢を唆して新参者の子爵令嬢に危害を加えようとした。理由は平民が貴族になっただけでも腹立たしいのに位が現在のコリアナよりも一つ上の子爵だったこと。平民なのに光属性の魔力を持っていたこと。孤立させて学園から逃げ出したくなるようにしていたはずが、第一王子であるアルフォンが興味を持って囲おうとしたことでさらに恨みが増大した。

 ルーフェンが目撃した花瓶が落ちてきた件もコリアナの誘導だった。廊下に針が落ちていた一件も、元を正せばコリアナの指示。


 もう一人の犯人、前任の光属性の魔法使いを崇拝していた衛兵は学園の外での犯行を担当していた。

 研究所からプリズムを盗み出してコリアナに渡したり、必要な魔法道具を手配したのもこの衛兵だった。

 衛兵自身がどの犯行にも直接関与していないかと言えばそうではない。これもルーフェンが居合わせた件で、パディグノで起きた毒入りスイーツの事件。

 毒成分を作り出す新種の花の改良を花屋の女性に依頼したのは衛兵だった。


 レオニール第二王子を標的にした一件ではあったが、そこは実行犯の独断だったらしい。いや、意思疎通の不備だったのかもしれない。

 何せ、衛兵の自供は要領を得ない内容ばかりで、短絡的としか言いようのないものが多かった。

 アレイヤを国から追い出し、以前の光属性の魔法使いを呼び戻す――以外の考えがまるでなかった。


 それほどまでに心酔し、信仰していたのだと思うとルーフェンは自分の気持ちの方が薄かったのかとも考えてしまう。

 あの感情は本物で、誰かと比べるものではないと分かっている。伝えるつもりはなかったし、伝えるような気持ちでもなかった。

 ただ、護衛として側にいられた日は幸福だった。


 それだけだ。

 自分は騎士だ。


 いつ命を落とすか分からない身でありながら、心残りになってしまう相手を作るのには抵抗がある。

 恋愛感情を持たないように気を付けてはいるものの、いつの間にか落ちてしまっているのが恋なのでどうしようもない。


 抱いた感情は大切にして、思い出にするしかない。

 思い出が一つもないのでは、もしもの時に後悔になってしまうかもしれないから。


 もう一度目の前のリボンに意識を戻す。


 もしもの時に後悔になってしまわないように、すぐにでも返すべきなのは分かっている。


「分かっているのに……」


 返してしまったら、関わることがなくなりそうで返すのを惜しんでしまう。

 会えなくなるのを拒否してしまう感情は騎士にとって邪魔なものだと分かっているのに切り離せない。ルーフェンは短いとは言えない長さのうめき声の後、勢いよく立ち上がった。


「……鍛錬所に誰かいるよな」


 頭の中に溢れる一人の少女の存在を掻き消そうと自室を後にした。

 リボンはそのままにして。


 騎士団は任務がなければ夜は基本的にプライベートの時間だが、自主鍛錬は自由に行われている。ルーフェンも週の半分は鍛錬に使い、残りは休養と決めている。今日も本当は休養に宛てる日ではあるのだが、煩悩が邪魔で休養にならない。

 という言い訳を脳内で延々と垂れ流しつつ鍛錬所に到着してみれば、騎士たちが鍛錬に励む音が聞こえた。この声を聞いているだけで煩悩など忘れてしまえそうなほど活気に溢れている。日付も変わろうとしている時間にも関わらず。

 ルーフェンの所属する隊の騎士たちもいた。彼らはルーフェンに軽く声をかけてすぐに鍛錬に戻っていく。筋力トレーニングや壁登りなど、基礎の鍛錬をしていた。他にも木刀での打ち合いや素振り、別の場所では丸腰での戦闘訓練をしている騎士もいた。


 その中に一人、赤い髪の騎士の姿を見つけると足早に近寄った。


「お疲れ様です、フォースター隊長」


 剣の手入れをしていたギルベルトはルーフェンに声を掛けられて手を止めた。顔を上げて微笑を浮かべる様子はどこかの貴族のように見える。騎士は衛兵とは違って貴族の令息が入隊することも多くあるが、平民出身のルーフェンは貴族の名前なんて多くは知らない。


「やあ。鍛錬か?」


 挨拶代わりと分かる問いかけにルーフェンは一応頷いて返す。煩悩を飛ばすために来たと正直に答えなくてもいい。


「手合わせなら少し待ってくれ。俺が相手をしよう」

「そんな……隊長の時間をいただくわけには」

「気にするな。同じ光の姫を護衛した仲じゃないか」

「騎士団の騎士として当たり前の任務だったかと思いますが……」


 同じ任務をしたから手合わせをする仲だと言われても、別の隊の隊長と隊員の立場は変わらない。ギルベルトなりの気遣いであると理解している以上、躍起になって断るのもどうかと思い、剣の手入れが終わるのを待つことにした。


「光の姫……アレイヤ・ノルマンド嬢だったか。変わったお嬢様だったな」


 手入れをする手の動きは止まっていないが、斜め上を見上げてピンクパールの髪を持つ少女を思い出しているらしい。忘れたくても忘れられない強烈な印象もルーフェンもまだ覚えている。

 他国からの侵入者に追い詰められたところを助けてもらった――強力すぎる光魔法の攻撃で。


「あのお嬢様はよく高いところから落ちるようだ。お一人にして大丈夫なのだろうか」


 突如としてぼんやりとした顔になったかと思えば、剣の手入れをしていた手が止まった。

 騎士団の一つの隊を任されている隊長のこんな気の抜けた顔なんて、自身の隊の隊長からは見たことがない。

 ギルベルトはアレイヤと関わったのはごく最近だが、「よく高いところから落ちる」というのはルーフェンが提出した報告書を読んだからだろう。アレイヤの護衛をすると決まった際に資料として読まれたとしてもおかしなことはない。


