試験問題改竄事件~容疑者候補~
エマニュエル・ローゼス辺境伯令嬢が言うには、アレイヤが光魔法を発動して世界に存在を知られて貴族入りが決定した後、他国へ移動する前の光魔法の使い手の人物はローゼス辺境伯領を通って国を出たという。
その際に怪我を負った領民を治して回っていた。領主として礼を言うために会いに行く両親に付いてエマニュエルも本人に会った。
「正しくは聖女様ではないのですが、あまりにもお優しく、銀色の綺麗な髪をされていたので私が勝手に「銀の聖女様」とお呼びしているだけなのです」
「クロード先生が以前、私の魔法を見てあの方と私のことを「月と太陽」と表現されたことがあります。銀――というのはまさにぴったりかと思います」
聖女、とは本当の性別を知っているせいで声に出すのを憚られた。
「月と太陽……では、今から私、あの方のことを「月の聖女様」とお呼びすることにしますわ! そしてノルマンド様、あなたがいつか聖女の名を頂いた暁にはぜひ「太陽の聖女」と呼ばせてくださらないかしら?」
「……私に、なれるでしょうか?」
ゲーム設定では出てこなかった名称を受けるイメージが浮かばず、アレイヤは興奮気味のエマニュエルから気持ちの距離を取りながら苦笑する。
乙女ゲームのヒロインであるアレイヤ・ノルマンドは間違いなく可愛い女の子だったが、余計な記憶を持っているせいで外見だけはゲームのままだから可愛くても、性格は可愛くないと自覚していた。
「光魔法は聖なる魔法ですもの。世界を明るく照らす太陽の聖女! きっとなれますわ!」
いっそ信仰心すら窺わせるエマニュエルの姿勢に、最初の腰の低い控え目な印象が消え去っていった。
「話がズレてますわよ、お二人とも。その銀か月の聖女様が犯人説、というのは一体どこから出てきた発想なのかしら?」
深い溜息と共にゼリニカが指摘する。
――あの魔法道具を用意したり、ノルマンド様へ危害を加えてようとしているのは、もしかしたら……その方なのではないかと思うのです。
黒幕の正体が、前の光魔法の使い手。
今でも手紙のやりとりがあると知っているアレイヤは犯人ではありえないと分かっているのだけれど、
「私の領地では、月の聖女様からの手紙を受け取り、ある方にお届けをしているのですが」
――おっと。嫌な予感。
アレイヤは心の声が顔に出ないように表情筋に力を入れた。
「その宛先はクロード・ランドシュニー様……。そう、あの方の元婚約者様ですわ」
憐れみの目を向けてくるエマニュエル。言いたいことがその目からありありと伝わってくる。
「きっと、ランドシュニー様のことを忘れられないのよ……。それで今この国で唯一のノルマンド様のことを恨んでいるんだわ……」
「えっと……」
手紙の内容を知っているアレイヤとしては、すべてが妄想であると分かっている。分かっているが言っていいことなのかどうかの判断はない。
「もしもノルマンド様がランドシュニー様と一対一の授業を受けているなんて知ったら……いえ、もしかしたらランドシュニー様がすでにお伝えになっているからこそノルマンド様に危害を与えようとされているのだとしたら!」
「ローゼス様、落ち着いてください」
妄想力がたくましい。
ここにも恋愛脳がいたか、と笑いたくなってしまうが、どうにか堪える。
「なるほど、その線が今のところ有力かもしれませんわね。あの方を慕っている人間は多いですもの。新しい光属性のアレイヤ様を許せない方がいてもおかしくありませんわ。あの方を慕う人たちの心を操ってしまえば……」
「ゼリニカ様まで何を言い出すのですか⁉」
何も知らない二人をこのままにしておくと犯人として扱われたままになりかねない。
クロードの元婚約者は本当は男で、手紙の内容はアレイヤの光魔法の授業に関することだ。
クロードに対して友人としての愛情はあっても恋愛としての感情は持ち合わせておらず、アレイヤの身を案じることはあっても疎まれることはないと知っている。
なのに、ここで「その人は犯人ではありえません」とは言えなかった。
言えばすべて説明しないといけなくなる。
慕う人が多いとゼリニカも口にするその人を、女性と信じ続けている人たちを、裏切ってしまう事実だけは、簡単に言えない。
本人の許可なく、あったとしても、言えるわけがない。
できることがあるとするなら、本当の黒幕をアレイヤが見つけ出すことだけ。
しかし、どこかおかしな話だとアレイヤは考える。
聖女と慕うほどの相手なのに婚約者と別れさせられて他国に行かされたからといって、会ったこともない相手を貶めようとすると思えるのだろうか。
