魔法実技試験事件8
すべての事件のおさらいをしないことには、すべての結末を始められないだろう。
なぜなら、これからの時間は、これまでの事件すべてにおける解決編なのだから。
一つ目。
光魔法発現によって平民から子爵家に養子入りしたアレイヤが、校内で突然髪を切られる事件。
実行犯はロイド・キュリス。実行を命じたのはアルフォン・ル・リトアクーム。
婚約者であったゼリニカ・フォールドリッジの犯行に見せかけ、婚約破棄を狙っての犯行。アレイヤを狙ったのは傷ついたアレイヤをアルフォンが慰めることで光属性の魔法使いを王家に迎え入れるため。
しかし、そのために鋏を使う必要があったのかという謎が残ったままである。
二つ目。
魔力を魔法石に注ぐ内容の授業中に起きた魔力暴走事故。しかしそれはアルフォンの後に生徒会長の席に座ったサンドラ・トラントによって起こされた魔力暴走事件だった。一時的に視力を奪われただけに終わったが、入院中に襲撃されたり、そもそも犯行に使われたプリズムは王宮内の研究所から盗まれたものであると判明している。
動機は貴族至上主義の精神によるものだったが、プリズムの入手はサンドラでは不可能である。よって、協力者の存在が不可欠だ。
三つ目。
魔法学園外で遭遇した服毒事件。
レオニールと共に訪れたパディグノという店で、国に登録されていない新種の花に毒成分のある部分がアレイヤに運ばれる予定だった皿に偶然を装って落ちる、偶然に頼った犯行だった。実際に毒を口にしたのは横取りした男爵家の男性だったが、アレイヤの機転によって命に別状はない。犯人はその偶然を必然にするべく立ち位置にこだわった場所にいた。杜撰としか言いようのない事件ではあったが、毒成分を含んだ花の栽培を促した人物についての謎が残されている。
なお、この件によってアレイヤは自作以外の料理を口にできなくなった。
四つ目。
完全善意の謝罪チョコレートの件は事件ですらないので割愛。
五つ目。
カリオ・トランシ―による婚約破棄イベントを想起させる一連の騒動。
誰かの入れ知恵としか言いようのない意味不明を極めたカリオの行動だったが、アレイヤの回避行動によって不発に終わっている。ただ、当初のトワレスの言動から察するに、彼女の拒絶感情を引き出すことが成功の鍵のように思われる。カリオの当時の婚約者であるララを含め、三人の会話は教室内だけに留めておいた。それによって教室内に犯人および犯人の協力者はいないと断言できる。
一番の勝者はカリオと婚約破棄したララなのではないかと思われる。
その後、カリオは真犯人によって錯乱状態に陥っている。
六つ目。
カリオ対策の行動の余波でしかないので割愛。
エニータ・モロフの数学への興味の被害に遭っているという意味では継続中の事件ではある。
以上、悪意のある犯行は四件。すべてに直接は関係していない誰かの気配があり、その誰かが黒幕であると考えられるが、学園の中と外とで主犯が異なっていると思われる。
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「やあ、アレイヤ。調子はどう?」
「どうもこうも。やれるだけのことをやるだけです。それに、一応の点数は確保されているでしょうし」
「そっちじゃなくてさ」
あはは、と上品さがわずかに欠けた笑い声を上げるレオニールは、顔を寄せて声を潜めた。
「真犯人の炙り出しの方だよ」
研究所から再びプリズムを盗まれたと教えてくれた張本人は、事の深刻さを無視した妖艶な笑みでそう言った。
本当に十代か怪しすぎる。
そういう意味では兄以上の素質がある。
「それはもう、抜かりなく」
「それはもう、上々だね」
試験を受けていないのは残すところもう四人。直に二人の出番が来る。最後にアレイヤとレオニールが残されたのは、筆記試験で同率一位を取ったことによる配慮でしかない。
同時に、アレイヤが襲われるのもこのタイミングだとも読み取れる。
なぜなら、犯人はアレイヤの自滅を狙っているようだから。
手の内が分かっているのなら対策なんていくらでもできるのだけれど、相手はそれを承知で事件を起こしているのかなんなのか。
「ねえ、アレイヤ?」
「なんです?」
「気さくになったという感覚はあるのだけれど、まだ一定の距離を感じる」
もう間もなく試験の順が来るというのに、レオニールはアレイヤにさらに体を寄せる。密集されているわけでもなく、むしろ視線を集めているにも関わらず。
距離を感じる、と言われても無理はない。どうしたところで元平民現子爵令嬢の人間が王族を呼び捨てにしたりタメ口で話したりなど不敬極まりない行為を続けられるわけがない。本人の許可があったとしても、だ。そんなこと言わなくても察しろと目だけで訴えると、最初から分かっていたとばかりに笑顔が返ってきた。
「そうだな。アレイヤならきっと、伯爵以上の身分を与えられるはずだし、そうなったら気楽にもなるだろう。うん、三年以内とかに」
「そういうのを無茶ぶりと言うんですよ、ご存じありませんか?」
「? 知らないな。初耳だ」
本当に知らない顔をされた。前世では当たり前の文言だったが、今世では使われていないのか。どちらにしても、要望に無理があるのは変わらない。
やりにくさはあるが、説明する暇もなくなった。
教師に名前を呼ばれて、アレイヤはレオニールとどちらが先に魔法を披露するかを相談しなければならなくなった。
「私はもう展開を終えてますから、先に……」
監督役の教師に順番を尋ねられ、アレイヤはすぐに手を上げた。
「展開を終えている? どういうことだね?」
