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魔法実技試験事件9

「私のような新参の貴族令嬢では知り得ない、貴族社会の話です。お教えいただきたいのは男爵家の方。それも、最近高位の貴族から下げられた男爵家の方です。ご存じありませんか?」


 レオニール、ゼリニカ、ノーマンの三人に尋ねたアレイヤの考える犯人像は、それだった。

 三人はすぐに思い当たったのか、三様に視線を逸らして該当者の存在を教えてくれた。



+++



 光魔法キラキラ――瞬く光の粒を広げ、地面に落とすだけの魔法。風魔法や水魔法のような実体はないので、手を出しても触れられはしない。夜なのにはっきりと人の顔が判別できるのははっきり言えばアレイヤの光魔法のおかげだった。

 ほとんどの生徒が魔法で作った星を手に取ろうと目を輝かせている中で一部、人だかりができるのを見つけるのは簡単だった。

 人だかりの中心にいる、疲弊を隠しきれていない髪や目の女子生徒が。


「コリアナ・ノレノ男爵令嬢――ですか? 対面するのは初めてですね。アレイヤ・ノルマンドと申します。ノルマンド子爵家から参りました」

「何を偉そうに! 汚い平民風情が貴族を名乗るな!」


 水の魔法で作られた城の階段の最上段から見下ろすアレイヤに、コリアナ・ノレノ男爵令嬢――元侯爵令嬢が叫ぶ。制服に隠したプリズムを光らせながら。

 コリアナの周囲にある光の粒がプリズムがあるらしい部分に集中し、乱反射を起こしている。

 アレイヤの数段下に控えていたルーフェンがいつの間にか移動してコリアナを拘束している。それでもコリアナはアレイヤに向かってずっと叫んでいた。


 なぜ卑しい平民が由緒ある貴族の子息令嬢が通う魔法学園に我が物顔で居座っているのかだとか、どうして私がお前のような下賤の民よりも下の地位に甘んじなければならないのだとか、ゴミ程度の人間が王族の方と言葉を交わすなど不敬にも程がある、身の程を知れだとか。どこでそんな価値観を持ったのかと考えてしまうくらい、コリアナは誇り高い貴族の令嬢とは思えない歪んだ顔で口を大きく開けていた。

 レオニールは最初から耳に入れるつもりはないようで、教師たちに衛兵を呼ぶように指示している。


「お嬢様、あのような言葉を聞く必要はありません」


 コリアナからの攻撃を警戒してアレイヤの壁になってくれているギルベルトが、肩越しに言う。耳を塞いでいてください、と優しく言ってくれるが、アレイヤは首を横に振った。


「あの様子じゃもはや何を言っているのか分かりませんから大丈夫です。それに……こういうのは二度目ですから」


 そう言えばあの時もプリズムが犯行に使われたなぁ、などと共通点を思い浮かべながら苦笑する。


 犯行動機は貴族至上主義の強い思想から来るもの。


 侯爵令嬢だった頃の伝手を使って他の高位貴族の令嬢たちと接触し、アレイヤを学園から追放するように仕向けた。同時に現在の男爵家令嬢の立場を利用して男爵家、子爵家の子息令嬢はアレイヤへの接近を禁止した。

 アレイヤが望んでいた「近い地位の令嬢と友達になって学園生活を謳歌する」の夢を阻んでいたのはコリアナだった。

 結果としては早々に公爵令嬢のゼリニカと親しくなれたし、トーマスからの援護射撃のような高級チョコレートのおかげで伯爵令嬢のトワレスとララと友人関係にもなっているので、コリアナの企みは彼女の不本意な形に終わったとしか言いようがない。


「離しなさい! 私を誰だと思ってるの⁉ 私はノレノ侯爵家の令嬢よ⁉ お父様に……お父様に言えばあなたたちなんて簡単に、簡単にっ!」

「黙りなさい。今の貴女に、何かできる権限なんてありませんわ!」


 侯爵家を名乗るだなんて、いつの話をしているのかしら? と鼻で笑うゼリニカは最上級の悪役令嬢顔をコリアナに向けた。コツコツと足音を響かせ低くなる声音にアレイヤの顔が緩んだ。


 ――ゼリニカ様っ、カッコいい!


 カッコいいのは声だけではない。

 最初はゼリニカ・フォールドリッジのキャラクターボイスを担当している超有名女性声優の声は無条件でカッコいいと反応してしまっていたが、一緒に行動する機会が増えたことで声と外見が完全に一致するように感じていた。

 声もキャラデザも両方合わせて好きなのは、攻略対象者たちである男性キャラクターではなく悪役令嬢役のゼリニカだった。


「自覚なさるべきだわ。貴女はアレイヤ・ノルマンド子爵令嬢よりもはるかに淑女として酷くってよ? 公爵家の人間としては、視界に入れるのも不快だわ」


 貴族至上主義者にとって貴族の地位は何より優先される。その中で公爵家の人間の言葉は、無視することも反論することも許されない。

 コリアナは、貴族至上主義者なら絶対の味方になるはずのゼリニカからの言葉を受けて、言い返すこともできずにただ口を開いたり閉じたりして、そのまま地面に力なく座り込んだ。


「生まれた家の地位だけを見て、人として最低な人間が貴族を語らないでもらえるかしら?」


 人の上に立ちたいならば、もっと相応しい精神を得るべきだ。ゼリニカがアルフォンに一瞬だけ目を向けた。しかし、一瞬のことだったのでアレイヤもどこに目をやったのかは分からなかった。


