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魔法実技試験事件3

 一年生の筆記試験首位の二人による魔法実技試験は教師からも注目されている――らしい。


 と言うのも、トワレスから聞いた話だから。そのトワレスも三年生が廊下で話しているのを聞いただけらしいので信憑性は微妙と言えた。

 信憑性は微妙でも真実は分からない。

 校内を歩くだけで注目を集めていると自覚した瞬間、肩が重くなった。

 予定している魔法で本当にいいのだろうか。例えクロードが大丈夫と言ってくれたとしても、自身を持てるかどうか分からない。


 週末、ノルマンド子爵家に帰ってからも不安は忘れられなかった。


「髪、かなり戻りましたね」


 斬髪事件のことを唯一打ち明けた子爵家の侍女が鏡越しのアレイヤを見て微笑んだ。

 子爵夫妻には気付かれないように髪型で誤魔化し続けてきたが、そろそろ誤魔化す必要もなくなってきた。

 かなりざっくり切られたのだが、伸びが早いのは光魔法を授業でよく使うからだろう。癒しの魔法の適性がアレイヤにもあり、光魔法を発動することで自動的に自身に返ってきていたと考えられる。早く発現して光の魔法使いらしい部分を見せられるようにならないかな、と願う反面、ゲーム内でのアレイヤの魔法発動の瞬間を思い出すと憂鬱にもなる。

「光あれ! ポップアップキュート」のヒロイン、アレイヤ・ノルマンドがこの世で最上の回復魔法を発現させるルートがあった。

 それ以外のルートでは他の人より秀でている程度のものしか使えない。

 まだ出会っていない攻略対象の男性キャラとのストーリーを進めていくと使えるようになる大魔法。


 ビッグハート・サンシャイン。


 すべての生命体へ癒しと回復を最大限与える最強の魔法である。

 会得するにはトラウマもののショックを目の前で繰り広げられなければならない。

 できることなら避けたい光景だが、会得するには体験が必要だった。

 鏡の前で盛大な溜息を零しながらいつもの髪型へセットされるアレイヤに、侍女は「できましたよ」と肩に手を置いた。


「この髪型のままでよろしいのですか?」

「えーと、後で他の髪型に変えてもらっていいですか? 次の夜会に私も連れて行ってもらう予定ですし、その時に着るドレスに合わせたものを」

「かしこまりました」


 にっこりと笑んだ侍女は、アレイヤを朝食の場に案内すると他のメイドたちに予定を知らせに行った。

 ノルマンド子爵家の女性陣はアレイヤを着せ替え人形にするのが好きなようで、アレイヤが学園の寮から帰る週末になると前回は見なかった道具や装飾類が増えていて帰るのが億劫になってきている。

 前世でもあまり着飾る趣味を持っていなかったのに。

 ノルマンド子爵が領地に視察に出ているとのことで、朝食は夫人と二人だった。このタイミングを待っていたのか、夫人は恋愛がメインの本の話やアレイヤの学校での交友関係をここぞとばかりに聞いてきた。

 ゼリニカに良くしてもらっていると話すと最初は目をこれでもかと見開いて驚いていたが、レオニールに試験でのライバルに指名されたと話すと気を失いかけて大変だった。

 伯爵令嬢のクラスメイト二人にも仲良くしてもらっていると話したところで夫人はアレイヤに聞いてきた。


「王子殿下や公爵家のご令嬢、伯爵家のお嬢様方に目を掛けていただいているのは偏にアレイヤさんの魅力だと思うのだけれど、子爵や男爵の家の方々とは仲良くしているのかしら?」

「……挨拶はさせていただいています」


 痛いところを突かれた、と水を飲んで呼吸を整える。

 貴族階級は貴族の家に生きる人間ならば何よりも重んじるものだ。貴族至上主義の生徒もいるほどに。

 改めて意識するとおかしな話だと思う。

 平民から養子として貴族入りしたと言っても子爵の位だ。

 同じ下級貴族の男爵家や子爵家の子息令嬢たちから声をかけられてもおかしくないはずなのに。


「アレイヤさんは希少な光属性ですものね。上位の貴族たちが放っておくわけないわよね」


 自己解決した様子の夫人を前にアレイヤも納得の笑みを浮かべるものの、違和感は消えない。

 いくらアルフォン王子たちから目をかけられていた時期があったとしても、新米貴族令嬢に声をかけない貴族子息令嬢なんて貴族の風上にもおけないのではないだろうか。いや、それはアレイヤの偏見だとしても。