そんな人間を、聖女と呼び続けられるのだろうか。
もしも本当に手紙の内容が元婚約者を想い続けるものとしたなら、アレイヤを構うクロードに対して思うものはないのか。
どこかズレていないだろうか。
すべてアレイヤに敵意が向けられるようにされているように感じてならない。
「……ローゼス様、お聞きしてもいいでしょうか?」
「何でしょう?」
「今のお話を、ゼリニカ様や私にされる前にどなたかとしませんでしたか?」
もしかして、まさか、とアレイヤは祈るような気持ちでエマニュエルの返答を待つ。
エニータは黒幕と関係がなかった。けれど――
「え? えーと……ここまでのことはさすがに誰ともしていなかったと思うけど……」
こめかみに人差し指を当てて考える素振りのエマニュエルの言葉にまだ続きがあるのか、口を開いては閉じてを数度繰り返す。
ないと言い切らないことから話した記憶はあるのだろう。
手助けとなるようなヒントは何かないかと探し出した矢先、エマニュエルは「そう言えば」と切り出した。
「そうですわ。聖女様からの手紙が領地に届いた時、学園のある日は私がランドシュニー様にお届けすることがあるのですわ」
確かその時に……、とそこで言葉が切れる。
首を傾げるエマニュエルは虚空に目をやりながら困ったように言った。
「どなたかとお話したのは覚えているのですけれど、どなただったのかを忘れてしまいましたわ」
「ちなみに、どのようなお話をされたのでしょう?」
「あの方からの手紙を届けるためにランドシュニー様がどこにいるのかというお話をして……、どうして手紙のやりとりが続いているのかしらという疑問が出て……それから……それから、ええと」
話の内容は起点を覚えているのに相手と続きを思い出せないのは不自然ではないのか。
意識を操作されているのか、それとも意識に残らないような相手だったのか。
どちらにしても、その会話をする内に「前の光属性の人間が、今の光属性の人間を陥れようとしている」と思わされるようになっていった。
恐らく、そういった会話がエマニュエル以外にも――アルフォンやサンドラとも交わされている。そして、アレイヤを被害者とする事件が起きた。
「ローゼス様、ありがとうございました。色々と収穫のあるお話でした」
「いえ、魔法道具のことは本当に申し訳ありませんでした」
エニータから得られなかった重要な情報を得られたと思っていたが、そう言えば魔法道具を渡してきた人物については何も聞いていないなと気付いたアレイヤは、「もう一つだけ、よろしいでしょうか?」と紅茶好きの警部みたいなことを言っているなと思いつつ人差し指を立てた。
「もちろんですわ」
快諾を得て質問したのは、クロードから聞いていた情報の確認。
魔法道具を渡してきたのは、女性で、メイド姿だったかどうか。
「ええ、それは間違いありませんわ。なんでも魔法道具をとある方から預かったけれど、階段上に行けるのは限られた使用人だけと決められていて自分は行けないのだとか。階段の上に置いておけば他の使用人が回収すると言っていました。丁度、フォールドリッジ様にご挨拶するために階段の上に行きますからと私が代わりにお預かりしましたの」
「ちなみに、階段の上下で行動範囲を変えるような指示は出していませんわ。それに、我がフォールドリッジ公爵家から派遣された使用人たちですから、届けられた荷物の話は私にも情報が入るはず。けれど、そのような預かり物の話は一切ありませんでしたわ」
エマニュエルの話にゼリニカが補足を入れる。
魔法道具を渡した相手は二階に主催であり使用人たちの雇い主であるゼリニカがいると知っていたから階段を上がれなかったのだろう。
「魔法道具を階段の上に置いて、フォールドリッジ様の控え室の扉の前でノルマンド様とお会いした時は驚きましたわ。その直後に階段からノルマンド様が落ちたと聞いた後には、ああ、あの魔法道具はノルマンド様に関係するものだったのだわ、と思ったのです」
お届け物と言えばクロード宛てだという図式が完成していたエマニュエルは、自然と魔法道具の送り主が他国へ行った前の光属性の人物だと思い込んだと言った。
意識の刷り込みがそこでも行われていたことにアレイヤは戦慄した。
黒幕に近付いてきました。
そろそろクライマックスって感じです。…多分。
5/19
更新が遅れててごめんなさい…
日曜日に更新します…
毎日のように更新時間に覗きにきてくれている方、どなたかは存じませんが本当にありがとうございます!