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試験問題改竄事件4

 犯人は、手間を惜しんではならない。

 手間を惜しんだその瞬間から犯行に綻びが生じてしまい、自身が犯人であると露呈しているのだから。



+++



「今回、どうやら学年でも私だけが難易度の上げられた問題を解かされていたと分かったのは偶然でした」


 レオニールのクラスから侯爵令嬢が来なければ発覚しなかった事件だった。

 次までの試験まで間もないこと。

 試験の振り返りの授業がなく、試験が終われば順位以外気にする者などいないこと。

 そして、アレイヤには試験について話し合うほど仲の良い人がいないこと。

 だから、発覚したのは本当に偶然で、アレイヤを貶めたい人間が試験に目を付けたことが犯人にとっては想定外だったはずだ。


「犯人は実に巧妙に計画を立て、発覚さえしなければ誰も気付かないまま終わるはずでした。まぁ……私自身がやらかしてしまったのが良くなかったのでしょうね」


 最高の点数と順位を取っておいて「やらかし」と言うのはアレイヤくらいだろう。

 難易度を上げられても時間さえかければ解けてしまったのだし。


「もし改竄されていたのが数学ではなく、暗記教科だったなら綺麗に策に嵌まっていたはずです。暗記教科では数学のように別方向からのアプローチが出来ませんからね」

「それで?」


 にっこりと、余裕のある大人の雰囲気を出すエニータを、ララが不安そうに見つめる。

 優しくて分かりやすいと評判の教師で、男女問わず人気があるから心配になるのも理解できる。

 それでもアレイヤに向けられる敵意の含んだ目も考慮してほしい。


「私個人に改竄された問題用紙を配るのに大変な苦労があったと思うんです。最前列や最後列の席ではありませんし、問題用紙を上から取るか下から取るかでも変わってしまいますし」

「つまり……問題用紙を配布した人間が現状では一番怪しくなりますね?」

「ノーマン様、そうなんです。その方が確実に私の手元に改竄された問題が渡ります」


 ノーマンが示す容疑者候補にアレイヤは同意を示す。

 配布した人物なら確実に配れる上に、改竄した問題用紙を忍び込ませることも可能になる。


「ですが、あの日の数学の試験監督はレイノルド・モーデンブルーム先生でしたわ。初めて入る教室でアレイヤ様の席を確認してわざわざ細工するというのは少し考えにくいのではないかしら?」


 トワレスが首を傾げながら苦言を呈する。あの日、レイノルドがアレイヤたちの教室に来るのは初めてで、互いに顔を合わせるのも初めてだった。その中で標的のアレイヤを見つけ、席を確認し、自然に改竄された問題用紙を紛れ込ませる芸当が果たして可能だったのだろうか。

 それ以前に、一年生のクラスを一つも担当していないレイノルドは問題作成に携わっていない。改竄する前に元となった問題用紙を確認する必要があったのではないだろうか。

 難易度が上がっていたと言っても、内容は一年生のその時まで進められていた授業の範囲内から逸脱してはいなかったのだから。


 アレイヤはレイノルドが犯人であることの難しさを説明し、「よって、モーデンブルーム先生は犯人ではありません」と言い切った。


「他に考えられるとしたら……あの時の問題用紙の配布方法は前の席から後ろに回していくものでしたから、アレイヤ様の前の席の人となると思います。でも……」


 クラスメイトを疑うようなことはしたくない、と声が小さくなるララ。

 高級チョコレートの一件からクラスの大半がアレイヤを見る目を変えているとは言っても、まだ元平民として見ている人もいるにはいる。


「そんな細工をすればモーデンブルーム先生が気付かないはずがない。年齢は重ねていますが、勘は鋭い方ですから」


 現在進行形でレイノルドの授業を受けているノーマンが言った。

 これでアレイヤの前の席の生徒犯人説も消えた。


 残るは――


 全員の視線が一つに集まる。

 本当にそんなことが可能なのか、という疑問と共に。


「改竄するための授業範囲は当然理解されており、最初から一枚だけ問題用紙を入れ替えておくことも容易。配布順もあらかじめ伝えておけば問題なく私に届けられる。実に念入りな対策でした。間違いなく私に改竄された問題用紙が配られているかも確認できる立場にありましたしね。……試験中、生徒からの質問を受け付けるために各教室を巡回されていた――エニータ・モロフ先生ならば」