 ゼリニカが気にせず話しかけたことやトワレスたちもタイミングを見ていたとなると、貴族至上主義者は下位の貴族に多いのかもしれない。

 下位貴族を中心に誰かが広めているという考え方もある。

 サンドラ・トラントは侯爵家の令嬢だった。

 けれど、サンドラ以外にアレイヤに嫌がらせをしてきた生徒たちのほとんどは下位の貴族だったと聞いている。

 黒幕の思惑に近付いていると期待しながら、朝食を終えた。



+++


 朝食後、一時間ほどの髪型チェックをされながらノルマンド子爵夫人から貰った本を読みつつ午前を終えて昼食の後、いつもの義兄の墓参りに訪れた。

 次の魔法実技試験の話をすると、義兄の魔法はどういったものだったのかを教えてくれる。

 アレイヤの墓参りは、ノルマンド子爵家の使用人たちにとっても思い出話を堂々とできる機会になっていた。

 義兄は攻撃系の魔法が不得意だったようで、試験ではいつも変わった魔法を作って披露していたらしい。

 教師の驚く顔を見るのが好きで、試験が終わっても自作の魔法をいくつか作っては子爵夫妻にも見せていたという話に涙ぐむ執事。

 なんとか堪えて鼻をすすった執事は、墓地に別の人間の姿を見つけた。

 墓参りに来るのはアレイヤだけでは当然ない。毎週必ず訪れるのはアレイヤくらいのものだが、見かけた人物はおよそ墓参りという様相ではなかった。

 そんな執事の視線を追いかけたアレイヤもその人物に気付いた。


 白い生地に紺色のラインの入った――団服。


 王立騎士団の騎士が、数人墓地の中を歩いていた。


 墓参り、という雰囲気ではない。

 恐らくは見回りか、誰かを探しているか。

 どちらにしても、そこにルーフェンの姿はない。


「何かあったのでしょうか?」


 義兄への挨拶はもう終えている。アレイヤは付いて来てくれた使用人たちから離れないように移動し、使用人たちもアレイヤを囲むように配置を変えた。


「騎士様、何かあったのでしょうか?」


 執事が数歩前に出て声を張る。アレイヤたちには最初から気付いていたのか、騎士はすぐに顔をこちらに向けた。

 人数は五人。全員ルーフェンほどの年齢の男性だ。


「大きな問題ではありません。ですが、他国から怪しい人物が入り込んだという情報があったので見回りを……」

「我々騎士団がおりますので、どうぞご安心ください」


 一人の騎士の言葉を遮って前に出た騎士は、明らかにアレイヤだけを見て話している。男所帯の騎士団では女性を見ると目の色が変わってしまうのも無理はない。

 好みの外見と好みの声帯が近くにいる環境に身を置くアレイヤでなければ、出会いとなっただろうに。

 しかし、騎士団が見回るほどの侵入者とは。

 状況が違っているから確証はないが、もしかしてゲーム内イベントになかったか。

 例のヒロインにトラウマを与えることで大魔法を授けるあの――


「申し訳ありません、騎士様。見回りというのは城下の方でもされているのでしょうか?」


 城下にはノルマンド子爵家の屋敷もあるが、場所は下位貴族街と呼ばれるところにある。一応でも貴族街なので衛兵たちの巡回は多いが、貴族街ではない場所はそれほどでもない。

