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エピローグ1

後日談のような

 渇いていた。


 枯渇していた。


 全身が怠い。


 とにかく重怠い。


 金縛りみたいに体を動かすことがままならず、じっと動かずにいることしかできなかった。

 落ちる。落ちる。落ちていく。

 視界は暗闇。

 自分の体だけが見える世界。


 ――あー……見たことあるぞ、こういうの。


 多くの人間を様々な沼に突き落としたことで有名すぎるほど有名になったあの作品。

 闇の世界に飲み込まれた主人公だったが、自身の中に光があったから自分の姿だけは視認できていて、それを理解したからこそ闇と光の力を手に入れた回だ。

 つまり、光属性の魔力を持っているから暗闇の中でも自分の姿だけは見えている、と。まるっきり同じ状態にあるらしい。

 しかし、例の「絶対大丈夫だよ」な作品と違う点は、この暗闇の世界は魔法的空間ではなくて意識的な空間であることだろう。


 アレイヤ・ノルマンドの精神世界が、ここだ。


 精神世界に入った理由を探すためにアレイヤは手を伸ばしたり左右に顔を動かしたりと行動を試してみるが、一歩を踏み出す勇気が出なかった。


 自分の姿は見える。

 自分の姿しか見えない。


 一歩進んだ先が、一歩下がった先が、右に、左に動いた先が奈落の底ではない確証がない。「奈落の底がある」と想像してしまったが故に、奈落の底が現れている可能性を否定できない。