 なお、その報告書には夜会のエスコート役に自分が名乗り出たことは書いたが、リボンを交換したことは書いていない。当たり前だ。

 魔法実技試験の際、レオニールが作り出した水魔法の階段の上から落下したアレイヤを助けたのはギルベルトだ。一番側にいたから当然と言えば当然だが、階段から落ちたアレイヤを追いかけて飛び降り、アレイヤを抱えた動きには無駄がなかった。直後、ゼリニカの風魔法で危なげなく着地した。魔法の助けがなくても、ギルベルトならば問題なく着地しただろう。


「つい、お助けしたくなるようなご令嬢です」


 ルーフェン自身、花瓶を落とされたことに気付いてアレイヤを助けた経験がある。


「そうだね。危うく、それでいてお強い、魅力的なご令嬢だ。……敵は多いか」


 最後は声が小さくて聞き取れなかったが、雰囲気だけでルーフェンはギルベルトからアレイヤに向ける感情を察した。

 命を助けられた経験があるのだから、無理もない。



+++



 三男だから、宰相になりたいとは考えていない。兄二人も優秀だし、あえて成績を兄たちよりも若干低めを狙っている部分もある。しかし父――現国王の宰相にはすべて見抜かれていた。


「お前に足りないものは何か分かるか、ノーマン?」


 アレイヤ・ノルマンド子爵令嬢が狙われた件についての報告をするために登城し、報告を終えたから帰ろうとしたところを父親に呼び止められ、なぜか宰相補佐の補佐の補佐のような仕事をさせられていた。大方資料整理と執務室の片付けではあるが。つまり雑用をさせられている中で投げられた質問に、ノーマンは書類作成から目を離さない質問者を見た。


 質問の意図は何なのか。


 意図が読めないまま素直に考えて答える場所ではないことくらい、ノーマンにも分かっている。分かっているが、答えないわけにもいかない。


「……足りないもの、ですか。なんでしょう。国内情勢についてはまだまだ疎いという自覚はありますが」


 疎い、というよりもわざと網羅しないようにしているだけだが、あえて言う必要はない。


「己の心に正直になることだ」


 案外すんなりと求められていた答えを提示され、ノーマンはさらに意図が読めないと首を傾げそうになる。


「三男である立場を強く意識しすぎている、とでも言うのか、本心を隠し続けるあまりに感情に鈍くなってしまったのか。……どちらにせよ、父である私に責任があるのは承知している」

「何のお話ですか?」


 意図を読むどころか、宰相の言葉の意味がまったく理解できずに素直に声に出した。

 執務室には宰相補佐が三人いる。その三人に向けて聞かれても困らない話――むしろ聞かせようとしているようにも思える。


「宰相になる気はないのか、と聞いている」

「――え」

「興味はあるのだろう?」


 現宰相の言葉に、補佐たちも本格的に聞き耳を立てたのを気配で察した。


「元々、第一王子のために宰相の仕事を学ぼうとしていたのは知っている。だが、継承権剥奪後からは逆に遠ざけていたな。なのに最近になってまた、変わり始めている」

「…………」

「目指すだけなら自由だ。なれるかどうかは努力次第だがな」

「ですが、兄上たちがおります。兄上たちを差し置いてそんな……できません」

「宰相は我が家のものではない。たまたまドルトロッソ家が続いているだけでな。さらに言えばケントは研究がしたいと言っている。アニスは商会のお嬢さんとの結婚を考えていて、婿入りが前提なのだそうだ」

「……兄上たちが、そのようなことを?」


 知らなかった。


 優秀で、二人とも王城で働くに相応しい能力を有している。だからてっきり、宰相や王城内での仕事をすでに始めていると思っていた。

 だから自分は、宰相補佐などの兄の補佐をするのもいいかもしれないとぼんやりと考えていた――のに。


「つまり、お前が気にするようなことはない」

「父上……」

「それでだな、その、宰相を目指してくれるなら父として嬉しいものではある。あるんだが……」


 途端に歯切れが悪くなり、宰相としての顔が崩れ父親の顔が露わになった。


「仕事をするには、婚姻が必要だ。結婚していないとまともに相手にされないことが多い」


 補佐三人の内、筆頭補佐の男は上司が何を言いたいのかが分かったらしく、笑ってしまうのを必死に紙束で隠した。その様子に残りの二人も気付いたようで、微笑ましく見守られている。


「だから、お前は……学園で良いお嬢さんは見つけているのか?」


 およそ執務室で話す内容ではない話。


 宰相は顔を背けているが赤くなっているのは明白で、ノーマンの顔も同じく赤く染まっていた。

 咄嗟にピンクパールの髪を持つ光属性の後輩の姿が脳裏に浮かんだ。

 すぐに頭を振って浮かんだ映像を消す。


「己に正直になるのを拒否していては、先は長いな……」


 呆れて溜息を吐きながら、宰相も頭をゆるく振った。


次回でエピローグも終わりです。



(8/12追記)

8/12 新作を投稿しました。ほとんど毎日投稿の予定なので、よければそちらもお読みください。

現代ホラーサスペンス的な内容なので、苦手な方はご注意を。


夏と手紙と山の中

https://ncode.syosetu.com/n1468ij/


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