試験問題改竄事件3
改竄されたのが数学で助かった。と思うのは心の内だけにして、アレイヤはクロードからの「どうして解けたのか」という単純な質問にこう答えた。
「公式が分からなくても、時間をかければどうにか解けるようになっているんですよ。数学ってそういう学問ですから」
「その理屈は合っていますの……?」
つい漏れ出たといった疑問はトワレス。
「公式が発見されるまでは公式なしで解いてたわけですから、それに倣ったまでですよ」
先人たちの苦労を味わう機会がなくていいように公式がある。その経緯を知っていればあとは数字と記号の羅列でしかない。
授業でそういう話がされたかどうかまでは覚えていないが、数学という学問が存在している以上経緯は同じはずである。
「で、デタラメですわ! 問題をアレイヤ・ノルマンド自身で変えたに違いありませんわ!」
別のクラスからわざわざやって来た侯爵令嬢は負けじと言いがかりを考える。
しかし、「なぜ難しくする必要が?」という疑問がどこからか出ればその口は閉じた。
「アレイヤ嬢、こちら一度お預かりします。午後の授業が終わったら私のところへ来ていただけますか? それまで少し調べておきますので」
「分かりました。よろしくお願いします、クロード先生」
改竄された問題用紙を手に、クロードは顔つきを険しくしながら教室を後にした。
シリアスな声を出されると途端に裏切りそうな気配がするのはまったくの気のせいだ。
あの人が担当する味方側のキャラクターはとにかく心強い。
+++
午後の授業が終わり、クロードの下へと向かおうとするアレイヤに客人が現れた。
「アレイヤ嬢!」
急いできたのか息を切らしたその人は、アレイヤを見つけるや否や注目を浴びているのも気にせず両肩を掴んだ。
「ご無事ですか⁉」
「どう見ても手負いではないと分かると思いますが……ノーマン様、どうしてここにいるのでしょうか?」
二年生の教室がある階からアレイヤのいる教室まで階段を使って移動したにしてはやけに早い。授業が終わってまだ三分も経っていないのに。
その前に、何の用があって来たのだろうか。
貴族社会的にはノーマンが赴くのではなくアレイヤを呼び出すべきなのに。貴族社会関係なく、学校の先輩なのだから後輩を呼び出しても構わないのに。
「試験問題が操作されていたと聞きました。本当ですか?」
「……どこからの情報ですか?」
昼休みから今までの間で一年生の教室で発覚した事件が二年生の、しかもノーマンの耳に届くのは簡単ではない。
一体情報源はどこなのかと思って聞いたが、あっさりと正解がもたらされた。
「レオニール殿下経由で生徒会役員から聞きました」
――なるほど、情報の早さには納得がいきました。
試験問題が改竄されていたという情報からどうして「アレイヤの身の無事の確認」にまで飛躍したのかはさておきとして、またしても問題が起きていたと聞いて駆けつけてくれたこと自体には嬉しいと思う。
「試験問題が書き換えられていたと言うのは本当なのですか?」
ノーマンからの再度の事情確認に浅く頷いて「これからクロード先生のところへ行って、調べてもらった内容を聞きに行くところです」とアレイヤのこれからの行動を伝える。
ならば急ぐべしとノーマンと教室を出る。
ララとトワレスも付いて来ているが、誰も咎める人間はいない。気になる事象が目の前で起きているというのに気にせず帰路に着けるわけがないのだ。
行き先は示し合わせるでもなく自然に職員室に向かっており、職員室を覗けばクロードはいなかった。
ならばいつもの教室かとも考えたが、職員室に来たからには他の先生に聞けば早いだろうと声を掛けられそうな教師を探す。できれば授業で会ったことのある人がいいと探してすぐにクロード本人が現れた。どうやら職員室の中で繋がっている副学長室にいたようだった。
「先生」
「アレイヤ嬢、お待たせしました。調べた結果をまとめたので場所を変えてご説明します。……レオニール王子殿下までご一緒とは驚きましたが」
「えっ」
クロードの目が眼鏡の奥で細められ、視線の先を追って振り返るとレオニールがトワレスとララの後ろにいた。従者も連れずに。
トワレスが飛び跳ねて避けるリアクションを見せているのにツッコミを入れる隙がどこにもない。
「生徒会長として話に同席させてもらおうと思ってね。僕のクラスの令嬢がアレイヤ嬢を困らせようとした件についても」
まさか大きな話になっているなんて思わなかったよ、と笑ってはいるがたった一人だけ試験問題が改竄されたと判明しては黙っていられないのだろう。
生徒会長としても。
王族としても。
最初に言いがかりをつけに来た令嬢のクラスメイトとしても。
もしくは、難易度の上げられた試験を受けたにも関わらず同点首位を取られたからか。