 動けないままその場でできる限りのことをして時間が過ぎるのを――何かが起きるのを待っていると、それは目の前に立っていた。

 自分自身以外に見えるものに安堵する。

 見えるものに向かって一歩を踏み出す。迷いはない。

 近付けば近づくほどに自分以外の見えるものの正体がはっきりと見える。

 見間違えるはずがない光のシルエットに、自然と足が速く動いた。

 腕を伸ばせば、簡単に触れられた。


 短い毛並みに指が吸い込まれる感覚――もう二度と会うことも触れることも叶わないと思っていた。


「ごめ、ごめんなさいっ! 私のせいで、私が早く気付いていたらっ……」


 視界が滲む。顔中を溢れる涙が濡らしていく。とめどなく流れ続ける涙で溺れそうになりながらも、謝罪の言葉を繰り返した。


 ごめんなさい。

 守ってあげられなくて。

 回復魔法が使えなくて。

 森を破壊するしかできなくて。

 森に戻る勇気も出せなくて。

 お墓を作ってあげることもしないまま、逃げ続けてごめんなさい。

 合わせる顔がなかった。だけど会えて嬉しい。


 しゃくり上げながら、泣きすぎて酸素も上手く吸えていないのに必死に謝罪を続ける。


 せっかくお友達になれたのに。

 お友達になることを許してくれたのに。


 縋りつきながら、ずっと、ずっと謝った。

 いつまでも、それこそ永遠に泣いてしまうほど枯れない涙を流すアレイヤの頬に、それは頬をこすりつけた。


 慰めるように。

 涙を舐めとるように。

 許すように。

 力を、与えるように。


「……そっか。私に光魔法を授けてくれたのは、あなただったんだね」


 少しだけ流れる涙のスピードが緩やかになったアレイヤに、光る鹿の目が細く笑った。



+++



「先生、あまり無理をされては先生が倒れてしまいます!」

「大丈夫。まだ、いけますから……」

「代わってください! 先生が倒れてしまわれたら、アレイヤ様は悲しみますわ!」

「これは単純な方法ではありません。それに、ただでさえ魔力量が多い彼女に魔力を渡して、無事である保証ができません」


 同じく魔力量の多い自分が適任なのだと、アレイヤは薄っすらと浮上してきた意識で聞いた。

 愛してやまない推しの切ない声に朧気だった意識が急激にはっきりとしたものになる。

 耳が幸せ。

 キュンキュンしすぎて逆に命の危機。


「アレイヤ嬢!」


 まだ目を開けてもいないのに意識が戻ったことに気付かれたのか、名前を呼ばれて反射的に目を開けた。


「アレイヤ嬢……よかった」


 目を開けたことで感覚が全身を巡る。

 左手を握る誰かの手。

 右側から覗く顔は――


「……きゅう」


 目が合った瞬間に、アレイヤは再び意識を飛ばした。

 好みすぎる顔面が、近すぎた。



 次にアレイヤが意識を取り戻した時は、見たことのないメイド服の女性がアレイヤの側にいた。


「気が付かれましたか? 私は王宮で侍女をしております、フローナと申します。よろしければレオニール王子殿下をお呼びさせていただきたいのですが……」


 今がいつの何時なのか分かっていないアレイヤは、寝起きながらもすっきりとした頭で許可を出した。しかし、フローナはすぐにレオニールを呼びに行こうとはせず、苦笑した。


「その前に、身を清めましょう」

「え?」

「寝ぐせが付いておりますよ」


 ゆっくりと起き上がるアレイヤの髪を一房手にしたフローナは、有無を言わせない笑顔で身だしなみを整える手伝いを申し出た。

 フローナの手腕によって完璧に整えられたアレイヤは何が起きたのか理解を終える前にレオニールと対面した。

 一度目が覚めた時は気にする余裕もなかったが、どうやらアレイヤは学園の医務室に寝かされていたらしい。レオニールの後ろには見覚えのある学園の医務官が控えていた。


「アレイヤ、大丈夫かい?」

「はい、すっかり元気です」

「……魔力切れを起こしたら、しばらくは起き上がれないはずなんだけどね」


 呆れたように苦笑するレオニールに、アレイヤは自分が魔力切れを起こして倒れたのだと知った。

 納得するしかない。

 城下街が復興するまでの間、土を固めただけの建物を見かけだけでも彩りを与え続け、さらに騎士二人の姿を隠し、その上で学園を覆いつくすほどの魔法を行使した。

 何日も魔力を垂れ流していた中でさらなる魔法を使い続ければ魔力が切れてもおかしくない。

 思えば、初めて魔法を使えるようになった日も、森を破壊した後は倒れていた――魔力切れである。


「クロードが君に魔力を分け与えていた。今は隣の部屋で休んでいるよ」

「えっ」


 漫画とかで見かける光景だと思っていた、他者に魔力を分け与えるシーンが知らない間に行われていたと聞いて思わず体が浮き上がった。何それ見たかったスチルですよね⁉ と口走りそうになった。クロードはどんな台詞を言ったのかが気になる。あのお声で何を言ったのか、一言一句聞き逃したくはないというのに。


 しかしなるほど。魔力を分け与えられていたからすっきり目覚めることができたのかと納得する一方でそう言えば、と一度気が付いた時の記憶が蘇る。


 一瞬だけ目覚めて、良い顔が目の前にあって、直後の記憶が消えているから再び眠ってしまったのだろうと推測している。

 良い顔――ノーマンがいたことは夢ではなかったと思う。魔力切れで気を失い、医務室に運ばれ、クロードが魔力をくれて、レオニールが来てくれたというのならノーマンも来ていたと考えるのは自然だ。

 今は、フローナとレオニールと、知らない従者が控えている以外に人はいないけれど。


 ――ん?


 どれくらいの時間眠っていたのか知らないが、目覚めてすぐに我が国の王子殿下が見舞いに来る状況というのは不自然ではないだろうか。


「レオニール、他の方たちは今どちらに……?」


 クロードは隣の部屋で寝ていると教えてもらったが、一度目覚めた時にはララやトワレスの声も聞こえた気がしていた。

 アレイヤの問いにレオニールと後ろの侍従たちも笑顔になる。苦笑かと思ったが、どちらかと言えば失笑に近い。

 とりあえず深刻な状況にはないということだけ分かればいいかと、不貞腐れそうになる感情を抑える。自分だけ知らないのに楽しそうな雰囲気を感じて淋しく思うのは傲慢だと言い聞かせて。


「ゼリニカたち女性陣は別室で楽しそうに君の話をしている……らしい。王子でも会話への参加は断られてしまったよ」


 ははは、と楽しそうに笑うレオニールは輪に入れなかったことを何とも思っていないようで安心する。不敬だと言われない相手だと知られているから許されているのだろうけれど、普通に考えれば不敬でしかない。


「ノーマンは宰相に今回の件の報告に行っている。次期宰相になるつもりはないようだけれど、ノーマンはぜひ側近に欲しいよね。アレイヤの護衛をしていた騎士の二人も、今は騎士団であの衛兵の取り調べ中だ。ノレノ男爵令嬢の取り調べはもう終わっている頃だろうね」