 そしてそこは、ゲームのヒロインがある攻略対象者と出会う場所だ。


「え、ええ、それが……何か?」


 アレイヤの記憶が正しければ、ヒロインとの邂逅イベントを終えていなくてもストーリーが進んでいる。

 そして危惧している城下に行っているのはアレイヤの三人目の推し。

 ストーリーがとてつもなく好みの攻略対象者がいるはずだ。

 同時に、トラウマ級のイベントが発生する可能性がある。


「みなさん、私から決して離れないと誓ってください。そして、付いて来ていただけますか?」


 今から城下の街へ行って間に合うかどうかは分からない。けれど、行っても行かなくてもトラウマ展開発動不可避なら、避けさせたい。

 超回復の大魔法も会得したい気持ちもなくはないが、ゲームの画面越しだった世界ではなく現実として生きる世界であのような光景は起こさせたくなかった。

 墓地を見回っていた騎士五人の内二人が付いて来てくれるというので案内を頼み、城下の街へと移動した。


「な……なぜ、このようなことに……」


 アレイヤの後ろに控えるメイドの一人が声を震わせた。誰もが絶句している中、アレイヤはぐっと息を呑んで逃げ惑う人々の行き先が無事である確信を得た。

 どこの世界も緊急避難先は近くにあれば学校だ。

 魔法学園に行けば間違いなく無事だと思える。


 ――どうか、間に合って。


 城下街は、他国からの侵入者の攻撃を受けていた。

 ゲームのシナリオ通りの展開になっていることは間違いない。

 アルフォンルートでも話だけは聞くことができる。

 ヒロインを守る攻略対象者を見られるストーリーなのだが、こうして身を置いてみると恐怖しか感じない。誰とのストーリーも始まっていない、今のアレイヤを守る攻略対象者はいない。

 まだ巡回していた衛兵や対応のために見回っていた騎士たちが踏ん張っているおかげで被害は最小限といったところか。

 ゲームでは何人もの一般人が命を落とし、騎士たちも無事ではなかった。

 結ばれることが確約されているとは言え、攻略対象である騎士の四肢が吹っ飛ばされる光景はトラウマ以外の何物でもなかった。


「お嬢様、あちらにこの間の騎士様が!」


 アレイヤを後方へ引こうとしている従者の一人が指を差した。

 濃紺の短い髪の騎士が、誰かを守りながら剣を振っているのが見える。


「ルーフェン様……え?」


 騎士団員だからルーフェンが駆り出されていてもおかしくはない。だが、アレイヤが目を奪われたのはルーフェンが守っている人物。その人物はさらに小さな子どもを抱えて守っている。

 騎士団の団服を身にまとい、燃えるような長くて紅い髪の騎士。

 アレイヤは咄嗟に光魔法を発動させた。


「光魔法……」


 カッコイイポーズで全員の視線を自分に集中させれば避難する時間は得られるだろうか、と構えようとしてすぐに止める。それだけの自信を持てるような魔法ではないし、魔法発動中はアレイヤも動けなくなる。

 どうにかして民間人を守る騎士二人を助けられる魔法を、と必死に頭を回転させる。

 効果は広範囲。どこに潜んでいるか把握しきれない侵入者たちを足止めできて、かつ侵入者以外には無害な魔法。


 ――そんな器用な魔法、あったとしても使えるわけないだろうが!


 あとは実技試験にと用意していた広範囲の光魔法。

 元にしたギャグマンガでは勇者専用の武器を使う魔法とされていたが、アレイヤは別の魔法にその名前を使わせてもらうことにしていた。


 ただ、魔法はイメージによって変わってしまう。


 目の前の景色に変化が訪れた。

 侵入者たちは、一斉にルーフェンと後ろにいる赤髪の騎士を狙って銃を構えている。

 ルーフェンも赤髪の騎士も魔法は使えない。一人や二人だけならルーフェンの剣技で乗り切れるかもしれない。けれど、相手は十人以上。

 つい想像してしまったのは、画面越しに何度も見た悲惨な光景。

 乙女ゲームにあるまじき、グロテスクを想起させる映像。

 その光景を目の当たりして、ヒロインは大魔法を使えるようになる。

 アレイヤは無意識のままに魔法を発動させた。


「――キラキラ」


 光の粒子を降らせる幻想的なものを予定していたのに、実際に発現したものは光の粒子が矢に変化して地上に降らせるものだった。

更新が遅くてごめんなさい…。

やること多かったりこの間の台風で風邪引いたりと踏んだり蹴ったりでございまして。

一番はやはりモチベーション維持の困難、でしょうか。

想像していたよりも多く読まれていることは理解しているのですが…なかなかどうして上手くいかないものです。

自分が下手なのがいけないんですけどね。はい。

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