場所をいつものクロードとアレイヤが使っている教室に移して、早速黒板に文字が書き連ねられる。
一年生数学担当 エニータ・モロフ
前任担当・当日問題用紙配布 レイノルド・モーデンブルーム
「モロフ様は昨年着任されたばかりの教師です。今年から数学の担当となっています。しかし前任のモーデンブルーム卿はまだ現役で、現在は二年生と三年生の数学を担当されていますが、今回の試験ではアレイヤ嬢のクラスの数学の試験監督をされました。アレイヤ嬢、並びにアークハルト嬢とロベルタ嬢もご存じですよね?」
「ええ、エニータ先生はおっとり系の素敵な女性で教え方も丁寧ですわ。ただおっとりしすぎて時間をオーバーすることもありますけれど。モーデンブルーム先生は試験の際に初めてお見掛けしましたわ。ですわよね、ララ様?」
「トワレス様の仰る通りです。試験問題を作られたのはエニータ先生なのですよね?」
「そうです。直接確認したので間違いありません」
ただ、とトワレスとララと会話するクロードが眼鏡を掛け直す。
「改竄された問題用紙についてはお二方とも驚いていました。そして、職員室から改竄された問題用紙と入れ替えられていた元の問題用紙が見つかりました」
隙間も隙間に落ちていたようで、回収されずに残っていたらしい。
外部犯の可能性も視野に入れてその目的――動機を話し始める面々。
「たった一枚だけ改竄されていたなら、それはアレイヤ嬢一人を標的にしていると言っているようなもの。成績を故意に落として何がしたかったのでしょうか?」
ノーマンの言葉を皮切りに次々に出る推測の域を出ない動機たち。
犯人が分からないからかおよそありえないものが飛び出ている。主にトワレスとララからだった。
「アレイヤ嬢、先ほどから発言がありませんが何か分かったことでもあるのですか?」
主に話し合っているのがトワレスとララ、たまにレオニールが発言をしている状況でアレイヤが一言も発していないと気付いたノーマンが、アレイヤの隣に移動してそっと声をかけた。
「いえ、話を聞いていて一つ気になったことがあるので確認したいことがありまして……」
「気になったこと?」
「はい。可能であれば……レオニール殿下に」
「僕に?」
ノーマンに声を掛けられたアレイヤがレオニールの名前を出すと本人は目を丸くして自身を指差した。
「誰よりも殿下であれば、確認の信用度が高いので」
「それは……王族だから?」
「いいえ、私と同じ点数を取った唯一の方だからです」
アレイヤの言葉の意味を掴みかねているレオニールとノーマンは、そのまま鞄を開けるアレイヤの動きを注視する。
中から取り出したものを見ても、二人はまだ理解できていなかった。
+++
「それで、どうして私は呼ばれたのでしょう?」
ランドシュニー先生? と同じ教師の立場であるクロードに問うたのは一年生数学担当の女教師であるところのエニータ・モロフ。
またしてもララが呼び出し係に任命されたが、彼女は嫌な顔一つせずに職員室まで急ぎ足で向かった。任命した側のトワレス曰く、カリオのことを綺麗に忘れるためには忙しい方がいいからと、同じ階級の貴族でありながらもトワレスからの用事を請け負っているらしい。このまま侍女になるのもいいかもしれない、と零したとも。
教え子のララに呼ばれたエニータも、最初は試験の質問か授業の質問かと思ったに違いない。教室に入ってくるまで笑顔を浮かべていたが、教室に入った瞬間――自惚れでなければアレイヤを見た瞬間――表情が強張った。
教室内にはレオニールもいるのに。
「お忙しいところすみません、先生。先ほどお話した試験問題の改竄について、分かったことがあったのでお伝えしたくて」
「あら、犯人が分かったのですか?」
「はい。こちらの――被害者であるアレイヤ・ノルマンド嬢ご自身が」
エニータの目がアレイヤを捉える。苛立ちの込められた目を、アレイヤは真っ直ぐに受け止めた。
「今回、どうやら学年でも私だけが難易度の上げられた問題を解かされていたと分かったのは偶然でした」
こうして推理を披露するのも久しぶりだな、いやだから探偵になったつもりはないんだけど。
アレイヤは久しぶりに思える愚痴を心の中で零した。
3で終わるつもりでしたが、終わりませんでした…。不思議。
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先日、クロードの声として書いているつもりの声優さんが某刀剣の予想CVで話題になってまして、本当に来たらどうしよう悶え苦しみ癒しが止まらないかもしれないと動悸が激しくなっておりました。実際に声を当てられている声優さんも良いお声です。ラジオとついったの印象が強いけど…笑