魔法実技試験事件6
回復魔法が使えるかどうか、賭けみたいなところがあった。
創作物の中では簡単そうに使ってみせていたけれど、現実として生きて使えると分かっていても、やはり博打だと思った。
呪文が、分かりません。
初めての魔法は、呪文や魔法陣という補助を利用して行使することが多い。
呪文=魔法の名前であることも多いらしいが。
無詠唱で発動できる魔法とは、それだけ経験を積んだ慣れた魔法である証明になる。
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「研究員を問い詰めたところ、研究用のプリズムが一つ無くなっているとのことでした」
「これまでのことを思い返せば、まともに効いたのがプリズムによる魔力の乱反射でしたからね」
「以前に使用したものを再利用するとは、相手も相当手が尽きていると考えていいのでしょうか?」
「いいのではなくて? その頃と違って、彼女には味方が増えたわけですし」
王立スフォルト魔法学園。
昼休みになった学園の、とある教室。
普段は一対一の授業をする教室であり、とある魔力暴走事故に見せかけた事件の現場になったりした、その教室。
アレイヤがただクロードの声を堪能するだけだった教室には今、豪華な顔ぶれが揃っていた。
授業が終わったばかりということもあってアレイヤとクロードを始め、すぐ近くの教室からレオニールが、学年もカリキュラムも違っているのにゼリニカとノーマンが。さらにアレイヤの護衛として騎士団からギルベルトとルーフェンが来ていた。
二人きりではなくレオニールも騎士もいるということで開けっ放しの扉は閉じられ、試験に向けた魔法の練習をしていた空気も霧散した教室内ではアレイヤを狙う人物を特定する話し合いが行われていた。
アレイヤは、その輪に加わってはいない。
最初こそ入れられていた輪からそっと抜け出したのだ。
状況整理だけなら、加わり続ける必要がなかったから。
「いいのですか? すべてお嬢様のお話なのですが」
「いいも何も、実際に事が起きてからでないと捕まえることもできないと思いますよ?」
疑わしきは罰せず、の言葉がこの世界でも使えるのか分からないので言葉が浅くなるのを自覚しつつ、赤毛の騎士を見上げる。
話し合いの輪に混ざっていないのはギルベルトも同じだった。
アレイヤとしては出会いイベントを経ていないのにどうしてこの場にいてアレイヤの側にいるのかまったく理解できていない。
ゲームと同じなのは、助けたことだけ。それも怪我を負った彼を魔法で癒すのではなく、怪我を負う前に攻撃魔法を放っているので流れは違っている。貴族令嬢に助けられる騎士なんてプライドを傷つけたようなものなのに、平然とした顔でアレイヤと会話しているのがさらに不思議だった。
「来ると分かっている相手に対して策を講じているところなのではないかと……?」
「王宮に忍び込むのは至難の業ですよね? 研究所とは言っても守りは外のものより堅いはず。なのに入り込めたということは、侵入が容易な立場を得ている人物だと思いますけどね」
「…………」
「クロード先生からお聞きしたんですけど、王城に出入りできる人物はまず王族の皆様、それから騎士団の方々も出入りされますよね。当然研究所の所員、王城で仕事をされている貴族の方々。以前のゼリニカ様のように王族の婚約者として出入りしていた方もいらしたかと思われます。恐らくですけれど、夜会が開かれればそこに呼ばれた方々も可能ではありませんか? その辺は予定を管理されている方――例えばノーマン様の御父上である宰相にお聞きすれば絞れると思います」
「…………」
「ですが、その方々はきっと、見ている方の記憶に残ります。王族の皆様はもちろん知らない人はいませんし、騎士団の方も団服を見れば記憶に残る。貴族の方々でも役職を与えられていれば判別できます。夜会に訪れた方々だと不特定多数になってしまいますけれど、夜会なのに研究所に向かう姿となれば見ている方の記憶に刻まれます。まぁ、私が学園に入学してからは行われていないと思いますけどね。なぜなら」
第一王子であるアルフォンが、事件の加害者の一人として騒ぎを起こしてしまったから。
最後まで言い切るよりも前に教室内が静かであることに気付いたアレイヤは言葉を途中で止めた。レオニールもゼリニカもいる場でアルフォンの名前を出すのを躊躇ったためだ。
聞かれていると思うと、続きは言えない。
切った言葉の先はギルベルトも想像できたようで、続きはと促されることもなかった。
しんと静まり返る教室内。扉を閉めているせいで、廊下から聞こえる和やかな会話の声も遠い。
どうして誰も何も話さないのかと疑問に思う中、レオニールが「アレイヤ……?」と控えめに名前を呼んだ。
「もしかしてだけど……犯人が分かっているのか?」
「いえ、さすがに犯人は分かりません。容疑者が多すぎます」
レオニールの問いに即座に首を横に振る。まだ犯人の特定までできていないと聞いて、その場にいる全員はどこか安堵の表情になった。しかし、その中で二人――ギルベルトとルーフェンだけは引っ掛かりを覚えていた。
王宮や王城に出入り可能な人間で、アレイヤが否定した人物たちを除外すると残る所属に気付いた。
「容疑者が多い? しかし王城に他に出入りが可能なのは……」
「殿下、物資の搬入の際は商人が出入りしますわ。もしかすると……」
「いえ、商人は必ず身元を証明するものを見せなければ入れません。それをすり抜けて入れるような人間など……」
三人の貴族たちが頭を寄せ合って話し合う中、騎士二人はアレイヤを凝視した。
遅れて気付いたらしいクロードもアレイヤを見たが、それよりも気になることがあったのか一人考え込んでしまった。
視線を集めた意味が理解できないままのアレイヤの前でギルベルトがルーフェンに目を向けた。ほんの少しのアイコンタクトでルーフェンはアレイヤの前に移動して、聞いた。
「いつから、目星をつけていらしたのでしょう?」
尋問にしては優しい口調のルーフェンに、アレイヤは困ったように笑って頬をかく。
「目星……ではないのですけれど、これまで関わった方たちの記憶があまりにも曖昧だったことが気になりまして。そこで少し考えたんです。貴族至上主義のみなさんの記憶に残らないけれど話しかけても邪険にされない人物について」
アレイヤはそのまま、もったいぶらずに犯人の正体を口にした。
「学園の――衛兵です」
衛兵の本部だって、王城にあるんでしょ?
約一か月振りの更新になってしまいました…。
その間、家の窓割られたり…精神的に疲れることが多かったもので。
(空き巣被害とかじゃないです。悪戯に割られただけでした。それも犯罪なんですけどね)