斬髪事件3
おーけーおーけー。
落ち着こう。
現状を把握していれば冷静さも取り戻す。
何が起きてどうなろうとしているのか、今一度改める必要がある。
被害者は私で、最重要容疑者と見做されているのがゼリニカ様。
そこまでは分かった。
その他は?
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「突然このような状況になり、私も大変混乱しております」
ゼリニカに空き教室へと押し込められて、人目がなくなったからかアレイヤは落ち着きを取り戻せた。
王族、公爵、伯爵……とアレイヤが簡単に発言してはならない面々を前に口を開けたのは、ゼリニカからの「大丈夫かしら?」という声かけがあったからだ。発言を許可されなければ簡単に声も発せられない貴族社会、面倒くさい。とアレイヤは心の内で溜息を吐く。
シャワーを浴びたらまだ出るだろうが、今は切られた髪から落ちる残骸はない。
短くなった髪に改めて指を絡ませようとして、引っ掛かることもなくするりと離れていく様を見ていたゼリニカは悲しみで目をうるませて俯き、レオニールは顔を背ける。ロイドはじっと目を離さない。
「他に怪我はありませんか、ノルマンド嬢? きっとすぐにアルフォン王子が犯人の証拠となるハサミを見つけて」
「でっち上げて、それをゼリニカ様の所持物であると仰る予定だということは想像に容易いですよ、キュリス様」
「…………は?」
いけしゃあしゃあとゼリニカの犯行だったと言いたいらしいアルフォン王子派のロイドは、アレイヤの淡々とした口調に一歩後ずさった。
アレイヤの態度に驚いたのはゼリニカとレオニールも同じだ。
普段から敵を作らないように、むしろ友達を作りたい一心で明るく振舞っていた庶民上がりの子爵令嬢はここにはいない。
怒りを抑えつつも滲み出る感情は誤魔化せない。
「ゼリニカ様との婚約破棄の理由に、私を利用しないでください。私はただ、新しい世界に馴染むために、友人が欲しいだけなのです」
「だ、だからアルフォン王子がその友人に」
「分かりませんか? 普通、同性の友人から欲しいものでしょう? キュリス様はアルフォン王子殿下が女性だったら、最初に側にいて友人としてお支えしようとなさいましたか? なさらないでしょう。同じ男性だから側にいやすい。そういうものでしょう? 私が欲しいのは、王族の異性の友人なんて下心を疑うような相手ではなく、例え王族でも同性の友人が欲しかったのです」
誰が好き好んで顔の良い男どもに囲まれたいと願ったか。
アレイヤは自身の望んだ小さな願いを脳内に浮かべていた。
前世と同じように、慎ましやかに同性の友人たちとこの先一生今を思い出せる学生生活を送りたい。
望むものは、たったそれだけなのだ。
婚約破棄の現場に遭遇したくはないし、面倒そうな王族の婚約者も御免被りたい。
ひっそりと推しの姿と声を可能な限り近くで堪能できればそれで充分すぎるのだ。
ささやかな幸せの邪魔をする者は、誰であっても許さない。
「あ、ノルマンド嬢……?」
アレイヤの決意にロイドがたじろぐ。
「これまでの嫌がらせの数々、確かにアルフォン王子殿下の婚約者であるゼリニカ様の犯行と思っても仕方ないものだったのでしょう」
「私は……!」
犯人ではないと口を挟むゼリニカを手で制して、分かっているという風に小さく頷く。
「ですが今回、私の髪が切られたことで、絶対にゼリニカ様は犯人ではないと確信しました」
ゼリニカを背にして庇うように前に立つ。
最初からゼリニカの犯行だなどと思ったことはなかった。
それ以上に怪しい人物がいたから。
「ノルマンド嬢、なぜ彼女の犯行ではないと?」
話の順序を読んだレオニールが先を促す。
「ゼリニカ様が、女性だからです」
犯行を否定する理由としては弱いが、ロイドは明らかに動揺していた。レオニールは段々と表情が明るくなっていき、結末を見届けるまでは絶対に動かなそうだ。
「わ、私が女だから犯人ではない……?」
これまで疑われ続けてきたからか、素直に信じてもらえることに懐疑的なゼリニカはアレイヤから離れようとする。そういった細かい気遣いが、ゼリニカが犯人ではない証拠となっていくのを分かっていない。
「さっき、私が切られた後の頭をお見せしました。すると、レオニール殿下とゼリニカ様は目を逸らされました。恐らくですが、殿下は怪我と同様の現状を直視してはならないと思ってくださったのですよね?」
「ああ。女性に対して失礼かと思ってね」
「ご配慮痛み入ります、殿下。ゼリニカ様が目を逸らしたのも近い理由ですよね? 目の前で起きたものとは言え、直視はできない」
「……ええ、あなたの髪は、とても美しいから。魔法を使うと光の粒子がさらに輝かせていて、女生徒の間では人気なのです」
「それは初耳です。今度鏡の前で魔法を使ってみます」
「お止めなさい。光魔法のあなたが鏡で目をやられたらどうするのです?」
「ぐぬぬ」
反論できない正論に二の句が継げない。
思わず出てしまった声に庶民の空気感を消せていないと叱られるかと思いきや、ゼリニカは小さな子どもを見るような慈愛に満ちた目で笑った。
「……そういうところが、犯人ではないという証拠です。ゼリニカ様」
本当にアレイヤを貶めてアルフォン王子と離れさせたいのなら、ほんの少しの優しさも見せないはずだ。光魔法の余波が鏡に反射する可能性に思い至るのなら、嫌がらせの初期の段階にあってもおかしくはなかった。
「ありがとう。……けれど、では、一体誰があなたを? 引いては私を悪者にしようとしているのは?」
ここまで話せば察しも付く人間もいる。筆頭はレオニールだが、ゼリニカはまだはっきりと答えを導きだせていないのだろう。あるいは嫌疑が晴れたから脳の動きが鈍くなったか。
そうなるとアレイヤ自身にも迷いが出る。
ゼリニカの前で、レオニールの前で、はっきりと犯人の名を挙げてもいいものか。
正直、勢いだけで始めてしまったけれど、もしかすると良くなかったかもしれない。
元庶民のノミの心臓がいきなり早鐘状態になり、会話の証人として近くにいた王族を呼んでしまったことも不敬になるのではないかと焦りも生まれた。
「構わないよ、ノルマンド嬢。すべての謎を解き明かしてくれ。どのような結果でも、俺が責任を持とう。これでもこの国の第二王子だからね」
爽やかなウインク付きの了承をいただいたことで幾分か緊張がほぐれる。ゼリニカの様子も一応窺うが、レオニール同様公爵家の矜持を持って深く頷いた。
「ではまず、今しがた起こった私の斬髪事件についておさらいしましょう」
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