「……私、どれくらい寝てました?」

「実技試験は昨日だったよ。一度目が覚めたのは今朝だったね。今はもう夜だけど」


 ということは合計で丸一日眠っていたらしい。

 魔力切れを起こして気を失って、クロードが魔力を分けてくれて、と考えれば妥当な睡眠時間だと言えるだろうか。むしろ早い方かもしれない。

 試験も無事に終わって、待っているのは長期休みだと思えばタイミング的には良かったと思える。授業を休んでしまう心配は少なくともしなくていいのだから。

 長期休み前に何か予定があった気もするが、思い出せないなら無理して思い出す必要もないだろうと思考を拒否しかけたアレイヤの頭の中を覗いたかのような間で、レオニールは「それで」と切り出した。


「王城で行われるパーティには必ず出ないといけないのだけれど、大丈夫だよね?」

「……なんて言いました、今?」


 すっかり忘れていた予定に反射的に聞き返したアレイヤは、そこで試験の結果を聞いた――聞かされた。

 各学年で首位に立った生徒は、国王と王妃の前で試験で使用した魔法を披露することも含めて。

 さらには、またしてもレオニールと同点首位だったとも。



+++



「学園始まって以来の出来事だとお聞きしましたわ。減点した結果、首位に立ったというお話は」

「ええ、それも王族がおられる学年で、ですわ」

「飽きのない学年ですわね、今年の一年生は」


 アレイヤがまだ目覚める前。

 医務室の応接スペースで三人の令嬢が語り合っていた。

 公爵家の令嬢に伯爵家の令嬢が二人。つり合いの取れたバランスの良い家格の三人の令嬢はしかし、普段から付き合いのある関係ではなかった。

 伯爵令嬢の二人はクラスが同じ家格が同じこともあって行動を共にすることも多いが、公爵令嬢と同じテーブルを囲う機会はほとんどないと言って間違いはない。


 学年も違う、家格も違う。


 接点も少なければ唯一の共通点はまだ眠りの世界に落ちたままだ。

 それでも共通する人物がいることは会話の主軸にもなる。

 三人はアレイヤの話だけで、もう四時間近く話し込んでいた。

 それぞれアレイヤとの関わりを詳細含めて話すので一時間近く使い、試験の話や公爵令嬢が主催した夜会での一幕も合わさればいつまででも話せる内容となる。

 それぞれ話題は出尽くした、と空間の空気が張り詰める。

 三人の令嬢が本当は最初からこの話がしたかったとばかりにタイミングを計っている。

 そのために不敬と思いつつもレオニール第二王子をこの場から遠ざけたのだ。

 試験で同点首位に立った話を聞きたかったのも正直なところだが、この三人が集まれるのも今だけという感覚も無視できない。


 公爵令嬢、ゼリニカ・フォールドリッジは元婚約者から被害を受けていた後輩の女の子の話を誰かとしたかった。

 伯爵令嬢、トワレス・アークハルトとララ・ロベルタは新しい友人となったクラスメイトの子爵令嬢が敬愛している公爵令嬢の話を聞いてみたかった。


 友人の話を、当人がいないところで話してみたかった。


 なぜなら主題は、まだ病室のベッドで眠る彼女の――コイバナなのだから。


「彼が次期宰相という立場であれば、あるいは積極性が増したのかしら」

「やはり教師という立場ゆえに、生徒と距離を近付けることに躊躇いがあるのでは」

「王子殿下もあくまで友人という立場を主張しているのは、自制心が働いている証拠とは考えられないでしょうか」


 ノーマン派のゼリニカ、クロード派のトワレス、レオニール派のララという三つの立場に分かれてのディスカッションが始まってしまっても止める人間はおらず、逆に白熱してしまう。

 誰も別の派閥を否定しようとしていないところが微笑ましい空気を生み出しているとも言えそうだ。

 もうすぐ王宮主催の夜会があるから、アレイヤの相手の理想の話は終わる気配を見せない。

 最終的に行動するのはどの殿方なのか。

 アレイヤは誰を選ぶのか。それとも選ばないのか。

 三人の話し合いはレオニールの従者が呼びに来るまで続いた。


先日誕生日を迎えたりしまして。

誰にも何も言わず、誰にも言われないようにひっそりと隠れて過ごす誕生日も中々良いものでした。

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