監督役だけでなく、評価をする教師たちもアレイヤの言葉に戸惑った。
試験を受けるのに決まった順番はない。ただ学年は上から、というだけで。そして監督役の教師に促されて魔法を使うという決まりも、ない。
朝から校舎の上階の廊下にいたのは、披露する魔法を構築するためだった。そう説明すれば教師だけでなく、観客に徹していた生徒たちも言葉を失った。
試験開始を告げられてから魔法を使ったのでは隙を見せることになりかねない。プリズムが使われると分かっていれば、使われる前に魔法を使っておけばいい、となる。
魔法発動のタイミングで魔力暴走事件の時のように被害が出るのは避けたかった。
――うーん、縛りの多い試験。私だけ。
狙われているが故の事前展開はクロードにだけ相談した。今朝、護衛にと付いてくれている騎士二人にも説明はしているが、それ以外にアレイヤの行動を知る人間はいない。
試験だから当たり前とも言えるけれど。
「アレイヤも後は発動するだけの状態なのか。考えてることが同じだなんて、面白いね?」
腰に手を当て、背をやや丸めながら笑い出すレオニールに全員の視線が集まる。
「レオニール様……まさか、あなた様まで?」
監督役の教師が声を震わせながら尋ねる。
「戦場ではたまにしているでしょう。おかしなことではないはずですよ?」
にっこりと「一人の生徒」としての態度を貫くレオニールに、監督役の教師はたじろぐ。しかしすぐに切り替えられたのは教師の経験によるものだろう。
戦場で魔法使いが先に魔法を展開する話もよく知っているのかもしれない。
「では、改めてどちらから先に?」
二人の生徒の顔を交互に見る教師に、レオニールがアレイヤよりも早く手を上げた。
「楽しみは後に取っておきたいし、お膳立てになれば最高だね」
そう言って、レオニールは指揮者のように両腕を広げた。
構築されていた魔法が、発動する。
レオニール・ラ・リトアクームは水属性の魔法適正を持つ。だから披露されるのは水魔法で間違いない。今日はこれまでに水魔法の披露は数多くあり、中には似通った――まったく同じ魔法の行使もされていた。それが悪いということはない。同じ適正を持つなら、使用する魔法の共有もされているし、試験を受ける際に禁止されていない。むしろ、過去問をやって当日の試験に挑んでいるのと同義だから勉強している方とも受け取れる。
しかし、レオニールの魔法は過去問からの参照ではなかった。
「アレイヤなら、この魔法の後でも関係ないよね?」
確認とも宣戦布告とも受け取れる言葉と共に、レオニールの魔法が発動される。ぱしゃん、と水の弾ける音が聞こえたかと思えば、ほとんどの生徒と教師が集まる園庭を大量の水が包み込んだ。
「美しい……」
誰かが呟いた声に同調するように、多くの嘆息が聞こえた。
レオニールが作り出したのは、水の城だった。
実際に存在している、レオニールの住まう王城ではない。オリジナルの水の建造物。園庭を囲う程度の大きさなので本物の城とは違うと言い切ることができるが、それでも荘厳な造りには誰もが息を呑む。
「アレイヤ、そこの階段を上っていいよ。残す君の魔法がどのようなものか、楽しみだ」
「……お膳立てってそういう意味ですか」
レオニールはアレイヤの前に幅の広い水製の階段を用意した。試しに足をかけてみれば、質量のある水を踏んでいる感触がある。不思議な感覚だが、心地よい。
監督役の教師も、評価をする教師たちも興味津々に眺めたり触れたりしている。
空の色がもう夜色だからか、目に見えにくいという意味もあるのだろう。
ならば、これからアレイヤが披露する魔法は水の城とかなり雰囲気が合いそうだ。
階段を一番上まで上り切ると監督役の教師の許可を待った。
階段の最上段以降はレオニールから見えていないからなのか、足場はなかった。端に立つ勇気はさすがになかったので、手すりに手を置きつつ一段下にいつでも降りられるような位置に立った。
教師たちがアレイヤを見上げたタイミングで、右腕を真っ直ぐ頭上に掲げ、指を鳴らす。
魔法を発動させるためではない。
それまで使用していた魔法を解除するために。
「なんと、いつの間に」
教師の一人が驚きの声を上げた。
アレイヤのいる段よりも三段下と五段下の位置に、突然騎士が二人も現れたように――見えた。
実際は常にアレイヤと共に行動していた二人だ。ただ、アレイヤが光の屈折を利用して存在を薄くしていただけで。トワレスにも気付かれなかった光魔法である。
なぜその魔法を解除したかと言えば、単純にこれから行う魔法に魔力を使うからだった。
「光魔法――キラキラ」
指を鳴らした後も掲げていた腕が、勢いよく振り下ろされた。
強大な攻撃魔法になったはずの魔法は、今は完全に形を変えていた。いや、元に戻した。新しい魔法を考える時間もなかったし、なんだかんだ見応えがあるのではないかと考えてのことだ。
誰の目にも流れ星が大量に地上に降り注いでいるようにしか見えない光景に、誰もが手を伸ばしている。
水の城に、大量の流れ星。
通常では見られない景色は、評価を下す立場にいる教師たちを完全に魅了した。
流れ星を捕まえようとする生徒たちを階段の上から見ていたアレイヤは、その中に小さな騒ぎが起こっているのに気付いた。
一人の生徒がうずくまっている。その周りを心配した生徒たちが囲んでいる。
すべての様子がはっきりと見える。
夜なのに。
なぜなら、うずくまっている生徒が発光しているからだった。
正しくは、発光しているのを隠すためにうずくまっているのに、光が漏れてしまっていた。
「さて、謎解きの時間です」