 呼ばれた先にアレイヤがいたことでエニータは察しがついていたのか、驚いた様子は見られない。


「そこまで言うのなら、もちろん証拠はあるのよね?」

「あることはある……んですけど」


 アレイヤは、証拠はあると言いながら躊躇った。

 犯人がエニータであると十分に言える根拠となるものなのは間違いない。それでも本当に出していいものか迷いが出る。


「いいんですか?」


 エニータに許可を求めるアレイヤにレオニール以外の全員が小さく驚いていた。

 まるで「証拠なんて本当はない」と言っているような態度。自供を引き出そうとしているのか、出し渋る理由があるのか。


「証拠がないならないと言ってくれていいのよ? 状況証拠だけで私を犯人と言っているだけなのなら、早く言ってしまった方が楽になるのはあなたよ?」


 証拠がないなら犯人と名乗り出る必要はない。エニータは諭すように言う。

 レオニールだけは、アレイヤが出し渋る理由を理解していた。

 エニータがおっとりした性格であることを知っているから。

 今いる教室には現在、被害者のアレイヤと容疑者のエニータ、それからレオニール、ノーマン、トワレス、ララ、クロードの七人がいる。

 トワレスとララだけならまだしも、ノーマンとクロードの前で証拠を出していいものかと悩んでいるのだ。

 証拠を出されて困るのは、何も犯人であると突きつけられるだけではなかった。


「……正直、ここまで状況証拠を探さなくても、犯人がモロフ先生であるとすぐに分かるんです」

「なんですって?」

「だって先生」


 本当にいいんですね? と最後に聞いてから、アレイヤは一枚の紙を出して広げた。

 レオニールに確認した後、他にまだ持っていた生徒を探し出して借りたものも取り出す。

 比較しやすいように並べて、手を置いた。


「問題は改竄しても、解答は元の問題と同じにしてましたよね? 恐らくは採点しやすいように」

「――あら?」


 あらあら? と目を丸くしたエニータが二枚の回答用紙に飛びつく。

 一枚はアレイヤの名前が書かれているもの。もう一枚はアレイヤやレオニールほどではなくても悪くない点数を取っている。


「あらぁ……?」


 エニータ・モロフは授業時間をオーバーしてしまうほどおっとりしている。言い換えれば、授業時間が終わっているのに気付かないほど天然を極めている。

 アレイヤに教師としてあるまじき嫌がらせを思いつき実行したはいいものの、一学年分の採点が待っていることを思い出してしまい、たった一人だけ解答を変えると自分が面倒になるのではと考え、問題の難易度を上げたが解答だけは通常の問題のものと統一してしまった。

 犯人がエニータであると考えた瞬間、あるわけないと思いつつもレオニールに確認してもらった結果、予感が的中した。

 どんなに問題が改竄された事件が露呈しても、答えが他の生徒と一緒である時点で犯人は問題作成者で採点者のエニータ以外にはありえなかった。

 もしエニータではない人物が犯人だとしたら、問題用紙を盗み見て出題内容を把握して難易度を上げた改竄用紙を作成――だけでなく、元の問題用紙の答えになるように問題を書き換えなければならない。それほどの手間をかけてまでアレイヤを陥れたいのなら熱意が異常と言える。


 元の試験問題だって、決して簡単ではないのだから。


「そんな……こんな暴き方って……」


 へなへなと力なく座り込んでしまったエニータは先ほどまでの強がりが消え、いつものおっとりしたエニータの雰囲気になっている。やはりこちらが素の性格のようだった。

 大人として情けない姿を見せることになるから、アレイヤはギリギリまで証拠を出すのを躊躇っていた。

 クロードは深く長い溜息を吐き出して今のエニータは意識にないようだが、ノーマンは直視を避けて前髪を整えていた。


「……先生、なぜアレイヤ様にそのようなことをされたのでしょう?」


 こほん、と空気を変えようとしたトワレスの咳払いで意識が切り替わった人間はいないが、それでも話を前に進めようという空気は伝わった。


「そ、そうですわ! 先生がわざわざそのような手間と苦労をされるほどアレイヤ様が何かしたとは思えませんわ!」


 トワレスに続いてララも声を張り上げる。情けない姿を晒し続けるより動機を話させた方が印象も少しは変わるのではないかと考えた。


「うう……ノルマンドさん、最近授業にやる気が見られなかったから、少しお仕置きをしようと思っただけなのよ……」


 だが、エニータの情けなさは強さを増した。

 俯き、今にも泣き出しそうな声音の教師に誰もが哀れな目を向けそうになる。


「やる気が見られなかった、ですか?」


 聞き返しながらララはアレイヤを見る。アレイヤはすでに腕を組んで首を大きく傾げていた。

 授業態度はいたって普通だったはずだ。真面目の線引きがどこまであるのか分からないけれど、授業を休んだことはない。

 引っ掛かる覚えがまるでないアレイヤに対してエニータが「分からないわけないでしょう⁉」と声を荒げた。


「ノートを出しもしなかったじゃない! 筆記具だって!」

「ああ、そのことでしたか」


 ごくごく最近の話すぎて頭が抜け落ちていたとアレイヤは手を打って納得した。

 カリオの件があって、ララが悪役に仕立てられないように予防していた時期の話だ。


「でも、それでも学年で一番になったのを見て、ノルマンドさんは数学が好きなんだなって考えを改めたの!」

「はい?」

「結構頑張って難しくしたのに、全部合ってしまうんだもの! よっぽど数学が好きでないとできないことよね!」


 素晴らしいわ! と今にも手を取られそうになりながらもさりげなく距離を取ったアレイヤの頬は明らかに引き攣っていた。

 来学期の数学の授業が不安になった。


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