 コリアナを捕らえていたルーフェンは衛兵を呼んでコリアナの身柄を引き渡そうとするすぐ横を――衛兵が素通りした。


 なおも衛兵を呼ぶルーフェン。すぐに別の三人の衛兵がやって来てコリアナの受け渡しが始まる。最初に取った衛兵は誰の目にも留まることなく移動を続けていた。


 アレイヤの元へ、導かれるようにして。

 王城内部にある研究所からプリズムを盗み出し、学園に通う貴族令嬢たちにアレイヤを陥れる内容の吹聴をした衛兵についてもアレイヤは考えていた。

 なぜアレイヤを狙うのか。

 貴族至上主義者たちには「平民が貴族を名乗ること」が許せないのと同様にして想定しうる動機があった。


 光属性の人間であること。


 とりわけ前任者の評価が高かったことが気になっていた。

 クロードの元婚約者でもある光属性のその人は、騎士のルーフェンも恋心を抱いてしまうほど魅力的な人物だった。

 直接会ったことはなくても、外に出るだけで比較する目を向けられていると気付いていた。

 犯人の一人である衛兵も、その一人だ。

 問題は、衛兵が歩いていても不思議ではない王宮内にある研究所にすんなりと入れた点だ。衛兵が王宮内を歩いていても咎められることはない。しかし、研究所に用は基本的にない衛兵が誰の意識にも記憶にも残らずプリズムを盗み出せた経緯が謎だった。


 認識を阻害するような魔法の使い手なのか、それとも魔法道具を使ったのか。


 どちらにしても手強い相手だと予測していた。

 しかし、アレイヤだけが「見えている」衛兵からは魔法的な何かを感じない。


 ならば残るは――圧倒的に存在感が薄い。


 それならば話した記憶はあるのに誰と話したかの記憶が曖昧な貴族令嬢たちの話とも矛盾しない。

 衛兵の目はアレイヤに向けられたまま恍惚の表情になっていた。


「アレイヤお嬢様、お下がりください」


 アレイヤの視線の先を追っていたからか、普通なら意識の外に逃がしてしまうはずの衛兵の姿を見たギルベルトが剣を抜いた。

 これ以上下がろうとすると逆に地面に落下してしまうが、ギルベルトが剣を抜く様子に感慨深くなって黙ってギリギリの位置まで移動する。

 本当なら五体満足ではいられなかったはずのギルベルトが、怪我もなく治癒魔法を受けることもなく剣を抜いている。これに感動できるくらい、ギルベルトのルートは惨たらしい内容だった。


「…………」


 ギルベルトの一つにまとめられた赤い長い髪が揺れるのをずっと見てしまいそうになるが、アレイヤは衛兵を見下ろす。

 衛兵は、水の階段に足をかけることもなく見上げていた。

 前任の光属性の人は、崇拝に近い扱いを受けていたというのは周囲の様子を見て一目瞭然ではあった。

 慕われていたと言えば聞こえはいいけれど、ガチ恋感情を向けられているのはどうなのだろう。向けている方はいい。アイドルや俳優にガチ恋感情を持つのと同じだから。

 しかし、異性愛者の人間が、同性から異性と思われて向けられるガチ恋感情は迷惑でしかなかっただろう。

 男であると公開しなかったあの人の――彼の実家の責任でしかないから、彼も崇拝者も悪くはないけれど。

 最終的に圧倒的に被害を受けているのは、言われるがままに貴族にさせられ矢面に立たされているアレイヤだ。

 その責任は、危害を与えようとしていた加害者に負ってもらわなければ釈然としない。

 アレイヤはずっと、被害を受けていたのだから。

 指を軽く振って、流れ星を模した魔法の一つを衛兵の手に落ちるように操作する。

 光は魔法でも質量はない。質量を付与することは可能だが、余分な魔力を消費してしまう。だが、触れられないからこそ幻想を与えることができる。

 一つの流れ星の飛来に、衛兵は手を伸ばす。

 忘れられない人がいるために新しい人間を受け入れられない相手の対処法は、すでに相談して解決策をもらっていた。

 アレイヤの前に国にいた、光属性のあの人に。


「私はあなたの女神にはなれませんけれど」


 宗教的視線を向けられていたことにうんざりしていたと手紙に書かれていたが、クロードを入れて三人の秘密にしておこう。

 元婚約者だった二人が手紙のやりとりをしていることを知っている衛兵に、わざわざ言う必要もないだろうし。


「私なりに、頑張ってみますから」


 だから、嫌がらせはもう終わりにしてくれますよね? という意味を多分に含めた笑顔を浮かべる。アレイヤのその笑顔はコリアナもしっかりと見ていた。

 コリアナの顔から表情が消える。

 勝てる要素がない――そう思わされた。

 衛兵はまだ、悦の表情のままだった。




 終わってみれば呆気ないと言ってしまいそうな幕引き。

 派手な解決は最初から望んではいなかった。

 そもそも解決が必要な事態すら、望んでいないことだった。

 これでやっと平穏が訪れる。

 友達ももういる。

 試験もこれで終わり、長期休みが始まる。


「誰か、遊びに誘ってくれないかな……」


 純然たる楽しみが待っていると思うと、自然に笑みがこぼれた。


「お嬢様……?」


 小さな声を唯一拾えたギルベルトが振り返った。その時にはもう、アレイヤの体は宙に投げられた――レオニールの魔法で作られた水製の階段から落下を始めていた。

 アレイヤの名前を呼ぶ複数の声に、アレイヤは自身が落下していると察した。

 夜空を覆っていた光魔法の流れ星たちは、チカチカと点滅を繰り返して――消えた。

これにて本編は終了となります。

次回からエピローグをいくつか更新していきます。


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